赤ん坊は生まれてきた時、暖かい感情に囲まれるものだ。
出産というのは一説によれば男性に同じだけの痛みを与えるとショック死すると言われる程に辛い行為である。
しかし、夫婦の愛の結晶とでも言うべき赤ん坊が産まれるのは、その辛さを補って余りある幸せなことのはずだ。
赤ん坊は祝福されながら産まれてくる。
それは当たり前のことだから、母親は憔悴しながらも慈愛に満ちた視線を赤ん坊に向けるし、父親が産まれてきた子供に対して言うことは……。
――――障りが生まれたか。
「夢……か」
三谷亘は猛烈な寝苦しさを覚え、目を覚ます。
時計を見れば時間は朝の6時。
本音を言えばもう少し寝ていたいが、二度寝するには遅い時間だ。
亘はまだ覚醒しきっていない頭でぼんやりと先ほどの夢を思い返す。
夢の内容はあまりはっきりと覚えていないが、何か自分の存在が否定されたような、そんな悲しい夢だった気がする。
まるで、家を出ていった父親が本当は女の子が欲しかったことを知ってしまった時のような……。
「おや、お目覚めになられましたか」
思考の海に沈みかけていた亘に声をかける存在がいた。
亘は一人っ子(最近になって異母兄弟の存在を知ったが)であるし、父親は前述の通り家を出ていった。
母親は夫が家を出ていったショックで自殺未遂をして入院中だ。
たまに叔父が様子を見に来るが、さすがにこんな朝早くからいるわけがない。
つまり……
「ああ、おはようキャスター」
声をかけてきた相手は、魔術師の英霊たるキャスター……亘の呼び出したサーヴァントであった。
「相変わらず早起きだな、流石お坊さんだ」
キャスターは亘の言葉の通り、仏教系の僧侶であった。
綺麗に剃られた頭に右肩を露出させた黄色い法衣。
日本では黄色やオレンジの法衣は一般的ではないが、それでも一目で僧だと分かるような雰囲気、オーラのようなものがあった。
「本来は早起き以前に眠る必要すらないのですがね。いやはや、根付いた習慣というのは中々に変え難い。
マスターにとっては少し早いかもしれませんが、朝食にしましょうか」
「ああ、いつも悪いな」
亘には、自炊の経験がないため、基本的に食事はキャスターが作る。
僧侶らしい質素な食事だが、家で誰かと食事をするというのは中々楽しいことだ。
家族がバラバラになって初めてそのことが分かったというのはなんとも皮肉だが。
NPCという仮初の存在でも、現世と同じように家族はバラバラになっている。
きっと最初から、あの家庭には埋められない溝があったのだろう。
母と父が結婚する前から、あの女の人と両親には浅からぬ因縁があるようだった。
それでも、自分はあの幸せな家庭を取り戻したい。
だから芦川から"旅人"に向いてないと言われようと"旅人"になった。
しかし……
「ご家族のこと、聖杯戦争のことで、悩みがあるのですか?」
「え?」
「私も生前、家族関係に悩んでいた時期がありました。
だからでしょうか、マスターが家族のことで悩んでいるのが分かります」
「キャスター……俺は」
「マスターの家庭環境は私も存じております。
しかし、あなたの悩みはそれだけではないように見受けられます」
「はは、何でもお見通しなんだな……」
宗教というものにはあまり良い思い出がないが、キャスターにはなんとも言えない神々しさがあった。
英霊である以前に仏教僧だからであろうか。
懺悔……とは少し違うかもしれないが、相談したくなるような器の大きさを感じる。
「分からないんだ……他人の願いを潰してまで自分の願いを叶えるべきなのか」
亘は一度、人を殺したことがある。
相手は亘同じ旅人で、元から敵同士の上極悪人だった。
しかし、亘の手にはまだ人を斬った感触が残っている。
「だからさ、それが分かるまで、これを預かっていてほしい」
そう言って亘が取り出したのは、一つの小さい球体。
"玉"という5つ揃えば女神への道が開かれて願いが叶う上に、集める程"旅人"の力が上がる代物だ。
「確か、それは大切なものなのでは?」
ある程度亘から幻界のことを聞いていたキャスターも当然そのことを知っている。
