あずにゃん、あ~んしてぇ。」
にこにこと嬉しそうに口を開けて待機する唯先輩。
ピンクオーラ全開でハートを飛ばしまくっている。
昨日無事に2度目を迎える事が出来た私達。唯先輩は、その余韻が冷めやらぬといった感じだ。
「・・・・・・。」
その気持ちは分かり過ぎるくらい分かります。私だって同じだ。けれど・・・。
私は無言で唯先輩のおでこを押さえた。
ステイです、唯先輩。てか空気読んで下さい。

昼休み。私と唯先輩は部室に召集されていた。
昼休みなのでお弁当持参。重苦しい雰囲気の中とりあえずお弁当を食べていたわけだけれ
ど、唯先輩は空気を読む気がゼロの様だった。
冷やかな視線が突き刺さる。
誰に召集されたかって。
「おーおー、仲のいいこって。」
それは昨日の騒動の1番の被害者、律先輩。
いや、1番の被害者は私だろうか。
昨日、澪先輩に唯先輩とのにゃんにゃんの事を相談していたらムギ先輩が乱入、そこから
色々あってムギ先輩が我を忘れ暴走する事態となり、私は追いかけ回される羽目になった。
途中、唯先輩と律先輩も加わり、3人でムギ先輩に追い回されたのだけれど、唯先輩が律
先輩を囮にして、私達2人は難を逃れたのだ。
訳も分からず追い回された上に囮にされた律先輩。
この上なく不幸である。
私は羞恥プレイと、恐怖に寿命が少し縮みはしたが、その後は唯先輩と心も身体も通じ合えて、結果おーらい。
うむ、やっぱり律先輩が一番の被害者ですね。
おまけに律先輩は、部室に1人取り残された澪先輩の回収にも尽力した。
私達がにゃんにゃんしている最中に。
いや、私も少しは協力しましたよ?澪先輩の事を律先輩にメールで知らせたり。
唯先輩も澪先輩にメールを送ってくれた。
その後は、返信のメールを読む余裕も無いほど、2人である事に没頭していましたが・・・。
だって。律先輩は自分に任せろって言うし、私達も今まで少しすれ違いがあったからその
分色々と盛り上がってしまって・・・。
「ぶぅ。あずにゃんのけちぃ。ちょっとくらいいいじゃん。」
唯先輩がぶーぶーと可愛い顔で文句をたれる。
勿論、昨日の事は私も唯先輩も謝った。
澪先輩も律先輩も許してくれて、ムギ先輩は私達に謝ってくれた。
しかし、許してはくれたものの、律先輩に事の詳細の説明を求められ・・・。
私達3人は、今こうして部室に集っているわけである。
まぁ、律先輩だけ事情を知らないのだから、その気持ちも分からなくはないけれど。
正直言って楽しい集まりではない。というか、かなり気が重い。
事の詳細ってつまりは、私と唯先輩のアレの話もしなくてはいけないのだから。
何が悲しくて軽音部員全員に私達のにゃんにゃん事情を知られなくてはならないのか。
そんな中、唯先輩は一人で楽しそうである。
理由は言わずもがなだ。昨日からあのテンションだし。
そりゃあ私だって嬉しい。昨日はお互いの気持ちを再確認できたし、1か月ぶりに触れ合えたのだ。
本音を言えば、私だっていちゃいちゃしたい。
けど、ほら。
ほら、見て下さい唯先輩。昨日迷惑を掛けてしまった律先輩のあのジト目を。幸せオーラ振り撒いてる場合じゃ・・・。
「じゃ、あずにゃんがあーんして。」
唯先輩がニコニコと卵焼きを差し出してきた。
うん。まったく見ていない。

