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秩序の旗 第三話 -黄昏ステグネイション-

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夕暮れの都市区画
コンクリートの谷間に、喧騒と祈りの声が反響する。

石畳の広場を中心に人の波が緩やかにうねっていた。
白布を纏った集団、掲げられる聖句、擦れ合う声と声。

そしてそれを横目に足早に帰路につく人々。
祈りに加わることも、否定することもせず、ただ距離を取る。

「最近多いっすね、宗教デモの警護。」

「社会が宗教に惹かれる風潮は、実在的な不安が広がると強まるものだ。」
「北の熊がいつ癇癪を起こすかわからないからな。」

『肯定。グラノーラ等の流行も類似事例に分類されます。』

「……そーいうもんなんすねぇ。」

尤玲は半ば感心、半ば呆れたように呟いた。

広場へ通じる幹線道路。
その進入口を塞ぐ形で配置された装甲車での二人と一基の会話。

「今回はこのまま終わりそうっすね。」

「ああ、誘導が終わり次第帰投だ。」

ヴィクターは短く答える。

『群衆行動、安定。』
『逸脱兆候、未検出。』

リファの平坦な報告が続く。

問題はない。
数値も挙動もすべては許容範囲内。

ヴィクターは装甲車の背もたれに身体を預け、広場から視線を外した。

うるさくはあるが平和である状況がヴィクターの思考を一日前の光景へと引き戻していた。




それは、式典襲撃の報告が処理された直後。
国防総省、地下会議室。

無機質な白い照明の下、3人が楕円卓を囲む。
大隊指揮官、技術主任、そしてヴィクター。

「結論から言おう」

首都防衛大隊 大隊指揮官であり、ヴィクターの父であるクリフトン・ゼガースが口を開いた。

「オルディナは当面の間は表には出さないことが決まった。」

「当然ですな。」

技術主任 ライナス・コールマンが続けた。

「兵器は機密が守られていること、それ自体が威力。」
「知られたときにはすでに敗れ始めているわけですからな。」

「唯一目撃者となった者がいたとしても、それが広めるのは”恐怖のみ”というわけですね。」

ヴィクターの言葉に、クリフトンは小さく頷いた。

「代わりというわけではないが、お前には小隊を持たせることとなった。」
「名目は首都治安維持補助部隊。」
「実態は――観測と選別の学習現場だ。」

「リファ、件のドレッダーの、ですね?」

「ああ」
「戦闘だけではなくデモ、暴動未満の摩擦」
「“撃たない選択”を選定する必要のある盤面を学習してもらう」

「君の判断を最も近い位置で見続けてもらうためだね。」

ライナスが補足した。

「頼めるか?」

ヴィクターは短く答えた。

「拝命しました。」

理由は述べない。
覚悟も語らない。

ただ、その場に必要な言葉だけを置いた。




「少佐?」

玲の声で、意識が現在へ引き戻される。

広場では、祈りの隊列がゆっくりと解散を始めていた。

『群衆誘導、完了』

「帰投準備、入りますか。」

尤玲の問いに、ヴィクターは頷く。

「ああ」

撃たない一日。
選ばない一日。

ヴィクターは装甲車のモニター越しに、解散していく群衆を見送った。

白布は畳まれ、聖句はしまわれ、群衆へ、日常へと回収されていく。

「何もしないってのも、データになるんですか?」

玲が何気なく問いかける。

『肯定』
『非選択もまた、選択の一形態です。』

一瞬の間

『参照基準:ヴィクター・ゼガース』

「……そうか」

それ以上、言葉は続かない。

装甲車が低い振動と共に動き出した。




薄暗い格納庫に、冷却材の匂いが滞留している。

粗末な天井クレーンの下、黒く煤けたピスティルが吊るされていた。

「で、なんとか逃げ帰ってきたと。」

工具を放り投げながら、整備士が吐き捨てるように言った。

「“なんとか”じゃない」
低く返し、コクピットから男が降りてくる。
灰黒の機体を駆り、式典を襲撃した当人である。

ヘルメットを外し、額の汗を乱暴に拭う。

「予定通りだ。3分の遅延込みでな。」

「はっ、あんだけ機体をズタボロにされておいてよく言う。」
整備士は鼻で笑う。

「しょうがないだろう?」
「クライアントから聞いてた話と随分違ってたんだぜ?」

「“式典は秘密裏に行うから防備は薄い”」
「“目立った反撃はない”」
「“白い旗機は展示用、動かない”」

整備士は指を折りながら復唱する。

「全部外れだな。」

男は低く笑った。

「しっかし、展示品が説教しながら斬りかかってくるとは思わなかった。」

「クライアントも多目に見てくれるさ。」

所狭しと物が置かれた作業机。
油染みと焦げ跡にまみれたその一角に真新しい依頼書が無造作に置かれていた。

紙質は不釣り合いなほど上等。
表紙には奇妙な紋章が刻まれていた。

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最終更新:2026年03月04日 14:29