暗い路地を男がひたすらに逃げていた。
痣のできたその顔は何かに怯えるようにひきつり、せわしなく視線を周囲に巡らせ、肩で息をしながら駆けていく。
男の視界に白い羽が躍り、ヒ、とひきつった声が男から漏れた。
視界に現れたのは、サラリーマン、学生、土建屋、ホストと様々な境遇・職種の服装をした男達の姿。
その衣服や体のどこかに白いガチョウの羽が必ずワンポイントでついていた。
この羽根をつけた男達こそが、彼が逃げている相手であった。
きっかけは些細な事だ。肩がぶつかり男が因縁をふっかけると、あれよあれよという内にガチョウの羽をつけた男達に取り囲まれてしまっていた。
男は腕っぷしにはそれなりの自負があったとはいえ多勢に無勢。痛めつけられほうほうのていで逃げだし、現在に至る。
男の顔が蒼白になり1、2歩後ろへと引き下がると、背中に固いなにかが当たる感触がして慌てて振り返った。
果たしてそこにいたのは、男の逃げ道を封じる男達と同じように、ガチョウの羽をワンポイントでつけた二人の男。無表情で冷たい4つの瞳が男を見下ろしていた。
逃げなくては、と恐怖に支配された男が行動を起こすよりも早く、左右に回った男達によって両腕を捕まれ身動きがとれなくなる。
もがいても喚いても男達は身じろぎ1つする気配がない。
限界まで達した恐怖と混乱から一際大きな叫び声をあげようとした、その時。
チリン、と鈴の音が鳴った。
音がしたのは男の正面。
そこに1つの影がある。
女だ。だが、奇抜な姿をした女だった。
下半身は腰の部分を帯で巻いて止めただけのズボン、上半身は真冬だというのに胸元に巻いたサラシと素肌に着込んだ1枚の上着、そして両手に嵌めた手甲。
何よりも男の目についたのは、額に巻いたバンダナの側頭部の位置に差された1枚のガチョウの羽根。
この女も彼を追う男達の仲間であることは明白だった。
チリン、チリンと女は腰元につけた鈴を鳴らしながら男の方に向かって歩いてくる。
女が近づき顔が鮮明になっていくにつれ、ふと、その顔に既視感を覚えた。
ごく最近、どこかで見たような顔。
男は必死で記憶を掘り起こし、そして思い出す。
男は強請・たかりで食い扶持をつなぐ所謂ゴロツキだ。
今日はある中華料理店で店員をわざと転ばせて自身の服に料理を溢させ強請を行おうと試みた。
目をつけた女の店員にわざとらしくならないよう慎重に足を引っかけたが、その女性はバランス感覚が良かったのか、彼に料理をぶちまける事なく姿勢を立て直し、謝罪とともに離れていった。
目論見が外れ舌打ちをした時、不意に男が視線を感じて振り向いた先にいたのが眼前の女だった。もっとも服装は今のようなものでなく、ジーンズに、ジャンパー、ニット帽などありふれた格好をしていたのだが。
「チンピラ、ゴロツキ、小悪党。どの時代でも似たような輩はいるもんだな。ええ、オイ」
呆れたような笑みを浮かべ、女が口を開いた。
鈴の音と共に女が近づく。
見た目はただの女でしかない。いつもの男であれば怒鳴り散らし凄んで見せるところであったが、散々に痛めつけられ、集団に追いたてられる恐怖を味わった彼に、もはやその気力は残っていなかった。
「な、なんだよお前。あの店の用心棒かよ」
「近からずとも遠からず、ってところか」
なけなしの勇気を振り絞り、男が尋ねると、笑みを浮かべたまま女が答えた。
男は必死に頭を回転させる。
この状況では真っ先に浮かんだ結末は集
団でのリンチ。とにかく惨めでも謝り倒しこの場を切り抜けなければならない。
女が眼前にまで迫る。
まずは謝罪を口にすべきだ、と男が口を開こうとしたその時、突然に男の腹部に衝撃が走った。
何事かと視線を下に向けると、腹部から一本の棒が伸びている。
いや、正確に言うのであれば先端に刃のついた棒状の武器、一般に手戟と呼ばれる類のものが、男の腹部に突き刺さっていたのであった。
「……え?」
男の理性が、自身の置かれた状況を理解する事を拒み、間の抜けた声をあげさせる。
だが、それは無駄な抵抗であった。
痛みが男に突きつけられた無慈悲な現実を教え込む為に体を駆け抜ける。
