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高遠遙一&アサシン




 名探偵として最も高い適正を持つのは、「自身を客観的に見つめる能力に長けた犯罪者」に他ならない。

 これは、犯罪者の次の行動を予測するには、犯罪者の特性や心理を深い所まで理解している前提が必要となるからだ。
 勿論、犯罪心理学の教科書を捲っても近い事はできるだろう。それならば、わざわざ犯罪者が名探偵になる必要はどこにもないと思われるかもしれない。
 しかし、心理学者はその心理を最初から客観視して、いくつかの根拠から推察し、誰にでも伝わる言葉で発表しただけに過ぎないのである。
 それゆえ、彼らは実像を百パーセント知る事も出来なければ、誰かに伝える事も出来ない。彼らの研究はあくまで「近い推測」なのだ。
 更に言えば、彼らは何の根拠もない直感を確信として発表する事が出来ないのも足枷となっている。たとえば、「経験上、何となくそう思った」は根拠とは言えないのである。
 実際には、その直感も根拠らしいものに基づいて脳が導き出した推理と言えるかもしれないが、やはり根拠がなければ戯言と同じになるのであろう。

 だが、本当の犯罪者たちは、そうして心理学者たちが掬い逃した犯罪の細部までも丁寧に観察し、次の一手を直感的に推理推測する事が出来る。
 天才的な犯罪者であるならば、更にいくつもの経験や思考を、全て直感や知恵へと変えてしまう。
 もはや、彼らは「犯罪」や「殺し」の輪郭を、より高い解像度で映し出すレンズを嵌めながら生きているような物であった。
 自分ならば、どう動くのか――それを考えれば、犯罪者の闇に足を突っ込むのも容易い。

 そして、その種の人間の目的が「犯罪を犯す事」ではなく、「犯罪者を暴く事」に傾く奇跡が起きた時、真の名探偵は生まれるのである。

 その能力を持った男は、犯罪に付随するあらゆる「理由」を見逃さない。
 果たして、反倫理的行動を犯した者が、その次に起こすアクションは何なのか。
 どういう社会的立場や性格のカテゴリを持つ人間が、それと同種の犯罪を行うのか。
 犯罪が発生しやすい時間帯はいつか。犯罪が発生しやすい場所はどこか。犯罪に巻き込まれやすい性質を持つのはどんな人物か。
 犯罪者にはどういう心理が働いているのか。彼らの抱えるトラウマは何か。
 そして、それは何故なのか。
 軽犯罪から重犯罪まで、あらゆる事件のデータベースを知り尽くし、更には自分自身さえも客観視した犯罪者は、これらの疑問に対して、犯罪心理学など学ぶ必要もなく独学で応えた。
 一つの傾向に素早く気づき、「次」を予測しうる能力に長けた名探偵――それはもはや、人並み外れた直感の持ち主でさえあった。

 これまでの譜面を頼りに直感的に最良の一手を指す棋士のように、これまで知った犯罪や思い描いた犯罪を頼りに目の前の犯罪を解決してしまう、まさに天才的存在。
 千の犯罪を知る事で、千一番目を容易く解き明かしてしまう、最初の男。
 この世界にはじめて誕生した探偵は、そんな人物だったとされている。






 冬木市内のごく普通のアパートで、彼らは暮らしていた。
 片一方の男――『高遠遙一』は逃亡中の指名手配犯に違いないのだが、それでもあまりにも自然にその場に身を置いて、愛想のよい近所づきあいを演じている。
 隠れ家を作るならばもっと人の目のないアンダーグラウンドな場所が向いているかのように思えるが、彼はそれを嫌った。
 警察も決して只の無能の集まりではない。犯罪者が隠れやすい場所に目を付けるのだけは、決して遅くはないのである。
 だいたい、いかにも隠れ家といった所に隠れ家を構えるのは、元々高遠自身の主義に合わない。
 犯罪者であると同時に、一人のマジシャンである彼は、もっと堂々と構えながら――いつ見つけられるかもわからないスリルの隣で、生を演じる義務があった。

 そんな風にして、普通の街の中に、一人の殺人鬼が暮らしていた。
 高遠は、変装などをして顔を隠す事はなかったが、意外にも誰かが彼を気に留める事はなかった。
 強いて挙げるならば、黒縁眼鏡をかけて、少々立派なスーツを着ている程度だろう。やはりそれも、変装と言うほど大袈裟ではなかった。
 だが、これらの変装と言えない変装と、いくつかの要因が重なって来ると、奇妙な事に誰も彼が逃亡中の犯罪者とは思わないのである。



