「なるほど、ねぇ…そこのお姉さんが。」
数日ぶりの「ファントム」。ユーリィさんの操作通りに、どんどんタヒタルトが組み上がっていく。
「ええ、私がクォートです。よろしく。」
「こちらこそ。いやぁしかし、本当に全部パーツを集めて来ちゃうとはねぇ…」
ユーリィさんは手元のタブレットの情報を見ながら、ハンガーで改修を受けるシュプールを見やった。
「あとは私に任せて、完成したらまた連絡するよ。」
「ありがとうございます。その…ごめんなさい、変なこと言って勝手に出ていって…冷静になってみたらやっぱり危なく…」
正直に謝ると、ユーリィさんは一瞬キョトンとした後で、ケラケラと笑いながら返事をしてきた。
「昔読んだ小説に、こんなことが書いてあったよ。『子供は大人を食い物にして育つもんだ』って。君は十分しっかり育ってると思うよ。」
そう言われて、なんだか照れ臭くなってしまった。
「まだ13なんだ、君は…おっと。やめとこう。」
ユーリィさんが何かを言いながら私の頭を撫でようとして、直前でやめて手を引っ込める。視線の先を追ってみると、チオがユーリィさんをじとーっと見つめていた。
「そんなに怒らなくたって…」
「ファルは、14になったよ。」
ユーリィさんが弁解しようとすると、チオはそんなことを言った。
「そっか。悪かったね。」
「いえ…」
別に、そんなに気にしてなかったのに。正しい情報が伝わったのはいいことだけど。
「じゃ、また何かあったら連絡しますね。」
「うん、またね。」
偽装状態の「タヒタルト」を「ほしぞら号」の後ろにロープで括り付け、「ファントム」から発艦する。完成して、ここから何をするとかは特にまだ何も決まっていなかったが、とりあえず「クーロン」コロニーの例の倉庫に持ち帰ることにした。
因みに、クォートさんは暫く素性を隠して「ファントム」艦内で匿われることになった。
「航路上に脅威となるオブジェクトな〜し。」
「OK、行くよ〜」
いつも通り、ゆるゆると軌道上往きながら、私はチオとずっと話をしていた。
「この子、これからどうしようね?」
「今になってみると完成した後のこと考えてなかったね。まぁ暫くはユーリィさんの手伝いかな?」
「だねぇ、ここまで手伝ってくれた恩もあるし。」
真空に宇宙服一枚を隔てた世界で、響くのは縮退炉の駆動音と通信越しの互いの声と息遣い、あとは時々鳴るシステム音だけ。
世界に二人だけになってしまったような錯覚をしてしまいそうになる。
いつも通りの「ほしぞら号」の上、いつも通りの他愛ない会話と共に、一直線を往く。
「でさ、この前駅前にできたラーメン屋が──」
「あ、おい!止まれ!」
けたたましく鳴るアラート音。見てみると軍警のOAが一機、追ってくる。油断していて気が付かなかった。
「…チオ、打ち合わせ通りね。」
「…OK。」
もちろん、今までだってOAを輸送している時に警察に見つかることを想定していなかったわけじゃない。だから、そうした時に適切な応答ができるよう問答の練習もしてある。
「その後ろの、OAだな?所属と目的は?」
「オリゴでフリーのデブリ拾いやってます。後ろのは拾ってきたデブリ。宇宙船の登録番号は──」
しっかり受け答えもできて、問題なく通れるかと思った。ただ、運が悪かった。
「問題なさそうだな、行って…待て、お前この前改造テクルシュミアでこの近くを航行してただろ!」
フルスロットル。
「おい待てって!」
怒号が聞こえるが、気にせず翔ぶ。
「ファル、どうしたの?」
「最悪だ!あいつ、最初にタヒタルトのエンジン見つけた時に絡んできた軍警のオッサンだよ……!」
逃げないと。でも、テクルシュミアの全速力なんてタカが知れている。程なく追いつかれるだろう。
「戦うよ、チオ。逃げるだけの時間を稼ぐ。」
「わかった。」
テクルシュミアを止め、二人でタヒタルトに乗り込む。前回は確認する暇もなく逃げたけど…敵機はTGS-03、「ウォックフェザー」。ってことはログレス艦隊、L1警備を任務とする本職の軍人!
