「それでは、みなさんさようなら」
「さようなら~」
先生の号令で下校となった。
そして、私は急いで家に帰る。何故なら今日は、久しぶりに両親が家にいるからだ。
「ただいま~」
「お帰りなさい」
キッチンを覗くと長い黒髪が目に付いた。お母さんが晩御飯の支度をしていた。
そして、もう一人の栗色の髪の毛を探してみた。
「あれ? 唯お母さんは?」
「部屋で仕事中。あんまり邪魔しちゃだめよ?」
「だって、あれは唯お母さんが勝手にするんだよ?」
「まぁ、そうなんだけど……」
お母さんは苦笑いした。
……私の言っていることでおかしなところがあるって?
そんなことは無いよ。うちにはお母さんが2人いるんだもん。
「料理が終わったら聞きたいことがあるから」
「何?」
「今日宿題で、私が産まれてくるまでどうだったのか聞いて、作文で書いてこなくちゃいけないんだよ」
「へぇ~、それ私も小さい時にやったわ」
「梓お母さんも?」
「うん。親にあなたが産まれてくるまで大変だったのよって言われたわ」
「私が産まれてくる時も大変だった?」
「そりゃあもう、いろんなことがあったわよ」
そんなことを話していたら、栗色の髪の毛が部屋から出てきた。
「あ、柚子お帰りぃ!」
「ふにゃ!」
私を見止めた瞬間に腕いっぱいに抱きしめられ、目の前が栗色に染まる。
小学4年生にもなって親に抱きつかれるというのも少し恥ずかしい。
「もう、唯お母さんったら……」
「唯、柚子が困っているわよ?」
「あぁ、ごめんごめん」
ようやく解放された私は、宿題を始めることにした。
「丁度2人揃ったので、宿題していい?」
「何? 宿題って」
「柚子が産まれてくるまでどんなことがあったのか聞いてくるんですって」
「おぉ! それなら私に任せなさい! よく覚えているから」
ふんす! と気合を入れて胸を叩くお母さん。
「じゃあ、どうぞ」
「よし来た! じゃあ行くよ? そう、あれは2月ぐらいのことだったな……」
こうして、私が産まれてくるまでの話が始まった。
───
「ただいま~」
いつものように帰ってきたのに、いつもの返事が無い。
「あれ? 寝てるのかな」
確かに今は夜の11時を過ぎた頃。でも、いつもは起きて待っていてくれている。
「でも、最近仕事で忙しかったからね~」
多分ベッドで寝ているんだろうと思い、リビングに入った。
「あ、
あずにゃん、起きてた!」
リビングの椅子に、愛しのあずにゃんが座っていた。
けど……。
「ゆ、唯……。どうしよう……」
いつもと違う梓の雰囲気に私は驚いた。
「ど、どうしたの!?」
すごく具合が悪そうだ。顔も若干青いように見える。
「何だか気持ちが悪くて……」
最近では食欲もあまりないし、風邪気味かと思うほど体温も高いときもあった。
これはまずいよ……!
「病院に行こう! 今すぐに!」
「で、でも、まだ仕事が……」
テーブルの上には書きかけの歌詞やスコアが散らばっている。
「そんなのはいいよ。あずにゃんの方が大事!」
「唯……」
「さ、行こう!」
こうして、私はあずにゃんを乗せて近くの総合病院へ車を走らせた。
「先生、あずn……梓はどうなんですか?」
「そうですね、体温がかなり高いようですが、基礎体温とかとっていらっしゃいますか?」
「はい、どうぞ」
私はあずにゃんの基礎体温帳を渡した。
「……この感じだと、やはり私のほうではないですね」
「はい?」
先生の言っていることが分からなかった。
「つまり、内科の私の管轄ではないということです」
どういうことなんだろう? 誰か、私にもわかるように教えてください……。
「とりあえず、別館に移動しましょう。奥さんもそちらに移動されています」
「わかりました……」
私は訳がわからないまま、先生に連れられて別館に行った。
「あ、梓……」
「唯……」
別館のある病室。
あずにゃんはベッドに横たわっていて、私を見つけて弱々しく笑った。
「大丈夫?」
「うん。横になって少し楽になった」
「そう、無理しないでね?」
あずにゃんは顔色はいいものの、あまり元気がない。
「じゃあ、後はよろしくお願いします」
「わかりました」
ここまで連れてきてくれた内科の先生が、女の先生に挨拶をしていた。
やっぱり何かの病気……?
