白鐘直斗&アサシン

「――――此度の戦争の顛末に、既に脚本が用意されているとしよう。」

 我が物顔で革張りのソファーを占領しながら、ふとそんなことを呟く。
 趣味が悪いことに真紅の素地に、思いのほかアサシンの装いの意匠は映えていた。
 老将はくすんだ鎧の鈍色を、けれども見事なまでに自らのものにしている。派手ではないが、滋味があるというのだろうか。
 鉄も、革の拵えも、小さな傷や擦り切れがいくつも重なって、鈍い光を返す。

「どういう意味ですか?」
「何、難しいことではない。つまり、誰がどの順で敗地にまみれ往くのか、という並びよ。」

 率直に尋ね返すと、また底意地の悪い例えが返ってくる。
 そこはせめて、『誰が勝利の栄光を手にするか』というのが粋じゃないだろうか。

 峻厳な、歴戦の名槍を思わせる眼光を宿す瞳は、愉快そうに歪んでいる。
 腹の底に響く声。俗な言い方をするなら、バリトン歌手のような重厚な声質。
 アサシンのその在り方は、効率よく配下を束ね、彼らを支配し、導くためのものに特化している。
 多くの人々の上に立つために生まれてきた――――そう言われたとしても、違和感はない。

「運命、ってやつですか。」
「応。……そう馬鹿にしたものではないぞ、小僧。」

 仮住まいの夜は、殊更に冷える。
 乾燥した空気に、アサシンの声もよく反響した。まるで歌劇を特等席で見ているかのような。

「貴様がどれほど知略を絞り、機転を利かせ、精根の尽き果てるまで死力を以て戦い抜いたとして―――
 勝てぬ者には、勝てぬ。悪く思うな、相性というものがあるでな。貴様も知っておろうが、余の場合は特に顕著だ。」

 彼の能力と性質については、既に説明を受けている。
 尖った能力ではあるが、突き刺されば、強い。暗殺者、とは正しく的を射ている。
 まあ一方で、それが刺さらぬ相手には当然苦戦を強いられるのだが。真っ当な英雄などを相手にすれば、撤退も余儀なくされるだろう。

 特に、聖杯戦争の何たるかについては調査済みだ。
 本来ならば英霊―――人類史に刻まれる偉業、あるいは死後なお信仰を集め、座に召し抱えられた存在を召喚し、使役するというシステム。
 彼らが必ずしも、つまるところ『人間』であるという保証はない。むしろ、例外の方が多いといっても過言ではないだろう。

「……引いた後から、籤の中身を変えることは出来ない。」
「然り。」

 一度結末が確定してしまっては、そこに至るまでのどんな努力も意味を持たない。
 将としては後ろ向きともとれる言葉は、あるいは彼が、人が人を当たり前に殺す時代に生きた人間だからだろうか。

 赤ワインをグラスに注ぐ。
 自分のためではない。というか、未成年だ。それなりの年代物を入手するのに、ひと手間もふた手間もかかった。
 当然ながら、この身は正規の魔術師ではない。ともすれば、気休めにしかならないだろうが、と買いそろえたもののうちの一つ。
 サーヴァントとの関係は円滑に保っておくに限る。

 差し出したグラスを、武骨な手が掴んだ。
 分厚い。幾度も剣を振るったのだろう、歪に皮が盛り上がっている。
 その生涯を武と、そして政に捧げて生きた人。
 それは、その役割に準じるというのは、どれほど熾烈で、過酷で、――――けれども、うらやましくもある。

 だというのに、グラスを傾け、口の中で転がすしぐさの、なんと似合うことだろう。
 尋ねれば、作法は聖杯によって学んだそうだ。なんでもありか。

「……巡りあわせというものもある。
 幸運にも、余の宝具に都合のいい相手ばかりと争うとして、すべてがそう上手く転ぶこともあるまい。
 もしもそれが貴様の意志、選択など介さない、遠大な存在によって定められていたとするなら――――」

 カチン、とグラスが音を立てて窓に当たる。
 芝居がかったしぐさだ。まったく、何に影響されてしまったのだろう。

「ともすれば、貴様、どうする。運命の流れに抗わんと、足掻き泳いでみせるか。」

 けれども、皺の寄った目蓋の内。覗く瞳は、真っすぐにこちらを捉えていた。

 静かな威圧がある。
 見定められているのだ、と直感する。
 コートの下。肉の底。心臓を直接睨まれている。
 肺が硬くなる。胃が縮む。怯えている、といえばまだかわいいものだろう。


