深夜。
かつて栄華を誇った重工業の残骸が墓標のように並ぶ北方地域。
錆びた鉄骨と崩れかけたコンクリートの間から炎が赤く揺れている。
「スラヴァと共に!」
「虚構を拒絶せよ!」
100は居るだろうか
群衆の中心で数名が叫ぶ。
それは波のように広がった。
怒号は揃っている。
偶発的な集まりでは無いのだろう。
火に照らされた顔は様々
作業着を着た労働者であろう男、学生らしき女、浮浪者のような格好をした男。
共通しているのは怒りの方向、そして掲げる旗印。
学生運動のような熱を帯びている。
コンテナの上に立つ男が腕を上げ叫んだ。
「我々は腐敗したこの国を正さなければならない!」
「北風が我々の背中を押してくれている!!」
歓声が返る。
高架下の闇。
駐められた装甲車。
車体上部に搭載されたセンサー系を通し、装甲車内から観測を行う二人と一基。
『群衆規模:108』
『中心煽動者:6名』
リファの声には抑揚がない。
「これ十中八九北のクマさんの工作っすよね?」
「”日常がうまく行ってない人達を勧誘して暴動の火種にする”みたいな。」
リンが拡大映像を指でなぞる。
「そうだろうな。」
「音声は拾えないが熱で浮かれた様子が見て取れる。」
ヴィクターは淡々と答える。
コンテナ上の男が再び腕を振る。
「恐れるな!」
「我々は北風と共にある!」
歓声。
その背後、
煽動者の一人が短く視線を落とし、手元の端末を確認する。
『外部通信、短時間接続検出』
『発信源:移動体』
『会場への接近を確認』
「中核の一団っすかね?」
リンがモニターを切り替える。
高架のさらに外側、廃線路沿いを低速で進むバン。
『車内熱源:3』
「中心の輩を回収しに来たか。」
「...違法集会の摘発はまた今度だ。」
「いいんスか?逃がしちゃって」
「泳がせて首謀者連中のみ捕縛する。」
「変に群衆を刺激してしまえばかえって過激化してしまうだろう。」
『移動体、減速』
『停車位置予測:北東120メートル』
「リファ、タグを撃ち込め。」
「発見不能レベルでな。」
『コマンドを確認:実行』
車体上部のコンテナが静かに開き、小型ドローンが闇に溶ける。
その間にも、コンテナ上の男は声を張り上げる。
「恐れるな!」
「奴らは我々を力で押さえつけることしか出来ない!」
歓声。
『移動体、停止』
『球形自走子機:展開』
『車体下部へのタグの固定:完了』
「集会も次期に終わる。」
「裏が取れ次第、明日にでも抑えるぞ。」
「そしたら今日は一旦帰りますかね。」
『ドローンの回収:完了』
翌、深夜
荒野に立ち並ぶ廃倉庫群。
雨脚が強まる。
タグの示した倉庫を取り囲む装甲車。
いかにも特殊部隊といった装いの一団が突入の機会を伺っている。
「<執行部隊との合同作戦っすか。>」
件の倉庫から少し離れた位置に駐められた装甲車の車内。
モニターを操作するリン。
「OAらしき熱源反応はあるか?」
装甲車の隣
運搬用トレーラーに駐機された EY-α アスクレダインのコックピット内、ヴィクターが問いかける。
「警戒態勢は続ける。」
「旧式でも隠し持っているやもしれん。」
「<大人しく捕縛されてくれれば良いんすけどね。>」
ヴィクターは短く返す。
「期待はするな。」
雨が装甲を叩く。
『突入班:配置完了』
『狙撃班:屋上確保』
『まもなく突入開始のようです』
「始まるか。」
一拍。
『突入、開始しました』
爆音。
正面シャッターがプラスチック爆弾により意図も容易く引き裂かれる。
直後、倉庫内がフラッシュバンの大音量と閃光で包まれた。
「制圧開始!」
執行部隊が流れ込む。
銃声。
短い応射。
『地上階、制圧進行中』
『...制圧完了』
「<うーわ...一瞬っすね...>」
『地下区画の存在を確認』
『制圧に移行するようです』
「鬼が出るか蛇が出るか。」
『mf粒子励起反応:検出』
『OAの起動を確認、地上階を突き破るようです』
「<少佐!>」
「出撃する。」
固定アームが解放、人工筋肉を軋ませ倉庫へ駆ける。
轟音。
倉庫床が内側から吹き飛ぶ。
鉄骨が弾け、土煙が夜空へ噴き上がる。
『大型熱源、上昇』
執行部隊の装甲車が蜘蛛の子を散らしたように撤退する。
現れたのは灰色の装甲に鍋蓋めいた顔の巨体。
「ハルカス...民間に払い下げられたⅢか?」
右腕に装着されたそれは
建設用の杭打ち機を無理やり軍事転用した代物。
シリンダーが唸り、先端の鋼杭が雨粒を弾く。
炸裂衝角、即ちパイルバンカー!