私は恐る恐る女の先生に聞いた。
「先生、梓はどうなんですか?」
「そうですね……、2ヶ月くらいですかね」
2ヶ月……? 何が2ヶ月なの……!?
まさか、余命!?
「に、2ヶ月……ですか?」
「はい。元気に育っていますよ」
元気に育っている? 何が?
頭にはてなマークを浮かばせている私に、先生は付け加えて言う。
「妊娠2カ月ってことですよ。おめでたです」
そう先生は言った。
そうですか、おめでたですか。
おめでたねぇ……。
……。
「お、おめでたっ!?」
「は、はい! そうですが……?」
先生をびっくりさせちゃったけど、私の方がもっとびっくりしていた。
……内科の先生に連れて来られたここは、産婦人科だった。
「いや、本当にすいませんでした……」
「初めてのことばかりで不安でしょう。仕方が無いですよ」
思いっきり取り乱した私は、落ち着いてから先生に平謝りしていた。
「こういうのは全部うちで請け負っているのでこの手に関してはプロですよ」
何とも頼もしいお言葉ですなぁ。しかも、そのうちの1例については心当たりがあります。
「最近では医学も発達していましてね、流産の危険性もほとんどありません」
「そうですか……」
あんまり難しいことはわからないけど、どうやらあずにゃんは大丈夫なようだ。
「とりあえず、市役所などにいって母子健康手帳をもらってください。わからなくなったらこちらのパンフレットを参考にしてください」
先生からパンフレットをもらった。軽く中身を見てみると、母子健康手帳の交付と妊娠届出の出し方などが書いてあった。
「あと、定期的に検査を受けるようにしてください」
「わかりました」
やることがいっぱいあるけど、私がしっかりしなくちゃ!
「とりあえず、今日はどうします? 1日入院もできますが」
「心配ですし、1日お願いします」
「わかりました」
私も少し疲れた……。あずにゃんと一緒に1日ここにいよう……。
病室に行くと、まだあずにゃんは眠っていなかった。
「あずにゃん、寝てなかったの?」
「うん。なんだか、ね?」
私は、ゆっくりとその頭をなでた。
「2ヶ月だってさ……」
「うん。さっき先生から聞いた」
あずにゃんがすごくうれしそうな顔をして笑った。
「やっとだね……。あずにゃん」
「私も、お母さんになれるんだね」
「そうだよ。
これから、2人で頑張っていこうね?」
「うん……」
私は軽くキスをして、あずにゃんを寝かしつけた。
「……本当に今日は焦ったよぅ」
そして、私も緊張の糸が緩むと同時に一気に眠りに落ちていた。
『うぅ……、朝からなんだよぉ……』
「りっちゃん! おめでただって!」
朝の7時半。私はうれしさのあまり、朝からりっちゃんに報告の電話を入れていた。
『は? おめでた? 誰が』
「あずにゃんが!」
『マジで!? よかったな、唯!』
「えへへ~」
りっちゃんと澪ちゃん婦妻は同じ放課後ティータイムのメンバーだけど、1年前から育児休暇と言うことで活動停止している。ムギちゃんはこの間を充電期間として、新楽曲の製作に明け暮れている。
その間、私とあずにゃんは“ゆいあず”ということで活動を続けていた。
『でも、こんな朝から電話するなよ……。璃央が夜泣きばっかりするから寝不足なんだよ……』
「ご、ごめん……。早く報告したほうがいいかなって思って」
『まぁ、唯らしいけどな』
「璃央ちゃん元気?」
『あぁ。もう毎日かわいくってさぁ~』
りっちゃん幸せそうだなぁ……。
あ、璃央ちゃんっていうのは2人の子供の名前だよ。
「それで、聞きたいことがあって! やっぱり記者会見とかしなきゃいけないのかな?」
『まぁ、したくなくてもさせられるけどな』
りっちゃんが澪ちゃんの結婚&おめでた発表会見を思い出しながら言った。
「いや……、あの時はお疲れ様でした」
あの時はファンの暴動が起きるとまで言われて超厳戒態勢だったのに、いざしてみると何も起きなかった。
むしろファンから“やっと結婚したか”とか、“あれ? もう結婚してなかったっけ?”とまで言われていた。
『一応ファンがいる訳だし、現状報告ということでしたほうがいいでしょ』
「そうだね。じゃあ、なおちゃんに頼めば手配してくれるかな?」
『もうやる気満々でしてくれるよ』
冗談交じりでりっちゃんが言った。
なおちゃんっていうのは、私達のマネージャーで本名は山田尚子さんって言うんだよ。
『でもさ、ゆいあずを結成してからは、ファンの間ではもう婦妻みたいって言われているぞ?』
「え? そうなの?」
『そりゃあ、あれだけテレビでいちゃついていたらな……』
「そんなにいちゃついている?」
『歌い終わったら抱きしめたり、トークの時に2人だけの世界に行ったりしても、いちゃついていないと?』
「う……、それは仕方が無いんだよ……。あずにゃんかわいいし……」
『お前なぁ……』
まぁ、惚れた弱みってやつだよね!
