朝、学校へと向かう私の足取りは、ひどく覚束ないものでした。
昨夜のお姉ちゃんからの電話の内容があまりに衝撃的すぎて、
未だにそのショックから立ち直れなかったからです。
『あ、憂! あのね! 私ついに、
あずにゃん食べられたんだよ!』
お姉ちゃんのその一言は、本当に衝撃的なもので……
その後どんなことを話したのか、いつ電話を切ったのかも、
私は覚えていませんでした。
気がつけばいつの間にか朝になっていて、
ぼんやりとしたまま、それでもいつもの習慣通り体は動いて、
こうして学校へと向かっているのです。
「あ、憂! おはよ!」
と、突然声をかけられて、私は後ろを向きました。
見ると、梓ちゃんが小走りで私に駆け寄ってきます。
その姿を見た途端、
『あ、憂! あのね! 私ついに、あずにゃん食べられたんだよ!』
昨夜のお姉ちゃんの言葉が脳裏をよぎって……
私の頬は、一気に熱くなっていました。
鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤なのがわかります。
その熱に頭がフラフラとしてしまい、
私は梓ちゃんに返事をすることもできませんでした。
そのまま固まってしまった私の側で、梓ちゃんが足を止めました。
「って、どうしたの、憂? 顔、真っ赤だよ?」
「ああああ梓ちゃん! おはよ! 元気だね! うん元気だね!」
「え……うん……憂もなんか変に元気みたいだけど……なんかあったの?」
「なんにもないよなんでもないよ! 早く行こ梓ちゃん!」
「え……う、うん……」
熱に浮かされて変なテンションで喋ってしまう私に、
梓ちゃんは首を傾げていました。
でも、その理由を説明できるわけもなく……
せめて熱を下げようと、私は梓ちゃんから目を逸らして、
急いで学校に向かうのでした。
どうにか学校に着いて、純ちゃんや他の友達になんとか挨拶をして……
ようやくの思いで午前中の授業開始を迎えます。
授業が始まれば、少しは気が紛れてくれるはず……
そう思ったのですが、でも実際は逆でした。
先生の声しか聞こえない教室の静かさが、
却って昨夜の会話を思い出させてしまうのです。
お姉ちゃんが、梓ちゃんを食べちゃった……
そう思う度に、頭にまた血が上ってしまいます。
食べたというのは、もちろんその、性的に……ごにょごにょ……
ということでしょう。お姉ちゃんは梓ちゃんのことが大好きで、
梓ちゃんもお姉ちゃんのことを憎からず思っているのですから、
二人がそういう関係になってもおかしくないのかもしれません。
それにお姉ちゃんはもう大学生で大人で、
一人暮らしだって始めているのですから、
好きな子とそういう関係になろうとするのはむしろ自然なことなのでしょう。
でも、いくらなんでも話が急すぎでした。
恋人として正式なお付き合いを始めた、
そんな告白だったら、私もそんなに驚かず、素直に祝福もできたでしょう。
でもそこを飛ばして、いきなり性的に……むにゃむにゃ……
な話を聞かされたら、驚きもしますし、
戸惑ってどうすればいいのかもわからなくなってしまいます。
(梓ちゃんは、どうなんだろう?)
横目でそっと梓ちゃんの様子を窺いますが……
梓ちゃんは、いつもとまるで変わっていませんでした。
真面目に授業を受けています。
今朝の様子もいつもと同じでしたし……
私と会って、恥ずかしく感じたり、
照れてしまったりはしないのでしょうか?
そう言えば、昨日の電話でのお姉ちゃんも、
いつもとまったく同じでした。
性的に……もにょもにょ……な告白を、
あっけらかんとした口調で話していました。
こういう話で照れるのは周りの方ばかりで、
当事者はむしろ照れないものなのでしょうか?
そういう経験のない私には、ちょっと
わからないことでした。
そんなことを考えているうちに午前中の授業も終わって、
お昼休みになりました。
いつも通り、梓ちゃんと純ちゃん、二人と一緒に机を囲みます。
梓ちゃんの顔を見るとどうしても昨夜の会話を思い出し、
そのままいけない想像までしてしまうので……
私はそれとなく視線を逸らしながら、お弁当箱を取り出しました。
「あれ? 今日は梓もお弁当なんだ?」
「うん。しかも私の手作り」
「え? 自分で作ったの?」
「うん、最近お料理の勉強してるんだ。
大学に入ったら、私も家を出ようと思ってるし」
「へ~、梓もいろいろ頑張ってんねぇ」
二人の会話をぼんやりと聞きながら……
私は
これからどうしたらいいのだろうと、考えていました。
もちろん、お姉ちゃんと梓ちゃん、
二人の交際に反対するつもりなんてありません。
ただ単純に、お姉ちゃんと梓ちゃんの性的な……むにゅむにゅ……話に
いちいち照れてしまう自分について、悩んでいるだけでした。
お姉ちゃんと梓ちゃん、二人の仲を応援していくためにも、
そういった話に少しは耐性をつけなくてはいけないでしょう。
そんなことを考えている私の耳に、
「あ、それ美味しそう……ね、梓の一つ、食べていい?」
純ちゃんのそんな声が聞こえ、
「うん、い「ダメだよ!」」
梓ちゃんが返事をするよりも先に、
私は反射的にそう叫んでしまっていました。
叫んだ後で、すぐにはっと気がつきます。
今の純ちゃんの「食べていい?」は、
もちろんお弁当のおかずのことで、
間違っても性的に梓ちゃんを……うにゅうにゅ……
なんてことではありません。
なのに私は、お姉ちゃんたちのことを考えていたために、
勝手な想像をしてしまい……見当違いなことを言ってしまったのです。
私の突然の叫びに、ぽかんと口を開けて驚いている二人を見て、
「……ごめん……なんでもないの……」
私は真っ赤になって、そう言うしかありませんでした。
結局授業には集中できないまま一日が終わり、
放課後になりました。
今日も軽音部の活動はありますが、でも気持ちの整理をするために、
今日は休ませて貰うことにしました。
梓ちゃんは理由も聞かずに「うん、わかった」と言ってくれましたが……
その表情は複雑そうで、そしてなにか言いたそうでした。
きっと、今日の私の様子がおかしいことに気づいているのでしょう。
それに、ひょっとしたら、梓ちゃんもお姉ちゃんとのことを、
私に話してくれようとしていたのかもしれません。
でも今の気分では、梓ちゃんからの告白は聞けそうにありませんでした。
もし聞いたら、またいけない想像が頭の中に広がって、
真っ赤になって倒れてしまうことでしょう。
(ごめんね、梓ちゃん……明日はちゃんと聞くから!)
