端末から耳につくアラーム音が鳴り、目が覚める。液晶に手を滑らせ、ぼやける視界で「スヌーズ」に手を触れ、端末と共に意識を手放す。
再び端末から耳につくアラーム音が鳴り、目が覚める。液晶に手を滑らせ、ぼやける視界で「スヌーズ」に手を触れようとして、そこに表示された文字列を見て体を起こす。
「8時…」
特別遅いわけではないが普段よりは遅い。早く支度して出ないと。
「起きろ、チオ。」
「ん〜…」
寝言を垂れるチオの尻を蹴っとばし、オーブントースターを開けてパンを突っ込み、目分量で目盛りを2分に合わせる。
やかんに水を注ぎ、コンロに置いて火をかける。
数分後、トースターがアラームを鳴らすと同時にやかんの笛が鳴り、その音でようやく目を覚ましたチオに紅茶と焼き上がったパンを持って行く。
「おはよう、チオ。」
「…おはよ〜。」
なんてことない、いつもの朝の風景。
「食べたらお仕事だよ、チオ。」
「今日も一仕事終えたねぇ!」
「お疲れ、チオ。」
昨日の分を取り返す勢いでデブリを拾いまくって、今日も何事もなく仕事を終えた。これで当面お金の心配はしなくていいだろう。今はコロニー宙港への帰り道。
「にしてもあのOAの部品、なかなか見つかんないねぇ。」
「もう誰かに拾われちゃってるのかなぁ…」
そんなことを話しながら一路「ケープホープ」コロニーへ飛んでいると、鋭い通知音と共にほしぞら号のコンソールにニュースが出てきた。
「…繰り返します。速報です。『クーロン』コロニーにテロ組織による大規模な襲撃が…!」
そこには、火に包まれる「クーロン」コロニー宙港、そして煙の中で襲撃を指揮する紅白の機体…この前、私たちを襲ってきた「スード・シュプール」が映っていた。
「どうしたのさ、ファル…」
後ろから身を乗り出して画面を覗き込んできたチオも、その機体を目にして絶句する。
昨日の言動、そして今日のこの襲撃。偶然だとしたらあまりにも出来すぎている。間違いなく私たちのタヒタルトを奪いに来たんだ。
「すぐ行くよ、タヒタルトが危ない!」
「了解!」
即座に針路を「クーロン」コロニーへ向け、リミッターを解除して全速力で加速する。
「着いたらすぐタヒタルトを出してとりあえず全速力でコロニーから引き離すよ!」
「OK、露払いは私に任せて!」
そう言うとチオは懸架されていたビーム砲を操作し、向かってくるテロリストの仲間を足止めする。
わざわざ港に入って倉庫まで走る時間はない。なら。
「チオ!開けて!」
「了解!」
針路は直接真っ直ぐ、タヒタルトが居る倉庫の方角。
チオが進行方向にビームを叩き込み、タヒタルトまでの通路を開ける。
「持ってよね、ほしぞら号…!」
主推進器、エンジンカット。
補助スラスターを噴射、180°回転。
再び主推進器を全力噴射。
…「ほしぞら号」は、私の期待通りの動きをして、ちょうどタヒタルトの面前で止まった。
キーを使って遠隔操作でコックピットハッチを開け、二人で乗り込む。
「…バイナリー・スター・T。ワルター・ファルダイシュパージェ。」
「同じく、チオグラチ・香椎・ベール。出撃!」
「ほしぞら号」を倉庫内に放り込み、先ほど開けた穴から宇宙へ飛び出る。
オープン回線に繋ぎ、声を張り上げる。
「クォート!私たちが相手だ!」
「そっちから出てきてくれるとはね!」
さっきも見た紅白の機体が飛んでくるのが見えた。
「クォートさん!?ちょっと!?」
「うるっさいなぁ目的達成したんだから解散よ!金ならあとで入れとくからとっとと帰りな!私の邪魔しないで!」
