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橘ありす&ランサー

孵らなかった卵は、いったい何になるのだろう?


  ■  ■  ■  ■


夕暮れ時。
黄昏時とも呼ばれる現実(ひる)と幻想(よる)の狭間の時間。
わずかな時間しか発生しない美しい夕焼けが、人気のない公園をオレンジ色に染め上げている。

そんな中、少年と少女が並んでベンチに座っている。
年の頃はともに小学生から中学生といったところ。
"ある一点"がなければ、二人のことを微笑ましいカップルとみる人もいたかもしれない。
そう、それは"ある一点"……少年の姿が時代錯誤な軽鎧でなければの話だ。

「……聖杯戦争、サーヴァント……信じられません……そんなこと……」

そう呟いた少女の名は橘ありす。
整った顔立ちを青ざめさせ、スカートの裾をぎゅっと握りしめている。
一方で隣に座る鎧姿の少年は軽い調子で首をかしげている。

「何でだよ。証拠なら見せただろ?
 信じられないならもう一回やってやっても……」
「二度とやらないでください! 次やったら令呪を使いますよ!」

何のことかというと、槍兵(ランサー)と名乗った少年はありすを抱えて街中を疾走したのだ。
ジェットコースターもかくやというスピードで、障害物だらけの街中を駆け巡る。
スリル満点とかそんなレベルではなく、ありすは本気で寿命が縮まる思いをしたのだ。
その証拠にうっすらと涙の跡が残っている。

そんなこともあり、オカルトに否定的なありすも渋々認めざるを得なかった。
この冬木で何か科学で説明できない、非常事態が起こり始めているということ。
そしてそれに自分も"聖杯戦争のマスター"という形で巻き込まれてしまっているということに。

「……ええ、認めたくないですけど、大体の事情は把握しました。
 聖杯戦争はサーヴァントによる戦いで最後に残った一組だけが何でも望みを叶えられる。
 そしてそのサーヴァントは歴史上の人物とか英雄とかそういった過去の人たち……」

口に出しても現実感がわかない。
けれどこれはフィクションなんかじゃない。現実なのだ。
しかし何故自分なのか。
こういうのは自分じゃなく飛鳥さんや蘭子さん向けのジャンルじゃないのか。

「それはオレにだってわかんねえ。
 聖杯ってのは人知を超えた"何か"で、こっちの都合なんてお構いなしな代物だからな」

まるで見てきたかのようにランサーは語る。
……いや、実際ランサーは"聖杯"を目撃したことがあるのだ。

「まぁ、事情も分かってもらえたところで……お前、何か願いはないのか?
 聖杯は万能の願望器だ。選ばれちまったことには同情するけどよ……逆に言えば普通なら絶対叶わない願いも叶うってことだ」
「……ありませんよ、そんなもの」

ありすは自分を取り巻く環境に対して、端的に言えば満足している。
学校にも職場にも友人はいるし、仕事場でも(一部大人げない人たちがいるが)尊敬できる大人たちに囲まれていると思う。

「なんだそりゃ。子供のくせに夢とかないのかよ」
「子供扱いしないでください! というか今のあなたも子供でしょう!」

自分は子供なんかじゃない。少なくとも目の前の少年よりは。
そう言い聞かせてて、ありすは話を続ける。

「……私にだって夢はあります」
「だったら――」
「でもそれは私とプロデューサーさんとファンの皆さんで叶えるものです
 聖杯なんかに願うものじゃありません」

そうきっぱりと宣言した。
この夢は自分の手で叶えなくちゃいけないものだ。
本格的に芸能活動を開始してから一年もたっていないありすだが、そのことだけは曲げるつもりはなかった。

「……そっか。そりゃそうだよな。
 自分の手で叶えられる望みなら、自分の手で叶えるほうが絶対にいいもんな」

それを聞いたランサーはとても眩しいものを見たように目を細める。
自分にはもう届かない遠くを見るように。

「……そういうあなたはどうなんです?
 さっきの説明なら、あなたにも聖杯にかける望みはあるはずです」

説明が正しいのならサーヴァント自身にも望みがあり、そのために現界するのだ。
ありすとしては悔し紛れにした質問のはずだった。
けれどその問いをぶつけられたランサーの顔からは軽薄な笑顔が消える。
代わりに浮かべたのは悲しげに歪んだ、己をあざ笑う笑みだった。

