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非想非非想天










                             最強の格闘技/サーヴァントは何/誰か!?









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 富田流、と言う流派がある。
普通に生活していたら、恐らくは一生聞く事もないだろうが、日本の武術史、もとい兵法の歴史を紐解けば、その名の強さを知る事が出来るだろう。

 富田と言う名前は開祖である富田勢源の名に由来するが、勢源は一人で富田流に開眼した訳ではない。
武士階級の由緒ある家の長男として生まれた彼は、剣術や槍術に明るく、その過程で、中条流と呼ばれる流派で己を磨いた。
勢源は富田流の開祖であると同時に、中条流中興の祖でもあった。つまり富田流とは乱暴に言ってしまえば、中条流が名前を変えただけに過ぎないのである。
富田勢源は間違いなく、日本の兵法史に名を連ねる偉大な武人であったが、彼は武人として致命的な弱点を負っていた。彼は、弱視だった。
今日残されている勢源の肖像画では、彼の瞳には黒目がなく全て白目として描かれている事から、弱視は弱視でも、実質的には殆ど盲目に近かったのではと言う説が有力だ。
この為勢源は、中条流の正統印可と富田家の家督を弟の影政に譲り、自身は剃髪し、独自に兵法を研究する道を選んだのであった。
しかし、目の病気を患っていてもなお、勢源だけは特別であり、彼は全く目が見えない状態からでも、刀、特に小太刀に秀でていたと言う。
その上人格面も大変優れており、そんな彼の下に、彼を慕う多くの弟子がやって来るのは、当然の流れであった。

 富田流は富田勢源が生きていた頃、そして死んだ後も、兵法史や歴史に、少なからぬ影響を与えて来た。
その中でも特筆に値するべき事は、今や国際競技の一つにもなっている、日本の代表的な武道、剣道に大きい影響を与えていると言う事だろう。
今日の日本における剣道のウェートはとても大きい。学校教育の一環として、警察や自衛隊の訓練の科目の一つとして、そして生涯スポーツの一つとして。
剣道は、市民権を獲得していると言っても良かった。

 ――男は、そんな富田流の系譜に連なる流派の、六代目継承者であった。
男の継承する富田流は江戸時代後期、つまり剣術道場華やかなりし、剣術道場が日本全国に五百以上も乱立していた時代に、
富田本家から数多別れた流派の一つに過ぎなかった。今日残っている剣術や兵法の流派が、嘗ての十分の一に満ちているかと言う程の数しかない事を考えると、
男の富田流の歴代継承者が、どれ程存続に尽瘁して来たのか、良く解ると言う物であろう。
祖父が遺した不動産を管理・運営する事で、男も、彼の父も不自由なく生活しており、冬木の武家通りに道場付きの豪邸を建造、其処で日々修行に明け暮れていた。
其処が、彼の富田流の本山である。流派の伝承は常に一子相伝、嫡男のみに行うべし、と言う教えに従ってはいるが、男は三十八にもなって職歴なし、女性経験なしの、ゴミカス社会不適合者童貞=年齢ニートと言う概念の擬人化免許はAT限定の男だった。つまり、あとは流派を継承者だけが、男に残された仕事の一つであった。

 此処までの話だが、嘘の部分が一つある。
男としては、ゴミカス社会不適合者童貞=年齢ニートと言う概念の擬人化免許はAT限定の部分だけが夢幻であると信じたかったが、残念ながらこの部分は真実である。
男の富田流の道場は、此処日本海に面する冬木市ではなく、関東に本当はある筈なのだ。つまり、冬木の街にこの道場がある筈がない。
そんな矛盾が何故成立しているのか、と言えば、答えは一つ。男、古武術富田流の継承者である、『入江文学』が、聖杯戦争に招かれた人物であるからに他ならない。

