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涙で渡る血の大河、夢見て走る死の荒野

 小さいころのことを良く覚えている。

 テレビにうつるのは赤い鎧の正義の味方。

 皆のため、誰かのため、歯を食いしばって立ち上がり。

 仮面の下に涙を隠して戦っていく。

 そんな正義の味方が、ふゆねーは本当に大好きだった。

 一緒にテレビを見た。一緒にご飯を食べた。ふゆねーはいつも自分を守ってくれた。

 悪いことがあれば悪いといって、正しいことのために怒って、見てみぬふりをしないで立ち向かう。

 そんなふゆねーみたいになりたいなと思った自分は、いつか普通になりたいなと思いだして。

 姉がいなくなってから、ずっとずっと経ったあと――姉に似た人と出会った。



「もし自分が正しくて、みんなが違う、ということがあったら、どうする?」

「僕は自分の知性を過信しない。
 『みんな』の規模とサンプリングによるが、多数が反対するのであれば、
 自分の論点に間違いがあるかどうかを検証するだろう」

「それでも、自分が正しいと思ったら?」

「定義の問題だ。正しいと思った以上、正しいと言うだろう」



 ――すごい、と思った。

 この人は世界の全部を敵に回しても、自分が正しいと言えるんだ。

 だからその瞬間、牧本美佐絵は恋に落ち――……

 ――…………自分の正しいと思うことのために、悪の秘密結社を裏切った。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


『ファンタスティカちゃん、ひどいわ!』

 路地裏――牧本の周囲を取り囲むのは改造された兵士たちだった。
 人間を守るためという名目で、人間を攫ったり買ったりして、切り刻んで、そして人外を殺させる。
 自分もそうだった。だから逃げ出した。けれど今、その牙は明らかに自分へと向けられている。
 耳のなかにキンキンと響く女性が、会社の命令でそう仕向けているのだ。

 牧本の姉を拉致して人体実験に使い捨て、次に牧本を拉致して身体を切り刻んだ――ストラス製薬。
 それは何も牧本たちに限ったことではなくて、むしろ自分が幸運であったことも牧本は知っている。
 改造されて耐えられなくて肉体が崩壊した人。自我がボロボロになって薬無しじゃ正気でいられない人。
 条件付けを緩めて、学校生活を送れて、恋までできた自分は幸運なのだと牧本は知っている。

 でも、だからといって「帰りたい」とは思わなかった。

 そして「殺したい」とは、牧本は思わなかった。

 だから逃げた。
 狭祭市から、ストラト製薬から、大好きな男の子から遠く、遠く、何処までも。
 鞭のように手足を伸ばして殴りつけ、蹴りつけ、跳んで、走って、逃げた。
 被験体――改造兵士たちはどこまでも牧本を追ってくる。追い詰められる。
 冬木という街の名前も、牧本にとってはただの通過点。終わるかもしれない場所にすぎない。
 牧本は自分を路地へと追い込んでいく被験体相手に、懸命になって抗い続けた。
 そのうち味方の攻撃の邪魔になったせいか、一人の被験体の頭が、ぽんと弾け飛んだ。

(爆弾――)

 どうしてそんな事ができるのだろう。仮面の下でぽろぽろと涙が滲んだ。
 牧本は指を細くして、自分の耳の中へと突き刺した。
 自分で自分の脳をかき回す感触に吐き気がする。けれど、目当てのものは見つけた。
 ずるりと引き抜いた小型の頭蓋爆弾は、牧本の血まみれの掌の上で弾け飛んだ。

『もう! そんなことをすると、私怒っちゃうから!』

 ヒステリックな叫び声。何が来るだろう? 牧本は身を強張らせ、跳躍に備え――

『全拘束固定、同時に装甲板一から十を強制排除!』

 ――身体が、崩れた。

 皮膚と癒着し一体化する装甲が、そのまま強制排除されたのだ。
 腕が弾けて崩れ、内臓が溢れ、血が吹き出して激痛に泣き叫ぶ――こともできない。
 もはや牧本は人の形をしていない。路面にぶちまけられた、ひとかたまりの内臓だ。