「……オレは"大人"になりたい。それが聖杯にかける願いだ」

ランサーの願いを聞いたありすは頭の上に疑問符を浮かべた。
なぜならばその願いはもう一度叶っているはずの願いだからだ

「……そんなはずはありません。
 あなたは大人になったはずです……少なくとも今の姿よりは」

ありすはランサーの真名をすでにネットで検索している。
広大なネットでも、彼に関する情報はあまり多くはない。
だがその情報を信じるならば、子供のまま死んだということはありえないはずだ。
――彼は最後の戦いを生き延び、兄を探して少なくとも7年間は彷徨ったのだから。

「……ああ、体は大きくなったかもしれない。
 けどそれはただ"年をとった"だけだったんだ。
 そこにいたのは、オレが憧れたあの騎士たちの足元にも及ばない……つまらない人間だった」

その言葉に込められたのはかつての自分の否定。
かつて"円卓に集った騎士"たちの背中を追いかけた果ての姿の否定だ。

「カムランにたどり着いた時にはすべてが終わっていて、兄貴の居場所を探し出した時にはもう墓の下で……オレ自身も何も成し遂げられないまま死んじまった。
 いや、それよりも……本当に悔しいのは何もできなかったことじゃない。
 何もわからなかったんだ、オレは……」

ランサーはじっと自分の手を見ている。
そこには何もない。"何も"ないのだ。

「オレは何であんなことになったのか理解できなかった。
 ……兄貴が、王様が、ガウェイン卿が、モードレッド卿が、グネヴィア様が……何を考えてたのか。
 あの人たちは俺と違って大人だった。
 だから今はわからないけど、オレも大人になったらわかるんだと思っていた」

「けれど」とランサーは自嘲の笑みを深める。

「……わからなかったんだ。死ぬ前になっても。
 結局、何で立派な兄貴と優しいグネヴィア様は王様を裏切ったんだ?
 何でオレたちの面倒を見てくれたモードレッド卿は国を滅ぼしたんだ?
 なんで……円卓は割れちまったんだ?」

円卓の騎士たちはみんな最高の騎士たちだった。
だったら何故円卓は崩壊した?
何故外からの侵略者ではなく、内部から崩壊した?
ランサーにとっては何一つ理解できないことだらけだった。
だから彼が到達した答えは一つ。

「……それはきっとオレが最後の瞬間まで子供だったからだ。
 きっと図体だけが大きくなって、心が"大人"になれなかったんだ」

――ああ、子供(オレ)は大人(ヒト)の気持ちがわからない。
そう、ランサーは結論付けた。

「英霊は成長しない。でもあらゆる奇跡を起こすのが聖杯だ。
 だからオレは"大人"になりたい。そうしたら、もしかしたらあの時だって……」

それきりランサーは口をつぐんだ。
人気のない公園に広がる沈黙。
それを破ったのはありすがぽつり、と口にした一言だった。

「……だったら聖杯に願うのはそれでいいです」
「え……」
「あなたの願いを叶える……それが私の願いでいいと言ったんです。
 ……大人に……いいえ、"立派な大人になりたい"と思う気持ちは私にもわかりますから」

ありすの周りにはプロデューサーや先輩であるアイドル、いわゆる立派な大人たちがたくさんいる。
ありすは彼らを尊敬しているし、自身も"そうなりたい"と思って努力している。
けれどいつからか気づいてしまったのだ。
影のようにまとわりつく恐怖があることに。

――"彼らのように/彼女たちのようになれなかったらどうしよう"

目標とする人物が立派であればあるほどに、その恐怖は膨らんでいく。
夢という名の光に向かって進んだからこそ気付く影。

……果たして、孵らなかった卵は、いったい何になれるのだろう。
答えは簡単だ。
何にもなれない。何もできない卵のまま。
孵化できなかった卵の姿――それが目の前の少年で、あり得てしまうかもしれない自分だ。
だから自分と無関係だとは思えなかった。