「火力だけはは一丁前ということか!」
アスクレダインは尚も直進。
片手にはビームサーベル、片手にはシールド。
100m
50m
20m
跳躍。
左腕シールドの機関砲が火を吹く。
民生用に出力を制限された機体では回避も叶わず、頭部そして胸部への直撃を左腕で受け止めた。
問題はない
たった一撃、右腕の杭を一撃当ててしまえばそれで終わる
左腕を払い、回避の取れない着地寸前をめがけ杭が放たれた。
しかし、それがアスクレダインを貫くことはなかった。
杭が放たれる寸前、空中からハルカスの右腕に向け、蹴りが炸裂した。
パイルバンカーの反動、そして蹴りの衝撃によりハルカスは転倒。
灰色の巨体は仰向けに倒れ伏した。
アスクレダインの足裏が、その頭部を踏み抜く。
金属が悲鳴を上げ、光が完全に消えた。
沈黙。
右腕、脚部を切断されたハルカスⅢは、もはや鉄塊に過ぎない。
一拍。
両隣に隣接した倉庫の天井が崩落した。
球形フォルム、ハルカス以上の巨体。
赤の単眼がアスクレダインを睨みつける。
「スラヴァ製ヒューマク...」
「本命はこちらか。」
直後、30ミリ弾丸の雨。
「よくこのデカブツを隠し持ち込んだものだな。」
シールドで受けつつ距離を取る。
『照合:スラヴァ製ドミナントHM』
『機体名:Корван(コルヴァン)』
「大火力が欲しいところだが...」
「<難しいっすね...>」
「<もう少し市街地から離れた所なら大口径砲持ち出せたんすけどねぇ...>」
コルヴァンの1機がシールドを構えにじり寄る。
片手には斧。
相対すアスクレダインは居合めいた姿勢を取った。
「V-LIMシステム、点火。」
溜め、そして振り抜く。
コルヴァンが動きを止めた。
直後、下半身を残し地面に倒れ伏す。
到底ビームサーベル等が届く距離では無いというのに。
答えは単純、切られたのではない
貫かれたのだ。
構えていたのは単分子ナイフ。
居合斬りではなく投擲
その投擲によりシールドごと貫かれたのである。
V-LIMシステム。
VPTRバッテリーにより莫大なエネルギーがマッスルパッケージに叩き込まれる。
本来ならそれで焼き切れる筋繊維をLMAと同様のシステムで修復。
超瞬間的な加速や跳躍、格闘挙動そして"投擲"を実現する。
雨が、両断された巨体を叩く。
もう一機のコルヴァン。
その赤い単眼は、投擲の瞬間を捉えることはできなかった。
超瞬間加速。
単分子ナイフは音を置き去りにし
シールドを貫通
装甲を穿ち
内部フレームを断裂させ
下半身を残して地面へ縫い止めた。
『敵機1、機能停止』
アスクレダインの右腕から白煙が上がる。
『筋繊維焼損率:32%』
『補修作動中』
「やはり負荷が大きすぎる。」
もう一機、瓦礫の向こうにコルヴァンは佇む。
構えるは90ミリ小銃。
一瞬の内に両断された僚機を横目に、理由もわからずアスクレダインへ射撃を始める。
低レート、その分一撃は重い。
走り、回避するアスクレダインをかすめた弾が後方の倉庫群を粉砕していく。
弾倉交換
その隙を晒した瞬間、勝負は決する。
なれば
すべきことは唯一つ。
撃ち切った小銃をアスクレダイン目掛け投擲、既に沈黙した僚機から斧を回収すべくスラスターを蒸す。
崩れ落ちた僚機のマニュピレーターから斧を剥ぎ取り、再度敵機と相対す。
はじめにその赤い単眼が捉えたのは、目前まで迫るシールド。
手にした斧でそれを弾く。
そこに在るのは無防備な胴。
胸部砲塔へビームサーベルが突き刺さる。
胸部から背面へ貫通する大穴を穿たれ
膝を折る。
赤い単眼が数度瞬き、そして消えた。
『敵機2、機能停止』
「ハルカスⅢ、およびコルヴァン2機。」
「全機、機能停止を確認。」
コックピット内、ズレた手袋を嵌め直す。
『観測終了』
リファの平坦な声が雨音と共にヴィクターの耳に入る。
「<少佐、お疲れ様っす。>」
「<執行部隊が地下にいた残党とパイロットの確保に入りましたよ。>
「了解した。」
モニター越しに見える廃倉庫郡は、今や巨大な鉄の墳墓と化した。
最終更新:2026年03月04日 14:28