「……あの大きいの、違うかな?」
「アレは……違うね、ただのミサイル発射管。」
今日も、10m程度の宇宙船で空を駆けながら私たちは星空を見上げている。
「……アレは?」
「……ナイス、チオ。あれレアものだよ。」
箱型の船に乗った片方が指さした方に、船はくるりと曲がって飛んでいく。
「ただのボロいのだと思ったんだけど……」
「半世紀以上前の気象衛星の部品だよ。マニアに高く売れる。」
……あれから数日。私たちはいつも通りの廃品回収を兼ねてOAの部品探しをしていた。
と、言っても数日間本命の収穫はないのだが……
ただ、大量にあるデブリのおかげでちょくちょく美味しいご飯にありつけている。
「にしても…これ、いつの衛星だろうね。」
「だいぶ年季が入ってそうだね…ガススラスターしかついてないし、半世紀以上前のじゃない?装備はカメラだけだし…宇宙望遠鏡か、気象衛星か、それか…」
「それか?」
「軍事偵察衛星。」
「半世紀前から人間は進歩してないのかー…」
…忘れがちだが、私たちがいるのはコスモアイアンボトムサウンド(宇宙鉄底海峡)。この遺物はどこかから迷い込んだだけにせよ、それ以外は大抵人を殺すために作られ、人に殺された機械たちだ。
そして最終的に私たちのような奴らに拾われ、金稼ぎの道具となって…売られた先でどうなるのかまでは、私たちは知らない。これで軍需企業が買い取って兵器の材料にしていたりするなら、笑えないジョークもいいところだ。
「あ、見てアレ。また大物じゃない?」
そう、チオが指差した先にはとても長い筒があった。
「あれは…戦艦の主砲だね。だいたい50口径だと思うからパッと見…35.6cm?いや、もうちょっと小さい……?」
「戦艦主砲…!」
そう聴くと、チオは目を輝かせ始めた。
「…期待してるとこ悪いけど、砲身だけじゃ撃てないし…そもそもこんなちっこい船に戦艦主砲なんか積んで撃ったら船ごとバラバラになるよ。重いから動きづらくなるし。」
「それもそうか…」
「バラして材料として売った方がお金になるねぇ…ってか、さっき進歩がどうのって言ってたクセにチオもこういうの好きだよね。」
「そりゃあ、わたしもその進歩しない人類の一人だからねぇ…」
チオはたまにこうやって哲学的なことを言う。表面から見て取れる通りのバカで、深く考えずに発言してるのか、はたまた実はものすごく頭がいいのか。それは私にもわからない。……この前、お金に余裕ができたので初めて街中で買った数学書を見せたら「頭が痛くなりそう」とか言ってたし、やっぱりあんまり考えてないのかもしれない。
「進歩、か。...にしても、どうして戦争なんかしたんだろうねぇ。」
「まぁ、戦争してくれたおかげで私たちはこうやって稼げてるんだしさ。」
「...戦争なんかなければ、兄ちゃんも死ななかったのに。」
私の兄は、OAのパイロットだった。いつも真面目で、親に負担がかからないからと入った軍学校でもトップの成績だった。母が死んで、父が蒸発してからもよく、互いに母の違う私とチオの面倒を見てくれた。そして、二年前に戦場に出て、帰ってきたのは傷だらけの兄の銃と生活雑貨だけだった。
官営住宅の前で、志望通知書と一緒に酷く申し訳なさそうな顔で「これしか見つからなくて...」と遺品の箱を渡してきたのを覚えている。
風のうわさで宝の山だと聴いたのもあるが、その時の志望通知書に「l3防衛戦にて戦死」と書かれていたのも私の中で大きな割合を占めていた。
なにかひとつでも、見つかってほしいと思って。
不思議とスラヴァ連邦に対する憎悪とか、そういうのは無かった。どちらかと言うと、避けようのない神の力のようなもののあおりを受けた、というような感覚だった。
でも...この前からずっとこの辺を飛んでいて、「戦争」が人間によるものだと知った。チオは気付いていないようだけど、主砲の根元にはスラヴァ文字で落書きがされていた。読めたのは「クライツェ」という人名と「くたばれ」というスラングだけだったが、恐らく上官への悪口だろう。こんなところからも、人間の匂いがする。
すると、私の心の中でふつふつと「後悔」とでも呼ぶべき感情が湧き上がってくるのを感じた。
頭では私ごときにどうすることもできなかったと理解している。それでも...
