「んで、この前取ってきた翼なんだけど。」
「はい。」
「うん。」
「とんでもないもんだよ、これ。」
数日ぶりの「ファントム」艦内の格納庫。目の前には、背中のスラスターが取り外され例の翼がついたタヒタルトと、作業着のままホワイトボードの前で指示棒を手に取るユーリィさんの姿があった。
「…大出力、でも繊細な操作ができるmfフィールド展開装置に、翼端にはこれまた大推力のスラスター。んで、極めつけがこの…『
mf粒子捕集膜』。」
普段だったらこういう類の話をするユーリィさんは大興奮しているのだが、一周回って今日は落ち着き払っている。
「それがあると何ができるんです?」
「まず主機が超小型縮退炉で、ウォックシリーズ。超高速機動に、防御だけでなく攻撃にすら使えそうなレベルのmfフィールド。そしてこの新装備…これらが導き出す結論は…」
溜めて、決して大きくはないがよく通るユーリィさんの声で、ひとつ答えが示された。
「『第五世代』。私も聞いたのは政財界の噂だけだけど、国家機密裏に開発されている縮退炉搭載型のOA計5機…まさか、本当にあったなんて。」
状況がよく飲み込めないでいると、飲みかけのコーヒーを置いて、こちらに歩いてきて私に告げた。
「…手を引くなら、最後のチャンスだと思う。」
「…え?」
ユーリィさんは何かを酷く心配するような面持ちだった。その顔に、無性に腹が立った。
「普通の機体と違う、第五世代機を民間人が勝手に持ってるなんて危険すぎる。今なら軍とのコネを通じて穏便に返して…」
「何ですか、それ。今更でしょう。…ユーリィさんたちが降りるっていうなら、私たちだけでもやってみますよ。」
…自分でも、どうしてこんなにムキになっているのか分からなかったが、そんなことを口走ってしまった。
「だいたい、デブリ地帯での拾得物なんだから持ってても大丈夫なんじゃないんですか?」
「それは黙認されているだけで成文法じゃないんだ。やろうと思えばいつでもしょっぴける。もちろん君たちが続けるっていうなら協力するけど私は…」
今まで自分と一緒に来てくれた人がいきなり尻込みしたのを目の当たりにして、裏切られたような気分だった。
「もういいです。行こう、チオ。」
「うん、ファルが言うなら。」
ユーリィさんの制止を振り切り、強引にタヒタルトに乗り込み起動させる。
「ハッチを開いてください、ユーリィさん。」
「…それが君たちの選択だね。分かった。…追加した武装についてはデータが入ってるから参考にしてね。」
ユーリィさんはそれだけ告げて、エアロックの中に入りコンソールを操作し始めた。
「気が変わったらいつでも戻ってくるんだよ。」
「…」
結局、それ以降一言も喋らないままタヒタルトは宇宙に飛び立ち、ファントムは宇宙に溶け込み消えていった。
ほしぞら号に乗るのは数週間ぶりだろうか。
宙港で顔馴染みのおっちゃんに「最近見なかったから事故でも起こして死んだかと思った」と言われた時は流石に顔を顰めたが、まぁ仕方がないのだろうか。
因みに、前に借りた倉庫はOA一機を仕舞うには小さすぎるし、何より宙港から離れていて不便だったので「ケープホープ」コロニー近傍の「クーロン」コロニーで少し高いお金を払って宙港近くの大きめのコロニーを買った。かなり治安の悪いコロニーだが、その中で信用を保つために金さえ払えばしっかり仕事をする奴が多いからこれでひとまず安心だろう。
そうして昔の日常に戻って数ヶ月、レーダーが使い物にならないこの宙域でパーツを探してはみたものの…
「よっと。ワイヤー繋いで~。」
「はいよ~。...結局アレ以来ないね、あのOAのパーツ…」
「もう誰かに回収されちゃったのかな。だとしたら…」
…あと足りないのは左腕と両脚。武装はユーリィさんが作ってくれたものがあったが、できればホンモノを手に入れたいところではある。
「繋いだよ〜。…もし、このOAのパーツ持ってる人を見つけたら、どうする?」
目当てのデブリにワイヤーを括ったチオが手を振ってくるのを見て、ワイヤーを巻き取り「ほしぞら号」に引き寄せる。
「『交渉』かな。何にせよ、諦めるつもりはないから。次、そこの丸いの。」
「OK。ファルがそう言うなら。」
いつものように、チオは二つ返事で了承を返してくる。
「はい、OK。…そういえば、今日ってファルの誕生日じゃない?」
「あ〜…確かにそうか。東部標準時で今日だ。」
「この前雑誌で読んだけど、みんな誕生日にはケーキを食べるんだって。ね、どう?」
「いいの?…ありがとね、チオ。んじゃ、帰ろっか!」
拾ったデブリを括り終え、スロットルに手をかけたその時だった。
「そこのテクルシュミア、止まりなさい!」
通信に割り込んでくる声があった。
「ねぇ、あれって…」