彼女の機体と揉めかけた仲間のテロリストとの会話が聞こえた。…話し振り的に仲間じゃないんだろうか。
「さて、一騎打ちがよかったのだけど。」
そうだ、こいつは知っている。こっちに二人いることを。
「生憎様、こっちは二人で一つなんだ。クレームは受け付けてないよ。」
コロニーから引き剥がして無用の被害を避けた。そこまでは成功。次を考えないと。どうやってこいつに勝つか。
「スード・シュプール」。直訳で「シュプールの紛い物」。この機体の名前を知っているということは、こいつはこれが第五世代であることも知っているのだろう。
よくみると左腕がシュプールの腕である以外は…名前を忘れたけど…オリゴの「槍持ち」の先鋭量産機の塗装を変えただけ。「槍持ち」は確か兄ちゃんも乗っていた。軍事機密とかで詳しい性能は教えてくれなかったけど、いつだったか近くで見たことがあった。
足に集中しているスラスターで機動力特化、硬い盾でまともな被弾を防ぎつつ硬い槍で体ごと刺しに行く…だったはずだ。
ただ、今目の前に居るこいつは背中に刀と翼、右手に大きな杭状の弾が入ったレールガンを持っている。まるで「シュプール」の武装を無理やり真似るかのように。
「随分あの機体が好きなんだね?」
「私の生きる理由だもの、ガキのおもちゃじゃないのよ!」
先制攻撃を仕掛けてきた。負けじと逃げつつ、チオが応戦する。
「元軍人舐めんじゃないわよ、とっととその機体を渡しなさい!」
ダメだ、敵の高速機動もさることながら、当たっても盾で防がれ貫通できない。
そうこう言っているうちについに刀を受けてしまった。なんとか防御が間に合い、単分子刀どうしの鍔迫り合いとなっているがこのままではジリ貧だ。勝ち筋を。勝ち筋は……
「ねぇ。」
同じように敵を分析していたのか、はたまたただのカンかは分からないが、チオが私と同じ結論に至る。
「出し惜しみしてる場合じゃないよ?」
「出し惜しみしてる場合じゃないね、これ。」
意見の一致を確認し、敵を突き飛ばし煙幕とワイヤー弾をバラ撒きながら一度距離を取る。
「…偽装解除!」
操縦桿に予め決めておいたコマンドを二人同時に打ち込むと、機体から大きな音がして…同時に、コックピットの全天周囲モニターの表示も変わり始める。
「…何よそれ、ちょっと趣味悪いんじゃない?」
全身のパーツが組み替わり、元のバイナリースターに近かった直線的な機体形状からウォックらしい曲線部を露出した機体形状に変形していく。背中の大きなスラスターだったものは中央で割れて翼に。頭は下半分がパージされそのままビットとして飛び立ち、上半分は上に開き中からウォックの顔が露わになり、元のバイザー部分は変形して後ろ側へ移動し、そのまま後ろ向きのセンサー類となる。…残念ながら観衆には不評だったが。
この前の一件で相手の腕が相当なものであることは分かっている。更に言えば、前回はとりあえず撒けば済むと思っていたがここまで執念深いようならここでまた撒いたところでいずれまた同じことになる。ここで、勝たないといけない。
「いくよ、チオ!」
「はいよ!」
mfフィールドを翼から展開し、チオが敵機にリボルビングカノンの照準を合わせ、撃つ。弾種はSKEP(大質量徹甲弾)。元々軽減されていた質量がmfフィールドから飛び出た瞬間にエネルギーの供給がなくなることで増大し、莫大な運動エネルギーを産む、タヒタルトの特性を活かした特殊な弾。
「うわっ!?何よそれ!
