「はぁ、満員電車は疲れるよ……」
朝からあんなものに乗るなんておかしーし……、なんて言っている訳にもいかない。
ちらっと腕時計を見ると、8時21分だった。
「は、早く行かないと遅刻しちゃう!」
私は急いで駅の改札を出て、街中を走りだした。
「はっ……、はっ……」
しかし、こう急いでいる時に限って、信号が赤なんだよねぇ……。
早く変わらないかなぁ……。
「あっ、変わった!」
歩道の信号機が赤から青に変わった瞬間、私はまた駆けだしていた。
「み、見えてきた!」
私の目指しているビルが視界に入ってきた。
「時間は……、何とか間に合いそうだぁ」
私は息も絶え絶えにビルの中に入った。
「ま、間に合ったぁ……」
「平沢さん、ギリギリだったねぇ」
「す、すみません……」
「はい」
ニヤニヤしながら吉田さんがコーヒーをくれた。
「ありがとうございま……、あちっ!」
「慌てないの」
「は、はひ……」
そろそろと甘めのコーヒーをもらって、一息ついた。
「さて、お仕事お仕事~」
机に向かって、パソコンを立ち上げる。最近は仕事の手際もよくなって、あんまり怒られなくなった。
「平沢さん、ちょっと」
「はい!」
佳紀さんが呼んでいる。
「何でしょうか」
「こいつのコピー、3部頼む」
「わかりました」
原稿をもって、コピー機に向かう。
「えっと……、3部だよね」
コピーをしようと機械をいじるけど、どうもうまくいかない。
「これだっけ……。あれ? 違うなぁ……」
コンビニのコピー機ならまだわかるんだけどなぁ……。
悪戦苦闘していると、誰かに肩を叩かれた。
「あっ、石原さん……」
私の隣に座っている石原さんだった。
「大丈夫?」
「あ、大丈夫……ではないです」
こういう時は素直に言っておく方がいい。
「ははは。コピーしたいんだろ?」
「は、はい……」
「ちょっと待ってな」
石原さんはてきぱきとスイッチを押して、私の持っていた原稿をスキャナの中に入れた。
「で、何部印刷するんだ?」
「3部です」
「3部……、と。これでよし」
数秒もすると、コピー機から印刷されたものが出てきた。
「はい」
「ありがとうございます……」
「いいって。また何かあったら呼んで」
「はい。ありがとうございます」
いやぁ、石原さん頼りになるなぁ……。
「あっ、早く資料を届けないと」
私は佳紀さんの所へ急いだ。

「ふぅ、そろそろ一息入れようかな……」
かれこれ4時間ぐらいはデスクワークをしている。
さすがに疲れたぁ……。
軽く伸びをして、腕時計を見るともうお昼だった。
「もうお昼か……」
周りを見ると、お弁当を出したり外へ出かけようとしている人がちらほらと見える。
「平沢さん」
「はい、何でしょうか」
吉田さんがちょいちょいと私を手招きする。
「お昼、まだでしょ? 今から行くんだけど、どう?」
「すみません、私お弁当持っているんで……」
「大丈夫。社員食堂だから、一緒に食べましょう」
「そういうことでしたら行きます!」
私は自分のデスクに戻り、カバンを開けた。
プルル……、プルル……。
「あ、内線だ。もしもし」
『平沢さん、入り口にお客さんだよ』
「えっ、私に? わかりました」
ガチャッ。
「どうしたの?」
「私にお客さんのようで、ちょっと行ってきます」
会社にお客さん? 誰だろう……。
フロアの入口に向かうと、綺麗な黒髪が見えた。
「あっ! あずにゃん!」
くるりと振り向くと、程よく伸びた綺麗な黒髪が舞う。
「もう、外でそれ呼ばないでくださいって言っているのに……」
「ご、ごめんごめん……。で、どうしたの? 急に」
「はい」
あずにゃんが後ろから何かを取り出して、私に渡す。
「えっ……?」
それは私のお弁当だった。
「お弁当、忘れてましたよ?」
「う、嘘っ!?」
「気づいていなかったんですか?」
「ぜ、全然気づかなかった……」
あずにゃんがはぁ……とため息を漏らした。
「さすがに気づいていると思っていたんですけど……」
「あ、あはは……。でも、これからお昼だからいいタイミングだったよ!」
「そりゃよかったです」
「ありがとう、あずにゃん」
「だ~か~らぁ……」
「あっ、ごめんなさい……」
高校生の時からずっとあずにゃんって呼んでいるから癖が抜けないんだよねぇ……。
「まったく、唯ったら……」
「でも、あずにゃんの方が呼びやすいんだもん」
「私は恥ずかしいんです!」
「えぇ? かわいいじゃん」
「25にもなって、あずにゃんとか言われたくないです」
「かわいいと思うんだけどなぁ……」
「せめて、家だけにしてくださいよ……」
「ど、努力します……」