正面から飛んできて、面前で停止したそのOAは、私たちが復元しようとしているウォック・タヒタルト…元、ウォックシュプールと瓜二つの姿をしていた。
「その反応だと話は早そうね。私はクォート・イライザ。この辺で異様に速いテクルシュミアが紅白のOAの部品を回収して回ってるって聞いたんだけど、あんた達で間違いないね?」
瓜二つ、というか左腕はあの図に載っていたシュプールの左腕で間違いなさそうだ。
「だったら、どうするんですか?」
「『交渉』ね。良ければパーツを全部、譲ってほしいのだけど。」
「どうして?」
「私こそシュプールを持つに相応しいからよ。何も関係ない人にアレを持つ資格はないわ。」
「嫌だと言ったら?」
「言ってほしくないのだけれど。」
数瞬の静寂が流れる。
「…!」
「あ、ちょっと!」
予備動作なしでスロットル全開、と同時にデブリを切り離して敵の注意を引きつつチオも機体下部懸架のキャノンを操作し始める。
「待ちなさい、ってば!」
「速い!」
デブリを避けながら、私たちにどんどん追いついてくる。
「この子…スード・シュプールを甘く見ないで!」
脚部に集中的にスラスターが着いている…元は機動力重視のOAだったのだろうか。
「…なら!」
追いつかれる直前でサイドキックして横にズレ。
「チオ!塞いで!」
「はいよ!」
敵の後ろから足と背中周りのスラスター目掛けて、ユーリィさんにもらった粘着剤弾を発射する。
「ちょっと!何よこれ!」
「酸素がなくなる前に見つけてもらうこった!」
大半のスラスターを塞がれ、大幅に動きづらくなった敵機を尻目に、再びスロットルを最大にして離脱した。まぁ、多分全力でスラスターを吹けば粘着剤に穴くらい開くだろうしアレで死ぬことはないだろう。
「…酷い目に遭ったね。」
「ねー。ところでデブリ捨ててきちゃったけど…今日のケーキ、お金足りるかな。」
「あ、確かに。まぁ大丈夫じゃない?」
ちゃんと働いたのでお金にはそれなりに余裕があったが、この前の倉庫の件で大枚をはたいたので地味に金欠なのだ。そんなことを考えながら近所で見つけたケーキ屋に入店した。ざっと値札を見たが、二人分であればお金はたりそうだ。そして…
「ケーキってこんなに種類あったんだぁ…」
その品揃えに圧倒される。何せケーキなんて買いに来たのは初めてなんだから。
「…このモンブラン?ってやつにしてみようかな。」
「じゃあ私はこの‥ガトーショコラ?で。」
店員さんはそれを聞いて、ケーキを二つ箱に詰めてくれた。
「誰かのお誕生日?」
レジのお姉さんが聞いてくる。
「うん、こいつの。」
そう言ってチオが私を指差してくる。
「今年で13?だっけ?」
「14だよ、チオが一個上で、こっから三ヶ月だけ追いつくの。」
「そうだっけ。」
「そうだよ。」
こいつ。本当に他人の誕生日を祝う気があるのか?
「じゃあ…これもつけとこっか?」
そんな会話を聴いてお姉さんが「1」と「4」の形のろうそくをレジ横から取り出した。
「じゃ、お願いします。」
「OK!」
その後、ケーキが揺れて崩れないよう慎重に家まで歩くチオがなんだか微笑ましかった。
「んじゃ、おめでとう!ってことで、かんぱい!」
右手のりんごジュースで、チオのオレンジジュースと乾杯する。お酒が飲めるようになるまで、あと4年。まだ長い。
「ろうそく、火つけるよ。ハッピバースデーイトゥーユー〜」
「ハッピバースデーイ ディア ファ〜ル〜。」
そういえば、一昨年まではお兄ちゃんがこうして二人の誕生日を祝ってくれてたんだった。
「ありがとね、チオ。」
そう言い、モンブランに刺さった2本のろうそくの火を吹いて消した。
くるみの入ったケーキというのは初めてで中々おいしかったが、残念ながらチーズケーキに勝るほどではなかった。チオはガトーショコラを絶賛していたので次にケーキを買う時は食べてみよう。
「そういえばさ、チオって昔は大人苦手だったけど店員さんとは普通に喋れてたよね。」
「あぁ、多分ユーリィさんたちのお陰だね。クソみたいな大人だけじゃないって知れたから。」
「そっか。」
りんごジュースを一口ふくむ。もうなくなってしまった。
「…ユーリィさんさんにも悪いことしたかな。」
そう言い、しんみりしていると、
「私はいつまでもファルの傍にいるよ。ファルがいないとつまんないし。」
と言ってくれた。満面の笑みに外から入った街明かりが反射してなんだか眩しかった。
「寧ろ、私は頭も良くないし、ファルに迷惑かけてない?」
「何言ってんのさ。チオが居なけりゃ私はもう百回は死んでるね。」
「私だってそうだよ。」
そう言って、二人で思いっきり笑って、笑い疲れて、そのままその日は眠りについた。
最終更新:2026年02月06日 18:03