Choose Life
人生には自分で選べる事と選べない事がある。
例えば、どんな家庭に生まれるかは自分では選べない。
そもそも生まれてくる事からして自分で選んだ事じゃない。
でもそこから先の事は自分で決められる。
そう思って生きてきた。
けれど、人生の途中でまた自分で選べない事にぶつかった。
それは好きになる相手
恋に落ちるとはよく言ったものだ。
まさに落ちるという言葉が相応しい。
自分ではどうする事もできない。
Choose your future
将来の夢は特にない。
高校を卒業し、大学に行って、会社に入ってしばらくしたら結婚する。
共働きかどうかはわからないけど、きっと子供も産むだろう。
たぶん他の誰かと取り替えてもわからないくらい普通の人生を歩む。
そんな風に漠然と思っていた。
恋をする前は。
「あーずにゃん!おはよう!」
「はぁ…、おはようございます。唯先輩」
「へへー」
「毎日毎日人に抱きついて…」
「
あずにゃんは最近嫌がらなくなったねぇ」
「抵抗しても無駄だと悟りました」
「そのうち抱きつかれなくなると禁断症状が出るよ。私みたいに」
「なりませんよ。大体、唯先輩みたいにって何ですか」
「私、あずにゃんに抱きつかないと禁断症状が出るから」
「大げさですね」
「本当だよ!あずにゃんがいなかった頃どうやって過ごしてたか想像できない!」
「他の人に抱きついてたんでしょう」
「うーん?あれ、そうかな?」
「やっぱり…、その方々は今頃、心安らかに過ごしてるでしょうね」
「そうかなー」
「唯先輩、早く代わりの人を見つけてくださいね」
「ええー、あずにゃんじゃなきゃイヤだよー」
「はいはい、そろそろ離れてください。教室行きますから」
「はーい。じゃあねーあずにゃーん」
「はい。気をつけてくださいね」
本当に困った人だ。
毎日抱きついてきて、変なあだ名をつけて
練習はしないし、音楽にも全く詳しくない上勉強しようとすらしない
新入生歓迎会での感動を返して欲しい。
あの感動が無ければ私は部活に入っていなかった。
部活に入らなければ唯先輩と出会う事もなかった。
そして人生初めての恋をする事もなかったのに。
「はぁ…」
基本的に私は真面目だ。
ちょっと頑固で融通が利かない所があるけれど
それを差し引いてもはっきり言って普通の女子高生だと思う。
普通の小学生、普通の中学生、そして普通の女子高生。
こうやって普通に生きて行くんだと思ってた。
それがどうしてこんな事になってしまったのか。
私は女性を愛する志向がある訳じゃない。
まあ今まで男性に恋をした事はないけれど
テレビなんか見てても良いなと思うのは男性だ。
中学生の頃だって、それ以前だって女の子を好きになった事なんてない。
今だってクラスの子達に対してそう言う感情が湧いた事なんて一度もない。
「全く…」
一度も恋をした事が無くても、これが恋だとわかる。
そんな当たり前の事に、恋をしてみて初めて気がついた。
もちろん最初は認めたくなくて、考えないようにしてきたけれど
他人に嘘はつけても自分に嘘をつく事はできない。
もう仕方がない。認めるしかなかった。
まさか自分が女性を好きになるなんて思いもしなかった。
…いや、もしかしたら女子高では割とある事なのかもしれない。
周りにいる男性は教師だけだし、彼らは大抵恋愛対象外の年齢だ。
そうなると自然と目を向けるのは女性になってしまうのかも。
特に先輩なんて年上フィルターがかかってるから良く見えてしまう。
「ん?」
いやちょっと待て。
私の場合、年上だから好きになる。とは無縁だ。
例えば、澪先輩やムギ先輩ならそれもわかる。
澪先輩はファンクラブまである魅力的な人だし、
ムギ先輩はおしとやかで憧れるタイプだ。
そう、律先輩だって何だかんだ言って面倒見が良い。
考えてみるとあの人は何だ。
この間だって、
「このケーキすごく美味しい!やっぱり軽音部に入って良かった!」
「何のために軽音部に入ったんですか」
「そ、そりゃ音楽をやるためだよ!決まってるじゃない!」
「口に生クリームつけながら言っても全く説得力がないですね」
「え、どこ?」
「右の方です」
「あずにゃん、取ってー」
「はい?自分で取ってくださいよ。子供じゃないんですから」
「えー」
「…わかりましたよ」
年上の魅力?