「じゃあ、そろそろあずにゃん見に行くから切るね?」
『うん。それと、一番不安なのは梓だってこと、忘れんなよ?』
「ありがとう。じゃあね」
私は電話を切って、ムギちゃんと両親には改めて電話で報告することにした。
「さて、あずにゃん起きたかな?」
病室に戻ると、あずにゃんは朝食を食べていた。
「どう、昨日はよく眠れた?」
「うん。久しぶりに寝た感じだよ」
あずにゃんはだいぶ良くなったようだ。でも、表情がいつもと違う気がする。
あずにゃんって呼んだら何だか違和感を感じてしまうほどの凛々しく、そして優しい表情。
あ、そうか。
「あずにゃん、何だかいい表情しているよ」
「そうかな?」
「うん。何だかお母さんって感じがする」
女の人はみんな、赤ちゃんができるとこんな表情をするのかな?
なんだか、ますますしっかりしなくちゃいけない気がする。
「あずにゃん、これからどうする?」
「丁度いいから母子健康手帳を貰いに行こうよ」
「大丈夫? まだ安静にしておかないといけないんじゃない?」
お腹に赤ちゃんもいるし、あまり無理はさせたくないんだけどな。
「そんなに私は弱くないよ。それに、この子も……」
そう言ってあずにゃんはお腹に手を乗せた。
なんだか、神秘的だ……。
「わかったよ。でも、もらったらすぐ帰ろうね?」
「もう、過保護なんだから」
あずにゃんの笑顔も柔らかなものに戻っている。よかった……。
その後、市役所で母子健康手帳をもらい、妊娠届も出した。
私がやろうと思っていたんだけど、何だかあたふたしちゃって結局あずにゃんが全部やっちゃった。
あまり無理はさせたくなかったんだけど、あずにゃんのほうがしっかりしていた。
面目丸つぶれだよ……、私。しっかりしようって決めたのに……。
「手続き終わったから帰ろうか」
「うん……、そうだね」
「どうしたの? 唯」
「いや、自分の不甲斐無さに呆れているだけです……」
「そんなの、今に始まったことじゃないでしょ?」
「ひ、ひどい……」
確かにそうかもしれないけど、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない……。
「でも……頼りにしているからね?」
そういって、あずにゃんは指を絡ませて私に寄る。
あぁ……。何だろう、もう何でも許せる気がするよ……。
「うん……。私、頼られるように頑張るよ!」
本当は不安でいっぱいだけど、りっちゃんが言っていた通りあずにゃんのほうが不安に決まっている。
出産はとても大変なことぐらい私にもわかる。だから、私があずにゃんのことを支えてあげなくちゃ!