シャツが血によって赤く染まり、激痛と衝撃と恐怖から男が叫び声をあげようとするも、背後にいたガチョウの羽根をつけた男が手拭いを猿轡代わりにして男の絶叫を止めた。刺されたショックで逆流を起こした血液が口内から溢れて手拭いを染めていく。
何が起こった。何をされた。何故こんな目に。
パニックを起こした男が涙でぼやけた視界で刺した張本人である女を見る。
女は、既に笑みを浮かべておらず、回りの男達と同じ冷たい目で男を見ていた。
「恩にも報い、仇にも報いだ。恨むならあの店を標的に選んだテメエの運のなさを恨みな」
吐き捨てる様に言い放った女が、手戟を持った手を、ぐいっと半回転させながら深々と柄を押し込む。それが致命打となった。
一際盛大に血を吐き出しながら男の視界が暗くなっていく。薄れ行く意識の中、最後にチリン、と鈴の音が鳴るのを聞いた。
◇
「……で、アサシンはどこなんです、副長さん」
泰山と書かれた既に灯りの落ちた看板の中華料理屋からそう遠くない路地裏で白髪の男が赤い髪の女性に問い詰められていた。
腰に手をあて、訝しげな表情で睨む女性に対し、副長と呼ばれた白髪の壮年男性は少々申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「あー、その、美鈴の姐さんの方から念話って奴で大将に聞いてみちゃあいかがですかね?」
「呼んでも返事がないから聞いてるんです! 仕事の途中でいなくなるから抜け出す訳にもいかないし、何か聞いているんですよね?」
美鈴(メイリン)と呼ばれた女性が不機嫌そうに半目で睨むと、気まずそうに副長は頭を掻きながら視線を美鈴から外す。
アサシンのマスター、紅美鈴。それが彼女の名前である。
幻想郷と呼ばれる異世界で吸血鬼の住ま館の門番をしていた彼女はどういう訳かこの聖杯戦争の参加者として呼び出されてしまったのだ。
一刻も早く館に帰りたい気持ちを抑えつつ、本格的な戦争が始まる前の働き口として中華料理屋で働いているのだが、その最中に客を装って入っていたアサシンが姿を消し、連絡が取れなくなってしまったのだった。
その代わりと言わんばかりに店にやってきた、アサシンが副長と呼んでいる男に対し仕事が終わった今こうして詰問をしているのが現在の状況である。
「あんまりウチの副長を苛めてやんねーでくれや美鈴。そいつにゃ俺が席を外すからって警戒の任務を命じただけだからよ」
不意に美鈴に声がかけられ、チリン、と鈴の音が鳴った。
声の元にいたのは、ジャケットにジーンズ姿でガチョウの羽が添えられたニット帽を被った女性。
少し前に、一人のゴロツキを殺害した女性がその場に立っていた。
「……アサシン」
「そんな怖い顔で睨むなって。おう、ご苦労だったな副長。もう持ち場に戻っていいぜ」
「へい、それじゃあ自分はここで。美鈴の姐さんも、失礼いたします」
不機嫌さを露にした視線を軽く流し、アサシンと呼ばれた女サーヴァントが命令すると、副長――彼女の宝具の1つ――はホッと胸を撫で下ろしながらアサシンと美鈴にそれぞれ一礼をして夜の闇へと溶け込んでいった。
「どこに行ってたんです?」
「野暮用だ。気にする程の事じゃねーよ」
非難がましいニュアンスのこもった美鈴の問いに軽薄な笑みを浮かながらアサシンが答える。
無論、その言葉だけで不問にする程、美鈴も人がいい訳はない。アサシンに対して疑惑の視線が向けられる。
「あのゴロツキみたいなお客さんに何かした訳じゃないですよね」
「勘がいいね美鈴は」
アサシンがいなくなってから抱えていた懸念を美鈴は口にすると、アサシンは笑みを浮かべて肯定の意を示す。
今日、仕事での配膳中に美鈴はゴロツキめいた風体の男にワザと姿勢を崩されそうになった。
バランス感覚が優れていた事もあり転倒や料理を溢す事はなく事なきを得たのだが、その時にアサシンが一瞬だけ不穏な気を放っていたのを覚えていたのだ。
アサシンの肯定に対し、美鈴は"やっぱりか"と言わんばかりに額に手をあてた。
