「戻りましたよ。お風呂どうもです。」
時刻は21時30分。
お風呂をもらい唯先輩の部屋に戻ると、先輩が笑顔で私を迎えてくれた。
「おかえり~。待ってたよぉ~。」
読んでいた漫画を置くと、ベッドに腰掛け、両手を広げる。
「えと・・・。」
少し躊躇う私に、唯先輩がここにおいでーと小さく手招きをした。
ちょこちょこと近づくと、手を引かれ、抱きしめられる。
「わっ、ちょっとっ・・・。」
言いながらも大した抵抗はせず、唯先輩の足の間にすっぽりと収まって「しょうがないですね・・・。」なんて軽く抱き返す私。
唯先輩は座ったままで私が立っている状態だから、今は私の方が背が高くて何だか新鮮だ。
髪に顔を埋め小さく鼻を鳴らすと、唯先輩の甘い匂いがした。
あの後結局どうなったのか。
ええ、ええ、大変でしたとも。
2人に追いついたはいいものの、どうしたらいいのか分からないし、試しに呼び掛けてみたら今度は私と律先輩がムギ先輩に追い回されるしで、ほんと散々だった。
その後は、律先輩と2人でなんとかムギ先輩を鎮めましたが。
私と唯先輩と律先輩は、今日、心に刻んだ。
ムギ先輩のテンションを上げるべからず。
例えそういう状況になったとしても、逃げてはいけないと。
何でも、逃げられると追いたくなるらしい。
何その恋の駆け引きみたいな言い分。いや、全然違うけれども。
「ね、あずにゃん。・・・身体とか、平気?」
ふと唯先輩が、私の肩口に顔をすり寄せながら呟いた。
「へ?」
「うんとさ。・・・ほら、昨日の。」
言われ、ああ、と思い当たる。
けれど、唯先輩が何を問うているのか理解したと同時に、私の顔は熱を上げた。
初めての時も、昨日もそうだった。
唯先輩は、いつも私を気遣ってくれる。
「痛いとことかない?大丈夫?昨日はちょっと気持ちが急いちゃってたから私・・・。」
「だ、大丈夫ですっ。・・・き、昨日も散々言ったじゃないですかっ。」
「そうだけど・・・。」
言って、唯先輩がぎゅっと私を強く抱きしめた。
「・・・それより、昨日今日って走らされたダメージの方が大きいですよ。」
唯先輩の髪を静かに撫でながら、そんな事を言ってみる。
というか、それは紛れもない事実だ。
あれ程本気で走ったのは、生まれて初めてかもしれない。
「ふふっ、そうだね。」
小さく笑ってくれた唯先輩に、私は安堵の息を吐いた。
もう、いつもは能天気で抜けてる所もあるくせに、変なとこで心配性なんだから・・・。
唯先輩のそんな優しさが、嬉しいのだけれど。
「一体何がムギ先輩をあそこまでさせるんでしょう?」
「女の子同士っていい、みたいな事言ってたし、興奮しちゃうんじゃないかな?」
「・・・・・・。唯先輩が私に抱きついた時とか、ものすっごい笑顔ですもんね・・・。」
「そうだねぇ~。」
嗜好は人それぞれ。
ただ、周囲に被害が及ぶ場合は、もう少し自重した方がいいと思う。
「そういえば聞きそびれてましたけど、話し合いはどうだったんですか?・・・まさか、私達のアレな話とかはしてませんよね?」
「ええー!?してないから私追い掛けられたのに!・・・って、あっそうだった!」
「?何です?」
「ムギちゃんが合宿やろうってさ!今度の3連休!!そこで2人にはいい感じになってもらおうという作戦ですっ!」
「・・・ええー・・・?」
やっと顔を見せてくれた唯先輩に、けれど、私は渋い顔を見せた。
「あーっダメだよぉあずにゃん!これもりっちゃんと澪ちゃんの為なんだからぁ!」
「・・・それ、私も行かなきゃですか?」
「当たり前だよぉ。軽音部の合宿ってことになってるんだもん。」
「・・・だって、嫌な予感しかしませんよ・・・。」
「ちなみに場所はムギちゃんちの別荘です!」
「・・・・・・。」
ますます嫌な予感。
「いーっぱい遊ぼうね、あずにゃんっ!」
「・・・いや、さっそくズレてます。それに、軽音部の合宿って名目なら、練習しましょうよ。」
「バーベキューして~、夜は海岸をお散歩とか!」
「・・・聞いてない。」
「きっと、星が綺麗だよ~。」
楽しそうに話す唯先輩に、思わず笑みが零れる。
まったくもう、この人は。
「・・・ええ、そうですね。」
「うん!楽しみだね、あずにゃんっ!」
唯先輩がにゃんっにゃんっなんて言いながら、私の手を取り遊び始めた。
「りっちゃん達、上手くいくかな~?」
「・・・うーん、どうでしょう。・・・でも、澪先輩も律先輩が大好きですよ。だから、心配ないと思います。」
「ムギちゃんもおんなじ事言ってた。・・・私もそう思うよ。」
「はい。」
飽きたのか、今度は私の腕を取り自分の両肩に乗せると、腰を抱き寄せる。
ううっ、嫌じゃないけど、近いですね・・・。
「もっともーっと仲良しになれるといいね!」
「はい。」
「私達もね!」
「・・・はい。」
私と唯先輩のおでこがこつんとぶつかる。
身体も顔も、すごく近い。
「・・・あのね、ムギちゃんが言ってたんだ。」
「はい?」
「初めての時は、ちょっぴり怖くて、やっぱり勇気がいるって。・・・だから、だからね。」
「・・・・・・。」
「ありがとう、あずにゃん。」
頑張ってくれて、ありがとう。と、唯先輩は言った。
私は、声が出なくなってしまう。
ずるい。
不意打ちだ。
「昨日も、ありがとう。あずにゃんの気持ちが分かって、凄く、嬉しかったよ。」
