山村宏樹
- 1976年5月2日生まれ 山梨県出身 右投右打
- 現役時代の背番号は「16」
- さまざまな苦難を乗り越えてマウンドに立ってきた男。
- 高校生の時点で、その完成された投球フォームとコントロールの良さで各球団のスカウトの注目を集める。
「北別府二世」の呼び声も高く、阪神タイガースにドラフト1位指名される。
- その後1999年オフに自由契約になるが、監督に就任したばかりの梨田昌孝に誘われて近鉄にテスト入団。
近鉄での初登板では完封勝利をあげるも、安定感のないピッチングが続く。
- そして分配ドラフトで楽天へ移籍。
- グダグダだった楽天投手陣を、球団創設初年度から先発に中継ぎにと様々な役回りで支えた。
特に2007年は中継ぎエースとして大活躍。
- しかしそれも長くは続かず、肘痛を発症してしまい2008年は登板機会すらなかった。
- 2009年9月、2年ぶりに一軍での登板を果たす。
これはテスト的な意味合いだったようで、1イニング投げただけで翌日すぐ抹消された。
- この年の契約更改では、球団史上最大率となる55.6%ダウン。
後に本人が語ったところによると、ダウンを受け入れるか、戦力外通告かの二者択一だったらしい。
- そして2010年、敗戦処理のイニングイーターではあるが、4月9日に久々の登板。2回を2安打無失点に抑える。
5月14日には3年ぶりとなるセーブをあげるなど、自己最多の36試合登板でシーズンを終えた。年俸もV字回復を果たす。
- おかえりやまむー。
- 高2の夏に甲子園へ出場している。初戦の相手は殿下擁する金沢高で、殿下を4タコに抑えた。
「危険なバッターなので、一番注意した相手」だったとか。
- 「打た
れせて取る」ピッチングが持ち味。奪三振数が極端に少ない。
- 当初は先発起用が多かったが、2007年から本格的にセットアッパーへ。
短いイニングを全力で投げるようになったためか、それまでよりも直球の球威が増した。
- 2007年、当時の守護神小山が危険球退場した際に緊急登板したが、しっかり後続のバッターを抑えている。
肩はすぐにできるタイプのようだ。
- 名字に「山」がつくことから、「山達」の一員に加えるべきなのではという意見がある。
- 2012年は1軍出場もなく、現役引退を表明。またも初年度メンバーが…。お疲れ様でした。
- 引退後は仙台を拠点に、テレビのコメンテーターや地方新聞のコラム執筆などをするとのこと。
最終更新:2013年03月05日 17:44