「大切なものだからこそ、キャスターに持っていてほしいんだ。
俺が戦う理由を見つけるその時まで、預かっていてほしい」
「マスター……」
「手のかかるマスターですまない。でも僕は、理由を見つけるまで誰かの願いを潰したくない」
かつて亘が殺した男は言った。
"旅人"とはエゴイストの集まりだと。
エゴが最も強かった者が生き残る、ただそれだけだと。
亘のエゴはかなり弱い……というよりも本質的にエゴイストとはかけ離れた性格なのだ。
(芦川の言う通り……俺は"旅人"には向いてないのかもしれない)
家族は救いたい、だけど誰かを傷つけるのは嫌だ。
人間としては正しくても、他人を蹴落とさなければならない"旅人"としては落第点もいいところだ。
「分かりました、あなたが戦う理由を見つけるまで、これは謹んでお預かりいたしましょう」
「キャスター……」
「どちらにせよ私はしばらくは工房作りに専念しなければなりません。
あなたが考えるだけの時間はありますよ」
「ごめん、キャスターにも願いがあるのに……」
「どうかお気に病まないでください。
……実を言うと、私もあなたと同じなんです」
「え?」
亘にはキャスターは完璧な僧侶に見える。
死んだ後も律儀に早寝早起きし、野菜中心の精進料理を食べている。
そんなと自分が同じだと言われてもピンとこない。
「既に廃した身とはいえ、私も仏教僧ですから、無益な殺生は戒律で固く禁じられているんですよ。
英霊を座に帰すことはさすがに例外だと思いますが……迷いがないと言えば嘘になります」
既に死んでいる英霊を殺す。
確かに考えてみれば矛盾した言葉だ。
そして、英霊を座に帰すことにすら迷いを捨てきれないということは……
「やっぱり、マスターの方は狙わないのか?」
生きている人間であるマスターを殺害することにはそれ以外の忌避感を持っているということに他ならない。
「私は英霊以前に僧侶ですからね。
ほら、私も自分の都合でマスターに不利益を押しつけている。あなたばかりが気に病む必要はありませんよ」
「キャスター……」
最初から誰かを殺すことに対して迷っている亘にとって、マスターを狙わないという方針は不利益でもなんでもない。
それなのに、亘を元気付けるためにキャスターは亘に不利益を与えていると言ってくれている。
それがありがたくもあり、同時に申し訳なくもあった。
「そして何より……私の願いも家族が関係しているのです」
「え?」
「私の父は偉大な人物でした。ただ、偉大であるが故に私たちは普通の父と子のようには過ごせなかった。
もちろん、私は父を尊敬しています。不貞腐れて真面目に修行に取り込まなかった私に戒めを与えてくださったこともあります」
亘にはキャスターの気持ちがよく分かった。
亘の父も家族のためにいつも夜遅くまで働く尊敬できる父親であった。少なくとも家を出ていったあの日までは。
「じゃあ、キャスターの願いは父さんと……」
「はい。浅ましいですが、父と共に普通の親子のような生活がしたい……それが私の願いです」
亘は、失ってから初めて今までの普通の生活の幸せを知り、それを取り戻したいと願った。
キャスターは、最初から与えられなかったが故に普通の生活の幸せを願った。
「万能の願望機とはいえ、父は聖杯にとっても規格外な存在に違いありません。
果たして本当に私の願いが叶うのか、今でも半信半疑です」
「キャスターの父さんって、そんなに凄い人なんだ」
聖杯にとっても規格外な存在に違いないと断言するキャスターに、思わず言葉が漏れる。
キャスターのような清廉な人物が身内贔屓をするとも考えにくいので、それは偉大な人物なのだろう。
それを聞いたキャスターは一瞬意外そうな顔をした後、柔らかく微笑んだ。
「ええ。ですからマスター、もしもあなたが戦う決意を固めたのなら……」
そこでキャスターは言葉を途切れさせ、溜めを作る。
「仏教の始祖である仏陀の実子にして十大弟子の第九位、この羅睺羅と共に戦ってください」
亘は、朝っぱらから驚きの叫び声をあげることになった。
