A good friend is as the sun in winter.

この世に悪の種あれど、天網恢々疎にして漏らさず。


某こそは、快刀乱麻、天下御免の豪傑なり。


我が名を知らずばしかと聞け、顔を知らずばしかと見よ。


これよりお目にかけるのは、妙高山は仙素道人に教えを受けし秘伝の術。


うぬら悪党、我が忍法にて一切合切改心いたせ――!




                    ▼  ▼  ▼




忍という字には、冬の乾いた風がよく似合う。

ここ冬木市の外れ、円蔵山の奥深くにも、空っ風は木々の合間を縫って吹き込み、枯れ葉を巻き上げては寂しげな音を立てている。
時は早朝。空は明らみ、小鳥たちがさえずり始めるような時間だ。
しかし、すっかり葉を落として裸になった枝から枝へ、目にも留まらぬ速さで飛び交うのは、決して冬の風だけではない。

「忍(ニン)!!!」

刃のかち合う音が、またひとつ。
二つの影が交錯するたびに金属音が反響し、影はそれぞれ枝を蹴っては跳躍し、再び甲高い音を交わす。
それを更に幾度か繰り返したのち、影のひとつが器用に太枝の一本へと降り立ち、肩で息をしながら呟いた。

「ま、間違いないでござる……拙者、ついにマスターと呼べるお方に巡り会えたでござるよ……!」

驚愕と呆然とに染まり、しかしその裏側にある興奮と歓喜を隠せずにいるその声は、まだ年若い青年のものだ。
それにしても奇妙な出で立ちの青年である。巨大な手裏剣を背負うその姿は、まるで忍者と歌舞伎役者を掛けあわせたようだ。
その顔は隈取を模したペイントの仮面に覆われ、表情を窺い知ることは出来ない。
しかし、その声同様に興奮のあまり呆然としているのであろうことは、その様子を見る者がいれば容易に想像できただろう。

「ど、どこにいるのでござるかマスター! この『折紙サイクロン』、是非ともマスターに弟子入りさせていただきたい!」

折紙サイクロンを名乗る青年の声に応えるように、向かい立つ木の枝にもうひとつの影が降り立った。
まだ年若い少女だ。
大きく後ろで結い上げた長髪と、ばっさり開いた衣装の胸元から覗く膨らみが瑞々しい。
少女は複雑そうに頭を掻きながら、口を開いた。

「うーん、主殿。その『マスター』と呼ぶのは止めていただきとうござる。某(それがし)、むず痒うござりますよ」

照れくさそうな笑みが抑えられていない。
おまけに言葉とは裏腹に「褒められて嬉しい」という気持ちが全く隠せていない感じの口ぶりだ。
たったこれだけでこの少女の気質が伺い知れようというものである。
果たして青年――折紙サイクロンを名乗る彼は、一層勢い込むばかりだった。

「いいやマスター、いやライダー殿! 貴女こそは拙者にとってニンジャ・オブ・ニンジャ、マスターニンジャにござる!」
「えぇ~? ほんとにござるかぁ?」
「ほんとにござる! その技の冴え、忍法の鮮やかさこそはマスターの証!」
「えへへへへ…………い、いやいや、某も未熟な身。此度は英霊としての現界なれど、弟子を取るなど分不相応にござります」
「そこをなんとか……!」

なおも食い下がる折紙サイクロンに、少女は照れた様子のまま、それでも諭すように言い含める。

「それに、それではあべこべでござる。主殿が『マスター』で、某は『サーヴァント』。
 そしてこれより始まるは、万能の願望器を懸けて英霊が相争う聖杯戦争。よもや、忘れたわけではありますまい?」

それを聞くやいなや、折紙サイクロンは空気が抜けた風船のように目に見えて萎んだ。

「……はい……分かってはいるつもりです……すみません……」
「あああ、お気を落とさず! 某、お説教するつもりは毛頭ありませぬゆえ!」

ともすればそのまま枝の上から墜落しそうなマスターを、サーヴァントの少女は必死になだめるのだった。



                    ▼  ▼  ▼



様々な人種や民族、そして「NEXT(ネクスト)」と呼ばれる特殊能力者が集う街、シュテルンビルト。
イワン・カレリンは、そのシュテルンビルトでヒーロー「折紙サイクロン」として活動している青年である。
この街におけるヒーローとは、大企業のスポンサーロゴを背負い、TV中継されながら犯罪者と戦う存在だ。
そして折紙サイクロンは、事件解決よりもロゴをカメラに映すことにばかり熱心な、変わったヒーローとして認知されていた。