「……ありがとな、ありす。お前、いいやつだな」
「……勘違いしないでください。
 あと、橘です。もしくはちゃんとマスターと呼んでください」

『いい名前だと思うんだけどなぁ』とぼやきながら頭をかく少年の顔には先ほどまでの影はない。
そのことに妙に安心する一方で、これで後戻りができなくなってしまったのだという実感がわいてくる。

――聖杯戦争。
命懸けの戦い。
たった十二年しか生きていない少女が背負うにはあまりにも重い運命(フェイト)。
そのことを想像すると恐怖で押しつぶされてしまいそうになる。

「――我が主よ」

だが震える手にもう一つの手が重ねられる。
いつの間にかランサーは座ったままのありすの前で片膝をついていた。

それは騎士が、高貴なるものに忠誠を誓う姿。
その姿にありすは息を飲み込んだ。

日は既に落ち、僅かな残光が残るだけの時間帯。
それはマジックアワーと呼ばれる時間。
黄昏時の終わりごろ。数分しかない魔法の時間。
今にも消えそうな淡い光が少年の亜麻色の髪と銀の鎧を照らす。
その幻想の世界に、少女は心を奪われた。

「――今より我が足は貴女の足となり、貴女の傍に付き従おう。
 我が槍と鎧は貴女の盾となり、迫り来る危機を討ち払おう――」

幻想的な風景の中、詩う様な声が少女の耳に染み透っていく。

「我が名はエクター、エクター・ド・マリス。かつて聖杯の恩恵を受けし騎士。
 円卓に数えられぬ未熟な身なれども、我が槍に誓って今生のマスターに全てを捧げよう――」

そして、小さな手の甲にそっと口づけた。
まるで騎士が貴婦人に忠誠を誓うように。
その一瞬、ありすは幻視した。
朱色に染まった公園が、まるで白亜の城であるかのように。
まるで永遠であるようにも感じたられた。

「……うーん、兄貴みたいにうまくはいかないな」

しかしそれも長続きしなかった。
いつもの調子に戻ったランサーの姿に幻想的な光景に奪われていた心が戻ってくる。
そして次第に理解する。自分が今、何をされたのかも。

「――な」
「な?」

顔をのぞき込むランサー。
サーヴァントの優れた視覚がとらえたのは、暗闇の中で夕日よりも真っ赤に染まったありすの顔。

「何をするんですか、あなたはーっ!」

すっかり真っ暗になった公園にパァンという平手の音が鳴り響いた。



【クラス】
 ランサー

【真名】
 エクター・ド・マリス@アーサー王伝説

【パラメーター】
 筋力C 耐久D 敏捷B 魔力C 幸運C+ 宝具EX

【属性】
 秩序・善

【クラススキル】
  • 対魔力:D
 一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【保有スキル】
  • 駿馬の足:B
 時に聖杯を、時に兄を探し英国全土を駆け巡った。
 瞬間的なスピードよりも最高速を維持することに長けた持久型加速スキル。

  • 直感:B
 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
 Bランクともなれば致命に至る一撃はほぼ回避できる。
 ランサーが若年にもかかわらずパーシヴァル卿と撃ち合えたのはこれによるところが大きい。

  • 聖杯の寵愛:E-
 呪いにも等しい聖杯からの愛。
 ……が極めてランクが低いため、恩恵も少ないが他者の幸福を奪うこともない。
 せいぜい『まぁ助けてやるか』ぐらいの愛であるため、発動確率は極めて低い。
 ただし発動すれば特定の条件なくしては突破できない敵サーヴァントの能力さえ突破可能。