 文学は、今日、臨時収入として四千万程を獲得していた。
市内に根を張るヤクザを相手に賭け麻雀を行い、少しインチキを使ったが見事四千万の勝利を得たのである。
勝ちが決まると向こうは何か因縁を付けて来たが、俺の流れの良さに嫉妬してるんだなぁと思いながら取り敢えずその場にいた全員をボコボコにして、
金庫の番号を吐き出させ、其処からキッチリ四千万円をキャッシュでゲット。持っていたゴルフバッグに詰め込み、そのまま事務所を後にした。
そしてその後、麻雀に勝ったその足で商店街の肉屋でターキーを買った。自分へのご褒美と、ちょっと早いクリスマスの食事だ。一緒に食べる女はいない。一緒に食べる女はいない。

 乗っていたセダンを車庫に入れた文学は、ターキーの入った箱を手にし、和風邸宅のスペースではなく、道場の方に向かって行く。
此処で文学も修行している。そして、文学が引き当てたサーヴァントも、だ。

「戻ったぞ、『バーサーカー』」

 言って引き戸をスライドさせると、道場で行われている光景に目を奪われた。

 ――デカい男だった。身長も、そして、身体の厚みも。
魁偉、とは正しくこの男の事を言うのだろう。文学は、百九十cmもあるのではないか、と男を見て推測した。
群衆の中に放り込めば、忽ち人目を引く事は間違いない。派手な服装をしている訳でもなければ、並外れて美しい訳でもなければ不細工な訳でもなく、
かと言って、人目を引く程大きい身長であると言う訳でもない。百九十cmと言う程度の身長ならば、今の日本の栄養状況から考えても、なくはないだろう。
その男が他人の目を引くのは、身体の大きさでも、その鍛え上げられた身体つきでもない。それ以上に不思議な、例えて言えばオーラのような物を纏っているからだ。
不思議な気配だ。人を魅了させる様な空気と言うべきか、それとも、万難やトラブルを惹起させる不穏な空気と言うべきか。
身に纏っている物は皆、男の体格に相応に大きめに採寸されていたが、全て、時代にそぐわぬ服装だった。
洗い晒しの黒い着流しの上に、唐草模様の陣羽織を羽織った、如何にもな素浪人風の男。着ている物が、薄汚れていた。
泥や土で汚れていると言うよりは、服全体に染みついている、生活の垢とでも言うべきか。だらしない印象を受けるだろう。
伸ばし放題の蓬髪を後ろ髪に纏めている様子や、剃る事も面倒なのがすぐに解る無精ひげからも、実際そう思う。しかし、何故かその姿が男には似合っていた。
その蓬髪も、身体つきも、酸いも甘いも噛み分けたような苦み走った中年の顔つきも。それら全てを含めて、この男なのだ、と言う説得力を文学に与えている。

 そんな男が、道場に備えられていた木刀を上段から素振りしていた。
富田流は古武術であり、柔術や刀術、小太刀の術にも造詣が深い。更に文学の父の代からは、異種格闘、つまりボクシングやキックボクシングなどと言った、
諸外国で興った格闘技にも目を向け始め、文学もまた武道を含めたあらゆるを格闘技を見る目には、自信がある方であった。
斯様な男の目から見ても、その男の素振りは、美しかった。刀術を学ぶ以上、当然現代の剣道についても文学は学んでいる。
それに照らして考えれば、あの蓬髪の男がやっている事は何て事はない、現代剣道でもやる様な、上段からの素振り、単なる反復練習だ。
それが何故か、異様な存在感を醸していた。そう、あのバーサーカーの剣は異様な剣だった。技
明らかに何らかの術の体系である事は明白なのに、しかしそれでいて、余人が学べる類の剣でないと言う事を一目で解らせる何かに満ちている。男の剣は、彼のみが操る事が出来るものであった。

 蓬髪の男が三回程素振りするまで、文学はその動きに魅入られていた。
そして漸く、バーサーカーと呼ばれた男が、自身のマスターの存在に気づき、此方に顔を向けて来た。

「戻ったか、小僧」

 素振りを止め、男が文学の方に顔を向けて来た。この男こそが入江文学が呼び出したバーサーカー――『伊東一刀斎』。
先程、富田流が日本剣道に大きい影響を与えていると言ったが、それは確かに正しい。しかし、必ずしも正確な言い方ではない。
厳密には、富田勢源の弟子である鐘巻自斎の弟子である、バーサーカー・一刀斎が興した一刀流が、その原点なのである。
富田勢源からすれば、一刀斎は孫弟子にあたる存在になるのだが、後世に残した影響は誰が見ても一刀斎の方が計り知れないだろう。
彼の興した一刀流から湧かれた分派を学んでいた著名な剣術家は数多い。新撰組三番隊隊長・斉藤一が学んでいたのは、『小野派一刀流』だった。

