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秩序の旗 第二話 -人格イミテイション-

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式典襲撃から1時間後

広場の混乱は収束しつつあったが、空気にはまだ火薬と焦げた金属の匂いが残っていた。
ヴィクターは制服の肩についた埃を払いながら、ハンガーブロックへと足を進める。
隣を歩く尤玲も同じく疲労の色を隠せず体を伸ばした。

「……で、今度はなんなんですか」
「やっと片付いたってのに、また緊急招集って」

「ライナス主任が呼んでいる。オルディナについてだそうだ」

玲は少し歩調を緩め、糸目を更に細めてヴィクターを見た。

「少佐、アレについて何にも聞いてなかったんですか?」
「”この国のお家芸を回避するために”ってことで式典前から色々やってたんすよね?」

ヴィクターは前を向いたまま答える。

「妨害、強奪、あるいは示威行為が行われる可能性は上も想定していた」

「想定、ねぇ」

玲は鼻で笑った。

「想定の割には、防空システム突破されて、壁ぶち抜かれて、挙げ句の果てに公開演説ってのはどうなんですかね~?」

「……否定はしない」

二人の前方に、ハンガーの巨大なシャッターが見えてきた。
中からは、重低音の駆動音が断続的に漏れている。

近づくとシャッターが開き、白銀の巨体が視界に入った。
整備員たちがその足元を忙しなく動き回っている。


そして、その前で腕を組み、二人を待っていた男がいる。

技術主任ライナス・コールマン

「来たか、二人とも」

「主任」
「お話とは一体?」

何故か少し申し訳なさそうにライナスが言う
「想像は付いているだろうが...オルディナについてだな」

「ですよね~」

「特にオルディナに搭載されているドレッダーについてだな」
「詳しくは言えないんだが、フロイラ...いや失礼だな、アリアドネ伯より賜った物だ」
「『食べさせなさい、ただひたすらに』とのことで、異様に分割されているが人格はまっさら」
「まぁ、まっさらだったんだが...」

「つまり...少佐の秩序宣言を学習して人格の、思考の基にしちゃったと...」

「...これは私が悪いのか?」

「いやぁ、事前説明の時点では搭載されていなかっただけなんだがね」
ライナスは肩をすくめ、苦笑混じりに続けた。

「非励起状態で運用してもらうつもりだったんだが……」
「『人格形成の手間が省けるし、いきなり話しだした時の反応が見たい』という理由で、励起状態で乗ってもらった訳だ」

「……」

一拍置いて、ヴィクターが淡々と言う

「つまり私は悪くないということだ」
「こういうところで茶目っ気を出す齢でもないでしょうに」

「ッスね」

尤玲が即座に同意し

「実験なら実験って言ってくださいよ」
「国家式典でやることじゃないでしょ、それ」

「いや、あくまで“最終確認”だ」
「人格形成は不可逆だ。初期入力が歪めば、後からどう修正してもズレが残る」

ライナスはオルディナの胸部装甲を見上げる。

「だから、最初に誰の声を聞くかが重要だった」
「重要なのは一貫性だ」
「このドレッダーに求められたのは冷徹までな一貫性」
「人選までは違えていないだろう?」

「...」

今はその思考を巡らせるべきではない

まぁ、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか」
ライナスは、オルディナの足元に転がる計測端末を拾い上げた

