;背景 アーケード
;BGM どたばた部活動

宗次
「ん……?」

帰りに本屋でも寄ろうと思ったところで、意外な後姿を発見した。

宗次
「部長……?」

なんだか持て余した様子でぼーっと突っ立っているその様子は、部長らしくない気がして、なんだか気になった。
そう、まるでナンパを待つような軽い女性のような雰囲気が漂っている感じがする。

宗次
「どうかしたんですか?」

雪那
「あっ……なんだ、四堂くんか」

宗次
「……はい、なんださんちのそーじくんです」

「なんだ」って言われるの、結構心にクルよね。

雪那
「もう、いきなり拗ねないでよ。ちょっと試したい物があったんだけど、四堂くん相手じゃ駄目だから……ちょっとね」

宗次
「試したい物?」

雪那
「まあ、ちょっとした防犯グッズみたいな」

宗次
「部長に防犯グッズなんて必要ないんじゃあぶねぇっ!」

部長の拳がマッハで走り、俺の髪を数本持っていく。

雪那
「四堂宗次、死亡確認」

宗次
「いやいやいやいや」

雪那
「私が使うんじゃないのよ、新聞部は防犯活動に置いても力を入れている部活ですよーっていう、アピールのためにね」

宗次
「はあ……なるほど」

雪那
「それでね、開発したのがこれ」

この人はクラックしたりハックしたりするだけでなく、クリエイトの才能もあるのか。

流石万能、二見雪那。卒業後にはアメリカの大学に誘われているという噂が流れているだけのことはある。

実際新聞部が今まで廃部の無事だったのは、この部長個人のスペックによるところが大きかっただろう。

雪那
「ちょっと、聴いてる?」

宗次
「え? ええ……なんですかこれ?」

部長の手のひらには、ピンポン玉くらいのオレンジ色をした球体があった。

雪那
「これはね、超におい玉。英語でいうとスーパースメルボール」

宗次
「ちょう……においだま?」

なんか、小さな頃にあったおもちゃみたいな名前だな……。

雪那
「このボールの中にね、私があらゆる科学成分を配合して作られたフルーティでありながら強烈な香りと、催涙ガスが詰められてるのよ」

宗次
「なんか、いろいろおかしくないですか?」

雪那
「何が?」

部長は自分の行為を省みるということをあまりしないらしい。

宗次
「それと、ここにいることがどう繋がるんです?」

雪那
「ええ……まあ、罪なき人相手にこの道具を試すわけにもいかないから……」

宗次
「いかないから?」

雪那
「ここでぼっとしてたら、タチの悪いナンパとか、ビールっぱらのほひほひしたおじさんとか寄ってこないかなあって……」

宗次
「この辺りにそんな人いませんよ!」

治安は割りといいのがこの街の自慢だ。

雪那
「そっか、そうよね。あーあ、この超におい玉の威力、知りたかったのに……」

心底残念そうな部長だった。

しかしこのまま放っておくわけにはいかない。
この人は、自分の知的欲求が満たされないとどんな手段に訴えるかわからないからな。

宗次
「じゃ、俺が誘ってもいいですか?」

雪那
「え?」

宗次
「今から俺がナンパするってことで、どうです?」

部長は、俺の唐突なきょとんとしたものの、すぐにクスクスと笑いを漏らす。

雪那
「なあにそれ? 私とデートしたいの?」

宗次
「いえ……だから実験を」

雪那