「で、昨日の騒ぎは何だったんだ?ムギも澪も話してくれないし、訳が分からん。」
「・・・・・・。」
根負けして卵焼きをパクつく私に、律先輩が話を切り出した。唯先輩のことは放置することにしたらしい。賢明な判断だ。
私は卵焼きを飲み込む。
確かに、澪先輩は話せないと思う。説明するとなると、律先輩を誘惑なんちゃらって件も話さなければならなくなるし。
おまけに話の内容がにゃんにゃんの事だ。澪先輩が口にするにはハードルが高かろう。
ムギ先輩も、一応私達のプライバシーを尊重してくれたようである。
「や、ちょっと色々ありまして・・・。」
今度はウインナーを差し出す唯先輩を押さえながら、私は語尾を弱めた。
「だから、色々ってなんだよ。なんで梓はムギに追われてたんだ?」
「そ、それは・・・。」
言えない。
澪先輩に唯先輩とのにゃんにゃんについて相談、そこにムギ先輩も加わり、3人で2人を
誘惑する話をしてて、そこから逃げ出そうとしたら追い掛けられた、なんて言えない。
「3人でちょっと話をしてたんですけど、私がそこから逃げようとしたら追い掛けられて・・・。」
「話?ってなんだよ。逃げたくなるような話ってどんなだよ。・・・そういえば、部室行
こうとしたら、ムギに今日の部活は中止とか言われて帰らせられたんだよな。なんだったんだ?あれも関係あるのか?」
うううっ・・・。
私はウインナーを噛みしめる。
「ちょっと、恋愛的な相談をしてたんです・・・。」
とりあえず、にゃんにゃんと澪先輩の話には触れない方向で話を進めたい。
澪先輩が律先輩と進展したいと思っている事は、私が言っていい話ではないと思うし、そ
れににゃんにゃんの話なんて、私が恥ずかし過ぎる。
澪先輩の事は、唯先輩にも話していなかった。
「恋愛って、唯の事・・・だよな?」
「はい。だからムギ先輩は気を利かせてくれたんだと思います。」
「え?私?」
「いいから唯先輩はこれでも食べてて下さい。」
私は唯先輩の口に唐揚げを押し込んだ。
「なるほど、それで帰らせられたわけだ。」
「ところで律先輩は昨日どうやってムギ先輩の暴走を止めたんですか?」
「ああ、梓がいなくなったからなのか、結構あっさりと正気に戻ったぞー。しばらくは走らされたけどなぁ。」
「それは、本当にすいませんでした。」
私は頭を下げる。
「いやまぁ、それはもういいって。ムギと梓を離したのは結果的に良かったと思うし。じ
ゃなかったらいつまでも追い駆けられあああぁぁぁっかゆいっ!!!・・・てたかもしれないしな。」
話の合間になにやら意味の分からない叫びが入ったのは、私が唯先輩の汚れた口元を拭いていたからなのか、そうでないのか。
だって、口元が汚れていたら気になるじゃないですか。
しかし唯先輩。昨日は「りっちゃんなら大丈夫」としか言っていなかったけど、もしかしたらそこまで考えていたのかもしれない。
ムギ先輩は私を追っていた。そのムギ先輩から私を遠ざければ事態は収拾に向かうのではないかと。
「あずにゃん、もいっこ唐揚げちょうだい♪」
って、そんなわけないか。
「んーおいひ~。」
「・・・・・・。」
う~ん。・・・どうなんだろ?
「で、恋愛相談ってなんなんだ?お前らに相談するような問題なんてあるのかよ?はっきり言って見当たらないんだけど。」
「うぐっ・・・。」
話を逸らせたと思ったのに軌道修正されてしまった。
「いや、それはちょっと・・・。」
言えない。唯先輩と初めてごにょごにょしてから1カ月も経つのにキス以上の事が無くて
、それが不安で澪先輩に相談、昨日律先輩が大変な目に合っている時にその問題ももう色
々と解決しちゃいました~、なんて言えない。

と、思っていたのに。

「1カ月くらいえっちぃ事してなかったからだよ~。」

「「・・・・・・はぁ?」」
私と律先輩の声が見事にシンクロする。

あっさりと暴露してくれちゃってる唯先輩に、私は耳を疑った。
え?今なんて言った?
ごめんなさいよく聞こえなかtt・・・。
「1カ月くらいえっちぃ事してn「にゃあああぁぁぁぁあぁぁっっ!!!」
私達が聞き取れなかったと判断したのか、もう一度繰り返そうとする唯先輩の言葉を、私は叫び声で遮った。
「・・・・・・。」
静まり返る室内。
一拍置いて振り返ると、そこには顔を引き攣らせる律先輩がいた。
「・・・え?何?どういう・・・こと?」
ああ、聞いちゃったんですね。聞こえちゃったんですね。そりゃ聞こえますよね~。
私はがっくりと肩を落とした。
「どしたの?あずにゃん?」
項垂れる私の頭を、唯先輩がよしよしと優しく撫でる。
どしたの?じゃない。
「えと・・・。もしかしてお前ら、もうそういう事する仲なの・・・?」
「えへへ。うん、そだよー。」
「うわああぁぁぁんっ!もういいじゃないですかその話はーーーーーっ!!!」
唯先輩もさっくりと肯定しないで下さい!さっくりとぉぉっ!!
私の苦労が水泡に帰した。
今までろくに話を聞いていなかったのに、何故このタイミングで入ってくるのか。
「私としてはあずにゃんの事もあずにゃんとの関係も大事にしたかったから我慢してた部
分もあったんだけど、それが逆にあずにゃんを不安にさせちゃったみたい。」
「ふにゃあああぁぁぁぁっ!!」
唯先輩は照れたように笑い、私は悲痛な叫び声を上げる。
ううう・・・恥ずかしい・・・。死にたい・・・。絶っ対からかわれる・・・!

