息を大きく吸って、全て吐く。戦う時は集中して、しかし一歩引いて冷静に。
まずは向こうの動きを観察する。普通の機体なら先手を取る方が優先だろうが、何発か貰うくらいは許してくれるだけの硬さがタヒタルトにはある。
そうして、暫くはお互いに様子見が続いた。
「それ、ほんとに二人で動かしてるの?息ピッタリで凄いね。」
金色の粒子を撒き散らしながら高速機動で、適宜板状のビームでこちらを牽制しつつ斬りかかってくるザナドゥを、フィールドでいなしながら回避する。
「まぁね。私たちは二人でひとつだから。」
このブレードは恐らく相手の主武装じゃない。問題は右腕に抱えてる酒瓶のような形の大型ビームライフルだ。それにこの高速機動をされ続けては、弾も当てられない。目下の課題はこの二点。
「狙うのは右腕、あと肩から背中にかけてのスラスター。行くよ、チオ?」
「了解!」
私がビットで敵の進行方向をビームで塞ぎつつ、同時にチオがリボルバーカノンで敵機をそちらに追い込む。一緒に練習した戦法だ。
「甘い!」
ザナドゥがビームライフルをこちらに向けたので、咄嗟に急旋回して回避運動をする。さっきまで居たところを、太い螺旋状の閃光が抜けていく。
流石にアレにまともに当たるとまずい。
「その機体、君のお兄ちゃんの機体なんだって?」
ザナドゥがミサイルを発射してくる。
「そうです。優しい兄でした!もっと一緒に居たかった…!」
回避するが、可変速と高旋回でしっかり追尾してくるので頭部バルカンで撃墜する。
「兄の遺してくれたものは、この機体と、あといくつかしかないんです。」
単分子ブレードで斬りかかるが、しっかりビームブレードで応戦される。
「でも、君のお兄さんはもうどこにも居ない。お兄さんだって…君たちがこうして戦うことを望んではいないはずだよ。」
敵機からバラ撒かれた結晶状の爆弾をすんでのところで躱し、こちらも多機能ディスペンサーからフレシェット弾を発射して牽制しつつ距離を取る。
「でも、それは…!」
何か言い返そうとした時、回避もフィールドも間に合わずビームライフルをモロに受け、左腕が大破する。
「レイデン、こっちは片付いた。」
聞きたくなかった言葉が、敵の通信から聞こえてきてしまう。
見ると、オードさん、フィーさん、そしてクォートさんの機体は概ね手脚をいくつかもがれ、大破状態になっていた。一番ひどいのはフィーさんで、コックピットしか残っていない…というか恐らくコックピットブロックだけ脱出したのだろう。
「安心しいや、俺らはみんな生きとる。そこの赤い兄ちゃんも優しいわ。」
オードさんの声を聞いて一安心するが、それはそれとして絶望的状況だ。向こうもいつまで手加減してくれるか分からない。でも。
何もできないでいると、ザナドゥがゆっくり寄ってきた。
「やっとわかってくれた…かな?」
分かりたくない、でも、分からなくちゃいけないんだろう。
「俺たちにもやらなきゃいけないことがある。だからせめて君たちのお兄さんを盛大に弔ってあげようと思うんだけど…どうかな?」
そうしてもらえるならそうしてもらった方がいいんだろうか。寂しいけどいつかはお別れしないといけないのは、わかってる。
「…はい。」
数十秒の苦悩の末、小さく、そう言った。
途中に置いてきた「ほしぞら号」を回収して、先ほどの宙域。
「RoseよりHQ、そういうわけなんですけど、大丈夫です?」
「問題ない。元より破壊か、運が良ければ捕獲・回収という話だったからな。」
「わかりました。」
レイデンさんが誰かと喋り終え、こちらに向き直る。
「それじゃ、準備はいい?」
「…はい。」
電源の落ちているタヒタルトに向けて、ザナドゥのビームライフルの砲口が向いている。
「…5、4…」
これでいい、これでいいんだ。これで……
「…3、2、1……」
「待って!!」
「えっ!?」
砲口から閃光が走る。レイデンさんはすぐ止めたようだが、短い光条がタヒタルトに向かっていく。
咄嗟にタヒタルトの操縦桿を思いっきり押し込んで加速する。
「ちょっと!」
ビームがタヒタルトに触れるか否か、というところで、ビームの先端が見えない壁に弾かれたように散乱する。
見れば、タヒタルトが再起動していた。
そのままタヒタルトに近づき、コクピットに飛び乗る。
「やっぱり…やっぱり嫌です。もう少しでいいんです、私は…!」
「そんなこと言ったっていつかは別れないといけないんだよ!」
「別に今じゃなくたっていいじゃないですか!」
「それにまだ子供なのにそんなのに乗って、戦いに巻き込まれでもしたら…」
「今更です!とっくに生きるために戦ってきたし、これからも!」
ああ、バカだなぁ。
子供のままじゃこの世界は生きていけないから、大人になりたくて、ずっと理性的に、思慮深く、心掛けて生きてきたのに。
「それでいいんだよ、ファル。自分で選べるのはいいことだ。」
ふと、近くの何もなかったはずの場所から真っ黒い船体が…停戦信号を発しながら姿を現した。
「『ファントム』…!」
「やっほー、ちょっと前から…具体的には『やっとわかってくれた…かな?』の辺りから見てたよん。」
「…何しに来たんだ、ユーリィさん。」