敵機の盾に一発目が命中し、大きく抉る。ただ、流石は高機動機と言ったところか、それ以後は盾を投げ捨て回避に集中しているので全然当たらない。まして我々は別に戦闘のプロではないのだから照準もズレるし尚更だろう。
「こっちがどんだけ戦艦の対空砲火凌いできたと思ってんの!」
「…ファル、今!」
「はい!」
チオに言われた通りにビットを操作して敵の眼前にビームを撃ち、軌道を変えて動いたところを狙って弾を撃つーー目論見通り、当たった。
「ちょっ!?何ソレ、やっぱ二人居るのズルでしょ…!」
…そう、これは複座機の専売特許。一人が超精密な機動、もう一人が精密な攻撃に集中し、敵は実質的に二人分の攻撃に対処する必要に迫られる。まぁでも、一発限りのだましうちだ。
立て続けに数発のSKEPを下半身と右腕に食らったスード・シュプールはもはやまともな機動も攻撃もができなくなり、今にも爆発してもおかしくない状態だった。…とりあえず左腕を守るために消火剤弾を撃ち込む。
「あーあ、負けね。鈍ったかなぁ。…最期に、あなたの名前だけ教えて?」
「…ワルター・ファルダイシュパージェ。」
「…は?待って、今あんたファルダイシュパージェ言った!?」
仰天した様子の彼女は、慌てて「待って」「話を聞いて」と命乞いをし始めた。……人間、誰でも死に際にはやっぱり生きたくなるものだと聞いていたが本当なんだろうか。
「別に殺す気は……」
そう言い、落ち着かせようとした時。今度は向こうから衝撃のセリフが飛び出てきた。
「私はあんたの兄貴を、シュテルン・ファルダイシュパージェを知ってる!」
時間が止まったような錯覚を覚え、数瞬の思考のち。
「……は?」
口を突いて出てくれたのは、そんなありきたりな返答のみだった。
「はい、そっちの子が注文したのはこっちの...いちごの奴よね。はい。こっちのコーヒーはワルターちゃん、あなたね。」
「…ありがと。」
「ありがとうございます。それで、詳しく聞かせてもらえるんですよね?」
その日の夕方、「ケープホープ」コロニー中央区一番街の喫茶チェーン店、「ステラ・バックス」にて。「色々話したいこともあるし、落ち着いた場所にしましょう。心配しなくても逃げたりしないから。」というクォートさんの誘いに乗って、私たちはここに来ていた。にしてもこの店、裏に個室とかあったんだな。
「ええ、確かに私はあなたに負けたし、それにあなたならあの人のことを話してもいいと思う。一応、誰が聞いてるかもわからないから個室でね。」
クォートさんは、戦ってる時の雰囲気からは想像もつかないくらい美人だった。シュプールをイメージしたのか、白髪に赤いメッシュを入れた髪色は正直ダサかったけど。
「まず、あなたはどこまで知ってる?」
「えー…っと、オリゴ宙軍に入ってて、クォートさんが乗ってたのの元になった槍持ちのOAに乗ってて…3年前に第3次l1防衛線で戦死した、という程度しか。」
「なるほど、やっぱり遺族にも情報は行ってないのね。」
寂しそうな目で私たちを見て、自分の頼んだコーヒーを一口飲んでから、クォートさんは語り始めた。
「彼が長を務め私が所属していたのは、第404試験中隊。正式投入される前の先端技術を用いた機体を試験的に与えられ、実戦データを取るための部隊。練度もそれなりの少数精鋭で、何より規律に従う真面目な人材であることが求められた。」
「兄ちゃん、思ったより凄い人だったんですね...」
「そうなのよ。」
そう言うと、どこか誇らしげな顔でそう返してきた。
「あんたが...真面目...?」
「失礼な奴ね、水色の子。これでも脱走する前は真面目だったのよ。」
今度はちょっと怒ったような顔。思ったよりコロコロ表情変わるんだな、この人。戦ってる時はもうちょっとこう...目的のためには手段を択ばない狂人ヤバい人みたいな印象だったのに。
「こほん。それで、あなたの兄さん...シュテルンはスラヴァ戦役直前に、第五世代ウォックシリーズの一角、ウォック・シュプールを与えられて...そして、私たち同部隊の部下をかばって戦死したの。」
遺品と一緒に帰ってきた勲章の意味は後で調べたので知っていた。オリゴ名誉勲章、「戦闘においてその義務を超えた勇敢な行為をし、若しくは自己犠牲を示したオリゴ軍人」に与えられる勲章。
「私も落ちかけの敵機を深追いして陽電子砲で蒸発しそうだったところを、シュプールに突き飛ばされて助かったの。」