 簡単に、彼の正体が晒されない仕組みを説明しよう。

 まず、高遠は元々、目立った特徴のある顔立ちではない。
 目立つ所に黒子があるとか、髪に癖があるとか、顔のパーツが大きいとか、そういった誰の目にも留まるシンボルは元来持ち合わせなかった。
 身長も、平均かそれより少し高い程度だが、それも大した特徴にはなりえないし、交番に張り出された顔写真だけでは、体格等のデータにあまり現実味を帯びる事はない。
 等身大のパネルやポスターでもあれば別だが、警察はそれを全国に配備するほど犯罪者の逮捕に力を入れてはいないので、やはり高遠を三次元的に見る者はいなかった。
 それらの要因からして印象に残りにくいのもあるが、それに加えて眼鏡が顔を隠すと更に高遠の印象は、手配写真から遠ざかった。
 人気俳優や人気アイドルの中も、眼鏡や帽子で変装する者がいるくらいなのだから、親しい間柄の相手でなければ、よほど気づきにくいのだろう。
 たった一つの眼鏡が、高遠をぼんやりとしか覚えていない人々の目を眩ませた。
 それから、もう一つの変装道具であるスーツも、また周囲の目を眩ませるのに一役買っている。
 これが相応に煌びやかである事によって、「逃亡中の犯罪者」という金銭的余裕のなさそうな人物像と乖離してしまうのである。
 それでいて高級すぎるわけでも派手なわけでもないので、露悪的な組織と繋がっているとも思われがたい。
 最近事件を起こして追われている男が、まさかこんな風に洗濯したての綺麗なスーツを来て歩いているなどとは、さすがに思えないのであった。

 極めつけは、普段は愛想よく振る舞い、何かに怯える様子もなく、挙動不審な行動や倫理を疑うような行動が目立たない……という素の姿でいられる肝っ玉の太さだろう。
 それらが徹底的に、犯罪者のイメージは彼と距離を広めてしまうのである。
 彼は自ら他人と過度の接触こそしないが、近所の住人が困っている時には、わざわざ声をかけて手伝う事もある。これがたびたび信用を買う。
 もし、仮に誰かが薄々感づいていたとしても「気のせい」と片づけてしまうほどに、彼は凶悪犯的性格の片鱗も見せなかった。

 それに、周囲からしても、近隣の住民を警官に通報するには少々の勇気が要るに違いない。
 誤報であれば、この程よい近所づきあいも壊れるし、それが取り返しのつかないミスに繋がる恐れがある。
 多少似ている程度の人間ならば世の中にいくらでもいるし、おそらくその一人なのだろうと片づけてしまう。
 第一、通報は面倒だ。わざわざ通報するほどの人間ではない。
 あんな「怪しくもない人物」を難癖つけて指名手配犯などと呼んで通報してしまうのはもはや魔女狩りだ。

 そう――逃亡中の指名手配犯が自分の近隣住民などという、使い古されたサスペンスが自分の身に降りかかるのを、もう誰も信じていなかった。
 ビッグスターが身近に引っ越してくるよりも低い確率の偶然が、自分のもとに降りかかるような物である。
 そんな面白い物語が現実に起こる可能性など、もう誰も諦めているのだ。
 どこかにいるが、自分の近くにはいない。

 だから、彼が近くに住む人間たちに――指名手配犯、『高遠遙一』として彼が通報される事は全くなかったのである。
 マジシャンは最も見られたくない物を、本来目につくところに堂々と置く事がある。
 彼もまた、堂々とその場にいる事によって、自らの存在を指名手配犯と結び付けない心理的な壁を作り上げていたのだ。





 ――――しかし、だ。

 人間の行動は、必ずしも定型的とは言えない。
 九十九人の観客を騙せても、時に目ざとい一人がそれを看破する事だって珍しくないし、他者と全く別の視点を持つ才能のある人間もいるのだ。
 世の中には、時折優れた頭脳を持つ人間が、マジックのタネを暴いてくる事がある。
 高遠もこれまで、何人かそんな相手と出会ってきたし、言ってみるなら、その一つの例は今も目の前にいた。