「弾種、ワイヤー弾!」
多機能ディスペンサーから発射されたワイヤー弾は、途中で両端のおもりを左右に射出し硬いワイヤーをその場に展開した。
「うおっ!?」
目論見通り、相手はぐるぐる巻きになり、隙が生じた。といっても確かこの機体は強力な単分子ナイフを持っていたはずだ。なのでそのまま粘着弾を相手にペタペタと貼り付けて無力化する。
「一丁上がり。さて、逃げるよ!」
そのままタヒタルトで飛んでいく。ただ、今までの家はもう使えないだろう。今回の一件で確実に警察に目をつけられた。
じゃあ、どこへ逃げればいいって言うんだろう。ファントムに逃げるのもアリだが、確実にユーリィさんたちに迷惑をかける。…まぁでも、とりあえず連絡くらいは入れておこう。
「もしもし、ユーリィさん?」
「あれ、ファル。さっき行ったばっかだよね?どしたの?」
「なるほど、打てる手は打つ。合流座標を伝えるからそこで合流しよう。」
「了解、向かいます。」
操縦桿を倒す。「ほしぞら号」は途中にあった戦艦デブリの中に置いてきた。逃げるのに邪魔だから。複雑な迂回ルートを通りながら目的地へ向かう。もし誰かに尾けられててもバレにくいように。
…ついに、警察に、国家に目をつけられてしまった。私たちは罪人だ。もう誰も、私のことを守ってくれないかもしれない。
「ねぇファル、大丈夫?」
後ろからチオが声をかけてきた。…そんなに分かりやすかっただろうか。
「大丈夫、それより、もうそろそろ次の経由地点だね。」
何度目かの転進の時。一度止まって、次の進行方向を確認しようとした、その時。
「そこの君たち!ちょっと止まってもらえるかな?」
やっぱり軍警につけられていたか。そう思いながら咄嗟に偽装を解除して戦闘準備に入る。
レーダーの反応の方を向くと、オープンカーのような形の宇宙船が飛んでくる。上にはOAが2機、足を組んで乗ってる青い方、レーダーの表示はTG-579+「ウォックザナドゥパテカトル」。それと、きちんと座ってる赤い方、TG-580+「ウォックチグリジアエンプロイ」。…あれ、私たちの機体って確かTG-581だから…
と、少し考えていた隙に、降りてこちらに飛びかかってきたチグリジアの大きなビームソードがすぐ近くまで迫っていた。
慌てて防御姿勢を取り、フィールドの力でビームソードを弾く。
敵機2機は少し距離を取って、ザナドゥのパイロットがオープン回線で呼びかけてきた。
「その機体、渡してくれないかな?」
この声は、聞いたことがある。
「レイデンさん!?」
すぐに回線を開き、自分と、後部座席に座るチオの顔も回線に映す。
「…どうして、二人がそれに乗ってるんだ。」
こちらのコンソールに映し出されたのは、ザナドゥのパイロットとしてレイデンさんと、チグリジアのパイロットとしてカイさん。
レイデンさんは酷く驚いたような顔でこちらを見つめており、カイさんは苦虫を噛み潰したような顔で
「苗字を聞いた時にイヤな予感はしたんだよな…」
とつぶやいた。
「この機体、私の兄さんが乗ってた子で、私たちがみつけて。もちろん色んな人の力も借りたけど、私たちが直したんです。だから──」
「悪いけど」
レイデンさんが割って入る。
「色々事情があるからね。指示には従って欲しい。」
ここで大人しく従えば…まだ数回しか会ってないけど、優しいレイデンさんとカイさんのことだ。私たちがちゃんと社会復帰できるだけの根回しはしてくれるだろう。今のこの、誰からも守ってもらえない状況からも抜け出して、元通りの生活を送れるかもしれない。
全て、諦めてしまえればどれほど楽なんだろうか。
通話越しのレイデンさんとカイさんの息遣い、コンソールの音、自分の動悸。いろんなものが、うるさく聞こえる。
何か言おうとした時、チオが大きく息を吸い、口を開いた。
「うるせぇーーーーーー!これは…ウォックタヒタルトは!私らの機体だ!…かかってこい!」
久しぶりに、チオの大声を聞いた気がする。耳がキンキンする…
「ごめん、勝手に言っちゃったけどこれでいいよね、ファル?」
「もちろん。そういうことなんで、ごめんねレイデンさん。駄々っ子に付き合ってよ。」
「…仕方ないね。行くよ、カイ。」
そう言い、こちらに向かってくる二人の横から、高速で接近してくる機影があった。IFFの識別は味方。
「…錐連結解除!」
聞こえてきたのは三人分の声。オードさん、フィーさん、そして。
「クォートさん!」
「姉ちゃん!」
錐連結、STT製の背面スラスター同士を連結することで推力を上昇させる技。
そしてオードさんとフィーさんが錐連結を離れ、それにしがみつく形だったクォートさんが勢いそのまま突っ込んでくる。
「くらいなさい!」
盾を前に構え、槍を突き出して突進するポーズ。アレが本来の戦い方だったのだろう。よく見ると塗装もシュプール似のものから変えてある。
ただ、渾身の攻撃はビームバスターソードの受け太刀で止められてしまった。
「SPS、それと脱走兵…!」
「よう、助太刀するで。…悪いなぁ、ジブンの相手は俺らや。このオード・トリスタンの名にかけて第五世代機とやり合える機会は逃すわけにはあかへんからな!」
三人並んで、カイさんの前に立ちはだかる。
「悪いレイデン、そっちは任せた。俺はあっちを片付けてくる。」
「頼んだよ、カイ。」
ここが、この旅の正念場だろう。
「行くよ、チオ?」
「任せて、ファル。」
改めてレイデンさんに向き直り、覚悟を決めた。
最終更新:2026年02月06日 18:03