しかし。

「もしかしてお前ら、もうそういう事する仲なの?」
「え?うん。」
?あ、れ・・・?
「もしかしてお前ら、もうそういう事する仲なの?」
「え?えと・・・う、うん・・・。」
「・・・・・・。」
律先輩の様子がおかしい。壊れたラジオみたいになっている。
唯先輩もさすがに戸惑っているようだ。
「お前ら、もうそういう事する仲なのか?」
「「・・・・・・。」」
真顔が怖い。
私達が押し黙っていると、ふうっと律先輩が息を吐いた。
「唯と梓は、付き合ってどれくらいだっけ?」
律先輩の問いに私達は顔を見合わせる。
「・・・もうちょっとで半年、です・・・。」
唯先輩が答えた。
「あはは、半年か。そうか半年か。あはははは。」
怖い。
「私なんて・・・えーと、3年?付き合ってもう3年以上だぞ?なのに・・・。あはは、笑っちゃうな。」
「「・・・・・・。」」
笑えない。すっかり羞恥が吹き飛んだ。
つまりあれですか?私達は付き合って半年も経たないうちに進展したのに、自分達は3年
以上も付き合って未だ進展がなく、やりきれない気持ちでいっぱいだと。そういうことですか。
「え?もしかしてりっちゃんと澪ちゃんってまだだったの?」
「・・・・・・!」
唯先輩の一言に、律先輩がぴくりと肩を揺らした。
唯先輩、たぶん今それ禁句です。ああ、天然って恐ろしい。ここは黙って聞く場面でしょうに。
「わ、悪いか!?私達はお前らとは違うんだ!清らかで真剣な付き合いなんだよ!」
案の定律先輩が吠えた。

「!?私達だって清らかで真剣なお付き合いだよ!?」
意外にも唯先輩がそれに応戦する。
「私達の付き合いは純愛なんだ!ピュアなんだ!イノセントらぶなんだ!お前達と一緒にするな!」
「私達だってそうだよ!いのせんとって何だっけ!?」
「やる事やってて何がピュアだよ!?」
「純粋に愛してるからするんだよ!純愛だよ!」
えーと・・・。口を挟む隙がない。
というか、言ってて恥ずかしくないですか?私は恥ずかしいです。
「言いたい事は分かるし理解できるけど認めたくないっ!!とにかく学生の本分は勉学
だ!異sじゃなくて、同性に現を抜かしてちゃいかん!!」
「勉強なんて元々してないもん!りっちゃんだってそうじゃん!」
確かに説得力無い。しかし、言い切らないで下さいよ、唯先輩。
「私が言いたいのは、学生にはまだ早いってことだよ!」
「そんなことないよ!愛し合う2人に年なんて関係ないよ!!」
「ああっ!かゆい!!」
律先輩が首を掻き毟る。
「りっちゃんは澪ちゃんとそーゆー事したくないの!?」
「っ!・・・ぜ、全然!!私はまだそんなの考えた事もない!!」
「ほんとは!?」
「すいませんしたいです!!」
折れるの早っ!
「だよね!そうだよね!?好きだったらちゅーとか色々したくなるよね!?」
「当たり前だろ!・・・なのに澪がっ・・・!!」
「大事なのは付き合った期間じゃないよ!年じゃないよ!」
「そうだそうだ!学生だって健全じゃない事したいんだ!」
「大事なのは、大好きって気持ちなんだよ!」
唯先輩は拳を掲げ力説する。
何この展開。
「私はあずにゃんが大好きなんですっ!!」
「私だって澪が大好きだっ!!」
まぁとりあえず。
私は唯先輩が大好きです!