 それは――彼が呼び出したサーヴァントであり、この家での共同生活者であった。


「――高遠くん、きみが持っているこの事件に関する資料は、これが最後かな」

「ええ。あくまで、『良質な資料』という意味ならば、それが全てです。
 もし、眉唾ものまで知りたければ、インターネットに繋いで調べればいくらでも見つかりますよ」

「なるほど、この事件も未解決だからね。憶測や珍説、奇妙な尾鰭や伝説も付き物だ。
 ノイズであるのを踏まえたうえでも、後で見る事にするよ。どんなブッ飛んだ説があるのか、少々興味はあるからね」


 彼の部屋に寝転がって、「切り裂きジャック」の本を読み進めている十代ほどのヨーロッパ系少年だった。
 アサシン――『フランソワ・ヴィドック』である。
 白いシャツとサスペンダーとが、高遠と馴染む高級感を感じさせ、同時に怜悧な美少年のイメージを高めている。

 このフランソワ・ヴィドックの名は日本ではあまり知られていないかもしれない。
 しかし、彼に端を発する職業を知らない者はいないだろう。

 そう――彼は、この世界において存在した、史上初の「名探偵」である。
 彼の伝説は、フィクションの中の探偵たちにさえ、多大な影響を与えたと言われている。
 たとえば、あのシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンさえも、彼が歴史上にいなければ成立しなかった作品にあたるし、『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンも彼がモチーフと言われている。
 そんな彼の頭脳は、高遠が犯罪者であるのをいち早く直感してしまう程であった。

 曰く、


「ここは非常に脱走に向いている部屋だね。この立地なら、正面の玄関を押さえられる事があっても、裏を押さえられる事はない。
 家具も、いつでも使い捨てられるような、置物の家具ばかりだ。個人情報に関するデータをはじめ、足がつくような物がまるで置いていない。
 たぶん、本当に必要で持ち歩かなければならない物はいつもその木のバッグに入っているのだろう。それくらいなら普段から持ち歩いて逃げられるからね。
 万が一、部屋の中を突入された時の事もよく考えてある。一見して人間が隠れる事が出来るような家具が多いけど、それらは全て目くらましだ。
 この中に突入した追っ手も、思わずあのクローゼットやソファーの中身を調べたくなってしまうだろう。
 だが、追っ手がそこらじゅうの隠れられそうな家具を調べている間に、きみはもっと遠くに逃げてしまうだろうね。
 つまるところ、きみが普段から誰かに追われているのは間違いないけど、どうやらきみの魔力では、魔術師に関連する事象というわけでもないようだ。
 むしろ、追われ慣れているのに、みすぼらしさの欠片もないところを見ると、理不尽に追われているわけでもない。
 ……だとすると、きみは何か罪を犯しているので、警察から逃げる為という所かな。きみが、一人の犯罪者であると考えると非常に納得がいくね」


 との事である。
 ヴィドックは直感的に、この部屋の構造が脱出に向いていると睨んでいたのだ。
 それは、ヴィドックが名探偵であったから導き出された結論というわけではなかった。

 ヴィドック自身も――過去に投獄された時に脱獄を繰り返した「脱走犯」だったのである。
 彼は、「名探偵」であり、同時に「犯罪者」でもあったのだ。
 まさしく、この部屋の謎も、犯罪者の視点がゆえに導いた、犯罪者の結論だったと言えるだろう。

 ついでに言えば、こうして彼が十代の少年の姿をしている事も、探偵である時も犯罪者である時もこの方が都合が良いからに相違ない。
 あらゆる犯罪や密偵に用いた「変装術」では、体のパーツを水増しする事は出来ても、削ぎ落す事は出来ないし、体格は小さければ小さく、中世的であればあるほど変装には向いている。
 得意とする情報戦においては肉体年齢など関係ない。サーヴァントの精神年齢や知識は死亡時に依存する場合があり、彼はまさしくその恩恵を受けていた。
 それゆえに、彼の「全盛期」は、まだ軍属ですらなかった頃の淡い少年期の姿であった。
 高遠にしてみれば、この年頃の美少年を部屋に棲みつかせている事の方が怪しく見られそうに思えるくらいである。
 彼がサーヴァントである事の不都合といえば、そのくらいだろう。