「駄目よ。本当に強烈なにおいだもの、洗ってもにおいが体に染み付いて、三日か四日はとれないはずよ」

宗次
「どんだけ凄いんですか……」

雪那
「まあ、実験はいつでもできるし。今は四堂くんのお誘いに乗ってみようかしら」

宗次
「え? マジですか?」

雪那
「本気もマジ、大マジよ」

言いながら、部長は俺の手をとって歩き出す。

宗次
「ちょ、ちょっと部長!? どういうつもりですか?」

この人、まさか俺のことが好きだったのか……!? って、そんなわけないよな、明らかに釣り合わないし。

雪那
「どういうつもりって、何が?」

宗次
「いえ、俺とデートなんて、正気ですか?」

雪那
「んー……正気ですかって。正気は正気だけど、四堂くん、自分を過小評価してない? 君って、結構いい男だと思うよ」

宗次
「え……」

思わず赤面してしまう。

雪那
「あ、四堂くんが懸念してるのって、もしかして真実の方? 確かに見られたらヤバイもんね」

宗次
「はあ?」

何でそこに真実の名前が出てくるのだろう。

宗次
「何で真実に見られたらヤバイんですか?」

雪那
「何でって……あなた達二人って」

真実
「あれ? 部長とそーくん、何してるの?」

背後から声がかけられ振り向けば、真実がスーパーの買い物袋をぶら下げて立っていた。

宗次
「あれ、お前先に帰ったんじゃ……」

真実
「ん? うん、それがさー。これからホームレスさんの炊き出しに……」

宗次
「はいはい、そんなことする奴じゃないよなお前は」

真実
「あはは、ただ単にお母さんに買い物頼まれたってだけだよ? もー、凄い面倒だって言ったのにさー」

確かに、野菜とか牛乳が詰まって結構重そうな荷物となっている。

真実
「それで、部長とそーくんは……もしかして、デート!?」

雪那
「ああ。違うのよ? デートなんかじゃなくて、決してあなた達の関係を邪魔するつもりは……」

宗次
「?」

真実
「え? 何言ってんですか?」

雪那
「……あなた達、付き合ってるんじゃないの?」

宗次・真実
「えええええええ!?」

地球から冥王星くらいにまで話が飛躍してないか!?

宗次
「そ、そんなわけないでしょ部長。俺が真実となんて……」

雪那
「そうなの? 私は調べるまでも無くそうだと思ってたわ……。だってあなた達って、羨ましいくらいに仲がいいし」

宗次
「それはただの友達関係ってだけで……なあ、真実?」

俺が真実に話しを振ると、何故かぼーっとしていた真実は数秒のタイムラグの後に。

真実
「え? え、うん、そーですよ! 部長! 私がそーくんと恋人になんてなれるわけ……」

キャアアアアアアアアアアアアッ!

夕暮れ時の平和なアーケードに、女性の悲鳴が響き渡った。

宗次
「!?」

雪那
「何?」

真実
「どぉした~!?」

悲鳴のした方向に三人で向き直ると、OLらしき女性が倒れていて、原付が明らかに女物の鞄を持って走り去って行こうとしている。

宗次
「ひったくりかよ!?」

こんな所でやるか普通!?

雪那
「こんな機会を待っていたぁっ!」

真実
「ぶ、ぶちょー!?」

部長はポケットから超におい玉を取り出すと、昔の野球漫画もびっくりなフォームで、逃げる原付に向かって投げつける!

雪那
「クラッシャーボール!」

ボンッ!