 自身、入江文学ですら知っている大剣豪が、己のサーヴァント。
その事実に文学が震えていないと言えば、それは嘘になる。一刀斎こそは、富田流の流れを明確に汲む、偉大なる剣豪の一人である。
富田勢源の一番弟子である鐘巻自斎が最も目にかけ、しかも当時大剣豪としての名を欲しいままにしていた自斎を僅か二十代前半の身で打ち破った剣士、それが一刀斎だ。
一刀斎の真名が他者に割れる事を恐れて、仕方なくクラス名で呼んでいる文学だったが、そうでもなければ、先生とすら呼びたい程の大偉人であった。

「長い事道場を空けていたが、何をしていた」

「食事を買って来たんだ」

「嘘を吐くな。悪賊の溜め込んでいた財貨をかっぱらって来たのだろう。顔に書かれておるわ」

「何で解ったんですかね……?」

 まさか、暴力団が溜めこんでいたそれを譲渡(大嘘)された事が露見するとは思わなかった。流石の文学だってこれには驚く。

「俺の生きていた時代には珍しくもなかった事よ。俺も昔は回国していた時期には、其処らの山賊共を斬り殺して、溜めていた金を路銀代わりにしたものさ」

 如何やら一刀斎の方が倫理的非常によろしくない事をしていたらしい。
流石は、下剋上が当たり前の戦国時代出身の武芸家だけはある。あらゆる意味で、二十世紀生まれの武術家である文学とは、桁が違う。

「それで、小僧。食事についてだが、俺にはいらぬ配慮のようだ。『サーヴァント』とやらになってから、腹が減らぬのよ。如何やら今の身の上の特徴らしい」

「ありゃ、それじゃぁ勿体ないな。ターキー……つまり鳥の丸焼きだから、美味しいんだがな」

「小僧、武芸者は肉の摂り過ぎには気を付けるものだ。喰わぬとは言わぬが、もう少し喰う者を選べ」

 やはり、見るからに放恣を絵にした様な男とは言え、流石は歴史に名を残す大剣士、伊東一刀斎。
こと武芸に関わる事となると、そん真摯さは目を瞠るものがある。今残した忠告はきっと、文学がマスターだからではないだろう。武術家としての側面で、注意したにも相違ない。

「解った、それじゃ、日を分けて食べるとしますかね」

 そう言って道場を出ようとした、その時だった。「いたぞ!!」、と言う男の声が聞こえて来た。
顔を見ずとも、野卑な外見をしているのだろうなと言う声だったが、案の定だった。黒いジャケットを身に纏った、顔にタトゥーを入れた強面の男。
手に持ったピストルを見るに、そう言う筋の人間である事が解る。

「テメェ文学、ヤクザの金奪う何て良い度胸してんじゃねぇか」

 銃口を文学の方に向けて、ヤクザが凄んだ。遅れて道場の方にゾロゾロと、その手に匕首や刀を持った連中が七人程押し入って来た。
銃刀法違反でしょっ引かれる事は間違いない武器を手にして此処に来ると言う事は、そう言う事だ。暴力団は面子で動く生き物である。
組の金を奪われました、などは同業者は勿論の事、親分筋にも言える筈がない。指を詰められるだけで済めばよい方で、最悪破門だ。
今日日、破門されたヤクザなど、コンビニアルバイトすら出来ない。破門は彼らにとっての死刑宣告だった。

「だって勝ったんだもん」

「イカサマしといて何抜かしてやがるクソボケがぁ!! 牌の裏に引っ掻き傷付いてたんだよ引っ掻き傷!!」

「ズルをしたのか?」

 訊ねるのは一刀斎である。

「悪財をビュルッと吐かせただけですよ。こいつらが善人に見えます?」

「見えぬな。山賊によく似た面をしてるよ」

「テメェ……何一人でベラベラ食っちゃべってやがる、頭おかしいのか……!?」

 暢気に世間話をしている文学と一刀斎を見て、リーダー格と思しきピストルを持った男がトリガーに手を掛け始めた。
何がきっかけで、凶弾が放たれるか、最早解った物ではない。無論文学は油断などしていない。一刀斎と会話をしながら、男達の動向には目を光らせていた。