「どうして……そんなことを、尋ねるのです?」
「貴様の素性、目的、才幹。いずれも、余の主として足るものであった。」

 シャリ、と、静かに、けれども迅く、短剣が鞘を擦る。
 月光の差し込む窓もなく、こちらの用意した電池式の安っぽい光源に照らされて、けれどもその刀身は、鋭利な光をコンクリートの壁に反射した。

           ・ ・  ・ ・
「なれば今こそ、この『短剣』を捧げるに足るか、見定めねばならぬ素養がある。
 心して答えよ、小僧。我が名はマクベス、此度は暗殺者のクラスによって現界するがゆえに。」


 使い古された問いだ。
 つまるところ、宿命論。運命が既に決まっているのなら、それに抗う価値はあるのかという命題。
 きっと誰もが一度は、例えば十四、五ほどの歳に、抱いた経験があるのではないだろうか。

 けれどもアサシン――――『マクベス王』が問うたならば、それはもう一つの意味を持つ。

 マクベタッド・マク・フィンレック。スコットランドの赤き王。
 多くの人は、彼の名をこう捉えるはずだ――――暗殺によって王位を簒奪し、殺した政敵の幻影に怯え、敷いた暴政の果てに討たれた悪しき王と。

 史実は、そうではない。
 当時は下剋上がしばしばみられる時代背景であったし、彼の在位期間の長さは、そのまま彼が優れた為政者であったことを示している。
 その本来の信仰は、けれども英文学の最優を冠する作家の、中でも代表作によって、歪め知られてしまった。

 老将は、答えに窮する自分を見て、わずかに口を歪める。
 さぞや愉快なことだろう。本当に、底意地が悪い。


「…………人は、定命です。」

 十二分に沈黙を貫いてから、答えを慎重に選ぶ。
 応えはない。構わず、続ける。

「定められたものにしか意味がないのなら、人は死ぬために生きていることになる。」

 彼は、『マクベス王』こそは、物語の中で、定められた予言のために戦った張本人だ。
 いずれ、王になる。
 まるで選定の剣にも似た、人を、それも多くの人を狂わせる呪いによって。

 彼自身は、その物語をどう捉えたのだろう。

 予言の通りに地位を得、予言に怯えて狂い、そして予言によって倒される。
 すべてが予言によって定められていたのなら、その過程、彼の意志に、そしてその生涯に、果たして、役割以上の意味はなかったのか?

 それを、よりにもよって本人が問うている。
 自分の生涯と、それを元に作られた戯曲をネタにした、最大級のブラックジョークだ。
 厳粛そうな見た目に反して、悪ふざけがお好きらしい。
 結構なことだとも。それで肝を冷やすのがこちらでさえなければ。


 だからこそ、臆さずに切り込んだ。


「ならば何故、『マクベス王』は敵わないと知りながら、死の運命に挑んだのでしょうか?
 大首領王マルカム・カンモー。『女の股から生まれなかったもの』に。
 鎧を捨て、剣を置き、楽に死ぬことだって出来たはずです。けれども、あなたは挑んだのでしょう。」

「知れたことを。武人として死ぬためよ!」


 侮辱とも取れる揚げ足取りに、けれども老将は間髪を入れず吠える。

 ・ ・
「おれは断じて、自らの剣で自らを絶つなどという馬鹿な真似はせぬ。断じて!
 忌々しい二枚舌の鬼ばばァが、得意げに人の生き死にを決めやがったとしてもだ!
 このおれは、一国地の王たる男は、嘆きに嘆いてみじめったらしく運命を呪って死ぬような、めそめそした男であってはならぬ!」


「そうですね。僕も、そう思います。」

 つまり、それが何よりの答えとなる。
 知れず、安堵の息を漏らす。彼が乗りやすい人物で助かった。

 彼は、自ら答えを導き出したということだ。
 いずれ死ぬ定めにあるからといって、今死んでいいことにはならない。
 運命が決まっていたとしても、『これが運命だ』と諦観する自分にはなりたくない。

 それが、彼の最初の質問への、彼の答えだ。上手く躱せた……だろうか。

 振り上げた大音声に、冷や水。
 こちらの返答に、ぱち、と見開かれた目は、意外にもきれいな人好きのする輝きを持っている。
 老将の怒りの演説は、殺風景な部屋に残響を残して、みるみると萎んでいった。

「…………生意気なやつめ!」

 唾を吐き捨てそうな、しわを寄せた表情で言い放った言葉は、一方でどこか満足の色も帯びている。
 けっして晴れやかではないが、人間味のある渋面。
 ただアサシンには申し訳ないが、謎解きや文章の解釈に関しては、こちらに一日の長がある。