「そんな僕に、聖杯戦争のマスターなんてやっぱり荷が重いんですよ……」

既に折紙サイクロンのヒーロースーツを脱いだイワンは、もはやいつものネガティブでダウナーな青年だった。

「この冬木には、HERO TVもスポンサーもいない。今まではカメラの前だから虚勢を張れていたけど……」
「まぁまぁ。主殿も修練のみであれだけの技を身につけた御仁。あまり卑下したものではないでござりますよ」
「僕の忍術なんて所詮は映画とかのを真似しただけで……ライダーさんの本物の忍法とは違うんです!」

励まそうとするライダーへ反射的に語彙を強めてしまい、イワンは「すみません……」と謝って座り直した。

「でも、この冬木でライダーさんを召喚して分かったんです。ニンジャはいるんだ。本物は確かにいるんだ、って」

ライダーの見せた数々の忍術――分身や変わり身、変化に口寄せ――を思い出しながら、イワンは呟く。

「僕だって知っています。ニンジャの中のニンジャ、快傑『児雷也(じらいや)』……まさか女の子だとは思いませんでしたが」

児雷也。
それがライダーの少女の真名である。

この日本において、もっとも名を知られている「忍者」のひとり。
巻物をくわえ、巨大なガマガエルに乗って大立ち回りを見せる姿は、この国の人間が持つ忍者のイメージの原型に近い。
その痛快なヒーロー像は、江戸時代後期の合巻や浮世絵をはじめとして、幾度となく庶民の喝采を浴びてきた。
怪力無双の綱手姫、そして宿敵たる毒蛇使いの大蛇丸との、三竦みの戦い。
人々はその姿に、まさしく「ヒーロー」を見たのだ。

「正直言って、聖杯戦争で戦い抜く自信なんて、ありません。ライダーさんみたいな英雄が集う中、僕なんかが何をやれるのか。
 僕だってヒーローです。困っている人がいれば助けたい。……でも、それが出来るのかが、分からないんです」

ぽつりぽつりと呟きながら、イワンは膝の上でぐっと拳を握りしめた。

「それでも、そんな僕だって……『本物』の隣で戦えば、何かを学べるかもしれない。偽物じゃない僕に、なれるかもしれない……!」

それはたとえ不謹慎かもしれなくても、イワン・カレリンにとっては心からの思いだった。
歴史に名高い偉大なニンジャに直に師事することができれば、この情けない自分を変えられるかもしれない。
本物のニンジャに。本物のヒーローに。少しでも近付けるのではないか、と。

そんなイワンの言葉を、ライダーの少女――児雷也は笑わなかった。
決して笑わず、隣にそっと腰を下ろして、今まで通りの明るい口調のまま、黙りこんだイワンの代わりに口を開いた。

「某どもの活躍はどうやら後世にて相当誇張されておりますゆえ、イワン殿が知る譚(ものがたり)と同じかは分かりかねますが」

そう前置きして、児雷也は語る。
御家再興を掲げ、秘伝の蝦蟇の忍術と「児雷也」の名を継いだ一族。自分もその一人であると。
先祖の仇を討つべく奔走するなかで、弱きを助け、悪しきを挫き。
そして一族の宿敵、不死身の大蛇丸とも幾度となく刃を交わした。
彼女の生涯は、児雷也の名が一人の人間を指すものでないという点を除けば、イワンの知る物語によく似ていた。

「しかしね、主殿……某、やはり譚(ものがたり)というのは『めでたしめでたし』で終わるのが一番だと思うのでござりますよ」

ただ一点、大きく異なることがあるとすれば。
彼女の――いや、児雷也の物語には、結末が無かった。
尾形家の再興が成ったわけではない。
宿敵大蛇丸を討ち果たしたわけでもない。
後世の語り手が思い思いの結末を作り上げられたのは、翻せば、確かな結末が用意されていなかった証である。
恐らく自分の後の代の「児雷也」もまた、同じような生涯を送ったのだろうと彼女は言う。
しかし「児雷也」は庶民のヒーローであるがゆえに、幾度となく語られ……しかし彼女達の真実を、誰も知ることはない。
何かを成し遂げることなく、次代に宿願を託すしかなかった、彼女達の真実を。