 ――とにかく、ヴィドックは、こんな風にして、自身の経験と、自身が獄中にいた時に通じた犯罪者たちの経験を手掛かりに、あらゆる推理を行う探偵だった。
 ただ、彼の持つ事件記録自体は、ヴィドックの生前までのデータでしかないので、文明が大きく発達したその後の事件や、他の文化圏の国の事件データは全て高遠の推薦書を調達してもらう形で補っている。
 それらは「記憶」や「経験」ではなく、あくまで公表されている内容の「記録」として知っているがゆえ、ヴィドックにとっても少々物足りないが、彼は既に「近年の日本の事件傾向」にも手を伸ばせるようになっている。
 高遠も有名事件から、あまり知られていない軽犯罪・小規模事件まで詳しく知っているので、ヴィドック自身もかなり助かっていた。
 高遠自身がいかなる事件を起こしたのかはまだ彼の口から利けていないが、先に壮大な百年の事件史を知るのは確かに理に適っているといえるので、ヴィドックも別に無理矢理高遠の過去を探ろうとはしなかった。
 おいおい聞けたら、という形で納得してしまっている。
 そういう意味では、やはり相性の良い二人である。

 ちなみに、この切り裂きジャック事件の場合は、ヴィドックの死後に発生した未解決事件であるせいもあり、ヴィドックはその事件について特に念入りに、興味深そうに読んでいた。
 自身がその事件に居合わせなかった事の悔しさが、この執着の最大の理由のようだ。
 本当に読んでいるのか疑わしくなるくらいに素早く手を動かしているが、おそらく一つの事件の資料を読み漁る中でおおよその展開を予測してしまっているからだろう。
 他の本と重複する部分も多いので、余計に読み飛ばしても伝わるようになっているのだ。


「なるほどね」


 彼は、しばらくしてそう言ってから、読み終えた本を閉じた。
 ヴィドックにとって、解決した事件の資料は大抵予想通りの展開ばかりを辿っていた。
 しかし、切り裂きジャック事件に関しては、その全貌を把握するのが少し難しいようだった。

 彼がその場に自分がいれば、おそらく「ある特徴を持つ人物」を念入りに取り調べるだろうというのはある。
 実際、当時のイギリスの警察の捜査方法を見る限り、あまりにも杜撰すぎて、真犯人に辿りつけないのも当然だと思えてしまう。
 あとわずかに別の視点があれば、誰にでも解決できる事件になりえたとヴィドックは断言できる。

 だが、百年以上の時を隔てて、伝説となってしまった事件を、資料だけで断定的に推理するのはヴィドックにとっても難儀だった。
 いくつかの資料と資料ではいくつか矛盾があるし、もはや一世紀を隔てた未解決事件の資料は「資料」と呼べないほどの虚構、憶測、主観、勘違いに満ちている。
 これでも正しい部類の資料だというのだから、もっと多くの資料を見つめれば、更にあらゆる情報が混在してしまっているのかもしれない。

 ヴィドックはそうした見解を高遠に述べる事にした。
 元々、高遠もヴィドックの見解を聞きたいと言っていた為である。


「――この事件も、ぼくやパリ犯罪捜査局の諸君、それにこのアーサー・コナン・ドイルという英国人作家が本腰を上げて捜査をしたならば、解決も夢ではなかっただろうね。
 見たところ、どうやら、切り裂きジャックは、大声で騒ぐほどの大した事件ではない。ドイルの言う通りだよ。
 上手く捜査すれば解決できてもおかしくないものを、警察が無能で解決できなかったから騒がれているのさ。
 技術の進歩を抜きにしても、今の警察ならばもっと早くに解決が見込める。当時の警察は、的外れな根拠で余計な決めつけをし過ぎたんだと思うよ」

「なるほど。私もおおよそ同感です」

「だろう?」

「しかし、私からすれば、このジャック・ザ・リッパーも尊敬に値する人物ですよ。
 何せ、犯罪で都市を劇場に変えた人間の一人ですからね。『最初の犯罪芸術家』と呼んでも、過言ではないでしょう。
 私の立場からすれば、偉大なる先輩と言っても良い人物です。
 ……尤も、犯行声明を出したのが本人かどうかと訊かれると、少々口を噤んでしまいますが」


 高遠は薄く笑いながら、そう返した。
 犯罪者であり、明晰な頭脳も持ち合わせるゆえに、高遠もヴィドックに共感するところは多いらしい。
 決定的に違うのは、ヴィドックにある「不特定多数の罪人に慈愛を向ける」という性格が、高遠にはない点だろう。
 それゆえ、高遠はヴィドックの心情を理解しても、共感はしない。