「あの男が手にしてるあのオモチャは、火縄銃が進化したもの、だったな」

「えぇ、まぁ」

「ゴチャゴチャうるせぇンだよ、死ね!!」

 そう言って今正に発砲しようとした、その時だった。一刀斎の姿が、其処から消えた。

 ――文学は、疑問に思っていた事が一つだけ存在した。
伊東一刀斎程の男が如何して、『バーサーカー』で召喚されたのだろうか。バーサーカーとは即ち狂戦士のクラスである筈だ。
聖杯戦争についての知識は、頭に叩き込まれている。だからこそ理解が出来ない。一刀斎が呼ばれるとしたら、セイバー、もしくはアサシンではないのか?
それなのに何故、バーサーカーとして呼ばれているのか。その一端を、文学は垣間見た気がした。

 瞬きした瞬間には、道場に入っていた八人のヤクザが全員、血の海に倒れていた。「うおっ!?」、と驚くのは文学の方だ。
首を刎ね飛ばされたり、心臓や肝臓を破壊されたり、袈裟懸けに深く斬りこまれたりなどして、無惨に殺された死体に、反応しているのではない。
文学ですら反応出来ぬ程の短い時間で、この惨劇を成した一刀斎の手練に、寧ろ驚いていたのだ。

「……嗚呼、もう殺してたか」

 そう言いながら、一刀斎は天井を見上げていた。
道場の板張りを侵食する、紅色の褪紅色の液体。それで素足が汚れる事など全く意にも介さず、目線を天井から、右手に握っていた刀に送る。見事に血濡れていた。
彼は血濡れた刀を己の着流しで乱暴に拭き始める。一刀斎の振う刀は、名刀、瓶割(かめわり)。一刀斎が鬼夜叉と呼ばれていた若年時代に、彼の剣術に感動した三島神社の神主から授けられたと言う宝刀である。

 入江文学は、知っている。『人間には、人間を殺す事を忌避する本能』と言うものがある。
つまり俄かには信じ難いが、人は本能的に同族を殺害する事をよしとしない生き物なのである。これは人間の悪性を否定したい気持ちから来る、優しい嘘でも何でもない。
第二次世界大戦時に統計されたデータによると、アメリカ軍の前線で銃を発砲する二等兵百名当たりに付き、実際に銃を発砲したのは十五人~二十人程度であったのだ。
彼らの多くは、敵を殺す事は愚か、仲間を守る為にすら、銃のトリガーを引けなかった事を意味する。戦争になれば誰もが人を殺すと言うのは嘘だったのだ。
彼らの中には、敵を威嚇する為だとか、カモフラージュの為にあらぬ方向に銃を発砲する、と言う取り敢えずの行動すらしなかった者も確認出来る。
戦場と言う異常な世界で活躍する兵士達、しかも自分の命や仲間の命を守る大義名分や、上官の命令があると言う理由があっても、敵、つまり人を殺すのを躊躇する。
人を殺す事の忌避感は、それ程までに大きいのである。アメリカ軍の兵士の訓練は、二次大戦を境に激変する事となる。
これからの軍隊の課題とは何か? 強い武器を作る事か? 無敵のスーパー・ソルジャーを作り上げる事か? 違う。
その戦争を境に米国は、撃たなければならない時には撃たねばならないような教育を施す事、つまり、兵士の殺人に対する抵抗感を克服させる訓練を模索するのである。

 伊東一刀斎には、この忌避感がない。
自分に敵意を向けられたから、対応しただけ。本当に無意識の内に、身体が動き、刀を振るっていたのだろう。
血腥い戦国の塵埃が舞い散るあの時代を生きた大剣豪は、息を吸うように敵対者を殺すのである。それを見て、文学は非道だなんだとは思わない。
それこそが、武の本質であると知っているのと同時に、一刀斎の持つこの資質こそが、聖杯戦争を勝ち抜くにあたり重要な物だと思っていたからだ。