アーケードの真ん中にオレンジ色の煙が巻き起こり、こちらにまで強烈な刺激臭が届く。

宗次
「って、いってぇ! 目がいてぇっ!」

真実
「けほけほ、けむたーい」

雪那
「そ、想像以上の威力だわ……。でも、これなら!」

部長は確信に満ちた表情で顔を上げたが、原付に乗った犯人は風防のついたヘルメットを被っていて、それほどの被害も受けずにオレンジ色の煙の中を突っ切っていく。

雪那
「あ、あれえ?」

宗次
「あ……そうだっ!」

俺はポケットに入れたまま、まだ真実のパンツしか撮ってないデジカメを取り出して、急ぎ原付に向けてシャッターを切る。

パシャッ。

宗次
「あ……フラッシュ焚いたままだった……」

あの、心霊写真を撮ろうとか言ってた時のままだったんだ。

原付は光に気付いて少し振り向いたが、そのまま止まることなく走り去っていった。

真実
「あー、逃げられちゃったねえ……。でもそーくん、何か撮れた?」

宗次
「……いや」

ナンバーでも撮れていればと思ったが、ブレていてとても読めない。

雪那
「大丈夫ですか?」

OL
「え、ええ」

部長がいつの間にか、被害者の女性の所に歩み寄り助け起こしている。
ちゃんとそういうところに目が行くのが部長の凄いところなんだよな……。

雪那
「警察は、すいませんけど御自分で呼んでください。真実、四堂くん、帰りましょう」

宗次
「え? いいんですか!?」

目撃者として、いろいろと証言とかしなくちゃいけないんじゃ……。

そう進言しようとしたところで、部長に耳打ちをされた。

雪那
「いい? 不謹慎だけど、これはチャンスよ」

宗次
「チャンスですか?」

雪那
「ひったくりがあったというニュースだけでは、駄目なの。……どうせなら、私達で捕まえるくらいでないとね」

宗次
「で、でもどうやって……」

雪那
「さっき犯人は、超におい玉の煙の中をすり抜けてったでしょ? あれで三日は体ににおいが染み付いて離れないはずよ」

宗次
「そこを、俺達が探すと……?」

でも、それはあまりにも無茶だろう。
人口数万人の街の中から、いくらにおいがあるとはいえ一人を探すなんて……。

雪那
「不可能を可能にするのが新聞部よ。それに、どうせぼーっと歩いてるだけじゃスクープなんて手に入りっこないんだから、これは僥倖なのよ、わかる!?」

真実
「あ、あの。ぶちょー、そーくん。ひそひそ話しは後にして早く行きませんか?」

雪那
「あ、うん。そうね。撤収しましょう」

宗次
「ああ、待ってくれ二人ともっ!」

本当にいいのかなと思いつつ。
すたこらさっさとアーケードを後にする俺達だった。

;背景 廊下
;BGM なめこぱんだ

翌日の放課後。

宗次「うーん……」

俺は部室に向かう途中の廊下で、一枚の写真を手に唸っていた。

一応昨日の写真を印刷したのだが、やはりブレすぎていて何もヒントは写っていない。

宗次
「まあ、地道に聞き込みするしかないかな……」

そう決めたところで、丁度部室の前にたどりつく。真実はいるだろうか?

