私、ずっと寂しかったの。
お父さんもお母さんもいつも仕事、仕事、仕事……。
たまに帰ってきても、ずっと楽器の練習している……。
構ってほしくてしょうがなかった。
だから、私はギターを始めた。
同じ世界へ入っていけば、お父さんもお母さんも構ってくれる。
仕事でも、ギターをしていれば色々教えてくれる。
独りじゃなくなる……。
そう思って一生懸命練習した。
けど、練習をしていくらギターの腕があがっても両親はそばにいてくれなかった。
何度も仕事だから仕方ないんだと自分を抑えていた。
私は、2人に親をやって欲しかった……。
私の欠けている心をそっと埋めてほしかった。
家に帰ったらそこにいて、他愛もない話で盛り上がって、時々でいいからぎゅっと抱きしめて……。
私の理想の親でいて欲しかった……。
大きくなってから、理性と言うものが働き始めた。
そのおかげで、私の両親はそれなりに必死にやっていたと理解できるようになった。
あれだけのスケジュールで、仕事と子育てを両立させていたんだ。
無い時間を割いて、私との時間に割り当ててくれていたんだ。
いつも家にいないけど、帰ってくれば真っ先に私を抱きしめてくれた。
今までの失われた時間を取り戻すかのように……。
私の為にそこまでしてくれた両親を恨む気持ちなんてもう無かった。
むしろ感謝している。
自分で親の努力を認めて、これは仕方がなかったことなんだと決着をつけた。
これで私の中の欠けた部分は終わったはずだった……。
「いい子、いい子~」
「あっ……」
あの時、今まで求めていたものが、心を掴んだ。
自分のことを抱きしめてくれる温もり……。
今まで欠けていた部分がすっと埋まった気がした。
唯先輩。
あの人が私の欲している部分を持っていた。
もう求めないと決めていたのに、理性で抑えが利く様になったのに。
あの人はあっさりと私の理性を吹き飛ばした。
でも、それが怖かった。
いつか私をおいて行ってしまうんじゃないかって思う。
だから、求めない様にしていたのに……。
必死に捨てようとしていたのに……。
けど、親に求めていた肌の愛情が、そこにあった……。
それから唯先輩が私に抱きつくたびに、胸が躍るようになった。
本心ではずっと抱きつかれていたい。
このまま離さないで欲しい。
でも、いつかはこの温もりも消える。
だって、唯先輩は自分の暮らしがあって、私だけのものじゃない。
求めれば求めるほど、別れが辛くなる。
だから、やめてくださいといつも唯先輩に言う。
だって、そうしないと私が離さなくなっちゃう……。
期待しちゃうよ……。
高校1年生の冬の日。
純から預かった子猫の調子が急変した。
その時、家に誰もいなくて不安で押しつぶされそうだった。
そんな時、あの人はいつもの感じでメールをくれた。
わたしはすがるような気持ちで電話をした。
すると、唯先輩はすぐ駆けつけてくれた。
私が不安な時、独りな時、唯先輩はすぐに来てくれる。
ぎゅっと抱きしめてくれる……。
いつもは子どもっぽくて、だらしない先輩だけど……。
でも、いざという時に頼りになって……。
私のことを、助けてくれる。
唯先輩と出逢ってからしばらく経った。
私への抱きつきは一向に治まる気配がなかった。
それがどれだけ私のことを癒し、悩ませただろうか。
あなたに親の幻影を求めているなんて知ったら、どう思うんでしょうね……。
優しさを求めていると知ったら、あなたはどうするでしょうね?
……笑顔で私のことを受け止めてくれるんでしょうか?
……ずっとそばにいて下さいって言ったら、いてくれますか?
色々考えてみるけど、結局、自己嫌悪に陥る。
だって、両親は私のことを愛しているし、たまにしか帰ってこないけど優しさを求めたら確実にくれるでしょう。
それなのに、どうしてあの人に求めるんだろう……。
やっぱり寂しいから?
独りだと思いたくないから?
