ぐしゃ、と砂を踏み鳴らす音がして、赤い影が駆けていく。
速い、洗練された無駄のない動きを持って、彼は山道を登っていた。
その調子である程度の高さまで到達すると、ピタリと足を止め、黒いバイザー越しに周りを見渡す。

「電脳世界とは思えないな」
零れ出た言葉は疑問を呈すものだった。
広がる平原、遠くに見える深い森、そして何より今足を付けている山。
そのどれも彼の知る電脳世界とはかけ離れていた。どう見ても現実世界のそれだ。
電脳世界にも現実世界を模した空間は在ったが、あくまでそれは模しているに過ぎず、こうもリアリティを追求した空間というものは普通の電脳世界では先ずお目に掛かれない。
となると、ここは普通の電脳世界ではない訳だ。彼はそう結論を出した。

(炎山様との接触は現時点では不可能か)
彼――ブルースにとってはそれが最も問題視すべきことだった。
オフィシャルネットバトラー、伊集院炎山。ブルースは彼のネットナビであり、炎山とはパートナーの関係にある。
オフィシャルの仕事での情報収集、処理、戦闘、そういった行動を共にこなす。彼とブルースはまさに一心一体の関係である。
そんな彼と、今では連絡が付かなくなっていた。

「…………」
その事実に複雑な感情を抱かざるを得ないが、何も言わずアイテム欄を開いた。
そこにある幾つかのアイテム。これらを使ってこの場を先ず生き残らねばならない。
何時もならこうしたアイテム、バトルチップの選択は自分のする仕事ではない。オペレーターの炎山が状況に応じて指示を出す。
炎山のオペレーティングは正確無比であり、ブルースも安心してその身を任せることができた。
が、今はそれがない。自分の力だけで状況を切り抜けなければならない。
今後の動向についてもそうだ。全てを自分で判断し、執り行なわなければならない。

ブルースは次にマップを呼び出した。
エリア分けされた区域に目に通し、見える光景から己の位置を割り出す。D-4といったところか。
そして先ず向かうべき場所を考えた。ウラインターネット。知っている名がそこにあった。
これが本当にブルースの知るウラインターネットならば、この部分は少なくとも外部のネットと通じている筈だ。
無論、そう簡単に外部と接触できるとは思えないし、似せただけの場である可能性もあったが、何にせよ調査する必要はありそうだ。
炎山も動いているだろう。ならば、向こうからのアプローチも期待できるかもしれない。

一先ずの方針は決まった。次にブルースはもっと大きな視点での思考を巡らせる。
このイベント――VRバトルロワイアルというらしいこれは一体何者の手によるものか。
WWW(ワールドスリー)、あるいはそれに類するネット犯罪集団によるもの。その可能性が先ず過る。
断定はできないが、その可能性は高いだろう。その中でも、これだけの大きな行動を起こせる組織となると限られてくる。

と、そこまで考えた時だった。

「うおらっ」

ブルースの背後から、褐色の女が叫び声を上げ切りつけてきた。
その手には禍々しい剣が握られている。

が、それをブルースは出現させた盾で難なく受け止めた。
剣を弾かれた女は奇声を上げ、後方へその身を投げる。
その盾はブルースのデフォルト装備であり、バトルチップなしで使用することのできるものだ。
そしてブルースにはもうひとつ、単独使用可能な武装があった。

ブルースは女へ駆けた。その手を変形し、ソードを出現させる。
その速さに女は反応できない。結果、ブルースの青く光る刃が喉元に突き付けられ「うっ」とうめき声を上げた。
ソードこそブルースの最も得意とする装備。ある程度チャージが必要ではあるが、彼はチップなしでソードを使えるよう設定されていた。

「お前は何者だ」
一瞬の攻防の後、敵を拘束したブルースは相手に問いかける。その声色は冷酷なオフィシャルのそれだった。
女は先ほど無警告で襲ってきた。そしてその動きに躊躇いもなかった。となると「乗った」者か。
そうであるならば、容赦はしない。そう考えつつ、ブルースは女に迫った。

「何でお前なんかに言わなきゃならねえんだよ」
「言わなければ――斬る」
ブルースの言葉に威圧感を感じたのか、女は言葉を詰まらせた後「ボルドーだよ、文句あっか」と乱暴な口調で言い捨てた。
ボルドー。その名を覚えたブルースは次に女の恰好に注視した。
褐色の肌に切りそろえられた短髪、その容姿はナビというより現実の人間のそれだ。
何より、女の半身が異様だった。黒い何か(バグか?)に浸食され、データが歪に崩れてしまっている。
その姿を見て、ブルースは直感した。この変質の仕方、開幕の場にいた榊とかいう奴と酷似している。