;背景 部室

宗次
「おーっす、真実いるか?」

軽快に扉を開けたら、そこでは真実が窓に何やら楕円形の画用紙を貼り付けようとしていた。

真実
「あ、そーくん。おっす!」

宗次
「……なにやってんだ?」

真実
「なんだと思う?」

どうせまた捏造だろう。

宗次
「そうだな……。心霊写真、ツチノコもやったし……」

次にきそうなお約束といえば……。

真実
「ぴんぽんぴんぽーーん!! 冴えてるね、そーくんっ!」

両手を頭の上で打ち鳴らして絶賛する真実。オーバーアクションなやつだ。

真実
「これはね、グラスワークっていうんだよ?」

宗次
「グラスワーク?」

真実
「えーっ? 知らないのー? ぷぷ、グラスワークを知らないのが許されるのって、中学生までだよねー」

……抑えろ。俺。

真実
「あ、怒った? うそだよ、じょーだん」

宗次
「……わかってるよ」

そう、こんな奴だから、こいつに怒ったって暖簾に腕押し糠に釘。

真実
「グラスワークってのはね? こうやって楕円形の画用紙を窓に貼り付けてー、反対側からちょーっとピントずらした感じで撮影すると。

なんと驚き! UFO写真のできあがりー♪」

宗次
「……本当にそんなのでできるわけ?」

もうこの際捏造については諦める。

真実
「んー、私も出来のいいグラスワーク写真ってのはそんな見たことないんだけどねー。まあやってみればわかるよ」

;BGMなし

宗次
「いや、やらなくていいから……」

真実
「え?」

意外そうな顔をして振り向く真実に、俺は言ってやる。

宗次
「あのさ、昨日部長が言ってたろ? ひったくりの犯人を探すってさ」

真実
「……で、でもさ! 見つかるかもわかんないし。こういうネタを用意しておいたほうがいいんじゃない?」

宗次
「いいよ、どうせこんな捏造じゃ誰も釣れないから……」

真実
「そんなことないよ。きっと、とんでもないスクープになるよ!」

宗次
「ありえねーって。犯人捜したほうが確実だ」

それに、そんなオカルトネタ、今更流行らないと思う。

真実
「で、でもさ。危ないよ! 犯人を追うだなんて」

宗次
「……」

真実
「それにさ、そんなこと部長が自分でやればいいんじゃない? 人にそんな危険なこと押し付けるなんておかしいよね?」

宗次
「…………?」

何が言いたいんだ……。

真実
「あ、あとさ、今回の騒動だって部長が率先して新聞作りやろうとしてれば、こんなことにならなくて済んだんだよね?」

宗次
「……おい」

おかしいぞ、こいつ……。

真実
「そ、それにさ。昨日だってそーくんと手なんかつないじゃったりして……」

宗次
「いい加減にしろ、いつもの嘘よりもタチが悪いぞ」

真実
「え……」

宗次
「あのな、部長を悪く言って。そんなにサボりたいのか?」

真実
「え、ち、ちが……」

宗次
「……サボりたいならサボりたいって言え、お前は新聞部が潰れてもいいんだな?」

真実
「そ、そんなわけないって!」

宗次
「じゃあ、真面目にやれ。あと部長のことを悪くいうな」

真実は、その言葉を聞いた途端はっと目を見開いて。
いつかのようにうつむいてしまった。

真実
「やっぱり、部長のが大切なんだ……?」

宗次
「は? 真実、お前何言って……。って、おいっ!!」

何で逃げるんだよ!?

マジでわけわかんねえぞ……!

;背景 真っ黒

そのあと、逃げた真実を追ってしばらく街を走り回ったけれど、結局見つけることはできなかった。

宗次
「…………くそ」

もう、時間がない。こんなことしてる暇はないのに……!




回想

;背景 教室
;BGM メモリーオブニュース

宗次
「あ、あれ? 一之瀬さんしかいないの?」

真実
「ん? 今から教室移動だよ?」

宗次
「え、どこに?」

真実
「……視聴覚室だってさ」

宗次
「そっか、ありがと!」

真実
「……あーあ、またあっさりだまされちゃって。学習しないねえ……」

;背景 廊下

宗次
「一之瀬さん、また嘘ついたでしょ?」

真実
「あっはっは! もう一か月も経つのに学習しないねー」

宗次
「何でそんなに嘘ばっかりつくのさ?」

真実
「んー? 楽しいからだよ? ただそれだけ」

これまたあっけらかんと……。

真実
「あとさ、一之瀬さんなんて他人行儀だよ? 気軽に真実って呼んでくれていいのに」

宗次
「え……。でも、『君とは友達になれそうにない』って、最初に言われたし」

真実
「あー…………。ごめんね、あれ嘘だから。これから友達ね?」

宗次
「なんだよそれ……。じゃあ、これからは真実って呼んでいいわけか?」

真実
「おっけおっけ! 私は君のことそーくんって呼ぶね!」

宗次
「ええ!?」

な、なんか嬉し恥ずかしなあだ名だ……!