『ほら、これでもう捕まえられるでしょ?』

 逃げられない。改造兵士たちが近づいてくる。もう終わってしまう。
 けれどまだ、牧本は希望を捨てていなかった。蠢き、這いずり、側溝を目指す。
 兵士の手が自分に触れるその瀬戸際、牧本は震えるように、誰かの名前を口にした。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 それは流れるような剣閃であった。

 振り抜かれた剣はまず装甲兵のヘルメット下から首筋を撫で切る。
 次いで第二撃は脇の下から胸部装甲の隙間を徹って心臓を貫く。
 最後の一刀は、やはり装甲の隙間を滑って太腿を切り飛ばした。

 最小の動きで最大の威力。
 一瞬遅れて致命的な量の血飛沫が吹き出して、三体が崩れ落ちる。
 強化改造されたはずの被験体たちは、その超常の力を発揮するよりも早く息絶えた。

『え――――……?』

 監視モニターの向こうで女の上げた疑問符が、イヤフォンを通してキンキン響く。

 ありえないことだった。観測装置の故障を真っ先に疑った。

 ストラト製薬が人類を守る牙として改造した兵士たちが、一瞬のうちに。
 一切なんの魔力反応も示さない――ただの男に切り刻まれたのだから。

 男は時代錯誤な鎧甲冑を身につけていた。
 戦国か? 否、もっと古い。飾り糸で彩られた、大鎧。綺羅びやかな兜。
 手には白刃――月光のように、恐ろしいほど白く輝く剣。

 牧本はふと、日本史の授業で習ったことを思い出した。
 日本史の多田先生は、一年かけてじっくりと安土桃山時代を教えてくれる。
 だから他の時代のことは授業にないのだけれど――その、例外。
 妖かしのものに人の身のまま立ち向かった、お侍さんたちの話。

「ほう、千里眼か。面白い小細工を考えるものだ」

 その武士は刀を手にしたまま、斬り伏せた死体へと躊躇なく手を突き入れた。
 指先に赤黒い血が糸を引いて、撮み出されたのは小さな機械。
 彼はそれをぐしゃりと握りつぶし、機械ごと、あの女の声を消し去った。
 男の目が兜の下で動いて、牧本の方を向いた。冷たい目だ。牧本は息を呑む。

「晴明、どう見る。――そうか。これは人か?」

 "これ"はヒトか?

 その何処までも冷たくて残酷な言葉は、牧本の心をまっすぐに切り裂いた。
 けれどそれは同時に、どこまでも機械的で、事実を確かめるための言葉だった。
 牧本は一人の男の子を思い出した。彼もきっと、そんなふうなことを聞くだろうな。
 だから牧本は、内臓に埋もれた二つの瞳を動かした。頷いた、つもりだった。
 目の前の男の人が、まっすぐにこちらを見てくれたような気がした。

「貞光。鎌を出せ」

 男の人が刀を鞘に納めると、かわりに長柄の大鎌が現れた。
 牧本は終わりが来てしまったのだと思った。通りの向こうで、黒い傘が見えた気がした。
 けれど牧本は、諦めが悪かった。必死に身体を蠢かせ、側溝に逃げ込もうと――

「あ、れ――――…………?」

 その身体が、とぷりと暖かなものに包み込まれた。
 ほぅ、と思わず声が漏れて、身体が蕩けそうになる――身体?
 牧本は目を瞬かせた。瞬きができる。手がある。足も、お腹も……胸も。

(わ、私、裸だ…………!?)

 生まれたばかりの姿になった事に気づいて慌てて身体を抱きしめると、お湯がばしゃりと跳ねた。
 お湯――お風呂。アスファルトの路上は鎌で切り裂かれ、そこから滾々と湯が湧き出している。

「お、温泉……?」

「元の身体には戻らないだろうが、楽にはなる」

「え、えと…………あ、痛ッ……!?」

 混乱する牧本だったが、何かを言うよりも前に右の甲が焼けるように傷んだ。
 耐久試験で加熱された時のような激痛は、神経にまで徹るほどで、涙が出る。
 けれどそこに浮かんだのは三画で構成された赤い紋様。
 同時――流れ込んでくるのは、聖杯戦争という、恐ろしい儀式の話。

「聖杯、戦争……サー、ヴァント?」

 従者、奴隷。その言葉の嫌な響きに、牧本は僅かに顔をしかめた。

「そうだ」

 男は静かな声で肯定する。
 冷たい瞳がまっすぐに牧本を向いたので、彼女は慌てて胸元と下腹部を隠すように両手を回した。
 厭らしい目つきではないけれど、乙女としては自分の柔肌に値千金をつけたいものだ。