そんなものは全く感じられない。
いや私が感じられないんじゃなくて、元々存在しない。
大体唯先輩の側にいる人はみんなしっかりしている。
憂、真鍋先輩なんかは典型的だ。
唯先輩があえてそう言う人たちと一緒にいるのか、
それとも唯先輩の側にいるとつい面倒を見てしまうのか。
私の場合は明らかに後者だ。
そりゃ確かに後輩にギターを教えたりするのは嫌いじゃないけど
決して人の面倒をみるのが得意とか世話をやくのが好きなタイプじゃない。
それなのにまさか年上の面倒を見るはめになるとは。
「どうして…」
「何が?」
「うわ!」
「え!」
「ゆ、唯先輩、い、いつからそこに…」
「さっきからいたよ。声かけたけどあずにゃん返事しないから」
「そ、そうでしたか。それはすいませんでした」
「溜息ついてたけど何か悩み事?」
「い、いえ、そう言う訳では」
「大丈夫?」
…ほら、こうやってすぐ真顔で心配する。
普段はダメダメで、自分が心配される側なのに。
これかな?このギャップが魅力なの?
「うーん…」
「あずにゃん…、本当に大丈夫?」
「はっ、また…」
「体調悪い?」
「いえ、そんな事はありません」
「んー。あずにゃんがぼーっとするなんて珍しいよね」
「たまには私もそう言う事はあります」
「でも部室来たらいつも練習しようって言うのに」
「あ、練習…。そうです。練習しましょう」
「そんな無理しなくていいよ。もう少し休みなよ」
「じゃあ唯先輩は練習して下さい」
「えー何でー」
「私はいつも練習してますが、唯先輩はいつもぼーっとしています。だからです」
「だからです。って断言されても」
「私は少し考え事してますから、唯先輩は真面目にしっかり練習して下さい」
「うう…、あずにゃんは厳しいなぁ」
「普通です」
そう、私は普通だ。ものすごく普通だったのに。
気づいたらこの人を好きになってて、あっと言う間に普通じゃなくなってる。
世間的にも、自分のキャラ的にも。
女性を好きになってしまった事と
こんな人を好きになってしまった事で混乱する。
自分の好きな人の事をこんな人呼ばわりするのもどうかと思うけど。
それに、そもそもこの恋がかなう事はない。
だからと言って、じゃあ好きになるのやめよう、とかそんな事はできない。
だって自分で選べないんだから。
恋の結末を考えると絶望的な気分になってくるので
せめて自分の好きな人の良い所を思い出してみよう。
かなり現実逃避だけど、せっかく初めて恋をしたんだし。
…………ない。
い、いや、ない訳じゃないと思うけど、言葉にできる何かを思いつけない。
「うーん」
「あずにゃーん?」
「はい?」
「やっぱり何か悩み事?」
「いえ別に」
「本当に?」
「ところで唯先輩」
「ん?」
「唯先輩の良い所ってどこですか?」
「あ、あずにゃん…、それは新手のいじめ?」
「え?」
「まさか私の良い所を考えてて思い浮かばなかったんじゃ…」
「そ、そんな事は、そんな事はないですよ。ちょっと聞いてみただけです」
そうだった。この人は無駄な所で勘が鋭いんだった。
危ない危ない。ものすごい正解ですよ唯先輩。
「そうだなぁ…良い所…良い所…」
すごい考えてる。これは…
「ごめん。ないかも」
やっぱり…
「そうですか」
「あずにゃん…、そこは、そんな事ないですよ。って言うんじゃないかな」
「あ、そ、そうですね。そんな事ないですよ」
「すごい棒読みだね」
「いえ。心から言ってます」
「じゃあ私の良い所はどこ?」
わからないから聞いたんじゃないですか。
「うーん。ま、前向きな所ですか?」
「まあ、前向きだね」
「でも楽天的過ぎますよね」
「あずにゃん…、それじゃ良い所じゃないじゃん」
そうなんですよ。ちょっと思いつく所は全て否定できるんですよ。
それで今私が困ってるんです。
自分の好きな人には魅力的であって欲しいじゃないですか。
「他にないの?」
「そうですね。少し考えさせて下さい」
