「昔から先んずれば人を制すと――」
電脳妖精が何事かを言い募っていたが、白い魔法少女の耳には入っていない。
白い魔法少女は先ほどまで魔法の端末を持っていた右手を呆然と見つめた。
「か〜わ〜い〜い〜!」
その時、場の雰囲気にあまりにも合わない、姦しい声が路地裏に響いた。
それは、電脳妖精よりも甲高く、聞いていて不快になる声であった。
白い魔法少女が視線を右手から上げると、そこには更にもう一人の魔法少女が居た。
白くてふわふわとした、いかにも魔法少女という感じのファッション。頭に被ったロシア帽は、その服装と不調和を起こしている。
彼女は木製の円柱に腰掛けており、不思議な事にそれは空中を数センチ浮遊していた。
「予想以上に可愛いじゃあないか、魔法少女!」
「……おまえは誰ぽん?」
白い魔法少女が抱いたのと同じ疑問を電脳妖精が口にした。
てっきり、目の前の魔法少女がこの試験の参加者の一人かと思って、一瞬心臓が跳ね上がった白い魔法少女だが、今までの魔法少女のチャットで彼女のような格好をしたアバターは見た事がないし、試験の主催者である電脳妖精が存在を知らないとあれば、まず部外者と見て良いだろう。
……部外者?
「まさか、魔法の国からの……いや、それはありえないぽん。
情報の漏洩は起きないよう徹底していたはず……」
「あはは、違うちがーう。ボクはそんなんじゃあないよ」
目の前の魔法少女は笑いながら、座っている木製の円柱をクルクルと回した。
回転椅子で遊んでいる子供のようである。
「ボクは魔法の国なんて、針の先ほども知らないし、関係ない。そもそも、こんなみみっちくてつまらない遊びに興味はないのさ」
なんと、目の前の魔法少女は白い魔法少女が巻き込まれている試験を「みみっちくてつまらない遊び」と言ったではないか。
自分がその遊びとやらでどれだけ辛い思いをしているのか知らないのか、と白い魔法少女は円柱に座る魔法少女に怒りを覚える。
「ボクが興味があるのは魔法少女ちゃん――キミだけだよ」
そう言って、円柱に座る魔法少女は白い魔法少女の顔を指差した。
「わ、わたし……?」
白い魔法少女の言葉に、彼女は首を縦に振って肯定する。
「ボクは少女が、食べちゃいたいくらい大好きでねえ」
そう言って、ロシア帽の魔法少女は円柱の上から前屈みになって手を伸ばし、白い魔法少女の頬を愛でるように撫でる。
彼女の手は肉が少なく、まるで雪のように冷たかった。
「だから、清らかで正しい少女であるキミが困っているのを見て、ついつい助けたくなったのさ」
円柱に座る魔法少女がそこまで言った時、電脳妖精が荒々しい声で割り込んだ。
「なに勝手な事を言ってるぽん! 彼女はこの試験の参加者だぽん。そんな彼女に無関係の部外者が助けを出すだなんて――」
「うるせぇ黙れ」
ロシア帽の魔法少女がそう言うと、電脳妖精の声が消えた。
まさか怯んで黙ったのか?
白い魔法少女は落ちた端末がある場所に目を向けたが、そこには何もなかった。
電脳妖精の映像は、端末ごと消滅したのである。
何らかの魔法であろうか――間違いなく、目の前の魔法少女による所業であろう。
「邪魔者のご退場〜♪ なんちゃって!」
端末があった場所に向かって白い魔法少女の頬から離した手のひらを振り、さよならのジェスチャーをする魔法少女。
やがて、彼女は白い魔法少女に向き直り、語りを再開した。
「突然の質問だけどさぁ。もしなんでも願いがかなうなら、キミは何を願う?」
願い。
それを聞いて、白い魔法少女の頭の中には多くの事柄が浮かんでいく。
その中でも最たるものは、やはり、試験をなかったことにしたいというものであろう。
白い魔法少女はおどおどとした口調で、ロシア帽の魔法少女に向かってそのように応える。
それを聞き、彼女は満足そうな笑みを浮かべた。
「清く、正しく、美しく、その上願いを強く持った少女……うんうん。やはりキミは助け甲斐があるねぇ」
次に、彼女は自らの服の腰部分にあるポケットに手を突っ込んだ。
「じゃあ、もう一つ質問させてもらうよ」
ごそごそ。ごそごそ。
何かを探しているのだろうか――たいして大きくもないポケットを片手で弄りながら、魔法少女は新たな質問を口にした。
「『聖杯』って知ってる?」
最終更新:2017年01月09日 12:16