 古武術とは言ってしまえば、人のこれからの人生を破壊する技の集大成である。
目を抉り、骨を砕き、内臓を破壊する。後遺症が残る程の攻撃を、文学は躊躇しない。そうしなければ自分が殺されるから、自分の人生も破壊されるからだ。
とは言え文学とて、殺す事は本意ではない。半殺し程度にとどまるような攻撃が殆どだ。今まで文学が警察の御世話になっていないのは、つまりは文学は実戦の中から、手加減をする術を学んでいたからである。

 ――そんな文学が、本気で殺したいと心の底から願う人物がいた。
銃や剣、斧を使っての闇討ちじゃない。愛する父、入江無一から学んだ富田流で。毎日欠かさず、一日たりとも鍛錬をサボった事がない、磨きに磨いた富田流で。
父を植物状態に追い込ませ、そして間接的に殺した田島彬を殺したいのである。文学は、田島に対しては殺人に対する忌避感はない。
この男を殺してやりたい。頭蓋骨を破壊したい、脳をグシャグシャにしてやりたい、目を抉りたい、歯を全て引き抜きたい、内臓を余す事無く破壊し、睾丸も豆腐のように砕き、体中の骨も全部砕いてクラゲのようにした後、その心臓に金剛を叩き込みたい。

 それこそが、今の入江文学が、生きる理由であり、今も鍛錬を続ける理由の全てであり……。
そして、この聖杯戦争を絶対に生き残る、理由の全てだった。こんな、何処とも知れない田舎町でその人生を終える訳には断じてならない。文学が殺す事を夢見る、田島彰を殺すまでは。

「バーサーカー……」

 一刀斎が、顔を文学の方に向けた。

「遂に殺っちまったな」

「小僧の危機を守ってやっただけさ」

 文学の笑みに危険な物が混じった。その瞳に煌めくのは、剃刀の輝きだった。




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   最強の格闘技/サーヴァントは何/誰か!?



   多種ある格闘技/サーヴァントがルール無しで戦った時……



   出来レースではなく策謀暗殺ありの『戦争』で戦った時



   最強の格闘技/サーヴァントは何/誰か!?



   今現在、最強の格闘技/サーヴァントは決まっていない



   その一端が、此度の聖杯戦争で知れる事となる






【元ネタ】史実
【CLASS】バーサーカー
【真名】伊東一刀斎
【性別】男性
【属性】中立・中庸
【身長・体重】189cm、80kg
【ステータス】筋力:D 耐久:C 敏捷:B+ 魔力:D 幸運:A+ 宝具:EX

【クラス別スキル】

狂化:-
バーサーカーはこれを持たない。バーサーカーは人間の身でありながら、人間を人間足らしめる心と意識を捨て去る事の出来た、史上稀なる人物である。
つまりバーサーカーは人に生まれた身でありながら、狂化に必要な『心』と『意識』が存在していない。

【固有スキル】

剣理:EX
バーサーカーは今日の剣道のルーツにまでなっている一刀流の開祖であり、そして日本の兵法史に稀なる大剣士である。
曰くバーサーカーは、『天下を周遊して真剣勝負をなすこと三十三回、凶敵を斃す事五十七人、木刀にて相手を打ち伏せる事六十二人、善類を救う事上げて数える事出来ず』、と言われるまでの大剣士であったと言う。

透過:EX
無念無想、その極致。表面上は精神面への干渉に対しては一般的な反応を起こすが、バーサーカーは意識に拠る活動をしていない為、
実際には全ての精神干渉が素通りしている。また、常に無想の状態である為気配が存在しない。目視されても相手が認識判定に成功するまで知覚されない。
バーサーカーは己が剣理である『夢想』を極めるが為に、一目の付かない秘境で腕を磨き続け、遂に究極の剣理の境地へと到達。その結果、昆虫レベルの精神機能しか持たなくなった。