「同じ人間どうし、なのになぁ...」
そう、呟いた。
目に液体が走った気がして、気付かれたくなくて通信を切った。
泣いたのは何年ぶりだろう。死亡通知書を受け取った時でさえ、「兄が居なくなったら次は私がチオを守らないといけない」と思い、泣くのを堪えた。その前は、正直なところ父母の思い出はもうほぼないので分からない。兄によると母は私を疎んでいたらしいが、その頃は泣いたりしたのだろうか。
「...人間どうし、だからじゃないかな。」
チオの声が聞こえて目を開けてみると、チオがヘルメットをくっつけて喋りかけてきていた。くぐもってはいるが振動が伝わるので十分声は聞こえる。
「人間はバカで、進歩しなくて。でも進歩したいと思うから、同じはずの相手より自分が上だと思いたいんだよ。」
「...せっかく隠したのに、見ないでよ。恥ずかしいな。」
「いいじゃん。もう十年は一緒に過ごしてるんだよ。たまには、いいよ。」
……それから私は声を上げて泣いた。それを聞いていたのは、チオだけだった。
「これ、スラヴァ宙軍のカムチャツカⅡ級の主砲じゃねェか!」
「……なにか凄いものだったみたい。」
「ねー。」
どうやら私たちが拾ったのはスラヴァ宙軍の主力戦艦、カムチャツカⅡ級戦艦...正式名称は11638型とか言ったっけ...の、戦艦パリースィイスカヤ・コンムナの主砲だった。
どうやらこれも、歴史館で飾られるのがお似合いな類のものらしい。
「いやぁ、30.5cm砲なんて初めて見たなぁ……こりゃあ高く売れるぞ、期待して待ってな。」
ここの係員さんのこんな興奮してるところは初めて見たかもしれない。
「ありがとうございます。お願いします。あ、ところでコレって……」
さっきの落書きを指さしてそうたずねる。どうしても内容が気になったので、調べてもらおうと思ったのだ。
「ん?あー……ちょっと待ってろ。えーっと……『クソッタレのクライツェ中尉め、くたばってしまえ、主は俺の女を盗ったお前の罪を見ておいでだ』……」
……こんな人もあの宙域に眠っているんだろうか。
例の衛星と主砲は係員さんの目算通り高く売れたため、私たちは美味しいご飯を食べに来た。
「ファル、今日は何を食べに行こうか?」
「この前、中央区4番街で見つけたラーメン?屋さんが美味しそうだったから行ってみない?」
「なんで疑問形なの……」
「なんかね……店名が『最強油そば 春月亭』って名前で……」
「油そば……って何?」
「さぁ……でも見た感じラーメンみたいだったよ?」
そうこう言っているうちに着いたそこは、異様な雰囲気を漂わせていた。
2人でひとつぶんの食券を買い、店主さんに渡すと、汁のないラーメンのようなものが出てきた。
店内の案内を見てみると、どうやら底の方に油のようなつゆがあり、混ぜてから食べるらしい。
肝心の味は……
「なんていうか、『濃い』ね……」
私より先にチオが言語化してくれた。
そう。不味い訳では無い。むしろ美味しい。とても美味しい食べ物だと思う。でも……
「ひたすら、『濃い』……でも、クセになりそう。」
これを気に入るかは人にもよるし、慣れ次第だな、と思った。念の為、脳内美食番付の変動は無しだ。
翌日、私たちはまたほしぞら号に乗っていた。
またいつも通りなにも収穫はなく、暫くは平穏な日々が続くだろうと思っていた。
「そろそろ例の宙域だよ。作業の準備して。」
「あいさ!」
そう元気に返事をすると、チオは命綱を取り出して準備し始めた。
……ふと、視界の端に、真っ白なパーツが映った気がした。
よく見てみると、腕のような形をしている。
「…あの真っ白いの、色的に……」
「…見てみる価値はあるかもね。」
急いでそちらに操縦桿を傾け、近づいてみた。
やはり、この前拾った頭と同じ色に見える。
「……一応持ち帰って、ユーリィさんに連絡してみようか。」
「だね。そうと決まったらほしぞら号にしっかり固定するぞ~!」
そう言ってデブリを掴んだチオと息を合わせて、反対側を掴んだ時だった。金色のロケットペンダントが部品に引っかかっているのを見つけた。
「あ、懐かしいねこれ。一緒にお小遣い貯めて似たようなの買ったよね。」
動かない私を不審がって私の所へ飛んできたチオが、手元を見てそう笑う。
そう、このロケットは私たちが兄にあげたのと同じ型だった。
チオと2人で、こっそり空き缶に貯めた貯金を崩して、戦場へ行く兄に贈るためにデパートまで買いに行ったのは今でも覚えている。渡された兄は、「自分のことに使えばいいのに」と困ったような、嬉しそうな顔をしていたので私達も嬉しかった覚えがある。
「あれ、そういえばアレ、お兄さんの遺品に無かったよね…」
「だね。ってことは、最期まで私たちと一緒だったのかな。」
「だといいね。お兄さんも寂しくないね。」
昨日のことを気にして励ましてくれているのだろうか。何にせよ、気遣いは嬉しい。
「ありがとう。」
「ん?何が?」
……はぐらかされているのか、本当に分かっていないのか。まぁ、どっちでもいいか。知らない方がいい事もあるし。
ロケットに向き直って、なんの気無しにロケットを開けてみると、見知った顔がふたつあった。
向かって左側。橙のくせ毛で、目をかっ開いている女。名は、ワルター・ファルダイシュパージェ。
向かって右側。水色の直毛で、不敵な笑みを湛えた女。名は、チオグラチ・香椎・べール。
「嘘、なんで……!?」
「…これ…私たちが贈ったのだね。」
「…だね、まさか、見つかるなんて……」
こんな、偶然のめぐり逢いもあるんだなぁ。そんなことを、思っていた。探していたものふたつが、たまたま同じところにあるなんて。
「これは……回収するの?」
「うん。…兄ちゃんの遺品と一緒にしまっておく。」
そう言って、私はロケットをバックパックに大切にしまい込んだ。
「そっか。…そのうち、お兄さん本人も見つかったりして。」
「流石にないよ。このロケットが見つかったのだって、奇跡みたいなものだし。」
言っていて、可笑しくなってきた。だって、今探してるこの子のパーツを全て見つけるなんて、もっと奇跡みたいなことなのに。
でも、仕方ないだろう。私たちは、奇跡を大真面目に信じてみたいお年頃なのだ。そういう言い訳があってもいいだろう。と、誰に言うでもなく自分で思った。
隣を見ると、チオも笑っていた。きっと同じ気持ちに違いない。
最終更新:2026年01月25日 17:10