「当代風の言い方をすれば、ヒーロー稼業も楽じゃない、ということでござりますな。あはは」

自嘲するようにライダーは笑い、その横顔をイワンは意外なものを見るような目で見つめていた。
完全無欠のヒーローだとばかり思っていた伝説のニンジャ……彼女が抱える寂しさの一端に触れたような気がしていた。

「だから思うのです。ひょっとしたら某、この国の歴史に何ひとつ足跡を残せていないのではないかと――」
「――そんなことはありません!!」

イワンは反射的に大声を出していた。
驚いて真ん丸になったライダーの視線が自分に向き、慌てて身を縮めながらも、続く言葉を絞り出す。

「す、すみません。でも、ライダーさんの生涯が無駄だったなんてことはないはずです。
 ヒーローは必要なんだ。当時の人にも、後の世の人にも。僕だって、その憧れでここまでやってこれたんです」

感情のままにそこまで言い切ってから我に返り、僕なんかが偉そうなことを言ってすみません、と小さく付け足した。
偉大なニンジャマスターに対して無礼なことを言ってしまったのではないかと、持ち前のネガティブ思考が顔を出す。
しかしイワンの予想に反して、ライダーは心底嬉しそうに微笑んでいた。

「……えへへ。ヒーローは必要かぁ。それはつまり、主殿御自らへの答えでもあるわけでござりますな!」

彼女は勢いよく立ち上がった。弾みで大きく胸が揺れて、イワンは慌てて目を逸らす。
しかし恐る恐る視線を戻すと、彼女は晴れ晴れとした顔で片手を差し出していた。

「某、生涯浪人の身ゆえ、主に仕えるとはいかなることか、とんと感覚が掴めませぬが……。
 しかし主殿とは、良き友となりとうござる。ですから主殿も、某をむやみに仰ぐことなく、共に答えを探しましょうぞ」

差し出された手を、思わず握り返す。
その温かさ、柔らかさは、それが霊子によって再現された肉体だとはとても思えなかった。
そのまま引かれるままに立ち上がり、微笑む彼女の気持ちに応えようと精一杯握り返した。

「そ、そうですね。よろしくお願いします、ライダー……さん」
「あはは、まだまだ堅苦しゅうござりますな! まぁイワン殿はそこが味かもしれませぬゆえ!」

そろそろ帰りましょうと言い、ライダーが両手で印を結んだ。
瞬間、白煙が沸き立つように広がり、冬の乾風が視界を晴らした頃には二人の姿は既に無く。
ただ既に高く登り始めた冬の太陽が、二人のいた場所を暖めるように照らしていた。



――天下御免の快傑児雷也、共に並びし者あらば、ここ冬木の地にても罷り通る。




【クラス】ライダー

【真名】児雷也(じらいや)

【出典】日本/自来也説話、児雷也豪傑譚、他
    (諸作品の成立は江戸後期以降だが、児雷也自身は室町時代の英霊)

【マスター】折紙サイクロン(イワン・カレリン)

【性別】女性

【身長・体重】163cm・49kg

【属性】混沌・善

【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷A 魔力B+ 幸運C 宝具B


【クラス別スキル】
騎乗:A
 乗り物を乗りこなす能力。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。
 Aランクでは幻獣・神獣ランク以外を自在に乗りこなせる。

対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
 大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】
忍術:EX
 忍びとしての技能。
 EXランクなのは、純粋な忍びの術のみならず、正確には「妖術」とカテゴライズされるべき術をも用いるため。
 本来の忍術単体のランクはB相当。控え目なのは他の著名な忍者――服部半蔵や風魔小太郎、猿飛佐助などよりも百年以上前の、
 忍術という技術体系が未だ発展途上にあった時代に活躍した英雄だからである。

煙隠れ:A+
 白煙と共に一瞬で現れ、逆にドロンと消え失せる秘伝の術。
 あたかも瞬間移動のように見せかけているが、実際は妖気の煙幕による視覚的・魔力的な撹乱と跳躍術の合わせ技。
 また、ライダーのクラスで召喚されたために所持していない気配遮断スキルの一時的な代用にもなる。

変化:B
 文字通り「変身」する。児雷也の場合は仙人から習得した妖術によるもの。
 老若男女を問わず様々な人間へ巧みに化ける他、蛙に姿を変える術を得意とする。

単独行動:C
 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
 Cランクならばマスター不在でも通常なら一日程度は現界可能。




