「…………うーむ、タイミングがつかめん」 
新聞部面々が、部の存続のためにそれぞれのネタを探しに散り散りになってから凡そ一時間。 
俺はある少女を追っていた。 
俺が追う少女の名前は五宮咲夜《いつみや さくや》 
東西学園の同級生であり、同学園孤高の花。 
言うまでもないことだが、孤高と言うのは誰とも接点を持ちたがらない所から、花と言うのは 
学園屈指のヒロインであることから来ている。なんでも告白したら、返事と共にビンタが返っ 
てきて、二度と立ち上がれないほど激しく罵られたとか。 
「…………………………………………………………」 
そんな彼女の後を追ってはや半刻になろうとしている。 
世間はそれを尾行もとい、ストーカー行為と証するが、俺のそれは断じて違う。 
俺のは…………単に掴みどころを過っただけだ。本当にただそれだけ。彼女は――、 
俺と同じ部活動のメンバーだから。 





通称「埋まらない穴」 
はっきりと言ってしまえば幽霊部員と言うやつで、その原因を作ってしまったのは俺だったりする。できればこの場で言及することは避けておきたいのだが、故に話しかけずらい。 
大体部長も部長だよ。なぜ俺にこんな役職を押し付けるのか……。 
わかってやってんじゃないだろうな、あの人……。 



<回想> 



「この俺が、そう、伝えろと……?」 
「えぇ。四堂君そーいうの得意でしょう」 
そーいうのがどーいったモノなのかっていうツッコミは置いといて……、 
「部長は知っているんでしょう。五宮が部に来なくなった理由」 
「……うーん。だから、かな。というより、気づいたら頼みの綱の成海ちゃんはいないし、 
真実ちゃんはネタのために奔走してるし、ここにはホラ、あたしと四堂君しかいないでしょう。 
だから、四堂君にそう言い伝えてもらいたいわけなのよ」 
「なら部長が言い伝えればいいじゃないすか……」 
「あたしは、ホラ忙しいから……」 
そう言うなり部長は、忙しなくコンピューターの作業に打ち込む。 
開いたホームページは、なになに……? 
バレない死体処理の仕方…………。 
「――って!! なんてもん見てんですか部長!?」 
「何か問題があるのかしら」 
「めちゃくちゃ問題ありですよ! 事後じゃないですか! 
何考えてんですか! 危ないですよ!」 
「あら、いやね。いくら私でもそんなことはしないわ。これはただの趣味よ」 
「……本当ですか?」 
「本当よ」 
「…………本当に本当ですか?」 
「本当に本当よ」 
「………………本当に本当に本当ですか? いくら部長でも暗剣殺のごとく暗闇で無闇に襲わせたりしませんよね……?」 
「…………チッ」 
「チッっていった! 今チッっていった!」 
「気のせいよ」 
「暗殺なんていけません部長! 僕はまだ、年齢は決していえないけれどこんな若い身空で捕まりたくありませんよ!?」 



<回想終わり> 



とまぁ、こんな感じで話しは進み現在に至るわけで。 
「俺だって好きでこんなところでこんなことやってんじゃないんだよ……」 
道行く人の蔑みの視線が嫌で、なんとなく言い訳をしてみる。 
こんなところとはちまたで人気の手芸ショップである。 
人気と言えば聞こえは良いが、その大半は女性によるもので、現にこんなに広々とした空間なのに、店内には男性一人として見当たらない。男性が入れば下手したら変態扱いかもしれない、そんな居心地の悪い場所に俺はいる。 
ならなぜ外で待機する道を選べなかったのだろう、その理由は大いにあった。 
咲夜の意外な趣味に俺は惹かれてしまったのだ。学校ではツンツン、近寄るなオーラを常時ハツドウさせているあの咲夜が、話しかけるとめちゃくちゃ殺傷能力のある視線を放ってくるあの咲夜が、手芸ショップなどというけしからん場所に赴こうとは、この俺にとっても想定外の事で…………。 
ここから出て行きたい、でも気になる。なので、店員や客から思いっきり悪意ある視線をぶつけられようとも俺は動じない。むしろ興奮さえ覚えてきた。 
そんな逆境の中――、というよりも、単に目の前の光景に心を奪われていただけなのだろうか。 



学園生活では想像だにつかないアイツの姿。 
子供のようにはしゃいで、買い物を心底楽しんでいるように見える。長い黒髪が似合い整った 
顔立ちをしている少女。時おり年相応のあどけなさを見せたりもして、何より――、 



「あいつ……、あんな顔するんだな」 
ずるいと思った。あいつの普段を知る俺にとって、あんな顔見せられたらそれこそギャップの差でたまったもんじゃない。素直に可愛いと思える。 



なのに、なんで普段のあいつはあんなに張り詰めてたりするんだろう。 
なのに、なんでここではあんな顔をするんだろう。 



どちらが本当の咲夜なのか。知りたいと思った。今より前に踏み込みたいと思った。 
俺には未だに掴めない、アイツの本当の姿を見ていたかった。それは、好奇心や探究心から来るようなものではなくて単に……。 
――――いや、今は現状を維持してもキリがないよな。 
俺は意を決して、ずっと隠れていた物陰から身を乗り出し、アイツに話しかけようとした――、 
すると、咲夜の顔つきが見る見るうちに強張っていき……ツカツカとこっちに向かって……歩いてきて……、何やら、ものすごく、怒っているような……? 