 不承不承といった体で、短剣が鞘に納まる。どうも、そのお眼鏡に適ったようだ。

 王として、そして将としての彼は――――ひどく、おそろしい。
 眼前の敵に、あるいは時として味方にすらも、躊躇なくその刃を向ける。
 それは、現代でどれほど時代錯誤の狂気を演じようとも決して追いつけない、時代背景によって掘られた深く遠い溝を感じさせるのだ。
 彼の生き様が、まるで洗い拭っても流れ落ちぬ血の痕のように、その姿に染み着いている。

 けれども、一人の人として触れ合う時。
 なぜか、ふといじらしく感じてしまう瞬間がある。

「そちらが先に、意地悪をするからでしょう。」
「もう少しこう、可愛げというものをだな――――」
「売り切れです。」

 ぴしゃり、と切って捨てれば、次の瞬間、そこにすでに彼の姿はない。
 青白い魔力の残滓が、煙のように漂っている。霊体化、というらしい。
 気配は当然感じる。魔力のつながりも。

 無言でそうすることが、せめてもの仕返しなのだろう。
 残念ながら、そういう愛想を振りまく相手は、一人と決めているのだ。
 けれどもどうして、いつの時代でも男の人というのは、こう意地を張ってしまうのだろう。
 知り合いの刑事の顔が、ふと脳裏を過る。


「…………ふふ」

 気を緩めたせいだろうか。
 ふと漏れた自分の笑い声が、年頃の少女のごとく軽やかであった。


【クラス】アサシン
【真名】マクベタッド・マク・フィンレック
【出展】史実(11世紀)、および戯曲『マクベス』
【マスター】白鐘直人
【性別】男性
【身長・体重】181㎝、78㎏
【ステータス】筋力C+ 耐久C++ 敏捷C 魔力B+ 幸運A- 宝具B

【クラス別スキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を絶つ。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
政敵の暗殺に長けており、敵意を悟らせずに不意や死角を突くのが上手い。

【固有スキル】
不眠の加護:A-
名状しがたい睡眠への恐怖と抵抗力。Aランクともなれば呪いの域。
睡眠・催眠・意識の解体に類する精神干渉を、高い確率で無効化する。
「手を洗って、夜着をお召なさい。そんな蒼ざめた顔をなさってはいけません――――
 もう一度言いますが、バンクォーはもう土の下、墓から出てこられるはずはないでしょう。」

カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
一国の王としては破格の才。統治能力に優れ、また攻め手において真価を発揮する破軍の将。
「万歳、マクベス、グラームズの領主! 万歳、マクベス、コーダーの領主! 万歳、マクベス、将来の国王!」

無辜の怪物:D
世界的な知名度を誇る戯曲によって捻じ曲げられた、自己の在り方。
『正しく政治的な意味での暗殺と、暴政を繰り返した狂王』としての信仰。
能力・人格がある程度の提供を受ける。
また同盟を持ちかける際に、精神抵抗に失敗した相手は、『このサーヴァントは必ずこちらを裏切る』という妄念にとらわれる。
本質である優れた為政者としての技能・思考様式は損なわれない。
「血塗れの王笏を手にする不正な暴君のもとに、いつまた晴れやかな日を迎えることが出来ようか、
 正当な王位の継承者はみずから罪を数え上げてその権利を放棄し、尊い血筋を冒とくしておられる。」

【宝具】
『簒奪王(マクベス)』
ランクB 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
「ええい、呪わしい幻め。姿は見せても手には触らせぬというのか?
 それともきさまは心が描き出す短剣、熱に浮かされた頭が作り出す幻覚に過ぎぬというのか?」

英文学でも最優とされる作家の戯曲によって付与(エンチャント)された、本来の史実とは異なる信仰。
積み重ねられた事象や物質の概念を抽出し、能力として身にまとう――――すなわち『概念礼装(クラフト・エッセンス)』の一種。

この宝具は、召喚されたクラスによってその効果を変ずる。
アサシンとして召喚された場合、『[権力者]への特効』を有する短剣を武装として獲得する。

血塗れの短剣。手放せば僅かに浮遊しており、なぜか拭っても洗っても、根元から滴り続ける。
この血は全ての王・権力者・貴族またはそれに類するものの血を引く対象にとって、毒として作用する。

毒性はその支配や統治の範囲、振るう権力の強大さに伴って変化し、一国の主ともなれば一滴にその命に届くほど。
致傷によってのみならず、経口や皮膚への長時間の接触によっても同等の効果を発揮する。
一方で、縁遠いもの、没落したもの、支持を受けなかったものなどに対しては、せいぜい少し体がしびれる程度となる。
また神性などの上位存在、あるいは人間とは異なる体の構造を持つサーヴァント(異形、自己改造など)や、
対毒もしくはそれに相当するスキルを有するサーヴァントには、ほとんど効果はない。せいぜい気分が悪くなる程度だろう。