それとも……。
この時から私はわからなくなった。
唯先輩に何を求めているのか。
最初は親のような大きな優しさを感じて、それを求めていた。
でも、一緒に過ごすうちに何か違うものを求めるようになっていた。
でも、唯先輩と一緒にいたいという気持ちは変わらない。
何が変わったんだろう……。
何を求めているんだろう……。
その時の私には、まだわからなかった。
「私の目の届く範囲にいてください」
我ながらすごく恥ずかしいことを言ったと思う。
でも、これが本心だ。
いてくれないと、また独りになったと思ってしまうから。
不安になってしまうから……。
そういうことはもう卒業したはずなのに、あの人の前だと甘えたくなる。
あの人が甘えているようで、自分が甘えているんだ。
律先輩の為に色々やっている唯先輩を見て、少し嫉妬したのかもしれない。
また、どこかいってしまうんじゃないかと思って、あんなことを言ったんだろう。
そんなことはさせたくなかった。
私のわがままだけど、唯先輩だけは離したくなかった……。
この絶妙な位置で、唯先輩を繋ぎ止めて置きたかった。
自分が都合のいいように考えられるこの位置に……。
「あずにゃんのこと、1日中考えていたんだよ?」
先輩方の最後の学園祭。
その中で、唯先輩がこう言ってくれた。
それはどういう意味で考えてくれていたんですか?
本当に、私のことを考えてくれていたんですか?
心の中で色々な期待が渦巻いて、つい嬉しくなってしまう。
けど、その後のキスをしようとしてきた時は焦った。
「そ、そこまではいいです!」
すかさず止めたけど、その時に何か違和感を感じた。
今までも違和感を感じた時はあったけど、今回はより強く感じた。
何だろう、この違和感……。
キスをされるのがすごくドキドキした。
恥ずかしくてつい止めてしまったけど、なんと言うか嫌じゃなかった。
この前も一回だけキスをされそうになったけど、あの時とは違った。
あの時はふざけて済ませられる程度だったのに、すごく真剣に悩んでしまった。
唯先輩とキス……。
同性なのに、なんでこんなにドキドキしているんだろう……。
唯先輩……。
卒業式の日。
私は笑って先輩たちを見送ろうと思っていたけど、溢れる寂しさに勝てなかった。
「卒業、しないでよ……」
我ながら子どもっぽく駄々をこねてしまった。
行かないで……。独りにしないで……。
そんな時も、唯先輩は一目散に駆けつけて私を慰めてくれる。
唯先輩、唯先輩……!
他の先輩たちも大切ですけど、あなただけは違う。
……そうか。
あの時の違和感、何となくだけどわかった気がする。
唯先輩に抱いているこの気持ち、これは親の幻影の愛じゃなかったんだ。
もっと、特別な感情……。
一緒にいたいと思う気持ちが強くなったもの。
私、唯先輩のことが好きなんだ……。
今まで何となく感じてはいたけど、これほど自覚したのは初めてだ。
不思議と嫌悪感は無かった。
同性愛とかそんなことを考えている余裕は無かった。
唯先輩が好き。
唯先輩を愛している。
ただそれだけだけが心にあふれる。
あなたが欲しい……。
私は、この思いの丈を唯先輩に吐露することにした。
もう、卒業していなくなってしまう唯先輩。
どうせなら、この思いを伝えたい。
理解してくれなくていい。
ただ、私の思いを聞いて欲しかった。
放課後。
先輩方が帰ってしまった部室に、私は唯先輩を呼び出した。
「唯先輩、来てくれてありがとうございます」
「ううん。それで、話って何?」
いつもの優しい笑顔の唯先輩。
「私……」
「うん?」
こんなに綺麗な唯先輩は初めてだ……。
気持ちばかり先走って、言葉が出てこない。
「私……!」
唯先輩が私の手を握った。
「慌てなくていいよ。待っててあげるから」
「……っ!」
一息ついて、唯先輩の目を見据えた。
「私、唯先輩のことが好きなんです」
言った。
言ってしまった。
その言葉を聞いて、唯先輩は少し驚いた顔をした。
けど、すぐにあの優しい笑顔に戻った。
「ありがとう、うれしいよ……」
「唯先輩……」
「私も、あずにゃんのこと大好きだよ」