心の中でそう謝りながら家路につき……自宅に着くと、
「あ、憂! お帰りぃ!!」
なんとお姉ちゃんが家にいました。
台所のイスに座っているお姉ちゃんを見て、
私は驚きのあまり立ち尽くしてしまいます。
「お、お姉ちゃん!? ど、どうしたの!?」
「エヘヘ、今日授業が突然休講になってねぇ。
それで暇になっちゃってどうしようかなぁって思ってたら……
憂にもあずにゃんを食べて欲しくなっちゃって、それで来たんだぁ」
「お、お姉ちゃん!?」
お姉ちゃんの言葉に驚いて、私は目を丸くしてしまいます。
私にも梓ちゃんを食べて欲しいって、
それはいったいどういうことなんでしょう?
まさか、その、さ、さん……うにゅうにゅ……ってことなんでしょうか?
いけない想像が頭の中いっぱいに広がって、
私はもう口をパクパクさせることしかできませんでした。
そんな私の様子にも気づかず、
お姉ちゃんはバッグから大き目の巾着袋を出しました。
あけると、中にはお弁当箱が入っていて、
「ほら、見て、憂!」
蓋をとると、そこには……
のりやふりかけ、そぼろ等で描かれた梓ちゃんの顔がありました。
「ね! あずにゃんそっくりにできてるでしょ! 私頑張ったんだよぉ。
一生懸命お料理の勉強して、何度も練習してね、
それでようやくこの前、満足のいくあずにゃん弁当が作れたの!」
「……」
「もう自慢のお弁当だよ! それで、憂にも食べて欲しくなっちゃってね。
今日休講になったから、あいた時間で作ってきたの!」
満面の笑みを浮かべて話すお姉ちゃんの前で、
私は、ただ立ち尽くしているしかありませんでした。
要するに……すべては私の思い込み、
勘違いだったのです。
昨夜のお姉ちゃんの、『あずにゃん食べられたんだよ』というのも、
きっとこのお弁当のことで……
それなのに私は、最初の一言でいけない想像をして、
そのことばかりずっと考えていたのです。
「憂? どうしたの? 大丈夫?」
ずっと黙っている私の様子に気づいて、
お姉ちゃんが心配そうな表情を浮かべています。
純粋に私を気遣ってくれるその表情を見て、私は、
「な、なんでもない! なんでもないよ大丈夫だよお姉ちゃん!」
自分のダメの子さ加減に恥ずかしくなって、
真っ赤になりながらそう叫ぶしかありませんでした。
私の態度にお姉ちゃんは不思議そうな表情を浮かべていましたが、
もちろん理由なんて話せるわけもなく……
私は心の中で、自分のいけない妄想を必死に消していました。
その後、晩ご飯として二人で食べた、
お姉ちゃん特製あずにゃん弁当は本当に美味しかったです。
お姉ちゃんの梓ちゃんへの愛情がたっぷり詰まっているのがわかって、
きっとお姉ちゃんが梓ちゃんを性的に……みゃーみゃー……
する日もそう遠くないのがわか……
「憂、どうしたの、お顔真っ赤だよ?」
「な、なんでもないよお姉ちゃん!!」
END
おまけ
憂を見送って、純と部室に向かいながら、私は内心首を傾げていた。
(今日の憂、様子が変だったけど、どうしたんだろ?)
体調自体は悪くないみたいだったから、そこは心配していないけど……
でもやっぱり気になりはして、
明日も様子がおかしかったら理由を聞こうと、内心そう決意した。
(本当は、私の方が聞きたいことがあったんだけどなぁ)
本当は今日、練習前のティータイムのときに、
憂にお弁当作りの相談をするつもりだった。
来年に備えてお料理の勉強をして、作れる料理の数も増えてきた私は、
最近はキャラ弁作りに挑戦しているのだけれど……
これがやっぱり難しくて、なかなかうまくいかなかった。
この前も、唯先輩弁当作りにチャレンジしたのだけれど、
満足のいく出来にはならなくて、そのことを憂に相談して、
アドバイスを貰うつもりだったのだ。
(あともう一工夫、だと思うんだけどなぁ……)
そう思いながら階段を上っていると、隣を歩く純に、
「梓、さっきからどうしたの? なんか上の空だよ?」
と聞かれて、私は、
「あ、ごめん……いや、もうちょっとで唯先輩を食べられそうなんだけど、
あともう少しのところでうまくいかなくてさ……」
「…………え」
END
- 憂ちゃんも大変だなww -- (YTR) 2011-11-23 00:21:22
- 憂の他に純まで!? -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 11:01:13
最終更新:2011年02月09日 22:51