【宝具】

『睡中抓痒処(睡中かゆきをなづ)』
ランク:EX 種別:- レンジ:- 最大捕捉:-
生前バーサーカーが、若き日の師匠である鐘巻自斎の下で師事していた時に悟った境地と、その理念が宝具となったもの。
宝具の名前の本来の意味は、『眠っている人は例え赤ん坊でも身体の何処かに痒い所があれば少しも意識する事無く、しかも間違いなく痒い所に手を伸ばす』、
と言った程度の意味しかないが、バーサーカーは剣の道に、この人間が有する機能的な本能を応用出来るのではないかと考え――そして、実際にこの境地に達した。
バーサーカーは長年に渡る剣術の修行の末に、この境地を常時発動させる事に成功。これによりバーサーカーの放つ攻撃及び移動行為は全て、
最小限度の動きで最大効率の結果をもたらす最良の選択のみを常に選び続け、相手からの攻撃に対しては全て、
相手が攻撃したのを確認した瞬間に此方側からも剣を打ち込む、その一回の動きで、『相手の攻撃から自分を外して己の身を守る事と、相手を一太刀で斬り捨てる』、
と言う働きを両立化させる。無論、恐るべき剣士であるバーサーカーは常に最良の動きのみを選択し続けるだけでなく、相手が此方の動きに対応して来たのであれば、わざと最良の動きから外した動き、つまり『フェイント』を交えても来る。

余談であるが、相手からの攻撃に対して此方が行ったたった一度の動きで、相手の太刀を外して己を守り、その時の一拍子の勢いのみでそのまま相手を斬る。
つまり、ただ一つの太刀捌きで攻撃と防御を行うと言うこの技を、一刀流では『切落し』と言う。これこそがこの流派における最も基本的かつ根源的な原理である。
バーサーカー、即ち開祖一刀斎はもしも、この切落しの意味を完全に理解し、またこの技を会得したと言うのならば、即日入門した者にでも免許皆伝を授けようと口にした、と言う。

『払捨刀』
種別:対人魔剣 レンジ:1~10 最大捕捉:1~
バーサーカーが生前編み出したとされる対人魔剣。
この魔剣の本質は、一対一の時は『最も相手を効率よく殺害出来る動き』を、一対多の時は『最も相手を効率よく殺戮出来る動き』を、無意識化の内に行うと言うもの。
この魔剣を行っている際はバーサーカーは、その最高効率の動きを自分に当て嵌めている状態の為、フェイントなどの意識に対する技術的アプローチに惑わされず、
更に魔剣が発動している最中は自身の精神は無念無想の境地に達している為、精神干渉すらも通用しない。
つまり、この時バーサーカーは己の精神や意志すら超越した状態のまま、相手を殺戮し尽くすマシンになっているに等しい状態である。
それが必要とされた状況で勝手に発動する無意識の魔剣であり、つまり――現在のバーサーカーはこの魔剣を常時発動させている事を意味し、マスターですらこの魔剣の餌食になる可能性がある事になる。

『夢想剣』
種別:対人魔剣 レンジ:2 最大捕捉:1~4
バーサーカーの編み出した無念無想の極致となる魔剣。一刀流における最高奥義。
通常の剣では、相手の無意識に付け込んで切り込むと言う動作は珍しくもないが、この魔剣はそれ以上、『斬った側である自分ですらも無意識になる』。
意識の間隙を縫う魔剣であり、抜刀、斬撃、納刀、と言う剣術の基本となる全工程が自己と対手の無意識下で行われる。
これにより、斬られた者は愚か斬った当人であるバーサーカー・伊東一刀斎ですらが攻撃の瞬間や、攻撃した事すら知覚出来ない。であるが故に、『夢想』の剣。
相手が無意識の状態になっているだけでなく、バーサーカー自身も無意識で攻撃する為、意識的な防御が不可能。事実上、この魔剣は防げない。
この魔剣もまた、必要とされた状況で勝手に発動する、無意識の魔剣である。

【Weapon】

瓶割:
剣術の武者修行の為伊豆に逗留していた時期、バーサーカーの剣術に感動した三島神社の神主がバーサーカーに授けたとされる名刀。
授けられた当初からこのような名前であったのかは不明だが、少なくともバーサーカーは、この刀を用いて、水で満たされた巨大な甕をただの一太刀で両断していた。