駄目だ。本人に聞いても出てこない。
そりゃそうか。無意味な事をしてしまった。
と言うか余計な事か。
これから唯先輩に伝えられるような良い所を探さなければいけなくなった。
呑み込みが早い。これは憂もだから平沢家の血なのか。
しかし唯先輩の場合は一つ覚えたら一つ忘れる。
前に誰かがロケット鉛筆って言ってたけどまさにその通り。全く意味がない。
ダメだ。
集中力がすごい。普段はダラダラしてるけどやるとなると、とことんまでやる。
しかし集中するまでが長い。そして集中力が持続しない。
これもダメだ。
人付き合いが上手い。いや、どちらかと言うと気に入った人に懐く感じか。
私がネコなら、唯先輩はイヌだ。ものすごい尻尾を振ってる姿が想像できる。
う…、ちょっとかわいいかも。
しかしさすがにそれは言えないし、そもそも良い所じゃない。
やっぱりダメだ。
「あーずーにゃーん」
「あ、はい」
「長い」
「えーっと、何でしたっけ」
「私の良い所だよ。考えてくれてたんじゃないのー」
「そうでしたね」
「今日のあずにゃんはちょっと変だね」
唯先輩に言われたくありません。
そしてずっと考えてましたよ、良い所を。
私は一体この人のどこを好きになったんだろう。
特に良い所がない。と言う結論が出たら好きじゃなくなるんだろうか。
そうすればもう何とも思わなくなるんだろうか。
そうだったら良いのに。
でも良い所が見つからなくたってこの気持ちは変わらない。
恋するのなんて初めてだけど、それは間違いなくわかる。
逆にすごく魅力的な人が近くにいても私は唯先輩を好きになるだろう。
それも絶対間違いない。
「唯先輩」
「ん?見つかった?」
「いえ、特には」
「あ、あずにゃん…」
「でも良いんです。唯先輩はそのままで」
「どういう事?」
「唯先輩の良い所は一部分だけ取り出して良いって思える物じゃないんです」
「どういう事?」
「唯先輩は全部ひっくるめてこそ魅力があると言う事です」
「おお、あずにゃん。それは愛の告白?」
ちょっと言い過ぎた。
でもどうせこんな風にしか言えない。
冗談にして紛らわすしかできない。
だからジョークとして言ってしまおう。
「そうですよ。私は唯先輩の事が好きですからね」
「私もあずにゃんの事好きだよ!」
「ありがとうございます」
好きの種類が違っていても、それでも好きだと言われると嬉しくなる。
私がいない時に他の誰かにそうするとしても、抱きつかれるとドキドキする。
私はこの恋がかなわなくても、好きになる事をやめない。
「じゃあ、練習します」
「ん?もう大丈夫なの?」
「ええ、ちょっとすっきりしました」
「そっか、それは良かったよ」
「はい」
Choose Life
私は唯先輩の事が好きだ。
でも誰かに無理やり選ばされた訳じゃない。
もし好きになるのをやめろと言われても、やめない。
私が恋する相手は唯先輩だけだ。
Choose your future
私はいつか唯先輩にこの気持ちを伝えるかもしれないし、伝えないかもしれない。
それは今はわからないけれど、どうするのかは自分で決める。
そして少しでも長く唯先輩と一緒にいられるような決断をするだろう。
もしかしたらそれはとても辛い事になるかもしれないけれど。
始まりは自分で選んだ事じゃなかった。
でもこれから先は自分で決める。
なるべく多くの笑顔を見れるように。
できるだけたくさんの楽しい事を共有できるように。
そんな選択をする。
それが私にとって一番幸せな事だから。
- すばらしい -- (名無しさん) 2012-04-23 22:23:16
- すごく続きが見たい -- (鯖猫) 2013-07-17 09:48:59
- 「Choose your life」って「自殺するなよ」って意味ですよ。 -- (名無しさん) 2014-10-05 22:29:29
最終更新:2010年12月10日 20:09