 ヴィドックは、そんな高遠との根本的な相違こそ感じているが、その相違も含めて彼を容認し、理解し、共感しようとしている。
 彼はヴィドックにとっては、一つの犯罪サンプルでもあり、一人の犯罪者であり、己のマスターであり、新しい友人なのだった。
 最初から「理解不能な相手」と決めつけるのではなく、「悪意や憎悪ごと理解する」という形で、ヴィドックは誰に対しても施しをする。
 悪の面を持っているがゆえに、悪に対しても優しくなれるのが彼なのである。


「――しかし、警官が無能であったのは、まったく、本当に残念だね。無能というのは、殺戮と同じくらいに重たい罪だよ。
 どうも、犯罪ですらない、思考力や想像力の至らなさが招いた過失は、ぼくにも共感しがたいものがある。
 結局、彼らは被害者の無念を晴らす事も出来ないばかりか、犯人を救う事もできないわけだ。これでは切り裂きジャックが可哀想だよ」

「…………ほう。切り裂きジャックが可哀想、とは?
 少々、興味深い考え方なので、聞かせてもらえますか」

「これは、ぼくの哲学だよ。ぼくにしてみれば、犯罪者は、許されがたき者であると同時に、誰より弱い生物さ。
 ぼくやきみを含め、誰もが等しく生きる為の法律さえ守れない――そんな自分勝手で脆弱な精神の持ち主ばかりだ。
 だから、犯罪者も実は、自分を理解し、同調し、支持し、救ってくれる人間を待っている。常にそうだった。
 他人に認められたくて仕方ない人間ばかりなんだ。だから、却って彼らの罪は見破られ、救われなければならない。
 言ってしまえば、逮捕される事のない犯罪者も、誰にもトリックを知られないまま孤独に死を迎えるマジシャンも、ぼくにとって良い生き方とは思えないよ」

「――ですが、マジシャンとは、往々にしてそういう物です。我々にとって、トリックを見破られるというのは、むしろ死にも代えがたい苦痛ですよ。
 勿論、私の場合、『犯罪』においても同様です。誰もが不思議がり、誰もが必死に謎を解こうと頭を捻る姿を、高くから見る事に快感を覚える」

「……」

「そう……自分で言うのも痛々しいですが、私は殺しが好きというよりは、そこから生じる芸術が趣味の、ただの芸術家なんですよ。
 誰かが死んだとしても、私にとってはどうでもいい事です。私が殺人を犯したのも、僅か四名への憎しみと、残りはすべてただの芸術の為の材料だったからです。
 そんな犯罪者も、実際、あなたの目の前にいる……それを考えた事はありませんか?」

「……ああ。わかってるよ。だから、これはあくまで、『ぼくの哲学』だよ。
 きみのその精神に対しても悪の心で共感してしまうんだ。
 だが、同時にもうひとつの正義漢気取りの心で『悪の寂しさ』を指摘してしまう。
 きみを見ていても、『そういう犯罪的な考えに至らない、健康的な生を受けた方が幸せだったんじゃないか』って思ってしまうんだ。
 ……失礼な言い方だけど、あまり不快に思わないでくれよ?
 ぼくだって別に、上から憐れんでいるわけではないんだから。あくまで、ぼくは、きみの上ではなく隣にいるんだ。自分を慰める為にこう言っていると思ってくれ。
 人を騙す事に快感を覚えるきみの気持ちもよくわかる。別に止めるつもりはない。むしろ、敬意もある。
 それに、今は依頼人がいるわけでもないし、まして、きみもぼくも一緒に『聖杯』を得ようとする一人だからね」

「なるほど、わかりました。私の隣、というのは良い表現だ。
 ただの一人の人間の『哲学』とするならば、確かに、意見がまるっきり対立するほどの平行線というわけでもない」


 高遠も納得を示したようだった。
 ヴィドックの考えに飲み込まれたというより、一つの考え方として有りと容認しているだけであるが、それでも対立しているわけではない。
 いつか交わってもおかしくない、同居できる線と線であった。

 ヴィドックからすれば、既に交わっている感覚なのかもしれない。
 犯罪を取り締まるとともに、犯罪を愛し、犯罪者を憎むとともに、犯罪者に強い共感を持つ。
 そして、極刑を下される殺人犯を見るたびに、自分が殺されるかのような痛みを感じる。
 それが彼だ。