バンッ!「私は百合が大好きよっ!!!」

「「「・・・・・・。」」」
室内が水を打ったように静まり返った。

全員が唖然とする中、扉の開け方は昨日で学んだらしいムギ先輩がゆったりとした足取り
でこちらに近づいてくる。
「私、女の子同士って、凄くいいと思うの。」
「「「・・・・・・。」」」
口にせずとも、あなたの嗜好はみんな知っている。
ムギ先輩は律先輩の両手をぎゅっと掴むと目を輝かせて言った。
「りっちゃん!私、相談に乗るわ!」
既視感。
最早、嫌な予感しかしなかった。


放課後、何故か私は澪先輩と帰路についていた。
明日は学校が休みなので、今日はこのまま唯先輩の家にお泊りの予定だったのにおかしい。
部活が終わったら放課後デートして、その後私の家へ回り、お泊りの準備をしてから唯先
輩のおうちへGO。のはずだった。
「・・・・・・。」
一体何をどう間違ったのだろう。
結局、律先輩には昨日の騒動の全容を知られ、私と唯先輩のにゃんにゃん事情は白日の下に晒された。泣きたい。
ただ、澪先輩の事だけは私もムギ先輩も話さなかったけれど。
やはり澪先輩の気持ちは、澪先輩が律先輩に直接伝えた方がいいと思ったから。
ムギ先輩もそこは私と同じ考えのようだった。
ああ、それにしても。
私は大きく溜息を吐く。

すごく、不安だ。

何がって、今頃は唯先輩と律先輩とムギ先輩の3人で、昨日の私達のような話し合いをしているだろうから。
澪先輩には、みんな用事があるから今日の部活は休みと伝えていたけれど、その実は3人でお昼休みの続きをするらしい。
私は何故だか会合には参加しなくてもいいようで、澪先輩を託された。
昨日あんな目に合ったのだし、それは嬉しいような、でもちょっと悲しいような。
また変な騒ぎとか起きなければいいけど。
あの3人であの手の話し合いなど、ろくなことにならないに決まっている。
唯先輩は、『愛しのあの子とふわふわ時間!輝けりっちゃん作戦第二弾!!』なんて言ってすごく張り切っていた。
正直、不安要素のひとつである。
一応唯先輩には、変な事は言わないようにと釘を刺しておいたけど。
例えば、私達のアレな事とかソレな事とか。
ムギ先輩のことだ、そういう流れに話を持っていく気がしないでもない。
唯先輩も大っぴらに惚気話とかしそうだし・・・。
何はともあれ、色々と心配である。

「どうした?梓。」
澪先輩の声に、私ははっとして顔を上げた。
さっきまで澪先輩と軽音部の事や音楽の事について話していたのに、気付いたら1人で考え込んでしまっていた。
「あ、いえ。何でもないですっ。」
慌てて、ぱたぱたと手を振る。
「まぁ、梓の気持ちは分かるよ。ここ最近まともに練習してないしな。」
言って、澪先輩はやれやれというように苦笑いを零した。
「へ?・・・あ、ええ、そうですね。」
たぶん不安と心配が顔に出ていたのだろう。けれど澪先輩は、その表情の陰りを最近の軽
音部の活動内容に対する不満からくるものだと取ったようだ。
普段練習練習と口煩い私だから、そういう勘違いをしても仕様がないと思うけど・・・。
正直、耳が痛いです。
「で、でも、用事なら仕方ないですよっ。」
とりあえず話を合わせる私。
軽音部が真面目に練習しないのはいつもの事だし、澪先輩もそんなつもりで言ったわけではないと分かっている。
でも、昨日の騒動と今日の事に少なからず絡んでいる私にとっては、何とも耳の痛い話だ。
「ところで、さ。梓。」
「あ、はい。何ですか?」
再度呼ばれ、私は顔を上げる。
見ると、何故か澪先輩が頬を染めてもじもじしていた。
「なんか、昨日今日ってばたばたしてて、ちゃんと聞けなかったけど・・・。その、唯とは、うまくいったんだよな?」
「えっ!?」
澪先輩の言葉に、私の顔の熱も一気に上昇した。
昨日の唯先輩との情事が脳内にフラッシュバックする。
「昨日、ほ、ほら、色々言ってただろ?」
「え、えと、・・・は、はぁ。」
2人してもじもじもじ。
「唯は朝からずっとご機嫌だし、2人の雰囲気も、ちょっと違う気がしたから、うまくい
ったんだろうなって思ってたんだけど・・・。」
「・・・・・・。」
な、なんか恥ずかしい・・・。
でも、澪先輩には昨日色々聞いてもらったわけだから、きちんと報告はするべきだろう。
きっと、心配も掛けてしまった。
「えと・・・。お陰様で、問題は解決したというか、ちゃんと話し合いました。・・・唯
先輩、私を大事にしたかったからだって言ってくれて・・・。澪先輩にはほんと、心配とご迷惑をお掛けしましたっ。」
私はぺこりと頭を下げる。
「いや、迷惑なんて・・・。でも、良かったな、梓。」
にっこりと微笑む澪先輩。
その笑顔に、喜びと安堵が窺えた。
澪先輩が心からそう思ってくれているのだと伝わって。
「はいっ。」
私は嬉しくなり、元気にそう言うと澪先輩に笑顔を返した。