「ま、これであのチンピラはもうこの店に来る事はないだろうさ、トラブルの種がなくなって何より何より」
「……殺したりなんかしてないですよね?」
「ん? 殺しちゃマズかったのか? あんなの生かしとく理由もねーだろ」
あっけらかんと殺人を行った事を告げるアサシン。
それに対して美鈴は「あああぁぁぁぁぁ……」と脱力の声を漏らしながら両手で顔を覆ってしまう。
「あれか、殺しがバレて疑われる心配ならねえぞ。今ごろ奴さんは野郎共に運ばれて冬木の海に石と一緒に沈んでる頃合いだろうしな、少なくとも死体は見つからんだろ」
「さらっと恐ろしいこと言わないでください!」
HAHAHA、とあっけらかんとした態度を見せるアサシンに対し、美鈴は目眩を覚える。
気にくわない相手であれば躊躇うことなく殺害するアサシンの苛烈にすぎる気性は彼女と同郷の出身である美鈴も知識としては知っていたのだが、まさかこうも簡単に人一人を殺してのけるなどとは、美鈴の予想の範疇外であった。
「他のマスターやサーヴァントが探索しているかもしれないのに軽率な真似は控えてくださいよ。いくら隠密性に優れたアサシンのクラスだからって、何が切欠で捕捉されるかわかったもんじゃないんですよ?」
「あー、確かに俺は暗殺が本業って訳じゃなかったしなあ。わりーわりー、次はそこら辺ももう少し気を付けとくさ」
「ひ・か・え・て・く・だ・さ・い! なんで次もやる前提なんですか!?」
スキルによる微量の精神汚染のせいか話が通じるようで通じない。
断片的に話が通じる事は、完全に話が通じない事よりもある意味では質の悪いことなのだと美鈴は改めて認識し、頭痛を覚える。
「今、呂蒙将軍の気持ちがよくわかりましたよ私は……」
「う、子明の話は出すなよ。あいつにゃ色々と迷惑かけたと思ってんだからさ」
呂蒙という男の名を出され、アサシンがバツの悪そうに視線を逸らす。
傍若無人に見えるアサシンの数少ない泣き所の1つであろう事は見てとれた。
「こちらとしてはこんな事で貴重な令呪を消費したくないですし、せめて本格的に戦争が始まるまでは大人しくしていてください。お願いですから」
「へいへい、しょうがねえなぁ」
令呪の使用も美鈴が検討していると知ってか、アサシンは不承不承頷く。
反省する素振りの見えないアサシンに対しどこまで信用したものかという思いがが美鈴の胸中を駆け巡り、精神的な疲労がずっしりと体にのしかかる。
(鈴の甘寧、性別は違ったのに性格は本に書いてあったのと一緒なんだもんなぁ)
昔に読んだ三國志に記載されていたアサシンの活躍や凶行、振る舞いを思い出し美鈴は項垂れる。
将としては知勇に優れ大胆不敵、一方で殺人を好む性や主君の縁者にすら噛みつく好戦的な気性を併せ持つ彼女は決して扱いやすい人物ではない。
その英雄性が本の通りであったことが美鈴の幸運であったならば、問題のある人格もまた本の通りであったことは美鈴の不幸だったであろう。
ざっくばらんとした性格は嫌いではない。嫌いではないが、この周囲の人間を振り回しに振り回すこの行動力と勝手気ままで血気盛んな性格はどうにかならないものかと、大きくため息を吐く。
せめてここから先はこんな事が起こらないようにと祈りながら、美鈴はアサシンを伴って帰路につく。
チリン、チリン、とアサシンと美鈴、それぞれがつけている鈴が冷たい夜の風に揺られて涼やかな音を立てた。
【クラス】
アサシン
【真名】
甘寧 興覇
【出典】
史実(後漢末期、中国)、 三国志演義
【属性】
混沌・中庸
【ステータス】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力D 幸運C 宝具D
【クラススキル】
気配遮断:C-
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。が、身に着けている鈴の音は聞こえる。
【保有スキル】
勇猛:B
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
単独行動:D