真実
「照れなくていーんだよ? 私はみんなこうやって呼んでるんだっ!」

宗次
「そ、そうなんだ……? あ、そうだ。友達になったっていうんなら、これから俺に嘘はつかないでくれよ?」

真実
「うん、わかったよ!」

真実は笑ってそういったけど。結局それはまた嘘で、俺はそれから一年間も騙され続けた。

自分のお人好し具合が嫌というほどわかったけれど、流石にそれ以降は少しは疑ってかかるようになる。

そしてある日のこと。

;背景 教室

真実
「そーくんってさ。新聞部入ってるんだよね?」

宗次
「ん? まあ、新聞部とは名ばかりのサボリ部だけどな」

真実
「そうなんだ……。あのさ、私も入ってもいいかな?」

宗次
「いいと思うけど、大して面白くないと思うぞ?」

真実
「いーんだよ! じゃ、今日から転部するね!」

それが、四年に入ってすぐのことだった。

それからは、毎日を楽しくだらだらと過ごしたりして、俺と真実はどんどんと仲のいい友達になっていった。

真実の嘘つきは収まらなかったけれど。俺はなるべく、信じられるだけは信じてやろうとは思っていた。


;背景 部室

そう、それから少ししてちょっと変わったことがあったな……。
確か秋のころだったと思う。

その時部室には俺と真実しかいなくて、真実が家から持ってきたアニメを一緒に見ていた。

確か恋愛物だったと思う。

その時に、真実が……。

真実
「あのさ、私が、そーくんのこと好きっていったら、どうする?」


真実
「あのさ、私が、そーくんのこと好きっていったら、どうする?」

あの時、私は精一杯の勇気を振り絞ってそう言った。

久しぶりに二人きりになれたし、もうこうなったら勢いでどうだーっ! って感じだったんだけど……。

宗次
「なんだそりゃ? いつもの冗談か?」

;BGM カニ味噌

真実
「…………え?」

宗次
「えっ、って、いきなりそんなこと言い出してどうしたんだよ?」

真実
「……あっはははは! ごめんごめん、真に受けないでよ、いつもの嘘だからさー」

宗次
「なんだ、そうか」

そーくんは、いつも私の嘘に付き合ってくれて。

でも、大事なところではちゃんと真面目に話を聞いて、私を信じてくれる。

だから、今日も大丈夫だって、告白しても大丈夫だって、真面目に聞いてくれるって、そう思ったのに……。

真実
「ごめんね……変なこといって……」

駄目だった。

今まで、人をだますのが楽しくて、好きで嘘をついてきて反省したことなんてなかったけれど。

その時、生まれて初めて自分の生き方を後悔して。
だけれど一度失敗した告白をもう一度やり直す勇気もなくて。

せめて友達という関係を崩さないように、嘘に嘘を重ねて生きてきた。

真実
(きっと、そーくんは私のことなんか好きじゃないんだよね)