その頃。
部室では私とりっちゃんとムギちゃんが、お菓子と紅茶を前に顔を突き合わせていた。
第一回『愛しのあの子とふわふわ時間!輝けりっちゃん作戦第二弾!!』の作戦会議である。
けれど、会議が始まるや否や。
「・・・・・・いや~、あのさ。私別に、そこまで切羽詰まってるわけじゃあないんだけ
ど~・・・。相手は澪だし、まぁ気長に待とうかなぁみたいな~・・・。」
りっちゃんがおずおずとそんな発言をした。
「ダメよりっちゃん!そんな弱気でどうするの!?」
どうやらあまり乗り気ではない様子のりっちゃんに、ムギちゃんの厳しい声が飛ぶ。
おお、気合十分だ。
「そうだよりっちゃん!!りっちゃんの悩みはみんなの悩みだもん!一緒に乗り越えよう!?」
私もムギちゃんに続いた。
「えぇー・・・?」
早くもお疲れ気味なりっちゃんには気付かず、私はフンスと気合を入れる。
本当は今日はあずにゃんとデートの予定だったけど、これも親友達の幸せの為。
がんばっちゃうよ!私!
あずにゃんお泊りには来てくれるから、デート出来なかった分お家でいっぱいいちゃいちゃしよう。
ぎゅってしたり、すりすりしたり、いっぱいちゅーしたり。
そっちもがんばっちゃうよ!私!
「・・・・・・。ところでムギちゃん。」
「なぁに?唯ちゃん。」
「なんであずにゃんはこの会議に参加しちゃダメなの?」
今更だけど、私はふと浮かんだ疑問を口にした。
「ああ、それは、梓ちゃんが受けだからよ。」
「・・・ウケ?」
「そう。梓ちゃんは基本的に受け身なタイプだと思うの。」
「・・・ふ~ん・・・?」
「・・・でもまぁ、私としてはリバでも全然ありなんだけどね・・・。」
「え?」
「・・・そうね、ヘタレ攻めなんかいいわね。唯ちゃんの天然に痺れを切らして頑張って
誘う梓ちゃん。けど結局は唯ちゃんのペースになって押し倒されちゃうとか・・・。ああ
っダメよ!それじゃ誘い受けだわ!!そこはやっぱり梓ちゃんにもうちょっと頑張っても
らって・・・。・・・でも、唯ちゃんの天然攻めも捨て難いっ・・・!ここはそうね、・
    • 梓ちゃんの誘い受けと唯ちゃんの天然攻めのち梓ちゃんのヘタレ攻めという展開が・・・。」
「「・・・・・・。」」
なんだろう。ムギちゃんがすごく遠い。
で、結局どういう事かというと、私とりっちゃんはどちらかといえばリードする側で、私
がりっちゃんにアドバイスするのがいいんじゃないかって事らしい。
それにあずにゃんがいたら私も色々と話し辛いだろうって。
でも、あずにゃんしっかり者だし、普段は私の方がリードされてるんじゃないかな~?
そう言ったら、唯ちゃんはここぞという場面で引っ張っていける天然主人公型よ!とムギちゃんに力説された。
ムギちゃんは、あずにゃんと澪ちゃんが似たタイプだとも言っていた。
あずにゃんを落とした私のアドバイスがあれば澪ちゃんも攻略できると。
確かに2人とも、真面目で、しっかりしてて、恥ずかしがり屋だけど、そんなに似ているだろうか。
「で、どうだったのかしら、唯ちゃん。」
「ほえ?何が?」
「梓ちゃんとの初体験よ。」
「ぶふうぅぅぅーーーーーっ!!!」
りっちゃんが紅茶を噴いた。
「いやっムギっ!そこまで聞くのはどうかとっ・・・!」
「りっちゃんは黙ってて!!今大事なところなんだから!」
ムギちゃんがぴしゃりと言う。
なんか、今日のムギちゃんはちょっぴり怖い。
「えとね、それはやっぱり嬉しかったよ?だって私、あずにゃんの事大好きだもん。」
「唯ちゃんが押し倒したのよね?」
「え?あ、うん。」
私はこくりと頷いた。
その事の一体どこがどう大事なのかよく分からないけれど、とりあえず頷いた。
「・・・どう?りっちゃん。」
「・・・・・・。・・・えっ私!?ってか何が!?どう?ってなんだよ!?」
突然話を振られ、動揺するりっちゃん。
うん。私も分からないよ。
「澪ちゃんもね、そういう事にまったく興味がないわけじゃないと思うの。ただ、初めて
はやっぱり少し怖いし、踏み出す勇気が持てないんじゃないかな。だって澪ちゃん、りっ
ちゃんの事大好きだもの。嫌なはずないわ。」
ムギちゃんは、そう言うとふわりと微笑んだ。
さっきまでのアレな雰囲気が嘘のように。
「・・・ムギ。」
「・・・ムギちゃん。」
「りっちゃんも、澪ちゃんの事大好きよね?」
「・・・そ、そりゃあ・・・。」
好きだよと、りっちゃんが小さく呟く。
「じゃあ、信じて頑張ってみるのはどう?唯ちゃんも、梓ちゃんを信じて勇気を出して頑
張ったはずよ。・・・りっちゃんも、勇気の持てない澪ちゃんを上手くリードしてあげれば・・・ね?」
「・・・・・・。」
「がばーーっ!っと行けば・・・ね?」
「「・・・・・・。」」
なんかムギちゃんが時々違う。
「・・・でもそうね、いきなり押し倒して来いって言っても少し無理があると思うわ。」
そう言ってムギちゃんは、徐に肘を付き両手の指を交差させた。
私達2人をしばし眺め。
そして、ゆっくりと口を開く。
「・・・そこで、私に一つ提案があるの。」