ぷんぷん怒っているあずにゃんもかわいいなぁ……。
「じゃあ、私帰りますね」
「うん、気をつけてね」
「唯じゃありませんから大丈夫です」
「ひ、ひどいよ、あずにゃん……」
あずにゃんはくすりと笑うと、そのまま私に近寄る。
「な、何?」
「お仕事、頑張ってね? ……ちゅっ」
「!?」
い、今……、ほ、ほっぺに……、ち……ち……!
「じ、じゃあ帰ります!」
あずにゃんは慌ててその場を去っていった……。
ぽかーんとして立ち尽くしていると、吉田さんがこそこそと寄ってきた。
「平沢さん、あの人……」
吉田さんが恐る恐る聞いてくる。
「あ……。あぁ! わ、私の嫁です!」フンス!
「えっ!?」
あ、あれ? 何だか周りのみんな凍りついているんですけど……。何故?
「け、結婚してたの……?」
「は、はい……」
左手の薬指に指輪だってしているんだけどなぁ……。
「みなさん気づいているものかと……」
そう呟くと、何人かの男性社員がため息と共にうな垂れ、女性社員がぱあぁ……と言った感じできらきらと見つめてくる。
「あ、お弁当来ましたんで、食堂の方に行きましょうか」
「あ、うん……」
吉田さんが何だか元気が無くなっている。どうしたんだろう……?
「いっただっきまぁ~す」
あずにゃん特性の愛妻弁当を開けると、豚の生姜焼き、ほうれん草のおひたし、卵焼き、プチトマトが入っている。
そして、ご飯には……!
「な、何このクオリティの高い弁当は……」
「えへへ~、今日は私のギー太かぁ」
ご飯にはシャケや昆布で形作られたギー太があった。
「愛されてるのねぇ……」
「それ程でもぉ~♪」
何だかくすぐったい感じがするよぉ……。
「さて、これを食べで午後も頑張らないと!」
「平沢さんの奥さんってどんな人なの?」
「あ、あずn……、梓ですか? そうですねぇ……」
いっぱい思うところはあるけど……、何て言うのかな……。
「う~ん、かわいい人ですかね」
「確かに見た目はかわいい感じだったわね」
「そうでしょう?」
あずにゃんってやっぱりかわいいよねぇ。それが今や私の嫁! 幸せですなぁ……。
「で、どうやって出会ったの?」
そ、そこまで聞きますか……。
「え、えっと、高校生の時に同じ部活だったんです。それで一目惚れと言いますか……」
「それじゃあ、かれこれ8年ぐらい付き合っているんだ」
「えぇ」
豚の生姜焼きを口に運ぶと、程よい香ばしさとたれのうまみが口に広がる。
「ん~っ、おいしい~」
「いいなぁ、平沢さん。私なんてまだ独り身よ?」
「きっといい人見つかりますよ」
「そうかしら?」
「そうですよ」

そんなこんなでアフターファイブです。
「うぅ~ん、疲れたぁ~」
今日の仕事も大方終わったぁ……。
「平沢さん、今日飲みに行かない?」
「あ、すみません。今日は早く帰ります」
「えぇ~? 最近付き合い悪いよぉ?」
「すみません、子供が待っていますので……」
「こっ……!?」
あ、あれ? さっきと同じようにみんなが凍りついている……。
「こ、これもみなさん、ご存じなかったんですか……?」
こくこくと話を聞いていた同僚が首を縦に振る。
もう男性社員は”もういい! 飲みに行くぞ!”とか言っているし。
女性社員はきゃーきゃー言いながら顔を赤くしている。
「……」
「あ、あの、吉田さん?」
「う……」
「う?」
「羨 ま し く な ん か な い ぞ ぉ !」
「吉田さん!」
吉田さんが泣きながら会社を出て言ってしまった。
「はぁ……大丈夫かな……」
まぁ、家に帰れそうだからいいか。
「じゃあ、お先に……」
私はその場から逃げる様に会社を出た。
「明日からちょっと行きづらいなぁ……」
とぼとぼと駅に向かい、電車に揺られる。
「……そうだ、あずにゃんに何か買っていってあげよう」
電車を降り、改札を抜けるとたい焼き屋を見つけた。
「ふふふ、あずにゃん喜ぶぞ~」
柚子は元気にしているかな……。
「あずにゃん、実家にいるのかな」
今日会社に来た時も独りだったし、柚子を置いてくるわけないしね。
「メールで聞いてみるか」
い、ま、ど、こ、に、い、る、の、?
それから程なくして携帯が鳴る。
「お、家にいるんだ」
たい焼きが冷めないうちに家に帰らないと。
「あずにゃん、待っててね!」
私はうきうきしながら家路についたのだった。

「ただいまぁ!」

「おかえりなさい!」

END


  • 恋人同士の露出はいいですね。なんたって私はキスシーンとか覗かれる的なのが好きだから。 -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 10:39:12
  • あ!結婚してるのに恋人は違うか。夫婦だ -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 01:34:28
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最終更新:2011年02月09日 22:51