秘密
月のない夜を選ぶ約束になっている。
叩扉の音は、更深の静寂の中で存外に響く。だから、通常の手順は悉く無視する了解だった。
訪問者は音も立てずに屋内へ滑り込む。薄暗い室内で試験管を傾けていた男は、それでもすぐに振り向いた。気配というにはあまりにも薄い、その屍臭に反応して。
「毎度、配達ですよ」後ろ手に扉を閉めて、尚辺りを憚るような囁き声で訪問者は笑う。面白くもない冗談が無視されることは分り切っていたので、そのまま歩み寄って喋り続けた。「どうです、研究の進捗は」
必要以上に顔を近づけると、吐息が髪にかかるのを厭ったらしく、険悪な仕草で払われる。気にしない。今日は久々の切り札がある。
「いいのがね、手に入りましたよ」
しかも結構新鮮な。
付け加えると、流石にその科白は悪趣味に過ぎたらしい。角灯の弱い明かりに照らされるだけの端正な貌が物言いたげに歪んで、けれど自分も同じ穴の狢だと、結局何も言わずに目を逸らすだけ。
「オッドアイの首。…青と黒ですけれども」
幾重にも重ねた麻袋の中から、髪を摑んでずるりと引き出す。一層強い死臭が漂う。屍の表情を掲げて笑えば、男の顔がまた不機嫌そうに歪んだ。
「…置いてさっさと消えろ。薬はそこに置いてある」
「ふふ…確かに。今日も無事取引成立ですね」
薬壜を一瞥して訪問者は笑う。そのまま、立ち去る気配などまるでなく、散らかった作業机の端、銀髪の男のすぐ傍に腰掛ける。
「そろそろ、うちに来ればいいのに。もっと楽に研究できるでしょう?」
「失せろ狂人」
…落ちない相手を口説き続けるのは愉しい。
愉しくて堪らない。
訪問者は音も立てずに屋内へ滑り込む。薄暗い室内で試験管を傾けていた男は、それでもすぐに振り向いた。気配というにはあまりにも薄い、その屍臭に反応して。
「毎度、配達ですよ」後ろ手に扉を閉めて、尚辺りを憚るような囁き声で訪問者は笑う。面白くもない冗談が無視されることは分り切っていたので、そのまま歩み寄って喋り続けた。「どうです、研究の進捗は」
必要以上に顔を近づけると、吐息が髪にかかるのを厭ったらしく、険悪な仕草で払われる。気にしない。今日は久々の切り札がある。
「いいのがね、手に入りましたよ」
しかも結構新鮮な。
付け加えると、流石にその科白は悪趣味に過ぎたらしい。角灯の弱い明かりに照らされるだけの端正な貌が物言いたげに歪んで、けれど自分も同じ穴の狢だと、結局何も言わずに目を逸らすだけ。
「オッドアイの首。…青と黒ですけれども」
幾重にも重ねた麻袋の中から、髪を摑んでずるりと引き出す。一層強い死臭が漂う。屍の表情を掲げて笑えば、男の顔がまた不機嫌そうに歪んだ。
「…置いてさっさと消えろ。薬はそこに置いてある」
「ふふ…確かに。今日も無事取引成立ですね」
薬壜を一瞥して訪問者は笑う。そのまま、立ち去る気配などまるでなく、散らかった作業机の端、銀髪の男のすぐ傍に腰掛ける。
「そろそろ、うちに来ればいいのに。もっと楽に研究できるでしょう?」
「失せろ狂人」
…落ちない相手を口説き続けるのは愉しい。
愉しくて堪らない。
背けられたままの頭を、不意をついて引き寄せた。
口付けるのを、床に転がった屍の首だけが見ていた。
口付けるのを、床に転がった屍の首だけが見ていた。