理由
「貴方のお友達は真面目で潔癖な方が多いようですし……貴方が不特定多数の男女を相手に夜遊びをしていたなんていう過去遍歴を、知られたくはないでしょう?」
男は、穏やかな笑顔で忠告という名を借りた脅迫を突き出してきた。
部屋の窓から見える空はもう夜の帳を下ろし、濃紺のビロードが広がっている。
僕はこれから活動を始める。屋敷を抜け出して、大聖堂から遠い小さな教会に行く。教会には訳アリの人間を受け入れるお人好しで優しい女性が住んでいる。彼女は冒険者を引退して身寄りがない高齢のプリーストで、僕が身の上を明かさずに出入りしても黙って受け入れてくれる。そこに間借りしている一室でプリーストの服に着替えて、僕の冒険者の時間が動き出す。今日もそうするつもりだった。
「…………遠まわしな言い方をしないでもっと単刀直入に言え」
「一言でまとめますと、『外へ出るな』ということなのですが、ご理解いただけますでしょうか」
僕は否と口を動かす代わりに男を睨みつけた。
僕が冒険者として出歩くことが、彼は大層ご不満らしい。むしろ、僕が『外』へ意識を向けることそのものに嫌悪を示す。
「私としても、貴方から大事なお友達を遠ざけるようなことはなるべくしたくないのですよ。抱えている過去を拒否されれば誰だって辛いでしょうに……」
「よく言う」
相手を思いやるような素振りではいるが、この男がもっと何か別の執着のために僕をここへとどまらせようとしているのは知っている。穏やかに慈しむ微笑みの中で、男の瞳だけが、昏い。
「そもそも、誰のせいで僕が夜遊びをし始めたと思っているんだ」
はて、と男は顎に手を添えて首を傾げた。白々しい。
「そんなに睨まないでください。やれやれ、昔はもう少し素直に笑顔を向けてくださっていた気がするのですけれどね」
「ハッ………………週に一、二度、母さんの寝室に出入りしているような男に、僕が懐くだなんて本気で思っているわけじゃないだろう」
僕が投げた視線と言葉に、男は穏やかな空気を歪めて笑みを深めた。
「……ご存知でしたか。これはこれは」
「僕が気づいていることもお前は知っていたんだろう。それも最初から、だ」
16の時、その逢瀬に気付いた。
それからは夜が怖くなった。
週に幾度か訪れるその嫌悪に抗う方法も知らず、しかし全てを壊してしまう勇気も僕にはなかった。確かなものなど身体しかなくて、他人と繋がる快楽と刺激は嫌悪を紛らわすのにある程度有効な手段だった。
それすらも計算だったのだろうか。あの日あの夜、母さんの寝室に入っていく男を見かけてしまったのも。それによって僕が迷走したことも。今その過去を開示することで僕の執着しているものを遠ざけられるということも。
「外へ行くのはお止めになた方がいい、ヨツバ様。外には貴方のためになることなど何一つない」
男は昏く笑う。
僕は手のひらを強く握りこんだ。指先は冷たくなっていた。
男は、穏やかな笑顔で忠告という名を借りた脅迫を突き出してきた。
部屋の窓から見える空はもう夜の帳を下ろし、濃紺のビロードが広がっている。
僕はこれから活動を始める。屋敷を抜け出して、大聖堂から遠い小さな教会に行く。教会には訳アリの人間を受け入れるお人好しで優しい女性が住んでいる。彼女は冒険者を引退して身寄りがない高齢のプリーストで、僕が身の上を明かさずに出入りしても黙って受け入れてくれる。そこに間借りしている一室でプリーストの服に着替えて、僕の冒険者の時間が動き出す。今日もそうするつもりだった。
「…………遠まわしな言い方をしないでもっと単刀直入に言え」
「一言でまとめますと、『外へ出るな』ということなのですが、ご理解いただけますでしょうか」
僕は否と口を動かす代わりに男を睨みつけた。
僕が冒険者として出歩くことが、彼は大層ご不満らしい。むしろ、僕が『外』へ意識を向けることそのものに嫌悪を示す。
「私としても、貴方から大事なお友達を遠ざけるようなことはなるべくしたくないのですよ。抱えている過去を拒否されれば誰だって辛いでしょうに……」
「よく言う」
相手を思いやるような素振りではいるが、この男がもっと何か別の執着のために僕をここへとどまらせようとしているのは知っている。穏やかに慈しむ微笑みの中で、男の瞳だけが、昏い。
「そもそも、誰のせいで僕が夜遊びをし始めたと思っているんだ」
はて、と男は顎に手を添えて首を傾げた。白々しい。
「そんなに睨まないでください。やれやれ、昔はもう少し素直に笑顔を向けてくださっていた気がするのですけれどね」
「ハッ………………週に一、二度、母さんの寝室に出入りしているような男に、僕が懐くだなんて本気で思っているわけじゃないだろう」
僕が投げた視線と言葉に、男は穏やかな空気を歪めて笑みを深めた。
「……ご存知でしたか。これはこれは」
「僕が気づいていることもお前は知っていたんだろう。それも最初から、だ」
16の時、その逢瀬に気付いた。
それからは夜が怖くなった。
週に幾度か訪れるその嫌悪に抗う方法も知らず、しかし全てを壊してしまう勇気も僕にはなかった。確かなものなど身体しかなくて、他人と繋がる快楽と刺激は嫌悪を紛らわすのにある程度有効な手段だった。
それすらも計算だったのだろうか。あの日あの夜、母さんの寝室に入っていく男を見かけてしまったのも。それによって僕が迷走したことも。今その過去を開示することで僕の執着しているものを遠ざけられるということも。
「外へ行くのはお止めになた方がいい、ヨツバ様。外には貴方のためになることなど何一つない」
男は昏く笑う。
僕は手のひらを強く握りこんだ。指先は冷たくなっていた。