初めての時行動を起こしてくれたのは、唯先輩だった。
少し手が震えていたのを覚えている。
昨日だって、結局私一人では何も出来なかった。
「今日も、助けてくれたし。ありがとねっ、あずにゃん!」
唯先輩だって昨日、私を助けてくれたじゃないですか。
「・・・私・・・わ、私も・・・。」
ありがとうと伝えたいのに、言葉が出ない。
「私・・・。」
「・・・うん。」
「あの・・・私、も・・・。」
「うん。」
けれど唯先輩は、伝わってるよと言う様に頷いて、私の頭を撫でてくれた。
そんな、言わなくても分かってるなんて顔されたら・・・。
言えなく、なっちゃうじゃないですか。
だから。
「ゆ、い、先輩。」
「うん?」
「・・・だい・・・すきです・・・。」
そう言って、目一杯抱きしめた。
ありがとうって気持ちをたくさん込めて。
「私も、大好きだよ!あずにゃん!」
唯先輩がそれに応えるように、私を強く抱きしめてくれる。
どうしよう。
私いま、すっごく幸せかもしれない。
変な騒動に巻き込まれてしまったけど、こんな未来が待っているのなら、それも悪くない。
そもそもの発端が自分であると気付いたけれど、そこは見なかったことにした。
こんな気持ちになれるって事、澪先輩に教えてあげたいな・・・。
「ところでさ、あずにゃん・・・。」
しばらくして、唯先輩が少し言い辛そうに口を開いた。
「はい?」
「・・・身体、平気?」
訊かれ、またもや私は赤面する。
「ま、またそれですかっ。・・・その、唯先輩・・・や、優しかったですし、大丈夫ですっ。もう、心配し過ぎですよ!」
「い、いや、あのね?そうだけど、そうじゃなくて・・・。」
「?な、何です?」
「あの、さ。昨日したし、今日は我慢しようと思ってたんだけど、ほら、1カ月くらい我慢してたから、その分もあってもう結構限界で・・・。身体が平気なら、いい、かな?とか。」
ラブが止まらないんだよ~なんて、唯先輩は叫んだ。
「うっ・・・。」
というか。
今日
お泊りが決まった時点で、私もそういう事を期待していたというか何というか、まぁ、あるかな~?なんて思っていたわけで・・・。
「・・・やっぱりダメ?」
「ううっ・・・。」
そんな、ちょっぴり情けない顔しないでくださいよ。
可愛いじゃないですか。
「・・・いい、ですよ・・・。」
いつも頑張ってくれている唯先輩に、少しでも応えたくて。
けれどやっぱり恥ずかしくなった私は、ふいっとそっぽを向いてしまう。
「あずにゃんっ・・・!」
「えっ!?わっ!!?」
そんな私をぎゅーっと抱え込んで、ベッドに倒れ込む唯先輩。
「ちょっ!危ないですよ!」
「えへへ~。ごめんね?」
「もう・・・。」
絶対思ってないでしょう。顔がでれでれです。
「あずにゃん・・・。」
唯先輩が額に口付けた。
「・・・ん。」
頬に、鼻に、瞼に口付けながら、私を抱き寄せる。
「キスしてい?」
「・・・ん。はい・・・。」
そして、唇。
唯先輩の温もりが、心地いい。
私も強く、唯先輩を抱き寄せた。
「すき。大好きだよ。あずにゃん。」
甘く温かな言葉が、耳をくすぐる。
嬉しくて恥ずかしかった初めても、ドタバタだった2度目も、そして今も。
これから先だってずっとずーっと、唯先輩がいい。
唯先輩に抱かれながら、そんな事を思った。
翌日。
携帯電話の着信音で、目が覚めた。
「はい。もしもし・・・。」
意識が覚醒しきっていなかった私は、誰からの着信なのか確認もせずに出てしまって。
『おはよう、梓ちゃん。』
「・・・・・・お、おはようございます。・・・ムギ、先輩・・・。」
思いっきり動揺。
『寝むそうだけど、大丈夫?起こしちゃった?もう12時だけd・・・はっ!もしかして昨夜は唯ちゃんとお楽しみだったのね!?そうなのね!!?』
「・・・切っていいですか?」
『ああ、待って!ごめんなさい!今度の3連休に合宿をするのだけど、行けるかな?と思って電話したの!唯ちゃんから聞いてるかしら!?』
「・・・ああ、はい、聞いてます。大丈夫だと思いますよ。」
『そう。良かったわ・・・。』
「はい。お世話になります。」
『・・・・・・。』
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
「・・・・・・あの?」
『・・・実は梓ちゃんに、折り入って頼みがあるの・・・。合宿の事は建前で、どうしても聞きたい事があって電話したのだけど・・・。』
「・・・・・・。」
『・・・唯ちゃんとの初夜を詳しく教えて欲しいの!!気になって気になって、私夜も眠れn「切りますね。」
『ああ!待って!!待って梓ちゃん!分かったわ!!』
「・・・・・・。」
『せめて、事前と事後の詳細だけでも教えて!事前事後の会話だけでもいいわ!後は勝手に妄想するかr・・・』
私は、携帯電話を放り投げた。
- いや、これ面白すぎなんですがww -- (名無しさん) 2011-02-02 00:59:34
- 合宿編まだー? -- (名無しさん) 2011-04-11 01:05:36
- こうゆうノリ好きです -- (鯖猫) 2013-08-17 03:17:21
- この5人のバランスが好きだわ -- (名無しさん) 2020-06-24 23:25:40
最終更新:2011年01月21日 21:35