学校を出てそろそろ1時間くらい経つだろうか。
私と澪先輩は、とあるファミリーレストランに来ていた。
目の前には、律がぁ律がぁっ、と愚痴やら惚気やらを延々と語り続ける澪先輩。
「最近はキスもあんまりしてくれないんだっ。私も嫌がる素振りとかしちゃうのがいけな
いんだけど、でもそこはもっとこう強引にきてくれてもいいと思わないかっ?私の性格も
分かってるんだし。・・・なぁ、分かるだろ!?・・・けど、律は優しいから、そんなこ
としないんだ・・・。うん、律は優しい・・・。この間なんか―――」
こう言っては失礼だが、まるで酔っ払いの様だ。
「・・・・・・。」
何故こうなったのか。
そうだ。
謝罪と感謝の意味も込めて、私が澪先輩の相談に乗ると言ったんでした。
昨日の話し合いも中途半端で終わってしまったし、私に出来る事があればと。
最初は普通に話していたはずなのに、いつの間にやらこうなっていた。
「でも律はちっとも気付いてくれないんだっ。優しいけど鈍感なところもあって―――」
「・・・・・・。」
私はふと窓の外を眺める。
綺麗な青が広がっていた。
暖かな陽気に、外を歩く人々の足取りもどこか楽しげで。
ぷかぷかとひとつだけのん気に浮かんでいる雲が、まるで唯先輩のようで、思わず笑みが零れる。
こんな日は唯先輩と2人でのんびりとお出掛けしたいな。
目的もなくプラプラと街を歩いたり。
手を繋ぐ・・・のは、ちょっと恥ずかしいかな・・・。嬉しいけど。
でも、唯先輩ならきっと、当たり前みたいに手を繋いじゃうんだろうな。
アイスを食べたり、公園をお散歩したり、カフェでまったりとかもいいかもしれn「聞いてるかぁ!?梓ぁぁ!!」
「ああっはいっ!聞いてますっ!」
妄想が儚く消し飛んだ。
なんかすいません。軽く現実逃避してましたすいません。
「それで律がその時―――」
再び語り始める澪先輩。まだまだ終わりそうにない。
私は小さく溜息を零す。
相談に乗るのなら、もっとちゃんと乗りたかった。
こうやって惚気とかを聞くのも相談のうちかもしれないけれど。
普段お世話になっているのだし、少しくらい役に立ちたかったんだけどな・・・。
なんだろう。私の理想とは裏腹に、おかしな方向に転がっている気がするし。
はぁ。無意識にまた、溜息を吐く。
と。
「・・・ん?」
私は顔を上げた。
今、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
なんか遠くの方で「ほわあああぁぁぁあぁぁっ!!」って。
小さく辺りを見渡してみる。
けれど、声の主を見つけることはできなかった。
というか、声の主と思しき人物は、今部室で話し合いをしているはずだし、こんな所にい
るわけがないんだけれども。
澪先輩も声に気付いた様子はなくしゃべり続けているし、きっと空耳か何かだろう。
そう思って私が視線を正面に戻すと。