それが、どんな意味の好きかはわからない。
でも、それでよかった。
私の思いは伝え終わった。
「ありがとうございます……。そう言ってくれて、うれしいです」
「あ、あずにゃん……。泣かないでよ……」
堪え切れなくなって、私の頬に涙が走っていた。
「こ、これは! あの……」
慌てて涙を拭って、笑いかける。
「すいません……。でも、我慢できなくて……」
拭って拭っても涙が止まらなかった。
嬉しいのか悲しいのかよくわからない。けど、気持ちが抑えられない……。
「あずにゃん……」
唯先輩が私のことを抱きしめてくれた。
「……すいません」
「いいよ。気のすむまで泣いて?」
「うっ……、唯先輩……」
それからしばらく、私は唯先輩の腕の中で泣いた。
いなくなってしまう寂しさ、告白できた嬉しさ。
色んな感情が入り混じって、涙として溢れていく。
「落ち着いた?」
「……ぐすっ、はい」
私は唯先輩にもたれかかるような感じで、隣に座っている。
何だか、恋人同士みたいだ……。
「私ね、あずにゃんに好きって言われて、本当にうれしい」
「……」
「あずにゃん?」
「その、本当にありがとうございます。こんな私のことを好きって言ってくれて」
「何言ってるの? あずにゃんも同じ気持ちなんでしょ?」
何の疑いもない声。でも、やっぱり違うんです。
俯いて、受け入れなくちゃいけない現実と向き合う。
「……私の”好き”は、唯先輩と違うんです」
「えっ……?」
「私の”好き”は、友達とか仲間とかそういう”好き”じゃないんです」
「……だったら、私と同じだよ」
驚いて振り向くと、唯先輩が私の頬に手を添えてきた。
「あ……」
「こういうことがしたい、”好き”なんだよ」
そして、そのまま私にキスをしてきた。
「んっ……」
そんな……。本当に?
唯先輩が、私と同じ気持ちでいてくれたの……?
「っはぁ……」
「これで信じた?」
私は、ただ頷くことしかできなかった。
「私も、あずにゃんのことが好き。大好き」
「……私も、大好きです」
唯先輩がありがとうと言って笑った。それにつられて私も笑うことができた。
「やっぱり、あずにゃんは笑っている方がかわいいよ」
「……じゃあ、もっと笑えるようにしてください」
「わかった……」
唯先輩がゆっくりと私の肩に手を乗せる。
私は目を瞑って、唯先輩のキスを受け入れる。
「んぅ……、ちゅ……」
「はむっ……、んんっ……」
唇を吸い、お互いに舌を絡ませ合う。
「れろ……、はぁっ……」
「じゅる……、んちゅ……」
……どれくらいキスしただろう。
そっと離れると、離れたくないと言いたいように2人の間に光が架かる。
「……あずにゃん」
「唯先輩……」
いつもと違うとろんとした目。
何だか、欲望を掻きたてられる眼差しだ。
そう、人を誘う女の目をしている……。
「……あ、そ、そろそろ遅くなるから、帰ろうか」
急に我に返った唯先輩が切り出した。
「は、はい……!」
私も、何だか急に恥ずかしくなって、早口で答えた。
……今、ものすごくいけないこと想像していた。
このまま、唯先輩としてしまうんじゃないかって……。
危なかった。
あの時、唯先輩が止まらなかったらもう我慢できなかっただろう。
少し惜しいことをしたと感じていたけど、部室でそういうことをする訳にもいかない。
それに、どこかへ行ってしまうような不安に駆られて焦る必要もないしね。
これからは、ずっとそばにいてくれる。
だから、ゆっくりと関係を深めていけばいい。
私の大好きな、唯先輩……。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
夕暮れの中、私達は笑いあって部室を出た。
END
- すごく良い -- (鯖猫) 2012-09-25 00:28:52
- やっぱり梓唯最高 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-10 18:55:49
- いいねこれ、描写が丁寧で上手い -- (名無しさん) 2013-11-11 21:31:26
最終更新:2011年01月07日 11:49