「とりあえず、両親に報告しなきゃね」
両親の携帯電話番号を見つけて呼び出してみる。
「……出ないな」
「唯の両親は今どこにいるの?」
「確かオランダに行っているはずなんだけど……」
いつまで経っても出ないので、仕方が無いからメールで送っておいた。
「あずにゃんは自分で報告する?」
「うん。今からする」
そう言うと、あずにゃんは両親に電話をかけた。
「あ、もしもし。梓ですけど、あ、お母さん?」
「あと報告しなきゃいけないのは、憂と和ちゃんと……」
ずっと音楽で仕事をしていたから、家族と話すのも昔の友達と話すのも久しぶりだ。
何だか照れくさいな……。
「よし、まずは憂から……」
私はまた携帯を片手に報告の電話をかけた。
なおちゃんに記者会見について手配をお願いしたら、一週間もしないうちに場所を確保できたと電話が入った。
『あまり遅いと梓ちゃんに負担になるし、忙しくない今がいいと思ったんだけど』
「そうですね。じゃあ一週間後に記者会見ということで」
『わかりました。それと唯ちゃん、梓ちゃんのことしっかりと支えてあげるのよ?』
「わかってますって。じゃあお願いします」
とりあえず記者会見の日程は決まった。さて、準備は何をしたらいいのかな……。
「あずにゃん、結婚&おめでた会見一週間後になったけど大丈夫?」
「もう、そういうのは決まってから言わないでっていっているでしょ?」
「ご、ごめん……」
また怒られた……。もう、本当に私ってだめだね……。
「またやっちゃったよ……」
「しょうがないなぁ、唯は」
「うぅ……」
頑張ろうとするたびに空回りしている気がしている。一生懸命やっているつもりなんだけどな……。
「まぁ、予定も入れてないし大丈夫だよ」
「よかった……」
いつも注意されているのに、どうして治らないのかな……。
「あ、唯。記者会見だからって暴走しないでよ?」
「わかってるって」
次は記者会見か……。何聞かれるかな……。
そんなこんなで記者会見の日になった。
「あ、あずにゃん……、記者会見だよ!?」
「落ち着いてよ、唯……」
私はもう緊張しまくっていた。
司会者に呼ばれて席に座ってからは嵐のように過ぎていって、あんまり覚えていない。
何を質問されたんだっけ……? まぁ、変なことは言ってないと思うし大丈夫だよね。
「2人ともお疲れ様。いい記者会見だったわよ」
「ありがとうね、なおちゃん」
「何だか疲れました……」
「梓ちゃんも大変ね」
「本当ですよ……」
あずにゃんが大きくため息をついた。どうしたんだろう?
「あずにゃん、大丈夫?」
「唯がそれ言う?」
「何で?」
「……もういいよ」
私何かしたかな? なおちゃんがえらくにやにやしているのが気になる。
「明日の新聞が楽しみね……」
翌日、各新聞社で私達の結婚&おめでた報告の記事が載った。
「あ、あれ? 私こんなこと言ってたの!?」
一面に大きく私達の幸せそうなツーショットがあり、見出しが“ゆいあず、ようやくひとつに”って書いてあった。
そして、記事にはそれはもう詳しく言えないぐらい甘いトークがずらっと載っていた。
「暴走しないでって、私言ったよね?」
「あ、あはは……」
テレビをつければ、私達の結婚&おめでた報告で染まっていた。
ネットでは記者会見での言動や行動について“けしからん、もっとやれ”のコメントであふれていた。
「なんだか大ごとになっちゃった……」
「だから言ったのに……」
あずにゃんが呆れてため息をついた。本当にごめんなさい……。
「もう、どこでもいちゃついているって思われちゃうじゃない」
「まぁ、あっているんだけどね」
「そ、それは……唯が勝手にするから」
「え……? あずにゃん嫌だったの……」
ちょっとショック……。
「あ、いやそうじゃなくて、何というかそう言うのは2人のときにして欲しいっていうか……///」
ほっぺを赤く染めて言うなんて……、破壊力抜群だよ!
