響きライブラリー

マツとシイ

最終更新:

library

- view
管理者のみ編集可
edit

マツとシイ
―森の栄枯盛衰

原田洋,磯谷達宏

マツとシイが分かれば、温帯日本の植生が分かる

2006.12.13

マツ:日本人の生活が生んだ日本の風景

マツが生へてゐる場所と云ふのは非常に情緒豊かというか、いかにも日本の風景と云つたイメージが在ると思ひます。しかし本書で、其れ等は実は植物にとつて条件の悪い処なのだと指摘されて驚きました。確かに岩山の尾根に土壌と云ふやうなものは殆ど無いし、海岸の砂浜などは塩分が多くてとても住めたものでは無い。マツは強ひのだ。ところが、其の様な条件の悪い処で美しい風景を成してゐるのはマツの本意では無いさうだ。条件の良い処でもマツは育つ。ただ、他の植物がしつかり育つてしまふ為に繁殖できないに過ぎないとか。何とひたむきな。

従つて、マツを繁殖させやうと欲すれば、土壌を豊かにしてはならない。落葉狩りが非常に重要である。実際、人里のマツは其うやつて維持されてきた。マツは木材としても有用であるし、何よりも松ヤニという脂分のおかげで火力が強い。落葉も勿論燃料に使う。更には土壌が豊かに成る前に成長する必要がある為に成長が早い。何と都合の良いというか、足を向けては寝れませんな。明日もきちんと落ち葉狩りをして土壌を苛めますんでと言つて揉み手する他無い。

此の様に美しくも手前勝手な持ちつ持たれつの関係が松を身近にしてゐたやうなのですが、人は落葉や炭や松明を使わなく成つて仕舞つた。

シイ:温帯=常緑広葉樹林=照葉樹林の主役

誰も手を入れなく成つた林地で、落葉が土壌を豊かにすると、本来の植生に戻ることは避けられない。多くの松林がシイ林に替わつて行つてゐる。これは何も最近の事ではなく、100年前程前から徐々に進行している。従って、我々が元々シイ林だと思つてゐる場所が、江戸時代までは松林だつたと云ふ事が有り得る。鎌倉の大仏の背景を始め、明治時代や戦中の写真がそれを裏付ける。

植生に関する本は多く在るが、殆どは網羅的なものであり、或いは落葉広葉樹林とその生活に付いてのものでほぼ全てである。照葉樹林は当たり前すぎるのか独立したテーマで一冊になつてゐるものは他に余り見かけない。マツとシイに限定した事で非常にコンパクトであり、論旨が明快。またその成り立ちからして専門の学術書ではなく平易な文章。好書であります。

  • 岩波書店 現代日本生物誌6 (2000/08)
人気記事ランキング
ウィキ募集バナー