最近なんだかイライラする。
原因は、唯先輩だ。
変なあだ名はつけるし、事あるごとに抱きつくし、先輩なのにしっかりしてないし。
でも、そんな人でも何故か私の中で大きな存在なっていて、何でも許せるような気になる。
あずにゃん好きだよ~なんて軽々しく言うし、調子になるとキスを迫ってくる。
最初は迷惑に感じていたのに、いつしかそれが当たり前になっていた。
唯先輩が私のことをかわいがってくれていることに慣れ過ぎていた。
そう、慣れ過ぎていたんだ……。
「あ、唯先輩だ」
学校の廊下で唯先輩を見かけた。クラスメイトの人と話しているようだ。
「で、ここがこうなるのよ」
「へぇ、姫ちゃんすごいね!」
声をかけようと近寄ると、唯先輩がその人に抱きつくのが見えた。
「えへへ~。ありがとう、姫ちゃん」
「もう、くすぐったいよ」
「大好きだよ、姫ちゃん」
そのとき、私は心の中で何か重たいものを感じた。
怒りとかそういうのに似ているけど、少し違う。
唯先輩が私以外の人に抱きついて、好きだと言っている。
その状況に何故か我慢が出来なかった。
唯先輩がそういう行動で他の人と親交を深めるのはよく知っている。
けど、何故かそのときだけは我慢できなかった。
私は、よくわからない感情に戸惑ってその場を走り去った。
「何だったんだろう、さっきの」
頭を冷やして考えてみると、別に何でもないことだった。
ただ唯先輩が仲のいい友達に抱きついていただけだ。そんなことに何でこんなに戸惑っているんだろう。
「はぁ……」
いっつも私のこと好きだって言ってくる癖に……。
この寂しい感情は、だいたい予想がついた。
(私、あのクラスメイトに嫉妬しているんだ……)
唯先輩の抱きつきが私だけのものであって欲しいと思っている自分がいる。
抱きつかれる度にやめてくださいって言う人がそんなこと言える立場じゃないってわかるけど……。
でも、あんなに仲よさそうにしているのは見るに耐えられなかった。
「私、やっぱり唯先輩のことが好きなのかな……」
唯先輩の抱きつきが当たり前になってきたときから考えていたことだ。
本人にはとても恥ずかしくて言えないけど、やっぱり私は唯先輩のことが好きなんだろう。
それも、ただの好意じゃないくて恋愛と呼べるぐらいの”好き”だ。
私、どうしたらいいのかな……。
唯先輩が他の人に抱きつくのに嫉妬を覚えて数日経った。
あれからも私に対しても同じように抱きついてくる唯先輩に少し安心したけど、やっぱり不安だ。
もし、私以外の人にこんなことをしていたら……。
そう思うと何だかやりきれなくなる。
「はぁ……」
「どうしたの、梓ちゃん」
「む、ムギ先輩……」
部室で1人だけだと思っていたのに、いつの間にかムギ先輩が隣にいた。
「いや、ちょっと考え事を……」
「唯ちゃんのことでしょ?」
「な、なんでそんなこと……」
「さっきから”唯先輩……”ってうわ言のように呟いていたわよ?」
……それは本当ですか。
「は、恥ずかしい……」
「まぁ、悩みがあるなら話してちょうだい」
「……」
結局、私はムギ先輩にこれまで感じていたことを全部話した。
「で、どう思います?」
「梓ちゃん、唯ちゃんのこと好き?」
「え!?」
ムギ先輩に唐突に聞かれた。
「どうなの?」
「……まぁ、嫌いじゃないです」
「はぁ……、そうやって煮え切らないから唯ちゃんは他の人に抱きつくのよ」
「そうなんですか?」。
「梓ちゃんは、唯ちゃんに好きだって言ったことある?」
「無いですよそんなの!」
そんなこと言える訳ないじゃないですか……。
「でも、唯ちゃんはずっと言い続けていたわよ?」
「……ちょっと信じられませんけど」
「……梓ちゃん、人が好きになってくれるのは当たり前じゃないのよ?」
「そんなこと、わかってます」
「でも、梓ちゃんは唯ちゃんが自分のことを好きでいてくれていることが当たり前だと思っているわ」
「……」
「唯ちゃんの好意に甘えているのよ。自分が恥ずかしいことを他人にやってもらおうって思っている」
「別にそんなこと……」
「思っているわ」
真顔で断言された。
でも、ムギ先輩の言う通りかもしれない。
唯先輩に抱きついて欲しいって思っているのに、私はそれを待っている。
自分からしないくせに、他の人に抱きついているのを見ると嫉妬している。
私、唯先輩に甘えていたんだ。
「……そうですね、私、甘えていました」
「それがわかったなら、後は大丈夫ね」
「はい。ムギ先輩、ありがとうございました」
「いいえ。ちゃんと唯ちゃんに気持ちを伝えないとだめよ?」
「はい」
そこに丁度唯先輩が部室に入ってきた。
「あ、あずにゃんとムギちゃんだ!」
「じゃあ、後は頑張ってね」
「ムギちゃんどこいくの?」
「ちょっとトイレよ」
そういってムギ先輩は部室を出て行ってしまった。
唯先輩はそのまま近づいてくると、私に抱きついてきた。
「うふふ~あずにゃん分補給~」
「はぁ、練習をするまでにしてくださいよ?」
「お、あずにゃんが抵抗をしない……」
「だって……その、抱きつかれるの、嫌じゃないですし……」
そう言うと、唯先輩の顔がぱあぁ!と明るくなった。
「あずにゃん、大好き!」
「……そういうの、他の人にあんまり言わないで下さい」
「ほえ、何で?」
「それは……その……」
ちゃんと言わないといけないよね。頑張れ私!
「唯先輩のこと、好きですから……私以外の人に言わないで下さい」
とても恥ずかしかったけど、伝えなきゃと思って必死で言った。
「……」
「ゆ、唯先輩?」
唯先輩が私に抱きついたまま固まっている。
何か言ってくれないと恥ずかしくて死にそうです……!
「……あずにゃん、それ本当?」
「……二度も言いません」
これでもかなり妥協して言ったんですよ?
「そっか。あずにゃんがそういうのなら……」
そういって、私のことをやさしく抱きしめてくれた。
「唯先輩……」
「あずにゃんがそういってくれて、とてもうれしいよ」
「私も、その……うれしいです」
何だか今までのもやもやが一気に晴れて行く気がした。
「あずにゃん……」
「何ですか?」
「呼んでみただけ」
「もう……。唯先輩」
「なぁに?」
「ふふ……呼んでみただけです」
「こいつぅ~」
END
最終更新:2010年12月12日 21:14