【宝具】
『児雷也豪傑譚・蝦蟇之巻(じらいやごうけつものがたり・がまのまき)』
ランク:B 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:100人
 忍法の秘伝が記された巻物。
 口にくわえて印を結ぶことで、英霊・児雷也の象徴たる騎乗物、『大蝦蟇(おおがま)』を召喚する。

 この宝具によって呼び出される大蝦蟇はれっきとした魔獣ランクの幻想種。
 妖術により自在に巨大化でき、また巨体に似合わぬ俊敏な動きで児雷也を乗せたまま跳ね回る。
 並の敵ならばその大質量をもって押し潰し、そのまま大口を開け吸い込んで一呑みにしてしまう。
 更に奥の手として、視界を塞ぐと共に周囲の魔力を強制的に吸収・分解・拡散してしまう妖気の霧を吐き出すことが出来る。

 なお、蝦蟇の召喚自体の消費魔力はそこまで多くないが、妖霧や過度の巨大化を使用すると一気に燃費が悪くなるようだ。
 また三竦みの関係により、蛇(あるいは竜種)の属性を持つ者を相手にすると能力が弱体化してしまう。
 もっとも最大の弱点は、召喚した瞬間に真名が割れるレベルの知名度の高さかもしれないが――


【Weapon】
 後の歌舞伎では「浪切の剣」として名高い日本刀、そして各種の忍具を使いこなす。
 ただし本人曰く、手裏剣は生前触れる機会が無かったのであんまり慣れてないとのこと。


【解説】
 室町時代、蝦蟇の妖術を身につけて世直しをしたと語られる義賊。名は「自来也」とも。
 御家再興のために術を修めた豪族の末裔「尾形周馬(おがた・しゅうま)」がその正体とされる。
 江戸時代後期以降、合巻や漫談、歌舞伎などの題材として庶民の間で絶大な人気を博した。
 大蝦蟇の上に立ち、巻物をくわえて両手で印を結ぶ姿は、忍者のステレオタイプとしてあまりにも有名。
 昔話の主人公たちと並び、この国の近現代史における元祖スーパーヒーローのひとりといえる。

 この聖杯戦争で召喚された児雷也は、室町時代前期に実在し、前述の物語群のルーツとなった義賊である。
 ただし彼女自身は、尾形家再興を掲げて「児雷也」の名と蝦蟇の妖術を受け継いだ、歴代の「尾形周馬」の一人に過ぎない。
 物語ごとに児雷也の人物像や背景が異なるのは、原型となった「児雷也」が何代にもわたって存在したからである。
 彼女にも本来の名があるはずだが、児雷也を名乗るにあたって捨て去り、今や彼女自身も覚えていない。


【特徴】
 長髪を後ろで一つに結い上げた、スタイル抜群の少女。
 赤いマフラーを首に巻き、胸元の大きく開いたアメコミ調のスーツの上からこれまた派手な着物を羽織っている。
 忍者であるにも関わらず目立ちたがりな性分で、これらの忍ぶ気が一切無い衣装も聖杯戦争にあたって誂えたもの。


【サーヴァントとしての願い】
 御家再興なんて時代でもありませぬが、とにかく派手に一花咲かせましょう!





【マスター】折紙サイクロン(イワン・カレリン)@TIGER & BUNNY

【能力・技能】
 NEXT能力者。固有能力は『擬態』で、風景に溶け込んだり他の人間そっくりに変身したりできる。
 自他共に認める地味な能力で、本人も一時期ヒーロー活動の役に立たないと気に病んでいたことがあった。
 一方で身体能力はかなり高く、折紙サイクロンのヒーロースーツを纏って忍者さながらの戦いぶりを見せる。

【人物背景】
 様々な人種、民族、そして「NEXT」と呼ばれる特殊能力者が集う大都市シュテルンビルトでヒーローとして活躍する青年。
 しかし犯罪解決よりもTVカメラの端に見切れてスポンサーのロゴをアピールすることに執心している変わり種。
 ヒーロー活動中は「拙者」「ござる」口調でハイテンションだが、これは相当無理をしており、普段はダウナーな性格。
 基本的にネガティブで自分に自信がなく後ろ向きだが、犯罪との戦いを通じて彼なりに成長していく。
 ちなみに相当の(ただしかなり勘違いの入った)日本通であり、ニンジャやカブキ、ザゼン、スモウなどに興味津々。

【マスターとしての願い】
 聖杯に懸ける願い自体はない。
 だが、聖杯戦争で街や人々に被害が出るなら、ヒーローとして戦わなければならないと考えている。

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最終更新:2016年09月14日 15:57