「お前はあの榊と関係があるのか?」
「あ? あんな『月の樹』野郎と一緒にすんな」
この状況で尚、ボルドーはこちらを威圧するように答えた。典型的な小悪党の行いだ。オフィシャルの仕事で何度も見てきた。
問題にすべきことは、一つ。コイツはあの榊という男を知っているということだ。

「答えろ。奴についてお前は何を知っている」
「知らねえっつってんだろ!」
声を荒げるボルドー。だが、ブルースは無視して更に問い詰める。
と、不意にボルドーが酷薄な笑みを浮かべた。瞬間、何かがブルースの視界を遮った。
煙? 奴のアイテムか。ブルースはそう理解すると、すぐさまソードを振るった。
一閃される刃。だが、手ごたえはない。逃がしたか。

「ぐっ」
そう思った瞬間、肩を殴りつけられた。ボルドーの下卑な声が響く。
煙に紛れ、奴は再度こちらを攻撃してきたのだ。
その攻撃は予想外に威力があり、ブルースの身体は吹き飛ばされる。が、すぐに立ち直す。オフィシャルの名は伊達ではない。

しかし、煙が晴れた後にボルドーの姿は既に消えていた。
今度こそ逃した。ブルースは思わず舌打ちをする。

今のは明らかに自分のミスだ。
敵の漏らした重大な情報に気を取られ、その動きに対し反応が遅れた。結果、危険人物を追い詰めておきながら逃がしてしまった。
何時もならば、炎山が居るならば、このようなことはなかった筈だ。この異様な状況と単独任務故に犯したミスだ。

次は容赦しない。そう固くブルースは決意し、行動を開始する。
山を再び赤い影が駆け抜けた。


【D-4/山/1日目・深夜】

【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:ウラインターネットに向かう




ブルースから逃れたボルドーは山道を荒々しい足取りで下っていく。
浸食されポリゴンの歪んだ顔には獰猛な表情が浮かんでいる。理性の色はひどく薄まっているようだった。

「フフフ、これが私の出会った『運命』か……!」
ボルドーは口元を釣り上げ不気味に笑う。
突如として榊にこんな催しに参加させられたのは困惑した。奴の姿が大きく変わっているのも驚いたといえば驚いた。
が、この場が要は自由にPKできる場であること、そしてハセヲが居ることを理解した途端、その困惑も何処かへ吹き飛んだ。
代わりに胸に到来したのは、興奮と殺意。

「待っていろよハセヲちゃん……ゼッタイに、カクジツにその息の根を止めてあげるからさあ」
ハセヲに復讐を遂げる己の姿を夢想し、ボルドーは奇声を上げた。
新たに手に入れた力。これさえあれば復讐できる。何度も苦汁を舐めさせられた憎き「死の恐怖」を血祭りに、八つ裂きにすることができる。
それができるなら、場所がアリーナだろうと何だろうとどうでもいい。ここでPKを繰り返していれば、何時かはハセヲに行き着くのだろう。
ならば、死を振りまくだけだ。あの赤い髪の馬鹿な双剣士のように、幾らでもPKしてやろう。

「フフフハハハッハハが%fklヴぉzl殲sk」
壊れゆくデータの中、ボルドーは笑い続ける。
彼女にしたって、本来ならば全くの躊躇いもなく人を襲おうとはしなかっただろう。
幾らゲーム内で悪役をロールし、現実での憂さ晴らしとしてPKを繰り返そうが、所詮はゲームの中でのことだ。
実際の彼女はただの中学生の少女に過ぎない。ニナ・キルヒアイスという人間関係の軋轢に苦しむ14歳の少女。

それを狂わせたのは、彼女が出会い得た力――AIDA。
感染した彼女は思考までも浸食され、かねてより抱いていたハセヲへの復讐心がより強まった形で顕現することになった。
その結果が、彼女を凶戦士へと変貌させてしまった。

狂人と成り果てたボルドーは笑いながら進む。
殺人への忌避も、死の恐怖も、彼女にはもはやなかった。


【ボルドー@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP90%、AIDA感染
[装備]:邪眼剣@.hack//
[アイテム]:不明支給品0~1、逃煙球×4@.hack//G.U.、基本支給品一式
[思考]
基本:他参加者を襲う
1:ハセヲに復讐
[備考]
時期はvol.2にて揺光をPKした後


【邪眼剣@.hack//】
Lv87の剣。ダイイングのスキルを持つ。
使用可能技スキルは
ギアニスラッシュ
ギガノクラック
デクボーブ

【逃煙球@.hack//G.U.】
自分の姿が短時間見えなくなるアイテム。
モンスターとの戦闘から逃げるのに使えるほか、奇襲の際にも使用できる。
五個セットで支給された。


018:輝ける森 投下順に読む 020:最強の矛、最強の盾
018:輝ける森 時系列順に読む 020:最強の矛、最強の盾
初登場 ブルース 032:君の目に映る世界
初登場 ボルドー 036:Sword Maiden

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最終更新:2013年05月15日 23:14