だから、告白を真面目に聞いてもらえなかった。

だから、もういい。

だから、友達でいい。

そうやって心に嘘をつき続けて、『いつも通り』であり続けた。


背景;アーケード

真実
「はあ……」

結局、学校サボっちゃったなあ……。

今まで、授業をサボることはあっても、学校は休んだことはなかったのに。

でも、今は部長ともそーくんとも顔を合わせたくない。

真実
「それに……」

きっと、そーくんは、まだ凄く怒ってる。
もう、私のことを信じてくれない。

真実
「なんで、あんなこと言っちゃったんだろう……」

もう友達でいいって思ってたのに。
部長と仲良さそうにしているそーくんを見て、嫉妬してしまった。

真実
「もう、部にもいられないよ……」

学校が終わる時間まで、図書館で暇をつぶしていようと思ったその時。

真実
「え……?」

とても大事な『あのにおい』が私の鼻に届いた。


;背景 部室
;BGM なし

宗次
「……あと三日か……四日だっけ?」

どちらにせよ、時間がないということは確かだ。

宗次
「ああ、なんかイライラする……」

こんなんじゃあいつも美味しい弁当の味がわからなくなってきてしまう。
作ってくれた親に悪い。

宗次
「結局、真実は学校来ないしな……」

このままでは、本当に廃部になってしまう。

俺だけでも行動を起こさなければ……そう思って弁当の残りをかきこんだその時。

パーラーラパーラーラーパーララー。

宗次
「電話?」

一昔前のアニメの着信メロディが鳴り響く。

そう、この音楽で登録してあるのは……。

宗次
「……真実か?」

真実
「…………うん」

宗次
「どうした、ちょっと声が遠いぞ?」

真実
「……ごめん、今大きな声出せないの」

宗次
「どうした」

真実
「あのね……ひったくりの犯人、見つけたの。今追いかけてる」

宗次
「…………はあ」

真実
「……? どうしたの?」

宗次
「あのな、お前新聞部はどうでもいいんだろ? 今更そんな嘘で俺達をかき回さないでくれ」

真実
「…………ごめん。でも、今駅近くのコンビニのあたりにいるから。気が向いたら来て」

プツッ、ツー、ツー。

宗次
「……なんなんだあいつ」

電話のを切ってポケットに入れたその時、部長が部室に入ってくる。

雪那
「あら、四堂くん、またここで食べてたんだ?」

宗次
「ええ、まあ……」

雪那
「なんか浮かない顔してるわね。聞けることなら相談に乗るけど?」

……部長はいろいろな面で頼りになるし。昨日のことを話してみようか……。

宗次
「実はですね……」

部長なら、真実があんなこといった原因がわかるかもしれない。

と、思ったのだけど。

話が進めば進むほど、部長の顔はどんどんと怖い物に変化していく。

部長
「ごめん、一昨日の言葉、訂正するわ」

宗次
「え?」

雪那
「君はいい男なんかじゃない。見下げ果てた最低野郎よ」

宗次
「なっ……!」

流石に、いきなりそんなことを言われたらカチンとくる。

雪那
「あの子はね、自分の気持ちには嘘はつかない」

宗次
「…………」

雪那
「それでね、真実を信じてあげられるのは、きっと君だけ」

雪那
「真実は、君のことが好きなんだよ」

宗次
「ええ!?」

なんでそうなるんだ!?

雪那
「きっと、私たちが仲良さそうにしてる所を見て、嫉妬しちゃったんじゃないかな……」

宗次
「嫉妬……」

それは、誰にでもある感情で。
いつも笑っていて、裏がなさそうな真実にも、当然存在している。

雪那
「何で、あの子がちゃんと告白しないのかは、わからないけどね……。それってきっと、四堂くんのせいなんじゃない?」

宗次
「そんな……俺は何も……」

何も…………何も?

いや、そんなことは、ない。


真実
「あのさ、私が、そーくんのこと好きっていったら、どうする?」


宗次
「あ…………」

やっと、思い出せた。

俺は、あの時なんて答えた……?

「いつもの冗談か?」なんて、茶化さなかったか?

真実の好意を、踏みにじらなかったか?

それは、男の風上にも置けない馬鹿な行為だ。

宗次
「俺……最低だ」

雪那
「そうね……。じゃあ、最高の男になって帰ってきなさい」

宗次
「え?」

雪那
「真実が、ひったくりの犯人を見つけたんでしょう? だったら、スクープも真実も、両方つかんで帰ってきなさいって言ってるのよ!」

部長が俺に渡したのは、超におい玉。

雪那
「いってらっしゃい」

宗次
「いってきます!」

一刻も早く、真実の元へ向かわなければ……!

;背景 アーケード
;BGM なし

真実
「どこに向かってるんだろ……」

警察に電話したほうがいいのかな?

ううん、それもどこに住んでるか突き止めてから……。

真実
(あ~、どうしよ……)

とにかく見失わないように追うしかない。そう思ったところで。

ぱーらーらぱーらーらーぱーららー。

真実
「!?」

携帯の着信音によって、思考が中断される。

真実
(マナーモードにするのを、忘れてた……!)

犯人
「……!!」

見つかった――!?

真実
「そ、そーくん……!」

;BGM 漏れのピザとった?

宗次
「真実、今どこだ!?」

真実
「そ、そーくんっ! 助けてっ……!!」

宗次
「!? 真実、今どこにいるんだっ!」

息の荒い真実の声の向こうから届くのは、野太い男の叫び声。

追われてるのか……!?

真実
「い、いまっ……! あっ……!?」

宗次
「どうした!? ……って、おいっ!」

真実が、アーケードの向こうから全速力で走ってくる!