 だからこそ、聖杯に求む彼の願いは――『罪人たちの救済』なのだ。
 罪人たちが、罪によって救われるのでも、罰によって救われるのでもない、ただの魂の解放。
 犯罪者たちが犯罪を犯した後に苛まれる、罪の呪縛――あるいは、「反省のできない不幸な精神」から解放する事が、ヴィドックの願いだった。
 そうしなければ、ヴィドック自身が救われないような気がしていたのだ。
 本当に救われないのは被害者であるが――被害者は「死」によって聖人になる。
 しかし、犯罪者は永久にそうなれない運命を背負い、永久に名誉ごと死んでしまう怪物となる。
 そうあってはならない、それでは悲惨にさえ思ってしまう――理解されがたいかもしれない願いだった。
 犯罪者たちの、生まれもっての、そこに至る運命を崩してしまいたい。
 それほどにヴィドックにとって犯罪者はいとおしい隣人であり、自分の体の一部であった。


「――ところで、高遠くん。
 僕も、まったく、これだけ雑談を繰り返していても、きみが聖杯を欲しがる理由だけはわからないんだ。
 そろそろ教えてくれよ。一つの参考にしたいんだ。
 きみの場合、願望器に頼るくらいなら自分で願いを叶えるだろうし、願望器でなければ叶わないような願いは却って求めないだろう。
 ――それなのに、きみは願望器を欲している。理由が知りたいんだ」


 ヴィドックは、少し上目遣いに、しかしどこか興味深そうに訊いた。
 犯罪について訊く時だけ、彼には少年らしい無垢な瞳が視えた。
 それは狂気のように見えて――しかし、狂気というには優しい願いも持ち合わせている。
 ゆえに、余計に奇妙で理解しがたい瞳だった。
 高遠は、その瞳に応えるように、ゆっくりと口を開いた。


「その答え、ですか……。考えるほどでもない、実に単純な事ですよ。
 私はただ、――魔術を否定したいんです」

「魔術の否定?」

「ええ、我々マジシャンというのはね……魔法使いや魔術師ではないんです。
 あくまで、魔法使いを演じる一人の役者でなければならない。――これはとある高名なマジシャンの言葉です。
 この言葉に沿うならば、便利な魔法というのは、マジシャンが活きる為には、この世にあってはならない物です。
 それならば、一度この世から消してしまう事で、われわれマジシャンがアイデンティティを保てるようにしたいんですよ」

「ああ、なるほど、願望器による、魔術の否定――か。矛盾しているようでしていない、随分と奇妙な願いだね。
 一回限り、願望器を使う事で、魔術自体を否定してしまうわけだ。可能かどうかはぼくにもわからないけど、やってみる価値はあると思っているんだろう?
 …………しかしね、高遠くん。きみの言う事には少々、根本的な問題があるよ。
 魔法と魔術は決定的に違うんだ。
 魔術はあくまで、表に出ていない、巷に流布していないだけの実現可能な技術だ。
 現実に、マスターもその渦中にある。魔術はどこにでもある、一つの力学だよ」

「ええ、しかし……そうであるとしても、です。
 ――だって、つまらないでしょう? 手を使わずに出来る事が増えてしまうほどね……」


 高遠はニヤリと笑った。
 どこか、憎悪さえ込めた歪んだ顔つきだった。


「――不可能だからこそ、そうであるかのように振る舞い、他人を驚かせる価値がある。
 少なくとも私はそう思いますし――そうでなければ、私の作る芸術は意味を損なう事になると思っています」

「……そうか。その言葉が本心ならば、驚くほど、誠実なトリックスターだね。きみは
 犯罪者としても、非常に珍しいタイプだよ」

「私に限った事ではありませんよ。
 真の愉快犯(トリックスター)ほどルールに忠実な存在はないんです。だって、そうでなければ面白くはありませんからね。
 法を犯すのもまた、自分が作ったルールを忠実に守りながらゲームをしているからに過ぎません」


 つまり、法より自分のルールを優先させる性格でありながら、自分の作り上げたルールだけは絶対に破らないというわけだ。
 ヴィドックは、それを聞いて少しだけ考え込むようなそぶりを見せた。
 それから、少しばかり時間を隔ててから、演説するように、あるいは数式を羅列するように、ヴィドックは口を開いた。


「うーん……。なるほどね。
 ――厳格な父。奔放な母。おそらく父はもう死んでいるか、もしくは半永久的に視界に入らないところにいる。
 母は……こちらはわからないけど、やはり亡くなっているのかな。
 家庭は裕福。しかし、父親の影響力は強く、普通の家庭より少し窮屈。少なくとも、影響を与えるほど一緒に育った兄弟姉妹もいない。いや、いるとしても、姉はいない長男かな。
 奇術が好きだと言ったけど、多分、それは子供の頃からの根強いものだね。おそらく、きみの場合は母親が奇術が好きだったとか、そんな所だと思う。
 他者への共感性は乏しいが、時として自分に近い物を持っている人間には少なからず施しをする事もある――それが、きみの性格といったところかな!」