「セイバー……ではないか。バーサーカー、源頼光だ。お前が人であるならば、それを守るは是非も無し」


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 娘は程なくして眠りについた。
 晴明の施した結界があれば、そうそう見つかることもあるまい。
 頼光は路地裏に身を屈め、刀を抱えたまま、静かにその隣に腰を降ろしていた。
 雪はしんしんと降り積もるが、何のことはない。
 土蜘蛛を待ち伏せた時などは熱病にもかかっていたのだ。

 頼光は雪の中、娘――牧本美佐絵と交わした、短い会話を思い返していた。

『私、正義の味方になりたいんです』

 娘は凛とした声で、はっきりとそう言った。
 自分がストラスなる会社によって改造されてしまったこと。
 好きになった男子のこと。逃げよう、抜け出そうと、走り続けてきたこと。

『たぶん、聖杯戦争?とか、ストラスがいると、私みたいな人が増えるから…………』

 だから立ち向かいたいのだと、彼女は言った。

『もちろん、悪い人ばっかりじゃないと思うけど。
 できれば、殺したくなくて、でも……犠牲者も出したくないんです』

 それはすなわち、聖杯戦争関係者へ選択的に制裁を加え、殺害しない程度に再起不能にする、ということだ。
 過酷な道だ。
 だが、頼光にとっても何の問題もなかった。
 サーヴァントとはすべからく亡霊の類である。
 人の世を守るために顕現したのならともかく、聖杯に私利私欲の望みを抱くのであれば。
 それはもはや斬るべきものだ。
 悪を斬り、人を守る。
 元より正義というのは無理なものである。
 であるからこそ正義に味方するのは、武家の本懐であった。

「ふゆ、ね……くもん、くん……」

 湯船で温まった牧本は、晴明がどこからともなく用意した寝間着に包まって休んでいる。
 保昌の奏でる笛の音ならば、心の慰めとならぬはずもない。

 クモン、というのは恋い慕う男の名だろう。
 当世の女子は、詩を交わすでもなく直接対面して会話するなど、大胆になったものだった。
 だが頼光にとっては大して関係の無いことだ。
 恋慕大いに結構。ヒトでなくば恋はできない。彼女はヒトだ。
 むしろ、ふゆねえ――姉妹がいたということが、僅かに頼光の心に漣を生み出していた。

 頼光にも妹がいた。化生と成り果てた妹であった。
 人の世を離れ、逃れて暮らすのであれば――と、手を緩めたのが過ちであったろう。
 結果、妹は寺を襲い、僧侶五十人が毒に侵され、七人が死んだ。
 生かしておく価値などどこにも無い。妹はもはや牛鬼である。殺さねばなるまい。
 私怨などではなく、護国のために立つもの、武士の責務として――

「魑魅魍魎、一切合切滅ぶべし」

 ――源頼光は、聖杯戦争を斬り伏せる。




【クラス】
 バーサーカー

【真名】
 源頼光(みなもとのらいこう)

【出典】
 史実

【性別】
 男

【属性】
 中立・善

【ステータス】
 筋力B+ 耐久B+ 敏捷B+ 魔力D+ 幸運B+ 宝具EX

【クラススキル】
狂化:EX
 全パラメーターを2ランクアップさせるが、マスターの制御さえ不可能になる。
 このEXとは規格外の意味で、決して理性が失われるわけではない。
 源頼光は理性を保ち、勇気を持って、化物どもを確実に殺すのである。

【保有スキル】
無窮の武練:A+
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
 心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下でも十全の戦闘力を発揮できる。

朝家の守護:A
 日本国の守護者として蓄積された経験と意志。
 外来者、人外への攻撃が致命的一撃(クリティカルヒット)となる確率を大幅に向上させる。
 その攻撃に牽制は無く、一撃一撃が必殺である。

【宝具】
『童子切安綱』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 天下五剣の一とされる、人の人による人のために鍛えられた、人造の聖剣。
 人理に仇成す者を片端より撫で斬りにして滅ぼしてきた斬魔刀である。
 その威力は阿頼耶識の強さに比例し、万物を切り裂く窮極の斬撃を繰り出す。
 兄弟剣として『鬼切安綱』が存在する。
「百鬼夜行に魑魅魍魎、一切合切滅ぶべし!」