そしてその後ろには、あの時のひったくり犯の姿――!

真実
「そーくんっ!!」

宗次
「真実ぉっ! 目と鼻ふさげええっ!」

喰らえ、部長開発の秘密兵器っ!

宗次
「クラッシャーボールッ!」

そして、すべてがオレンジ色の煙に包まれて――。


;背景 公園
;BGM メイド喫茶で勉強会

宗次
「はあ、疲れたな……」

真実
「そうだね……」

夕暮れ時の公園には、俺と真実の二人しかいない。

空はペンキをぶちまけたみたいに赤く染まって、まるで燃えているかのよう。


――あのあと、催涙ガスでひるんだ犯人を俺がなんとか取り押さえて、部長が連れてきた警察に引き渡した。
(ちゃっかり写真は撮らせてもらったが)

これで、スクープのほうについては問題ないだろう。

真実
「これで、新聞部は廃部にならずに済むね?」

宗次
「ああ、そうだな……」

そして、沈黙。

ああ、黙っちゃ駄目だ……。真実に、謝らないといけないことがあるから。

宗次
「ごめんな、真実……」

真実
「え……?」

宗次
「俺、お前の気持ち全然わからなくて……」

真実
「……ううん、私が悪いんだよ。自分が楽しいからって、ずっと嘘をつき続けてきたから」

宗次
「あのな、それでな……あの時の答え、今でもいいか?」

真実
「あの時?」

宗次
「ほら……あの、四年の頃の……」

真実
「あ……」

やばい、絶対今顔真っ赤だ。

真実も気づいたようで、俺と同じく完熟トマトみたいに赤くなっている。

宗次
「あのな……俺……」

真実
「ごめん、ちょっと待って!」

宗次
「え?」

真実は俺の言葉を手で制して、仕切りなおすかのように、続けた――。

真実
「あのさ、そーくん。もし私が、そーくんのこと好きだっていったら、どうする?」

宗次
「…………」

――まるであの日の焼き増しのように。

宗次
「こうするよ」

俺はゆっくりと真実を抱きしめる。

夕暮れ時の公園で、真実と俺の影が一つに重なった。


エピローグ

;背景 部室
;BGM 

真実
「わーん、腕が折れたーっ!」

宗次
「…………」

真実
「お弁当が食べられないよー!」

宗次
「…………」

真実
「そーくん、お願いっ! あーんして?」

宗次
「はいはい、わかりましたよ。…………あーん」

ぱくっ。

真実
「ありがとっ。お礼にちゅーしてあげるね?」

宗次
「いいよ、今は……」

真実
「……なんで? 私のこと、嫌いになった?」

宗次
「いや、ちがくてな……。さっきから、部長と三嶋の視線がめっちゃ痛いからな!」

真実
「あ、部長もやります?」

雪那
「馬に蹴られたくないから、やめておくわ」

真実
「じゃあ、なるみっちは?」

成海
「遠慮しておきます」

真実
「そっかー、こんなに楽しいのになあ。あ、そーくん、次おねがいー」

宗次
「あのな、もう自分で食べろよ。自分の手があるんだからさ」

真実
「今折れててつかえないのーっ! 食べさせてよ~!」

あの日から、ずっとこんな感じだ。

人に迷惑をかける嘘はつかなくなって、俺に構ってもらうためばかりに嘘をつくようになった。

『誘拐されそうだから助けて!』だの『足捻挫しちゃったからおんぶして』だの『唇切っちゃったから舐めて』だの……。

……断れないからどんどんと調子になのるんだろうなあ。

宗次
「なあ、真実は今幸せなのか?」

俺は、唐突にそんな問いを真実に投げかける。

真実は、何をあたりまえのことをという表情をして。

真実
「幸せに決まってるよ! 本当にほんと、嘘じゃないっ!」
満面の笑みで、そう言った。

終わり。

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最終更新:2007年04月04日 02:51