「...兄ちゃんが...」
例えこの人がいなくたって、兄ちゃんは別の誰かを助けるために死んでいたかもしれない。優しすぎて、自分を守れなくなってしまう、どこかバランスのおかしな人だった。
「軍事機密だから当たり前なんだけどあの人の活躍は碌に宣伝もされず、それどころか機体が見つからなかったからって捜索を打ち切られて軍からは404中隊に居た頃の記録を抹消された。ギリギリまで単独でいいから捜索任務に当ててくれって上に掛け合ったんだけど、結局聞き入れられず、私も僻地に飛ばされて...私は、それが、悔しくて...」
俯いてしまったので顔は見えなかったが、そう言ったクォートさんの声は少し震えていた。
「私はあの人に報いたかった。この世界にはそんな凄い人がいたんだぞって、みんなに知ってほしかった。...だから、軍を抜け出して一人で今まで、野盗やテロリストまがいのことも何でもやって、情報が出回るように自分から目立つことをして。顰蹙も買ったけど、無名より悪名って言うし、実際情報は集まるようになった。それで、君たちに出会った。ここまでが、私の知ってる全て。」
知っている人の知らない話が、終わった。クォートさんは、泣いていた。
「やっぱ凄いよ、ファルの兄ちゃん。」
先に声を上げたのは私じゃなくてチオだった。
「昔っからそうだったけど、色んな人に好かれてる。いい兄を持ったね、ファル。」
「そう...みたいね。」
やっぱりチオの感性はどこか独特だ。
「あの、クォートさん。」
「何かしら?」
「色々教えてくれて、ありがとうございました。」
「こっちこそ、聞いてくれて助かったわ。誰にも言えないって、結構辛いもんよ。」
そう言って笑い合い、お互い距離が縮まった気がした。
「そうだ、私が持ってる左腕...と、両足。どうしても機動力が欲しいから脚は取っ替えてなかったんだけど、倉庫にあるから。あげるわ。」
それは、願ってもない提案だった。
「いいん、ですか?」
困惑気味にそう訊き返すと。
「もちろん、私にとっちゃあんたら二人とも妹みたいなもんだし。」
と、返事が返ってきた。
「ありがとうございます。これで、完成できる!」
「託したわよ、あの人の、ウォック・シュプール。…今はウォック・タヒタルトだっけ?いい名前じゃない、『ほしぞら』って。」
「兄ちゃんが私に残してくれたあの船の名前で、私たちのシンボルなんです。」
兄ちゃんの機体だったシュプール。兄ちゃんが遺してくれたほしぞら号。手元に兄ちゃんのものは色々あるけど、肝心の兄ちゃんだけが居ない。
「あの!」
思い切って声を出して、チオにびっくりされ、クォートさんに首を傾げられ。少し声のトーンを落として。
「兄ちゃんの話、もっと聞かせてくれませんか?兄ちゃんが家の外でどんな感じだったのか、知りたくて。」
「まだ時間もあるし、勿論いいわよ。私も家であの人がどうしてたのか知りたいし。」
そうして、二人でやいのやいのと話していると、しばらくして突然チオが「ねぇ」と話に割り込んだ。
何かと二人でチオの方を見ると突然、
「クォートってファルの兄ちゃんのこと好きだったの?」
思わず、コップを口につけ飲みかけていたコーヒーを吹き出してしまった。はずみで気管の変なところに入って噎せこんでしまう。
「ちょっと、チオ!」
チオの方を見ようとして、ふとクォートさんが遠い目をしているのに気づき、そちらを見やる。
「自分でもよく分かんないわ、ここ数年ずっとシュプールとあの人のことだけ考えてたけど。流石に死人に未練ったらしいことは言わないわよ、みっともない。」
すごく穏やかな顔で、そう言っていた。
チオはそれを聞いて、イマイチ何を考えているか分からない顔で「ふーん」とだけ言っていた。
「じゃ、連絡先も交換したし私はこれで。お尋ね者だからあんまり大っぴらに外に出れないし、どうしても困ったら呼びなね。」
「分かりました。ありがとうございました、クォートさん。」
店を出て、倉庫に移動しパーツを受け取ってから、私たちはそう言って別れた。パーツの取り付けは、恥を忍んでユーリィさんにやってもらうとしよう。
「じゃあね、クォート姉ちゃん。」
チオはこの呼び方で落ち着いたらしい。
それにしても、まさか腕に私たちが贈ったロケットペンダントが巻きついていたのが偶然じゃなかったとは。
「何があるか、分かんないもんだねぇ。」
「ねー。」
最終更新:2026年02月06日 18:03