唯先輩とムギ先輩が一瞬だけ視界に入り、そして消えていった。

「え。」
思わず声が漏れてしまう。
澪先輩はガラス窓を背にしているので気付かなかっただろう。
しかし、澪先輩の向かい側に座っている私はばっちりと目撃してしまった。

今、唯先輩とムギ先輩が、外を駆け抜けて行った。
唯先輩が追われるかたちで。

それは本当に一瞬の出来事。
およそ2秒弱ほどだろうか。
その間。
唯先輩は、すぐに私に気が付いた。と思う。
そして、アイコンタクトで伝えてきた。ような気がした。
“タ ス ケ テ”と。
私は唯先輩から、そのすぐ後ろのムギ先輩に視線を移す。
髪を振り乱し口元には笑みを浮かべるムギ先輩。
自分が見てはいけないものを見てしまったと、瞬時に悟った。
それはまさに、昨日の悪夢そのもの。
私は唯先輩に視線を戻し、生温かい眼差しで伝えた。つもり。
“ム リ デ ス”
唯先輩はがごーんとショック受けたような顔をしてフェードアウトしていった。

「・・・・・・。」
私は無言で紅茶を啜る。
こんな日は、ファミレスで酔っ払いのような澪先輩の相手をするのも悪くない。
心の底からそう思えた。
だって。訳が分からない。
唯先輩がムギ先輩に追われている。昨日の私の様に。何故だ。
いや、大体想像はつくんだけど、分かりたくないというのが本音である。
ムギ先輩、反省してるって言いましたよね?
これからは気を付けるって言ってましたよね!?
なのに何故また昨日と同じ展開になったのか。
まぁここは見なかった事にした方がいいと、それだけは分かるのだけれど。
「・・・・・・。」
そう。関わらないのが一番だ。
私は小さく頷きながら、カップに口付けた。
私は何も見なかった。何も聞かなかったんだ。
そうだ。何も・・・何も・・・。
「・・・・・・。」
―――って。
「ああっ、もうっ。」
私は勢いよく立ち上がる。
私の大事な人が、なんか凄い人(ムギ先輩だけど)に追われているのに、見なかった振りなんてできますかっ!
「あ、梓?」
急に立ち上がった私に驚く澪先輩。
「すいません澪先輩っ。私ちょっと行ってきますっ。」
出来れば澪先輩は巻き込みたくなかった。
澪先輩のことだから、あのムギ先輩に追われでもしたら、卒倒してしまう。
「え!?どこに・・・。」
「すいませんっ!」
そう言い残すと、私は店を出た。


「梓っ!」
外に出てすぐ名を呼ばれ、私は振り返る。
「律先輩っ!?」
そこには、息も絶え絶えの律先輩がいた。
「い、今、唯達がこっちに、来なかったか?」
「ええ、来ましたけど・・・。というか一体どうしたんですか?何があったんです?唯先
輩とムギ先輩が今物凄い勢いで駆け抜けて行きましたけど。」
「・・・ムギが・・・覚醒した。」
律先輩のおでこがキラリと光る。
「は?」
「いや、最初はまぁ普通に・・・でもないけど、話してたんだけどさ、途中ムギが唯と梓
の、その・・・アレな話を詳しく聞きたがって、嫌がった唯が逃げたんだ。」
「・・・・・・。」
で、ムギ先輩が昨日に引き続きまた暴走したと。
やっぱりか。と思う。
やっぱりろくな事にならなかった。
こうなった経緯さえも、予想通りというか何というか、呆れて返す言葉もない。
律先輩は、2人の事が心配で後を追ってきてくれたようだ。
「・・・・・・とりあえず、追いましょうか。」
言いたい事は山ほどある。けれど今は。
「ああ、そうだな。あのままにしとくわけにもいかないし。」
律先輩の息が落ち着くのを待って、私達は2人の捜索を開始した。