【解説】

現代における剣道のルーツともなった流派、一刀流の開祖。それが彼、伊東一刀斎景久であるが、彼には謎が多い。生まれた場所も死んだ場所も不明なのである。
塚原卜伝や上泉信綱などと言った、この時代に名を刻んだ大剣聖の多くが、生年や没年は兎も角として生まれた場所についてハッキリしているのは、
彼らが皆弱小或いは小規模とは言え、豪族、城主の出であるからであり、故に記録が残っているからに他ならない。
それがないと言う事はつまり一刀斎は、士族以外の出身、何処の誰とも知らない馬の骨であると言う事を意味する。
下剋上が当たり前であった中世日本とは言え、武士以外の出身のものが剣豪として名を馳せる等と言う事は本来不可能な事であり、それを鑑みれば、
一刀斎がどれだけ剣の道に対して非凡な才能を発揮していたのかが、解ると言う物であろう。
若い頃(二十歳前半)は富田の三剣とも呼ばれる程の富田流の剣豪であり、あの佐々木小次郎を弟子にしていたとされる鐘巻自斎に師事していたが、
入門してから僅か数年で、師である自斎より強くなったばかりか、三度に渡る本気の試合で彼を打ち倒しており、その実力に大いに感服した自斎は、
流派の奥義と心得を全て一刀斎に授けた後、彼に諸国を旅する様に勧め、一刀斎もこれに従い旅に出る事にした。

 上記二つの魔剣を極めたのも自斎の道場を出てからであり、『払捨刀』は彼が愛妾と同衾していた所、愛妾が敵に通じて酒を飲ませ、更に大小刀を取り上げ、
蚊帳を切り落として動きを封じて、刺客に襲わせた時のエピソードに由来し、危険を察知して起きあがった一刀斎は無念無想の内に無駄なく動き、
最小限の動作で敵をかわし、太刀を奪って敵を討ち果たしたという。また、天下における比類なき大剣士として名を馳せていた時期でもなお、
剣術の修行に明け暮れていた一刀斎が、神意を得る為に鎌倉鶴ヶ丘八幡宮に七日七晩の参籠をした事があった。
しかし、最後まで遂に神意を得られず、虚しく帰ろうとした時だった、突如背後に怪しい気配を感じ、感じたと云う自覚もなく其の瞬間には無念無想の内に刀を振るい、
背後の怪しい気配を切り捨てた。この時に開眼した魔剣こそが、『夢想剣』である。

 様々な剣豪を生涯で斬り捨て、剣豪以上の数の悪賊を誅戮し、更には一刀流と言う偉大な流派を生み出した一刀斎であるが、
弟子の小野次郎右衛門忠明に一刀流の正当印可を与えた後、姿を眩ましたとされる。全てのしがらみを捨て、己が求めた剣理を完成させる為である。
武道だけでなくスポーツ全般にも言える事だが、彼らは皆その種目における動きを実際の試合中に『意識して行っている』のではなく、
地道で苦しい訓練や鍛錬、トレーニングを経て、その種目に於いて最速かつ最小限・最大効率の動きを咄嗟、つまり無意識の内に行えるようにしているのである。
つまりは無念無想を理想の境地としている。日々の稽古や反復訓練とは身体に行為を学習させる過程と言っても良く、彼らは身体に動きを染みつかせる事で、
意識せずに技巧を発揮させようとするのである。一刀斎が姿を眩ましたのも、結局はこの基本的な事を極める事に専念したいからだった。
一刀斎は行為を行うのに意識が不要になる瞬間、即ち無我の境地を極めたい、もっと言えば、無意識の内に発動する払捨刀と夢想剣を己の物にしたかったのである。
彼は常々、無意識の内に発動出来る魔剣が、果たして自分の奥義と言えるのかと考えていた。
悩んだ末に辿り着いた結論が、『行住坐臥、戦場にいる時も平時の生活の時も、自分が無念無想の状態になっていれば、あの魔剣は自分の物になる』、と言う物であった。
つまりは、常時無意識の状態でいれば良いのだと考えたのである。無意識を常態化させる為に、弟子達から離れ、築いた地位を捨てたのだった。
当時ですら絶技極まりなかった自身の剣術を修行により更に深めていった彼は、己の全ての行動を完璧にパターン・テンプレートに落とし込む事に成功し、
機械的な意識のみで構成される無心的状態、つまり無念無想を常態化するに至ったのだった。表面的にはコミュニケーションが取れるが、実際には心の中には何の意識もない。
かくして、昆虫レベルの精神性・感受性しか持たず、殺意を向けられれば話を聞かずに相手を殺戮し尽くす、魔人・伊東一刀斎が誕生したのであった。