【クラス】キャスター
【真名】羅睺羅
【出典】史実、紀元前5世紀頃インド
【性別】男
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷C 魔力A 幸運D 宝具B
【クラス別スキル】
陣地作成:A
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”を上回る“寺院”を形成することが可能。
道具作成:B
魔術的な道具を作成する技能。
特に儀式用の仏具の制作を得意とする。
【保有スキル】
菩薩樹の悟り:B
世の理、人の解答に至ったものだけが纏う守り。
対粛正防御と呼ばれる”世界を守る”証とも。
無条件で物理攻撃、概念攻撃、次元間攻撃、精神干渉のダメージをランク分削減する。
カラリパヤット:B
古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。
攻撃より守りに特化している。
【宝具】
『羅云忍辱経(サハー・ラーフラ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:5
忍耐こそが人にとっての宝であり、安易に仕返しなどの悪事を行う人間は何度生まれ変わろうと永遠に苦しみ続けることを説いた経典。
この宝具を発動すると経典が光り輝き、円状の防御結界を張ることができる。
さらに結界に攻撃した相手は、仏教における三毒、貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)が重くのしかかる。
直接的な害は与えないが、相手は貪欲になり、怒りやすくなり、物事を正確に判断できなくなる。
対魔力を持たない者がこの三毒から逃れることは大変困難であるが、座禅をすることによってある程度は対処可能。
余談だが、ラーフラも羅云も羅睺羅の別名なので宝具名に思いっきり真名が入っている。
真名開放の際はなるべく相手に聞かれないように留意したい。
【人物背景】
仏教の始祖である仏陀の実子。
仏陀が29歳の時に産まれた子供であるが、出家を考えていた仏陀にとって男児が誕生したのは俗世に縛り付けられる障害でしかなかった。
よって束縛や障碍を意味する羅睺羅(ラーフラ)と名付けられてしまう。
幼い頃に半ば強制的な形で出家させられ、そのことに反抗して真剣に修行をしなかったが、後に仏陀に戒められたことで改心。
真面目に修行に取り組むようになり、仏陀の実子であるということへの特別扱いへのコンプレックスを乗り越えて見事悟りを開く。
誰よりも真面目に1人修行に励む姿から、仏陀の十大弟子の第九位、密行第一に数えられる。
【特徴】
丁寧に剃髪された頭。
袈裟という法衣を右肩を露出させて着こんでいる。
【サーヴァントとしての願い】
一度でいいから父親と普通の親子のような生活を送りたい。
【マスター】
三谷亘@ブレイブ・ストーリー〜新説〜
【能力・技能】
見習い勇者としての戦闘能力。
【人物背景】
元々はゲームが得意なだけの普通の中学生だったが、父親が家を出ていったことで崩れた幸せな生活を取り戻すため幻界(ヴィジョン)へ赴き旅人となる。
本人曰く目の前で苦しんでいる人を放っておける程器用ではないとのことで、赤の他人でもすぐに情が移って助けようとする心優しい少年。
一人称は僕だったり俺だったりするがこの時点では基本は俺。
【weapon】
玉×1(羅睺羅に譲渡済)
短剣にも勇者の剣(ブレイブレード)という長剣にもなる魔法の杖。
ブレイブレード発動中は戦闘能力も格段に上昇するが、“玉”なしでは発動時間は一分が限界。
日に一度、“斬龍・ハイランド・ブレイバー”という必殺技を使える。
【マスターとしての願い】
失った幸せな生活を取り戻したい。
しかし誰かの願いを潰すことに忌避感。
【備考】
参戦時期はグルース撃破〜キ・キーマに玉を預けるまでのどこか。
【基本方針】
しばらくは陣地の作成に専念。
最終更新:2016年09月06日 01:04