【Weapon】
  • 無銘・片手槍
 円卓の騎士第二席・パーシヴァル卿と互角に打ち合った実力者。
 片手槍を自在に操る高速槍術を得意とする。

【宝具】
  • 我が手に宿れ、最果ての輝き(ロン・ザ・ペネトレイター)
 ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:100 最大補足:300
 ランサーが一度だけ戦場で見た"最果てにて輝ける槍"。
 心に深く焼き付いたそれを、彼は魔術で再現しようとした。
 もちろん超級の奇跡である"最果てにて輝ける槍"を再現できるはずもなく、似ても似つかない、だが強力な破壊力を持った大魔術に変貌した。
 魔術で編み出した光り輝く巨大な槍を投擲する。
 目を灼く程の強烈な光は、回避に強烈なマイナス補正がかかるため、回避には直感スキルや幸運値が重要となる。
 少年が信ずる彼らへの憧憬、信頼、あるいは妄信。その象徴。
『天よ! 地よ! 人よ! その目に焼き付けよ! 我が憧憬、最果てに至る魂の輝きを! "我が手に宿れ、最果ての輝き(ロン・ザ・ペネトレイター)"』

  • 我が手に宿れ、奇跡の欠片(サングリアル・ザ・リプレイヤー)
 ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 ランサーはかつて聖杯探索において、円卓の騎士パーシヴァル卿とそれと知らず戦い、互いに重傷を負った。
 だが突如現れた聖杯により彼らの傷は癒されることになる。
 ランサーは結局聖杯を手にすることはなかったが、その恩恵を受けた数少ない人物である。
 その残滓は手に残り、癒しの力を発揮する。いかなる呪い、怪我、毒すら癒す究極の奇跡の一片。
 だが彼が聖杯による癒しを受けたのはたった一度だけであるため、この宝具もたった一度しか使えない。
 極めて限定された奇跡の顕現である。
『我が手に残りし聖なる欠片……傷を癒せ、"我が手に宿れ、奇跡の欠片(サングリアル・ザ・リローダー)"』

  • 我が心に宿れ、孵らぬ卵(ジ・エンブリヲ)
 ランク:EX 種別:??? レンジ:? 最大補足:?
 詳細不明。未だ届かぬ可能性の卵。

【サーヴァントとしての願い】
 "大人"になりたい。
 彼らのような立派な騎士としてあるために。

【外見】
 亜麻色の髪の毛の10~12歳程度の少年。
 銀色の軽甲冑を身につけている。

【性格】
 一人称:オレ。二人称:オマエ。三人称:アイツなど。
 体に精神が引っ張られるため、基本的にはやんちゃな子供といった印象。
 なお余談だが綺麗なお姉さんにめっぽう弱い。変なところだけ兄貴そっくりである。

 ……彼は純粋だった。
 彼の目に映った騎士たちは誰もが尊敬に値した。
 だから気付かない。彼らが憧れた騎士たちもまた、弱さと矛盾を併せ持つ人間であったということに。

【人物背景】
 円卓の騎士ランスロットの異母弟。
 アーサー王の義父であるエクター卿と同名であるため、
 多くの場合"エクター・ド・マリス(マリスのエクター)"と呼ばれる。
 彼自身も優れた騎士であるが、円卓の騎士にはカウントされていない。
 その理由は"若すぎた"からに他ならない。
 もしもブリテンが存続していたならば、次代の円卓の騎士として活躍したのかもしれない。

 だが世界はそれを許さなかった。
 兄と王妃の不義に端を発するブリテンの崩壊。
 その果てに彼の憧れた騎士たちの多くは死に、栄光の王国は滅びた。
 それは定められた崩壊。誰に止められるものでもない終焉だった。
 だがその結末は年若き彼には決して納得のできるものではなかった。

 ――もしも自分が大人であったならば。
 ――彼ら、輝ける円卓の騎士と肩を並べられる存在であったならば。
 ――彼らの想いを理解できる"大人"であったならば。
 ――あの崩壊を止められたのではないか。

 ……彼は英霊となった今でも、そんな無邪気な夢を見ている。


【マスター】
 橘ありす@アイドルマスターシンデレラガールズ

【能力・技能】
  • アイドル。
 歌って踊れるクール属性アイドル。

  • 現代っ子
 タブレットなどの最新機器を人並みに使いこなせる。

【人物背景】
 十二歳のクールアイドル。
 自分の名前にコンプレックスを持っており、名前で呼ぶと名字で呼ぶように訂正してくる。
 ……が、自分の親しい人には名前で呼んでもいいと言ってくる。それも割と早めに。
 わりとちょろい。

【マスターとしての願い】
 ランサーの願いを叶える。

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最終更新:2016年09月08日 03:53