信号のおかげで戦う気がないのが分かっているためか、警戒はしているがザナドゥとチグリジアも特に過剰反応はしない。
「交渉をしに。君たちのボスに繋いでもらえるかな。」
それを聞いて、一度音声をカットしたカイさんとレイデンさんが二言三言交わしてから、再び音声を繋いだ。
「許可が出ました。どうぞ、ユーリィさん。」
「…シュトラッサーだったか。私がアリアドネ、ルイス・アリアドネ。その機体の開発者だ。」
オープン回線に顔が映ったアリアドネさんという人は、丸眼鏡の似合う金髪の大人の女性だった。
「この秘匿作戦に割り入ってまで私に用があるとのことだが?」
「そっち長いからユーリィでいいよ。本題に入るけど、アリアドネさん的にはできればあの機体をそのまま手に入れたいんでしょ?」
「まぁ、そうなるな。」
ユーリィさんはいつも通り、グイグイ行く。
「パイロットに先約は?」
「ないが。」
「じゃあ、あの二人をそのままアリアドネさんとこのパイロットにすれば解決でしょ。」
多分、その場にいる全員がびっくりしていたと思う。そんな突飛な話…
「話にならんな。どこの馬の骨とも知れぬ子供二人に、最高機密の機体を任せられるとでも?」
「逆に、機密に触れちゃった子を野放しにしといて大丈夫なの?それに、さっきの戦闘見てたでしょ?殺さないように手加減してるとはいえ、正規のパイロット相手にギリギリ互角で食いついてた。この二人は磨けば光るよ。」
なんだか褒められて照れてきた。
「腕のことはわかった。しかし…」
「それに、長年コロニーの裏路地で過ごしてきたこの子達は国の手が届きにくいところの事情に詳しい。実際今の今までこの二人も捕まってなかったわけだしね。もし次にこういうことがあっても、動きやすくなるんじゃない?」
「ふむ…」
アリアドネさんは何やら考え込むような仕草をし始めた。
「今ならなんと、今をときめく大企業の社長様に貸しが作れちゃう権利もプレゼント!」
こういうことを恥ずかしげもなく言えるの、ユーリィさんの良いところだと思う。
「チオとファルも、これなら問題ないでしょ?」
要するに、私がレイデンさんやカイさんと同じように本職のOA乗りとして働けるということだ。そうすれば、この機体からも離れずに済むし、何より夢にまで見た安定した職と暮らしだ。願ってもない。
「はい。お願いします。」
「ファルがそう言うなら私も。」
そこまで沈黙を守っていたアリアドネさんが口を開いた。
「ユーリィ・楊・シュトラッサー。この取り引きで、そちらにはどんな利益がある?」
「う〜ん、顔見知りの子供の泣き顔を見て後味悪くならずに済む、とか?」
要するに、これと言って得はないのだろう。本当に、頭が上がらないな。
「いいだろう、ただし条件がある。」
「何なりと。叶えられることであれば。」
そう言うと、モニターの中のアリアドネさんは私たちの方を見てきた。
「ユーリィは磨けば光ると言ったな。ならば先に磨いてこい。スラヴァ戦役後に作られた、パイロット課もある宙軍幼年学校のあるコロニーがある。…その機体を取り上げるかは、その時考えるとしよう。」
「それって…」
何か言おうとする前に、アリアドネさんの声が小さく響いた。
「レイデン、カイ、撤収だ。」
「了解。」
「了解、じゃ、お嬢様方。またね。」
そう言うと、二人が来る時に乗っていた宇宙船に乗って、帰って行った。
「行っちゃった。」
「行っちゃったね。」
さっきまで激戦を繰り広げていたとは思えないほど、静寂が広がっていた。
「お疲れ様、二人とも。よく頑張ったね。」
見ると、「ファントム」は大破したオードさんたちの機体を収容し終え、こちらに向かってきているところだった。
「ユーリィさん。…ほんと何から何まで、ありがとうございました。」
「全然。…よかったね、その機体を守れて。」
「はい。でもまだ油断はできませんよね。さっき言ってた学校で頑張らないと。」
そう言うと、ユーリィさんはうんうんと頷いて、右手の人差し指をピンと立ててこう言った。
「その通り。さて、学校には入学試験というものがあります。」
「それって…」
チオが、目に見えて青い顔になった。
「勉強、しようね。二人とも。」
「…やだーーーーー…」
その日の夜、「ファントム」のデッキにて。
「寝れないの、チオ?」
人気のなくなった食堂でユーリィさんに貰った物理の教科書と睨めっこしていたら、当のユーリィさんが通路の向こうから歩いてきて、私に話しかけてきた。
「まぁそんなところ。時間を無駄にはできないし、ファルに迷惑かけたくないからいまのうちにこれ読んどくの。」
「いい子だね、チオも。」
ユーリィさんが頭を撫でてくる。なるほど、こんな気分だったのか。確かにこれはいいかもしれない。
「それはそうと、チオ。」
「何?」
「タヒタルトのフィールドが自動で展開されるように細工したの、チオでしょ。」
バレちゃったか。
「うん、…悔しいけど、ファルにはまだあの機体が必要だと思ったから。」
「分かるんだねぇ。」
「もちろん。人生の何割一緒に居ると思ってんの。」
正しく、私とファルは分かち難く、二人でひとつなのであった。
最終更新:2026年02月06日 18:04