「……え?」

「ああ、いや――見ていて、きみの生い立ちはそんな所だと思ったんだよ。当たってるだろう?」


 高遠は弱点を見せたつもりはないが、ヴィドックはそれを上回る推理力で、全てを解き明かしていた。
 それは、推理というよりはほとんど直感的なレベルのものであったが、高遠も目を丸くするほどに命中していた。



 かの探偵の宝具――『ヴィドック回想録』の力の片鱗が、実体を持ってマスターの前に晒された時であった。






【CLASS】

アサシン

【真名】

ウジェーヌ・フランソワ・ヴィドック@17~18世紀フランス

【パラメーター】

筋力D 耐久E 敏捷B 魔力E 幸運A

【属性】

中立・中庸

【クラススキル】

気配遮断:A
 自身の気配を消す能力。
 完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

【保有スキル】

直感:C
 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
 また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。

諜報:B
 気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。
 親しい隣人、無害な石ころ、最愛の人間などと勘違いさせる。

変装:C
 別の人間に変装する技術。
 アサシンの正体を知る者が顔に触れても気づかないほどの変装技術を持つ。
 このスキルと『気配遮断』が併発すれば、殆ど一般人と見分けがつかない状態にもなる事ができる。
 ただし、変装にモチーフがある場合、そのモチーフを詳細に知る人物には看破される可能性が上昇する。

【宝具】

『ヴィドック回想録』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-

 アサシンの宝具にして、彼の「犯罪捜査」の経験値と記録。
 接触したサーヴァントの性格面・言動の特徴や、サーヴァントの乱戦跡・殺害痕・手口などから、そのサーヴァントの性格・弱点・コンプレックスなどを、正体に近い所まで推理する。
 とりわけ、「悪」の属性を持つサーヴァントの看破に特化しているが、宝具自体が人間観察の記録と呼べる領域に達している為、「善」「中庸」といった属性のサーヴァントも見破れない訳ではない。
 マスターなどに対してもその性格等を言い当てる能力は健在であり、これもまたマスターの性格の暗部を言い当てる能力として非常に高いレベルに達している。
 それはもはや根拠のない直感レベルにさえ卓越しており、些細な手がかりから「なんとなく」で、像を掴んでしまう事もある。
 反面で、「狂」の属性を持つサーヴァント、動物性が強いサーヴァント、無機物のように、人間の理性・倫理・思考・感情の範囲外の相手に関してはその性質を特定する事が困難になる弱点も持つ。
 ルーラーのスキル『真名看破』と違うのは、対象の思想信条や個人的な事情を予想できる点や、直接対面しなくとも痕跡から言い当てる点、真名を言い当てる訳ではない点(ただし相手によっては可能)などがある。
 そして、これらの能力から対策術までを講じる、探偵式暗殺術の一連の流れがこの宝具として成立している。

【weapon】

 拳銃
 犯罪データファイル

【人物背景】

 世界で初めての「名探偵」にして、「犯罪者」。
 若き頃、軍隊に入隊のち除隊したが、その際に手違いで除隊証明書を受けなかった為、脱走兵として逮捕される。
 さらにのち、偽札紙幣を偽造した一味の仲間という濡れ衣を着せられ、更に重い刑に服す事になる。
 しかし、ヴィドックはそれを逆に利用し、入獄中の犯罪者たちの性格や行動、犯罪の手口や暗黒社会に関する情報を収集。
 脱獄や潜入、変装の手法もこの期間に学び、高め、実際に脱獄と入獄を繰り返していた為、徒刑場でも問題児扱いされていた。
 出獄ののち、パリ警察と共謀して密偵となり、徒刑場で得た情報を用いてあらゆる犯罪の手口を看破。
 これらの功績が認められ、国家警察パリ地区犯罪捜査局を創設し初代局長となる。
 犯罪データベースを用いた現代に繋がる捜査方法を確立したほか、探偵事務所を開いた初の人物でもある。
 その捜査方法は、自らが犯罪を犯す事も全く厭わない、かなり強引な手法であるとも言われ、まさしく「犯罪」と「法律」との挟間にある犯罪者探偵であった。
 また、上記の逮捕された経緯こそ冤罪に近いが、幼少期から盗癖があったり、友人に暴力を振るったり、甘え上手で女性を騙すのが得意だったりもする「犯罪者」としての一面も嘘ではない。