『星甲』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 神便鬼毒酒と同様、朱点童子討伐のために授けられた神造の兜。
 装着者に万人力を与えるとされ、装備中は全ステータスが倍化する。
 しかしこの効果は本人の潜在能力を発揮させるだけであり、それ以上のものではない。
 この宝具の真価は兜の破壊と引き換えに、如何なる攻撃からでも装着者を守る事にある。
 源頼光はこの兜によって、朱点童子の最期の一撃から命を拾った。
「我ら人理の守護者、是非も無し!」

『御伽草子』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:6
 自身の同胞である英霊の魂を転写し、一時的な助力を得ることが出来る。
 通常サーヴァントのように現界させるには膨大な魔力が必要。
 源頼光が呼び寄せているのは、朝家の守護と讃えられた以下の六名。
 剣術スキルを倍化し、宝具『鬼切安綱』を呼び寄せる「渡辺綱」。
 身体能力の一時的ブーストと雷電による魔力放出を行う「坂田金時」。
 いかなる遠距離であっても確実に命中する剛弓を放つ「卜部季武」。
 観音菩薩の加護により万病治癒の泉をもたらす「碓井貞光」。
 聞くものの感情を想いのままに操れる笛の名手「藤原保昌」。
 そして呪的防御を行い、あらゆる神秘の知識を持つ「安倍晴明」。
 源頼光はアラヤの守護者であり、人理を守るものである。
「来たれい我が忠臣、我が手足、我が具足、我が同胞……!」

【人物背景】
 平安時代、日本を脅かす妖怪変化を討ち滅ぼし、朝家の守護として活躍した武将。
 日本最強鬼種である朱点童子を筆頭に、彼によって斬り伏せられた怪異は数多い。
 その策略は冷徹極まりなく、最大効率で最大威力、最小限の犠牲で確実に殺す手を好む。
 徹底した能力主義で、源氏平家問わず、人たらんとするのなら人外であっても配下に加えた。
 逆に言えば「人間であろうとし」「人外と戦う気概がある」ならば、誰であれそれを認める。
 そんな源頼光が唯一滅ぼせなかったのが、隅田川へと逃れた牛鬼=丑御前。
 すなわち、彼自身の妹であった。

【サーヴァントとしての願い】
 人理の守護
 丑御前を滅ぼす

【特徴】
 綺羅びやかな兜と平安時代の大鎧を纏った武士。
 腰には大太刀を佩いている。
 その表情は冷徹で、目は冷たく、声もどこか機械的。




【マスター】
牧本美佐絵@塵骸魔京-ファンタスティカ・オブ・ナイン-

【能力・技能】
  • No.009ファンタスティカ
 ストラス製薬によって製造された改造人間。
 全身を分子、原子レベルに至るまで自由に変換させ形状を変化させる。
 戦闘では軟体化させた四肢を鞭のように繰り出して格闘を行う。
 また指先を重水素とヘリウム3に変換し、極小規模な核融合爆発を発生させるのが切り札。
 ただし意識と魔力が不足すると形状を保てず、文字通り肉体が溶解、死亡する。

【人物背景】
 海東学園に通う女子高生。優しく穏やかな優等生で、けれど意外と押しが強い。
 父から逃れて姉と暮らしていたが、姉妹ともどもストラス制薬の被験体にされてしまう。
 以後ストラス製薬の人外種を駆逐する尖兵として、殺戮を繰り返す日々を過ごしていた。
 しかし同級生の九門克綺にほのかな恋心を抱いた事がきっかけとなり、洗脳を克服して脱走。
 逃避行の最中、制裁として外骨格を排除されたため、瀕死の状態に陥っていた。
 心優しい少女、恋する乙女、そして正義の味方。

【マスターとしての願い】
 正義の味方になる
(必要最小限の犠牲で、聖杯戦争を叩き潰す)

 九門君に会いたい

【参考文献】
『塵骸魔京-ファンタスティカ・オブ・ナイン-』『塵骸魔京-ライダーズ・オブ・ダークネス-』

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最終更新:2016年09月11日 17:05