―――6月。
春の陽気は何処へやら、しとしとと雨の降り注ぐ日が多く、しかも祝日のしの字もないということで、非常に気の滅入る月だ。
それでもおてんとう様は強い子のようで、我が物顔でのさばる雨雲を押しのけて、今日みたいに顔を覗かせることもある。
1年の陰鬱を凝縮したみたいな6月では、たまの晴天は本当に貴重だ。人も草木も活気付き、とても気持ちがいい。
そういう日は基本インドア派な僕の部でも外で活動をする。お日様が出ているのに日向ぼっこをしないなんて大自然に失礼なのである。
だというのに僕は今、空調の効いた不健康な部屋で、煙草をふかす不健康な先生を前に、ストレスで胃に不健康な話を聞かされていた。
先生
「つまりだな、新聞部は廃部にしようと思う」
主人公
「マジっすか」
先生
「マジマジ」
新聞部。
その名の通り新聞を作って公開することを目的とした部活動だ。
僕は新聞部の副部長で、目の前の先生は顧問の先生。
新聞部のことで大事な話がある……と言われてホイホイついてきたら、いきなりこれだ。随分と早いんだな。
先生
「ほら、うちの学園にもとうとう文明開化って言うかIT革命の波がきたじゃない?[l] だからもうぶっちゃけ新聞は入らないと思うんだよね」
先生
「知りたいことはみんな学園のサイトに載ってるし、毎月毎日新聞にするようなニュースがある訳じゃないしね」
主人公
「でも、手に触れて目で読んで文字に親しむって大切なことですよ」
部がつぶれてしまっては困るとする僕の無駄な抵抗は、
先生
「でもほら、今の若い子は新聞や小説より漫画やゲームの方が楽しいみたいだからね。君たちみたいに」
効果を得る得ないどころか、もう挽回出来ないレベルの地雷を思いっきり踏み抜いてしまった。
――この学園の新聞部の歴史はそこそこ古い。
具体的にいつから部があるかは知らないけど、新聞そのものは学園の設立当初からあるし、OBが大手の新聞社で活躍してたりもするらしい。
しかしこの学園はIT化の流れに乗るのが非常に早く、ここ数年で学園HPの閲覧者数は新聞の購読者数を抜き去り、新聞部のお株を奪ってしまったのだ。
新聞部も最初のうちは抵抗したみたいだけど、元々購読者が少ない新聞に対して日々進化してくHPは手ごわすぎて、僕らは次第に考えるのをやめた。
かくして新聞部は部とは名ばかりのぐだぐだ集団と化し、部室は部員が思い思いに新聞を作ったり遊んだり寝たりの溜まり場へと姿を変えたのだ。
先生
「新聞作るのもタダじゃないしね、いい機会だと思うんだ。そんな訳で早速みんなを呼んで来て欲しいんだけど……」
主人公
「ま、待ってください先生っ!」
僕が入ってきた時は既に新聞部は現実に白旗を揚げていた。だからこそ僕は入部したし副部長だってやってるに、せっかくの貴重な遊び場を奪われちゃたまらない。
部室という場所は貴重なのだ。荷物おけるし漫画やゲームが常備してあるし、何よりたくさんの友達がそこに集っている。
潰されてなくなってしまうのは、困るのだ。
だから。
主人公
「1週間」
先生
「1週間?」
主人公
「1週間だけ待ってください先生。新聞部総力を挙げて、うちがまだまだ潰れるべきじゃないってことを、証明して見せます」
最初で最後の悪あがきで、いっちょ学園に一泡吹かせてやろうと、僕は宣言したのだった。
先生
「えー? 嫌だよめんどくさい。さっさと潰しちゃおうよ」
主人公
「せめてもう少しくらい考えてから答えてくださいよ顧問先生」
宗次「と、いうわけなんですけれど」
俺は、久しぶりに部員全員を部室に集めて――訂正、皆からマイナス1だ。あいつだけ来ていない――先ほど顧問の教師と決めたことを皆に話していた。
副部長になってから、そういった雑用は大抵俺の役目となっている。
しかし……。
雪那「…………」
寝てるし。
真実「…………」
アニメ見てるし。
成美「…………」
人形修繕してるし。
宗次「ええい、お前ら人の話を聞けっ!!」
成美「聞いてますけど……」
人形を修繕していた部員の1人、三嶋 鳴海が、ぼそっと返事をしてくれた。
宗次「だったらもう少し聞く姿勢というものを考えてくれよ」
真実「んー? 当然私も聞いてたよ?」
目はアニメに釘付けのまま、一ノ瀬 真実も便乗するかのように声を上げた。こちらもまた部員の1人である。
宗次「嘘をつくな。聞いてたというのならさっき俺が言ったことを復唱してみろ」
真実「だったらもう少し聞く姿勢というものを考えてくれよ」
宗次「それじゃねえ! 後話すときはこっちを見ろ」
真実「もー、うるさいなー」
真実はようやくビデオで再生していたアニメを止め、テレビの電源を消す。