「あずにゃ~ん///」
「だ、だから言ったそばからしないでって……あっ///」
「もう、素直じゃないんだから♪」
まだ産まれてないけど、2人目が出来そうです。
───
「……ということがあったのさ!」
「はぁ……」
まだ小学4年生の私にもわかる。いちゃいちゃし過ぎでしょ……。
「何だか恥ずかしいわ……」
「照れないでよぉ。本当のことじゃん」
またいちゃいちゃし始めるし……。
「あ、でもまだ私産まれてないよ?」
「それからは梓のほうがよく知っていると思うよ」
唯お母さんから、梓お母さんにバトンタッチした。
「じゃあ今度は私の番ね」
そう言うと、軽く咳払いをして話し始めた。
「じゃあ、産まれてくるときの話をするね……」
───
「お~い、柚子。聞こえる~?」
唯がうれしそうに私のお腹をさする。
「あ、少し動いたみたい」
私のお腹もだいぶ大きくなり、もうすぐ出産予定日だ。
幾度かの検査で性別は女の子だともわかった。
名前も私と唯の名前から“柚子”と名付けた。
「いやぁ、早く会いたいなぁ」
「そうだね」
そんなことを言っていた日の夜、私はお腹の痛みで目が覚めた。
「うっ! ……」
何とも言えないこの痛み。次第に重くなっていき、さらに下半身に違和感が出てきた。
「あ、あずにゃんどうしたの!?」
私の異変に気付いた唯が、飛び起きて来てくれた。
「多分、陣痛だと思うんだけど……!」
「えぇ!? ちょっと待っててね!!」
破水に気付いた唯がすぐに病院に連絡を入れた。
「もしもし、垣空総合病院ですか!? 平沢ですけど……」
寝る前から少し痛みはあったけど、こうも連続してくるとは……!
「今、ベッドが空いているからすぐ行こう!」
「う、うん……」
しかし、私は破水していて、さらに下半身の痛みのせいか歩くのがおぼつかなかった。
「……よし!」
「え……、うわっ!」
急に体勢が変わったと思ったら、私の体が抱きかかえられていた。
お腹に赤ちゃんもいるのに、唯は苦しそうな顔一つしない。
「ゆ、唯!?」
「さぁ、行くよ!」
唯は私のことを軽々と運び、車に乗せてくれた。
“す、すごい……”
「がんばってね、すぐに病院につくからね」
運転中もずっと声をかけていてくれて私は痛みを少し忘れることができた。
やっぱり、頼りになるな……、唯は。
「先生、破水しているのですぐにお願いします!」
「わかりました。それと、立ち会い出産を希望されていますので用意をお願いします」
ベッドで運ばれていく最中に色んな声が聞こえる。天井がすごく早く過ぎていくのが見える……。
私はそんなどうでもいいことを考えていた。
「あずにゃん、頑張ってね!」
外では普通に呼ぶって言ってたのに、戻っているよ……。
後から考えてみると、こんなことを思う余裕があったのも、唯がいたからだと思う。
本当に私の心の支えになっていた。
「平沢さん、リラックスしてくださいね?」
「は、はい……!」
どうやってリラックスしろって言うのよ! と言いたかったが、そんな暇は無かった。
「私が合図を出しますので、そしたらいきんでください」
「は、はい……」
「あずにゃん……」
先生の合図に合わせていきむたびに痛みが増す。さっきまでは痛みに間隔があったのに、今はずっとだ。
「あずにゃん、頑張って! もう少しだよ!」
その間、唯はずっと私の手を握っていてくれた。それだけでも私は痛みを忘れることができた。
唯がそばにいてくれる。それだけでよかった。
そして……。
「頭でてきましたよ! もう少しです!」
「いきむのをやめて、短く息を吐いてくださいね」
「は、はい……!」
力を抜いて、短く息を吐く、と……。短く……。
体のなかで赤ちゃんが動いているのがよくわかる。
痛いけど、何より元気に動いていることが嬉しかった。
「さぁ、出ますよ!」
そして……。
───
「……で、柚子が産まれたの」
「ほぉ……。大変だったんだねぇ」
何だか自分が産まれてくるところを話されると、照れくさくなるのは何でだろう?
「いやぁ、梓は本当によくがんばったよ」
唯お母さんが頭を優しく撫でている。
「こんなので、いいのかな?」
「うん、ありがとうね」
私は2人のお母さんにお礼を言って、自分の部屋で作文を書き始めた。
4年1組 平沢 柚子
「私が産まれてくるまで」
───
END
- 将来も一緒に居るっていいよね -- (名無しさん) 2011-05-04 14:35:53
最終更新:2010年12月12日 17:35