捜索開始から20分。
私達はまだ2人を見つけられずにいた。
「いませんね。」
「だなぁ。」
時々叫び声は聞こえていたのだけれど、今はもうその声さえ聞こえない。
「ゆーいー。どこだー?」
律先輩なんてゴミ箱の中まで探している。
いや、そんな所にいてたまりますか。
「もしかしたら、ムギ正気に戻ったんじゃないか?」
細い路地を覗き込みながら、律先輩がふとそんな事を口にした。
私はしばし思案する。
「・・・だったらいいんですけど。どうでしょう・・・。」
それは有り得なくもない。けれど・・・。
「ほら、唯がどっかに隠れたとか。」
「でも、どっちにしろ探さないとですよね。」
少なくとも、唯先p・・・いや、2人の無事を確認しなくてはならない。
「あぁ・・・、まぁそうなるなー・・・。」
手掛かりさえも掴めないこの状況に苛立ってか、律先輩がガシガシと頭を掻く。
ここは一先ず学校へ戻った方がいいだろうか。
ムギ先輩が正気に戻ったにしろ、唯先輩が逃げ切ったにしろ、荷物も置いたままだし、一度は学校に戻るはずだ。
いや、唯先輩が家に戻った可能性もあるし、私はそっちへ・・・。
「けど、こうやって闇雲に探しても見つからないんじゃないか?とりあえず一旦学校に戻・・・。」

その時。

「ふおおおぉぉおぉぉぉぉっ!!!」
遠くで何やら叫び声が聞こえた。

「「・・・・・・。」」
私と律先輩は顔を見合わせる。
聞き覚えがある上にこの必死感の伝わってくる叫び声は・・・。
「・・・嫌な予感がするな。」
「・・・そうですね。」
というかまだ走ってたんですか。
私も、さすがにもうそれはないかな、なんて思いはじめてましたよ。唯先輩結構体力あるんですね。
「・・・だんだん近づいて来るな。」
「・・・あの角ですかね?」
小さく空を仰ぐ律先輩に、私は十字路にあるパン屋の角を指差した。
不思議と冷静な私達。
「のおおおぉぉぉおぉぉっっ!!」
そして、そんな私達の前に、豪快な足音と共に渦中の2人が現れた。
私が指差した角から物凄い勢いで現れた唯先輩とムギ先輩は、その勢いのままこちらへと向かってくる。
なんか、すっごい走ってる。
こんな大通りで迷惑この上ない。
ああ、唯先輩涙目になっちゃって・・・。
今私が・・・。
「・・・・・・。」
え?私が?
「・・・って、どうするんですか?」
私は隣りの律先輩に問うた。
「へ?」
律先輩が少々間の抜けた声を返してくる。
いや、だから、見つけたはいいけど。
「どうやって助けるんですか?」
唯先輩を救出し、尚且つ荒ぶるムギ先輩を鎮めなければならない。
どうやって?
その事に、今更ながら思い至った。
「・・・・・・え?」
律先輩の額を汗が伝う。
そうこうしている間にも、2人は確実にこちらに近づいてきていた。
「あっ!あずにゃんっ!!りっちゃんもっ!!」
唯先輩が私達に気が付いた。
猛スピードで近づいてくる唯先輩。
けれど、唯先輩がこっちに来るということは、すなわち後ろにいるムギ先輩もついて来るわけで・・・。
唯先輩が感動の表情で私に向かって両手を広げる。
え?あ、いや、あの・・・。
「やっぱり助けに来てくれたんだねっ!!?信じてたよっあずにゃああぁぁあれええええ
えぇぇぇえぇっっ!!!??」
しかし、唯先輩の腕は悲しくも空を切った。
歓喜の声も、悲鳴へと変化する。
私は避けた。
律先輩も避けた。
素早く、壁に張り付くように。
「なんで避けるのおおおぉぉぉおぉぉぉっっ!!!」
唯先輩が悲痛な叫び声を上げながら走り去って行く。ムギ先輩も。
私達は、遠退いていく嵐を呆然と眺めながら立ち尽くした。

「「・・・・・・。」」

だって。・・・・・・だって!!
なんか唯先輩の後ろから物凄い人がっ!!
怖いじゃないですかぁぁぁっ!!
生身でアレに立ち向かうなんて無理ですっ!
ああっでも、唯先輩はそんなムギ先輩から昨日私を助けてくれたのだ。
「・・・お、追いましょう!」
なけなしの勇気を振り絞って、私は律先輩に声を掛けた。
「え!?・・・あ、おおっ!」
私の声に、まだ呆然としていた律先輩が、はっと我に返り頷く。

ああもう、なんでこんな事に・・・。
唯先輩との楽しい放課後デートが、悪夢とすり替わったこの事実を、嘆かずにはいられない。

そして、本来なら幸せいっぱいだったはずの穏やかな午後、私は律先輩と共に、今日も街中を疾走するのだった。

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最終更新:2011年01月21日 19:50