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクDならば、マスターを失っても半日間は現界可能。
精神汚染:D
殺人嗜好を持ち、話が通じるようで通じない。人格面がキ○ガイに片足くらい突っ込んでいるのは呉ではよくある事。
他者との意思疏通ができないほど致命的ではない反面、精神干渉系魔術への耐性も微々たるものとなっている。
【宝具】
『濡須口決死隊(白羽、夜陰に舞う)』
ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:1~1000(召喚した決死隊の最大行動範囲) 最大補足:100
アサシンの現界と同時に濡須口の戦いにて彼女と共に夜襲をかけた100人の決死隊を召喚し、独自に行動させることができる。
100人の決死隊は単独行動:D、気配遮断:Dを持ち、装着したガチョウの羽を模した通信機型中華ガジェットにより即時の連携とアサシンや他の決死隊との情報共有が可能。
決死隊は名を残す程の英雄ではなく、全てのステータスもEランク、殺害された場合は消滅し聖杯戦争中の再召喚は出来なくなるが、相手の陣地へ襲撃を行っている場合に限り"濡須口を襲撃した甘寧と決死隊は犠牲者を出さずに帰還した"という逸話から、致命傷を受けて消滅したとしても撤退扱いとなり襲撃終了後に再召喚される。
アサシンが死亡、あるいは消滅した場合は連鎖して決死隊も消滅する。
【Wepon】
手戟×2
【人物背景】
三国時代の武将。
若い頃はならず者を寄せ集めてヤクザ紛いの自警団を結成していた。
当初は劉表、そしてその配下である黄祖に仕えていたが冷遇を受け耐えかねた結果、敵対勢力である孫権軍へと逃亡。『天下二分の計』を提唱するなどして、孫権から気に入られる。
その後は各所で武勇と知略を大いに奮い関羽や張遼といった豪傑を相手取って活躍を見せ、その中でも宝具に昇華された濡須口での襲撃戦での大勝は主君である孫権に「曹操には張遼がいるが、私には甘寧がいる。これは釣り合いがとれていることだ」と称賛を浴びるまでに至った。
その後の記述はなく、病死したとも、夷陵の戦いにおいて命を落としたとも言われている。
……というのが表の話であり、その正体は女性である。
どれだけ活躍をしても劉表軍での評価が芳しくなかったのは儒教文化が根強く、女性の立身出世自体が好まれなかった事に他ならない。
性別に関わらず厚遇してくれた孫権には忠誠を誓っており、晩年の迷走には深く心を痛めている。
性別を理由に自身を貶す相手にはいっさいの容赦がなく、例え上司からキツく殺さないように言い咎められても構わず殺す程度には冷酷。
【特徴】
日焼けした小麦色の肌とハネの目立つ黒髪のショートカット、額には赤いバンダナを巻き、中華ガジェットでもあるガチョウの羽をアクセサリとして身に付けている。
中肉中背の引き締まった体つき。普段は白地のシャツにジャンパー、ジーンズを着用。腰元には鈴をつけている
戦闘の際は下半身は足首まで覆うズボンを腰帯で止め、上半身は手甲と胸元が大きく開いた上着を羽織り、胸部はサラシで押さえている。巨乳。
【サーヴァントとしての願い】
特に考えていないが殿(孫権)に献上すれば喜んでくれるかな?
【マスター】
紅美鈴@東方project
【能力・技能】
気を使う程度の能力
気配りが上手いという意味ではなくオーラ、気と呼ばれるエネルギーを使う能力。
美鈴はこれを主に弾幕として体外に放出して使用したり、太極拳・八極拳などを取り入れた肉弾戦に併せて用いる
【人物背景】
吸血鬼の当主が住む紅魔館という建物の門番にして正体不明の中国妖怪。
性格は穏和で人当たりが良いものの暢気な一面もあり門番として優秀かと問われると疑問が出る場面も見受けられる。
自ら能動的に人を襲うことは滅多になく紅魔館のイメージアップにも貢献しているとか。
【マスターとしての願い】
聖杯に興味なし、紅魔館に帰る手段が勝ち残るしかないなら戦う。
最終更新:2016年09月18日 23:36