「………なに? なんなのよ」 
「ヒィッ――!?」 
我ながら情けない声をあげてしまった。 
誰だってあんな鬼をも殺すような視線で睨まれたらビビるっての! 
「俺は何も見てない俺は何も見てない俺は何も見てない」 
「さっきから私の事散々付け回して何なのかって聞いてるの」 
瞬間、俺の脳内フィルターが反応を示した。 
付け回す? 聞き捨てならないな。俺は崇高かつ高尚な目的をはらんでここにいるのだ。 
故に言ってやらねばならない。努々付け回すなどという醜猥なものとは断じて違うと。 
さぁ、言え。言ってあげなさい。言ってすっきりしてさっさとおうちに帰ろうぢゃないか。 
「……何を馬鹿な。 俺は一夏をかけて編むマフラー素材を探しに来ただけだが」 
って違うだろ!? なにやってんだ俺はッ! 咲夜は呆れるように手をすくめると、 
「――そう。 じゃ、私に用はないわよね。 帰るから、あんたは一人で冬物の材料でも探してなさい」 
うーむ、相変わらず突き放す言い方しか出来ない奴だ。思いと言動が倒錯する中、咲夜はそう言って店内から立ち去る。言い伝えなければならないことがまだ残っているので俺も当然のように後を追って店を出た。 



「……まてって!」 
「何よ。冬物の材料はもう買い揃えたの?」 
「お前に、用があるんだよ……」 
「私はアンタに用なんかこれっぽっちもないけど」 
「なんで、そんな聞き分けないかなぁ。 手芸ショップではあんな楽しそうにしてた癖にな 
大体そんなに材料を買いこんで何に使うんだか」 
そう告げると咲夜の顔は見る見る紅葉していった。 
「(しまった、無駄骨だったか……! 逆鱗に触れちまった)」 
咲夜はズンズンと俺に近寄り、両手を胸によせ、振るように突き出す。 
「(や、やられる――!?)」 



「……違うの! ちょっと母さんに頼まれて……」 
「……は?」 
「だから! 母さんに頼まれたの、あ、そう! 冬物の材料が欲しいって!」 
「お前んち父子家庭だろ?」 
「い、妹に頼まれて……」 
「お前、妹なんていたっけ?」 
「いたのよ! 確かいた! 
先月生き別れの双子の妹が……ってアンタには関係ないじゃないの!」 
「…………しっかりしてるようでほんっと抜けてるなぁ、お前は」 
あらゆる意味で。それがトドメの一撃となったか、咲夜はその場に崩れ落ちた。 
で、それから灰のように白くなった咲夜が立ち直るまで一時間を要し、 
「……何か用」 
投げやるように言葉をぶつけてきた。 
「あ、そうだった」 
当初の目的を忘れていた。今更になって告げることなのか、悩む所ではあった。 
でもこれを告げないと何も始まらない気がして前に進めないから、俺は言った。 



「……部活、廃部になるかもしれない」 
一瞬彼女の顔が一変し、とても寂しげな表情を浮かべた後、 
「…………そう」 
本当にただ一言だけ残す。幽霊部員の彼女にとって見れば今更という気持ちがあるのだろう。 
何しろ、その原因を作った張本人は目の前にいるのだから。 
「まぁ、お前の気持ちもわかるけどさ」 
「…………わかるわけがない」 
「だってお前が部活にでてこれないの、俺のせいだろ」 
「………………………………」 
「確かに軽率だったかもしれないけどさ。わかってくれよ、あの時は本当に――」 



「やめてよ!」 



刹那、彼女の声が周りにこだました。通行人たちが訝しげにこちらを見つめる。 



「お前…………」 
「そんなあやふやなモノ私に向けないで!」 
「あやふやってなぁ! 俺は単にッ――」 
「形のない好意なんて迷惑なだけなの! 
だったら好意が悪意に変わるより前に、明確に嫌われてしまったほうが良い! 
だからもう……もうついてこないで」 
そう言って咲夜はその場を立ち去った。その背中に絶対に近寄るな、とのオーラを残して。 
「……クソ、なんなんだよ」

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最終更新:2007年03月30日 21:50