……こんなことしてるから廃部にされそうになるんだろうなと、なんだか凄く納得した気がした。
真実「……で、なんだっけ? しむらけんがしんだって所からだっけ?」
宗次「どこからそんな話に飛ぶんだよ……。あーもう」
こんな奴と面と向かって会話しても何の利益も生まれない。
さっさと部長を起こして無理にでも話を進めよう。
「部長、起きてくださいよ。部長」
俺は机に突っ伏して寝ている部長――[[二見 雪那]]――の肩を揺する。
「すー……すー……」
「…………」
肩から長い黒髪を垂らして眠りについている部長はとても綺麗で、何だかずっとこのままにしておいてあげたいとも思える。
真実「けれど、そーくんの性欲を具現化したエクスカリバーは、自分の目の前で無防備に眠る獲物を前にしてどんどんと硬く……」
宗次「妙なナレーションをつけるんじゃねえ!」
成美「……不潔ですね」
そんな!?
雪那「ん……もう、あなた達、ちょっとうるさいよ」
部長が少しだるそうな感じに呻きながら起き上がり、大きく背伸びをした。
宗次「あ、すいません。……というか珍しいですよね、部長が部室で居眠りなんて」
雪那「ああ、昨日はちょっと遅くまで盗ちょ……ううん、なんでもない。それで四堂くん、何かあったの?」
何だか怪しいワードが出てきたような気がしたが。ここはスルーしておくのが賢明だろう。
五分後
宗次「と、いうわけなんなんですよ」
真実「えー、廃部なの!?」
しんじられなーい。と鬱陶しそうに毒づく真実。
成美「……廃部……」
何だか静かにショックを受けている三嶋。
雪那「…………んー」
顎に手をあて静かに考え込む部長。
三者三様の反応だった。
……本当はもう1人いるはずだったのだが。
宗次「部長……どうします?」
部長「一週間、というのは難しいわね。……私はともかく、あなた達にはほとんど何のノウハウも無いわけだし」
宗次「う……」
今まで遊んできた自分達を揶揄されたかのようで胸が痛い。
真実「私はちゃんと新聞作りのこと勉強してたんだよ?」
黙れ。
雪那「……まあ、活動をしてこなかった私に一番の責任があるのだろうけど……」
宗次「でも、とにかくやるしかないですよね。真実と三嶋もこの部を潰したくはないだろ?」
俺が二人にそう問いかけると。
真実「面倒くさいけど、貴重な溜まり場だしね」
真実は不純な動機で賛同し。
成美「はい、私も潰したくないです」
三嶋も、細い声ながらもしっかりと同意してくれた。
雪那「……そうね、やるしかないか」
部長は椅子から立ち上がり、ぱん、と一度手を叩いて皆の視線を集める。
雪那「だったら、まずは班分けをしましょう」
成美「班分け……?」
雪那「そう、新聞は伝達の速さという点でもネットに勝ち目は無い。つまりどこにでも拾えるようなニュースに意味は無いのよ。真実、私の伝えたいことがわかる?」
真実「え? えーと、実はわかってるんですけど。あまりにも簡単すぎるからそーくんに答える権利譲ってあげるよ!」
宗次「お前な」
雪那「じゃあ、四堂くん、わかる?」
あっさり矛先を変える部長だった。
宗次「……そうですね、えーと、つまり新聞部独自のスクープ、もしくは独自の企画で人を集めるしかないということですか?」
雪那「その通り。私達が最初に掴んで最初に伝えるの。……一学生にはとても難しいことだけれど、ね。正直無理難題だわ」
宗次「それで、班分けというのは?」
雪那「ネタ探し班とその他作業班で、二人ずつわけるの。ネタ探し班は当然ネタを探す、どんな手を使っても構わないわ。草の根をわけてでも木の根をかじってでも探すのよ」
成美「木の根をかじる……」
想像したのか、なんだか不味そうな顔をする三嶋だった。
雪那「その他の作業は、見出しのスクープ以外の記事を考えるの。レイアウトは過去の先輩達のものからぱくればいい」
部長は自分の後ろの本棚を指差した。……洋書もライトノベルもやおい同人誌も新聞部の過去の作品も置いてあるカオスな本棚だが。
雪那「後は考えられれば企画を考える。……これが作業班の役目ね」
部長は一通り説明を終えて、ふうと一息ついた。
真実「じゃ、くじ引きで決めようよ!」
真実は既に本に貼り付ける付箋を四枚右手に持っていた。
真実「えっとね、ネタが二枚、作業が二枚あるから。はい、そーくんからどうぞ~」
くじ引きのどこがそこまで楽しいのかわからないが、やたらと笑顔の真実の手から一枚くじを抜き取る。
宗次「……ネタ班です」
正直助かったかもしれない。室内での作業はあまり性に合わない方だし。
雪那「言っておくけど、責任は一番重いのよ」
プレッシャーだ!