 性格は求道者めいた性格で、自己には非常に厳しく、そして義に篤い正義感……と言うキャラクターを、最早表面上演じているだけに過ぎない。
実際には常時無意識無念無想の男の為、その本質は虚無極まりない。ただ、そんなキャラクターを演じた方が、社会生活を効率良く進められるから、演じているだけである。

【特徴】

百九十cmもある偉丈夫。伸ばし放題の蓬髪を後ろ髪に纏めた、髭の生やした苦み走った中年男。
洗い晒しの黒い着流しの上に唐草文様の陣羽織を羽織った、素浪人の如き男だが、それが全く不潔な印象を与えない。

【聖杯にかける願い】
己の剣が何処まで通用するのか、試すのみ



【マスター】

入江文学@喧嘩商売

【聖杯にかける願い】

冬木市から無傷で脱出

【weapon】

刀:
文学の学ぶ古武術富田流は、居合にも造詣が深い

【能力・技能】

富田流の継承者でり、身体能力や武術の腕前は非常に高い。
流派の主となる奥義は、心臓に重い一撃を叩き込んで相手を一瞬で気絶させる『金剛』。自己暗示をかけて火事場の馬鹿力を引き出す『無極』。
投げ落とす際に股間に通した手で睾丸を握り潰し、その痛みで相手の受け身を封じる『高山』。以上三つである。
またこれ以外にも、進道塾の高弟達にしか伝授されていない秘奥義である『煉獄』も、不完全ながら使う事が出来る。
武術家ではあるが、本質的には恐ろしくダーティな男で、刀を使う事からも解る通り、凶器だって普通に使うし、闇討ちだって当たり前のようにする。
但し、弟子になる十兵衛よりも、喧嘩に対するスタンスは節操なしと言う訳ではなく、素の実力が高い為に、自分の実力を信頼してるフシがある。

【人物背景】

富田流の六代目継承者で、作中主人公の佐藤十兵衛の師匠。38歳。祖父の遺した不動産の収入によって生活しており、道場付きの豪邸に一人で暮らし。
定職には就いておらず、職歴もない。十兵衛が中学生の頃から付き合いがあり、高野に馬鹿にされ強くなりたいと言う彼の気持ちに心を打たれて、彼を一時弟子にしていた。
古武道の達人であるだけでなく近代格闘技にも精通し、柔道の稽古で、インターハイ無差別級王者のカワタクを圧倒する程の実力を誇る。
実戦・喧嘩の場数も数多く踏んでおり、相手の急所へ連続攻撃を叩き込む、小太刀で手首を切り飛ばす、意識のない相手を窓から階下に投げ捨てるなど、
戦いにおいては容赦が全くない。但し、指導者としては『教え方がヘタ』と十兵衛に評されている。
明るく義理堅い性格の一方、短気で感情の起伏が激しく、十兵衛にからかわれて拗ねたりおだてられてすぐ機嫌を直したりする。
武道一筋の人生を送ってきたため未だ童貞で、そのことを指摘されると本気で落ち込む。所持している自動車免許はAT限定。
幼い頃に両親が離婚、尊敬する父・無一を一人にしないため無一と暮らすことを選び、以来親子で稽古三昧の日々を送ってきた。
高校時代に柔道の練習試合で上述のカワタクを倒し、これが富田流を継承する大きな転機となった。
無一が田島の手で長い昏睡状態に追いやられこの世を去った後は、田島を倒し無一の仇を打つことを目標に修業に明け暮れている。

十兵衛が工藤に負ける前の時間軸から参戦。

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最終更新:2016年09月11日 14:39