長い間忘れていた。
『実は自分、病気で……このままだと、一年ぐらいで死んじゃうんですよ』
思い出すことも、思い出す必要もないと思っていた。
『私って、まだ人間なんでしょうか?』
自分はただのアバターでよかったのに。
そこらにいる、取るに足らないNPCでよかったのに。
『つけたい名前はあったんだけど。もう、思い出せませんね……』
けれど、思い出してしまった。
自分が生きた人間だった頃の、寺岡薫としての記憶を。
『ごめんなさい……』
◆
「私は、寺岡薫の一部……だったんですね」
二頭身の人物――声や喋り方から察するに、おそらく妙齢の女性なのだろう。――がポツリと呟いた。
会場のどこかの平原で発したその声は、聞く者もなく消える。
思い返せば、彼女の人生は失うものばかりだった。
中学生の頃。放射線被曝のせいで死病を患い、人並みの寿命を失った。
大学で研究員をしていた頃。サイボーグの『彼』に恋をし、自分が身を引き、好きな人を失った。
ワギリに入社した頃。病に侵された体を脳までサイボーグ化していき、生身の身体のほとんどを失った。
WG電池と名を付けた新型バッテリーを完成させた頃。サイボーグ化が進み、多くの記憶を失った。
ワギリの工場が襲われた頃。襲撃事件のせいで致命傷を負い、人間としての命を失った。
そして今。肉体と記憶を失い、データだけの存在となってここにいる。
もっとも、記憶は榊の
ルール説明が始まる直前、ジローの手によって戻っているのだが。
「じゃあ、私はこれから一体どうすればいいの?」
女性が悲しそうに呟く。
データだけの存在になってしまった今となっては、もう何もできはしない。
名前も忘れてしまった『彼』に会う事も、機械化が進んでから出会った友人に会う事も。
寺岡薫の記憶が戻ったから何だと言うのか。こうも辛いのなら忘れたままの方がまだ良かった。
こんな状態では、やりたい事も出来ることももう何も――――
「……あ」
――――あった。
正体を知らなかったとはいえ、デンノーズの面々はこんな自分とも仲良くしてくれた。
人間ではないと分かったらどう反応するかは分からない。だが少なくとも、今の自分にとってはたった一つだけ残ったもの。
だから、生きて帰ろう。
生きて帰って、身体のウイルスも駆除して、そしてデンノーズとまた会おう。
幸い、彼女を構成する記憶や人格は寺岡薫のもの。
六歳の時点で柱時計を時限爆弾に修理し、『彼』の助けがあったとはいえ自分自身をサイボーグ化し、エネルギー革命を起こした新型動力『ワギリバッテリー』を作り上げた天才科学者なのだ。
たかがウイルスの一つや二つ、ワクチンを作れる場所とウイルスの構造さえ分かれば何とでもなるはずだ。
「データだけになっても、まだ生きていたいって思える理由があるなら……私は幸せなのかもしれませんね」
そう言って、彼女……カオルがどこかへと歩き出す。
彼女の半身である『デウエス』が望んでいた「幸せになりたい」という願いは、既に果たされていたようだ。
【D-7/平原/一日目・深夜】
【カオル@パワプロクンポケット】
[ステータス]:HP100%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
2:デンノーズのみなさんに会いたい。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
最終更新:2013年08月02日 20:01