「こいつはいずれ判断を任される」
「一つの乱れが数百の歪みを生む」

ライナスは肩をすくめる

「こいつに必要なのは正解ではない、基準だ」

計測端末の画面をライナスはヴィクターへ向けた。
数値が流れている。
解析途中のままの未完成な思考の痕跡。

「何を選び、何を切り捨てるか」
「どこまで許容し、どこから排除するか」
「機械的かつ人間的に」

ライナスは端末を下ろす。

「それを学習させる必要がある」

尤玲が眉をひそめる。

「それ、通常通りひたすら記録を食べさせたらいいんじゃないんですか?」

「違うな」
ライナスは即答した。

「記録は“事実”しか残さない」
「だが、こいつに必要なのは事実の羅列じゃない」

端末を軽く叩く。

「事実をどう扱うか、その“癖”だ」

「癖ってそんな曖昧なもん、機械に必要です?」

「必要だとも」

ライナスは一瞬だけ言葉を選び、

「戦場では、すべてが等価には扱われない」
「同じ被害、同じ数値で切り捨てられるものと、保護されるものがある」

視線をヴィクターへ投げた

「記録を食わせれば、平均は出せる」
「だが平均は、誰も守らない」

一拍

「つまるところ柔軟性が必要なんだ」
「だが、構造を持たない柔軟性は柔軟性ではない」
「それは単なるカオスだ」

ライナスは淡々と続ける

「だから必要なのは、“基準”を持つ人間だ」
「誰かの命を重く見て、誰かの命を軽く扱う」
「その非対称を、躊躇なく引き受けられる人間」

ヴィクターは端末から視線を上げ、ライナスを見返した。

「……それを、私にやれと?」

確認というより、事実の整理だった。

「そう重く捉える必要は無いんだ」
「人選は大隊指揮官、君の御父上からも承認を得ている」

「——引き受けよう」

ヴィクターはそう言った。

理由は述べない。
覚悟も語らない。

ただ、軍人としての判断だった。

『承認を確認』

数時間前に聞いた女性的な機械音声

それはオルディナの座す正面ではなく背後から聞こえた

背後のラック、その一角

白銀の巨体に比べれば取るに足らない
両手で抱えられるほどの筐体がアームに固定されていた。

白と淡い水色を基調とした曲面が多用された筐体
胴体に相当する部分から、太短い四肢が生えている。

頭部らしき部分には複数のレンズと、装飾とも記号ともつかない刻印。

「マスコット?」

「サブユニットだ」
「いわば外付けの“観測器官”だな」

その小さな筐体は、ヴィクターを正面から見据えていた。

「識別名は?」

『個体識別コード:ORD-DR-SU-00』

尤玲が顔をしかめる。

「長いし可愛くないですね」

「だろう?」
ライナスが即座に同意する

「これから連れ回すことになるんだ、名前がないのは不便だろう?」

『識別名、未定義』
『命名権限、付与待機中』

「尤玲、付けてやれ」

「私っすか」
尤玲は一瞬だけ目を丸くし、すぐに小さな筐体を見上げた。

「ゲイザー……はなんか可愛くないし」

レンズが微かに回転する。
待機状態の沈黙。

「うーん……」
尤玲は腕を組み、少し首を傾げた。

「見るだけ」
「判断しない」
「でも、全部覚えてる」
「……性格悪そうっすね、コイツ」

尤玲は一歩前に出て、筐体の正面にしゃがみ込む。

「《リファ》で」

「……理由を聞いても?」
ライナスが問いかける

「Referenceでリファっすよ」
「少佐の言動を引っ張ってきて色々判断することになるんスよね?」
「あと、短くて呼びやすい」

『識別名、更新』
『ユニット名:リファ』

『観測任務、継続』
『参照基準:ヴィクター・ゼガース』

尤玲が口笛を吹く。

「お、通った」
「案外ノリいいじゃないですか」

『参照基準、固定』
『第一優先:ヴィクター・ゼガース』
『補助参照:尤玲』

ほんの一瞬、レンズの回転が止まった。

「よし、リファ。今日からよろしくっす」

『応答』
『よろしくお願いします』

感情の抑揚を持たない、平坦な音声。

ヴィクターは何も言わず、白銀の巨体——オルディナを見上げていた。

秩序を語るために作られた機体。
秩序を測るために生まれた目。

そして
秩序を“選別する基準”が、彼自身に結び付けられた。

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最終更新:2026年02月24日 23:23