真実「えーと、じゃあ次はねー」
……まあ、何にせよ、この部活が無くなるまでの最後の一週間になるかもしれないのだ。
俺は、その時間一緒にいられるパートナーが。
1 部長
2 真実
3 三嶋
雑兵による導入(破棄)
もう高校2年生か……。
日々だらだらと過ごしていく内に、気が付けば1年。
こうなんと言うか、何かをやり遂げたいと思う気持ちもあるが、どうしても踏ん切りが付かない。
ただ、ありのままに流されている俺にひとつの転機が訪れた。
先生「おい四堂、新聞部に行くならこれを二見に渡しておいてくれ」
四堂「はいはい、分りましたよ」
受け取ったのは一つの封筒。
いつも通り、定期報告会用の紙でも入ってるのだろう。
ん? その割には厳重に封がされてるな……。
とは言え、そんな事を気にしても意味が無いので、いつもの通り新聞部のドアを開ける。
四堂「ういー」
二見「あら、四堂君。お疲れ様」
三嶋「先輩。お疲れ様です」
そこにはいつもの用に、パソコンの作業に勤しんでいる3年の二見先輩と、1年三嶋がいた。
四堂「あれ? 一之瀬は?」
二見「真実ちゃんなら、情報戦に向かったわよ」
四堂「相変わらず情報戦と言う名の嘘を垂れ流してる訳か……あいつは」
そこで手に持っていた物について思い出す。
四堂「っと、部長。これを渡せって言われたんで渡しておくぜ」
二見「珍しいわね。この新聞部に定期報告会の紙が直接来るなんて」
部長も間違いなく定期報告会の用紙だと思いその封筒を明けて中身を一読し始めた。
二見「なるほど……これはあたし達への挑戦状と受け取って置こうかしら。えーっと、山田ウイルスの場所は……」
封書を指で弾く様にその場に捨てて、パソコンでなにやら面白そうににやけ始める部長。
……しかも、今山田ウイルスとか言わなかったか?
気になったので部長が放り投げた紙を拾って目を通すと。
『新聞部廃部の勧告』
このトピックだけで何が起きたのかすべて察してしまった。
二見「へえ……あのハゲ校長ったらこんな趣味してるんだ。これはバラ巻きがいがありそうだわ」
四堂「部長、変なハッキングだけは……って、もうやっちゃってるしー!」
二見「心配しなくても良いわよ。これ足跡付かないプロクシ使ってるから匿名性は完璧で絶対安全よ」
四堂「安全とかそういう問題じゃないでしょ! そんな事するから新聞部はダメなんだってまた言われますよ! 三嶋も部長に何か言ってくれ!」
三嶋「部長……」
二見「成海ちゃん。次はどんな人形は欲しい?」
三嶋「……ぞぬのブーさん」
二見「分ったわ、また通販サイトクラックして買ってあげる」
部長の合図と共にゆっくりとうなずく三嶋
二見「これで2対1ね。どうする? 四堂君」
四堂「うっ、一之瀬さえ居れば何とかなるかもしれないが……」
一之瀬「やっほー! 今日は飛びっきりの偽情報『新聞部廃部の噂』広まってる?」
四堂「お前の仕業かー!」
これがすべての始まりだった。
最終更新:2007年03月29日 00:15