放課後、唯は一つ年下の女の子から二年生の教室に呼び出されていた。
「好きです」
という告白と共に、ハート型のチョコを渡される唯。
しかしこの時、教室の入り口から一部始終を見ている者がいることに唯は気付かなかった。
その人物は、女の子の告白を聞いた時点で耐えられなくなり、逃げるようにしてその場を立ち去った。
「どうして…唯先輩…」
辿り着いた部室の前で、梓は涙をポロポロと零す。
その手には、可愛らしくラッピングされた小箱と一枚のメッセージカードが握られていた。
脳内で再生される数分前の映像。
恥ずかしそうに俯きながらチョコを差し出す同級生の女の子と、優しい微笑みを浮かべながらそれを見つめる唯。
本当は、自分が部室で先に待っていてやって来た唯にチョコを渡すつもりだった。
しかし、通りかかった教室で唯と同級生が二人きりでいるところを偶然にも見つけてしまったのだ。
嫌な予感ばかりが渦巻く中、梓はその様子を扉の影から窺っていた。そして、告白だと分かって逃げ出した。
完全に嫉妬していた。
自分が唯に渡すはずだったのに。
どうして接点も無いような同級生に先を越されてしまったのか。
悔しくて悔しくて、梓はひたすら泣き続けるしかなかった。
その時だった。
「!」
突然、梓は背後から包まれるような感覚に襲われる。
陽だまりのような体温、柔らかな感触、鼻孔をくすぐる甘い匂い。
振り向かなくても、それが誰のものなのか梓にはすぐに分かった。
ほとんどいつもと変わらない声色で、唯は梓の愛称を呼ぶ。
唯は見ていた。
教室の外でツインテールの見慣れた姿が走り去っていくのを。
それが梓だと分かった唯は、女の子に告白の返事をした後急いでここへと駆けつけたのだ。
「な、泣いてなんかないですよ…」
「こんなに涙流しているのに?」
「っ…ほっといて下さい! 唯先輩には関係ないですから!」
自分と対照的に冷静な唯に、少し腹が立って梓は逆上した。
ただ、梓がどうして泣いているのか、唯には何となく分かっていた。
少し抱き締める力を強くしながら、唯は優しい口調で言葉を紡いでいく。
「私がチョコ貰っているところ…見ていたんだよね」
「…」
「私、あの女の子に呼び出されていたの。放課後に教室に来て下さいって」
「…チョコだけじゃないですよね。私、ちゃんと聞いていたんですか…」
「告白なら、断ってきたよ」
「!」
「あ、チョコは貰ったけどね。すごく一生懸命作ってくれたみたいだし」
「本当に…断ったんですか?」
「うん。私には好きな人がいるから、あなたとは付き合えません。ごめんなさいって」
「え…?」
やがて静かにそう呟くと、唯は鞄から正方形の小箱を取り出した。
透明なふたの内側には「Valentine For You」の白い文字が見えている。
「コホン…中野梓さん」
「は、はい」
「あなたのことがずっと好きでした。もし良かったら、私と付き合って下さい!」
「!!」
正方形の小箱を両手で前に差し出しながら、唯は大きく頭を下げて目を閉じた。
それは、唯が十八年間の人生を歩んできた中での、初めての愛の告白だった。
直後、梓の目に浮かんでいたのは先程とは違う味の涙だった。
「唯先輩…唯先輩っ!」
震える声を聞いて慌てて顔を上げる唯。
その愛おしい胸に向かって、梓は思いっきり飛び込んだ。
「わっ!あずにゃん!?」
「私…私も、唯先輩のこと……ぐすっ、ひっく…」
「あずにゃん…」
それから暫くの間、梓は唯の胸の中で泣き続けた。
握られていた小箱とメッセージカードは既にぐしゃぐしゃになっていたが、
そんなことも気にならない程の嬉しさと安堵感が、梓を全身から包み込んでいた。
「すみません、こんなに制服汚しちゃって…」
「えへへ、全然平気だよ。それで…私のチョコ、受け取ってくれるかな?」
「もちろんです。ありがとうございます、唯先輩」
「ということは、私と…?」
「その前に、私からも二つ
プレゼントがあります」
「えっ?」
きょとんとした表情の唯に向き直ると、梓は少し型崩れした小箱とメッセージカードを差し出した。
「一つ目は、これです。さっき握り締めちゃったせいで、ぐしゃぐしゃになってますけど…」
「ううん、大丈夫だよ。こっちがチョコで、これは…メッセージカード?」
「もっとしっかりしてください。でも…いつもあったかい唯先輩が大好きです」
「あずにゃん…! ありがとっ! 私これ、一生大切にするよ!」
「一生だなんて…ちょっと大袈裟ですね」
「そ、そんなぁ…」
「ふふっ、冗談ですよ」
「んもぉ、あずにゃんのいじわる……あれっ? てことは、もう一つのプレゼントって?」
「あ、そうでしたね…えと、唯先輩」
「うん?」
「その…目をつぶってもらえませんか?」
「あっ……うん、分かったよ」
唯はそっと目を閉じた。
これから梓が何をしようとしているのか。
ほとんど確信はしていたものの、数秒後の自分たちの状況を想像しただけで唯の顔は自然と紅潮していた。
「これが、私の答えです」
その言葉を合図に、梓は唯との距離をゼロにした。
経験したことのない初々しい音が響き、唇がそっと離れる。
時間にして三秒程度だったものの、二人の鼓動と興奮を高めるには十分だった。
「えへへ…ファーストキスだね」
「はい…唯先輩、大好きです…」
「私も……んっ…」
夕日にライトアップされた二つの影は再び一つになる。
その隣では、二つのハートが祝福に満ちた赤橙色の輝きを放っていた。
END
- いい話だ -- (あずにゃんラブ) 2013-01-10 07:39:49
最終更新:2011年02月16日 03:18