『知られざる赤き君主(リ・ダーク)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
「きさまも女から生まれたな、いかなる剣も槍もせせら笑って叩き落してやる。」

常時発動型の無形宝具。
生前多くの政敵や反対勢力を屠ったという史実が、創作によって誇大化したことにより昇華した、逸話の具現化。
上述の宝具同様、『概念礼装(クラフト・エッセンス)』の一種。

『運命を司る三女神』を彷彿とさせる劇中の描写から、『女の股より生まれたものには倒されない』という加護を得た。
本来であれば、あらゆる人類の系譜にあるものからの攻撃によるダメージを無効化する――――
というものであるが、アサシンとして現界時は史実本来の霊格が強い影響を及ぼすため、聖杯経由でエラッタを受けている。
(狂化などで理性を奪うか、あるいは劇中の人物としての性格を色濃く反映した状態で召喚することで、十全の効果を発揮する。)

『神性』『異形』『魔性』『自己改造』などのスキルを有さない、全くの人として召喚されたサーヴァントに対して効果を発揮する。
性能としてはダメージ軽減、また同ランクの『戦闘続行』『仕切り直し』スキルとして効果を発揮する。


【weapon】
『無名・鎧』……くたびれてはいるものの、よく手入れが行き届いている。
『無名・剣』……同上。

【人物背景】
実在のスコットランド王。赤王(Ri Deircc)の通称で知られている。
多くの政敵・敵対勢力を抹殺したのち、実に十七年もの期間に及ぶ統治を敷いた。
下剋上がしばしばみられる時代背景でもあり、在位期間の長さも鑑みれば、為政者としては優れた手腕の持ち主だったことが伺える。

にもかかわらず、彼の名が狂王の代名詞として知られているのは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』によるところが大きい。
将として勇猛、しかし君主として臆病。魔女の予言や妻の野心に翻弄され、王殺しという大罪を犯す。
その後、亡霊の幻影や重圧に耐えきれずに錯乱して、暴政を働き、復讐によって討たれ、その首を晒すこととなる。

「マクベスは眠りを殺した。もうマクベスに眠りはない。」

上の有名な予言で知られる通り、簒奪によって王位を得たことで簒奪に怯えるマクベスは、自身の悪行によって自らを苦しめる、自業自得の悪人として描かれている。
さらにこの戯曲は四大悲劇の位置として高く評価され、本来の彼の信仰を脅かすまでに至った。

狂戦士としての適性も持ち、この場合、戯曲の中の登場人物としての性格を色濃く反映してしまう。
しかし暗殺者のクラスで現界する限りは、史実本来のマクベタッド・マク・フィンレックとしての霊格に影響はない。
にもかかわらず劇中の人物を思わせる芝居がかった言動をたびたび繰り返すのは、やはり宝具による影響が霊格にまで及んでいる…………のではなく、単なる当てつけ。
文物としての価値を認めつつも、自身の信仰を歪めた元凶でもあるため、素直に受け入れられず葛藤している。

王将として、あるいは英霊として振る舞っていなければ、ちょっと不器用で頑固なオヤジ。

【特徴】
ごつい。ひげ。鎧。

【サーヴァントとしての願い】
創作の影響を受けない、正しき信仰を取り戻す。
(あくまで自身の信仰に関する範疇であり、戯曲の文学的価値をなかったことにしてまで、というほどではない。)


【マスター】
白鐘直斗@PERSONA4

【マスターとしての願い】
聖杯戦争の実態の調査、民間人の保護と犠牲者の身元確認、および事態の収拾

【weapon】
なし。

【能力・技能】
『ペルソナ使い』
マヨナカテレビの中でペルソナと呼ばれる『もう一人の自分』を作り出し、戦わせることが出来る。
マヨナカテレビと呼ばれる現象および都市伝説は、当然ながら冬木には存在しない。

『拳銃』
拳銃の扱いに長けている。当然ながら所持はしていない。

『推理』
優れた思考能力。
個人の感情や精神の状態にとらわれず、状況証拠から結論を導き出す。

【人物背景】
警察組織に深く関わりのある探偵一族の五代目。男装の麗人。
メディアでも多少知られており、「探偵王子」の愛称で呼ばれている。
冬木町近辺で発生するという行方不明事件、惨殺現場の目撃情報を受けて参戦。
聖杯戦争の存在に気付くも、荒唐無稽な話では捜査本部を説得できないと、独断で参戦、調査および巻き込まれた一般人の保護を決心。

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最終更新:2016年09月22日 11:52