【特徴】

 ショタ。十代前半程度の中性的な美少年。
 黒髪で、顔は同じ年代ごろのレオ・ルグランのようなイメージ。
 服装はサスペンダーと白いシャツをつけている感じ。外ではベレー帽も被るかも。
 口癖はないが、台詞がやたら長く、演説的になりがち。
 ちなみに、史実では、少年期から体格が大きかったらしい。

【サーヴァントとしての願い】

 犯罪者たちの救済。





【マスター】

高遠遙一@金田一少年の事件簿

【マスターとしての願い】

 魔術の否定。

【weapon】

『マジック道具』
 普段、高遠が自らの身体に仕込んでいる様々なマジックアイテム。
 アタッシュケースに入れて必要時に持ち歩いている物の他、いつでもショーが披露できるように体にも幾つかのマジックのタネを用意して生活している。
 用意周到であり、事件現場では防弾チョッキを着用していた事もある。

【能力・技能】

 天才奇術師・近宮玲子の血を引き継いでおり、当人もマジシャンを志している為、魔法と見紛うような奇術を披露できる。変装やメンタリズムもお手の物。
 高度な知性を持ち、高校時代は名門進学校の秀央高校に入試全科満点で合格している。授業を聞いていなくても一通りの授業内容を理解できる模様。
 それに限らず知識量もあるようで、作中で音楽家やギリシャ神話の解説を務めた事もある。
 元々殺人犯であり、躊躇なく殺人を行う冷酷な性格でもあり、他者に殺人の為のトリックを授けて殺人教唆を行うが、一方で殺人事件を解決したり、殺人犯が使ったトリックを解明したりする事もある。
 コンピュータウイルスを作ったり、インファイトで格闘したり、ピアノを弾いたりといった姿も見せており、大抵の事はできるキャラとして描かれている模様。

【人物背景】

 地獄の傀儡師。
 天性の犯罪者とも呼ばれる、他者を利用して殺す事を厭わない冷酷な殺人鬼である。
 幼少期は、厳格な義父のもとでイギリスで生活をしていたが、ある時、天才マジシャン・近宮玲子の舞台を義父に見せられて以来、マジシャンを志すようになる。
 高校時代は、日本に帰国しており、名門進学校・秀央高校に全科目満点で入学。在学期間中に校内で発生した殺人事件を探偵のように推理して解決し、犯人を殺害している(ただし正当防衛によるもので殺意はない)。
 また、在学中に義父が死去した事で、本格的にマジシャンを目指すようになり、そのためにイタリアへと渡る。
 イタリアでは高名なマジシャンの弟子として修行していたが、十七歳の時に近宮玲子の死を知る事になり、十八歳の誕生日に近宮玲子が自分の母親である事を知った。
 後に近宮の弟子である「幻想魔術団」のマジックを参考の為に鑑賞。
 しかし、その時に幻想魔術団の行ったマジックが「近宮玲子の模造品」であった事から、「近宮は弟子に殺された」という真相を知り、憎悪に燃える。
 幻想魔術団のメンバー四名の殺害を決意した高遠は、マネージャーとして潜入。ターゲットを絞り込んだ後、警察に予告状を出したうえで「劇場型連続殺人」を演じた。
 彼の起こした「魔術列車殺人事件」は金田一一によって事件は解決される事になったが、逮捕後に間もなくして脱獄。
 以後は、いくつかの事件で金田一や明智健悟に向けて挑戦状を出し、復讐を望む人間たちに「マジックのような、美しく謎と怪奇に満ちた芸術犯罪」を教唆する犯罪コーディネーターとなった。
 非常に冷徹な人物ではあるが、同時に約束を絶対に守る義理堅い性格であり、協力者の死には怒りを見せ、基本的に自身の計画に無関係な人物は巻き込まず、自分と近い境遇の人物の命を助け、肉親の過ちを正し、無邪気な子供たちの前では優し気な笑みと共に人形劇を見せるといった面も見せる。

【方針】

 他陣営と共謀しつつも、目的はあくまで聖杯。
 魔術の存在そのものを嫌うが、聖杯戦争が終わるまでは魔術を利用する事も辞さない。

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最終更新:2016年09月12日 23:16