今夜で合宿二泊目。
昨夜は酷い目にあった。十分に寝たと思ったのに、朝なんか体がだるくて、風邪かなって思ったら。
目の前に唯先輩の顔があって、本気でびっくりした。どうやら一晩中唯先輩にぎゅーっとされていたみたい。
変な夢を見てたのはきっとそのせいだ。……その内容は口が裂けても言えないけどね。
唯先輩はというと、そんなこちらの事情も知らずくうくう眠っていた。寝不足の私からすれば、ぎゅっと頬をつねりたくなるような幸せそうな寝顔で。
そんな唯先輩の腕の中は暖かくて、柔らかくて、思わず私も同じ表情になってしまいそうになったけど。
そんなわけで、今の私はとても眠い。寝不足なのに、全力ではしゃいじゃったせいもあるかも――楽しかったからいいんだけど。
本当は、もっと練習したかったけど、仕方が無いから今日はもう寝てしまおう。起きてると、また唯先輩が来ちゃうかもだし。
そうしたらまた寝不足一直線。明日はちゃんと練習しようと思う私には、何を置いても避けるべき事態に違いない。
電気を消して、ベッドに横になる。こうすれば、私が寝てると思って唯先輩も諦めて帰っていくよね。
……鍵は、かけなくていいか。さすがに門前払いはかわいそうだし……中に入ってくるくらいなら。
諦めずにまたベッドにもぐりこんで来ようものなら、説教しなきゃだけど。
……でも、そうするとまた睡眠時間短くなっちゃうかな。えっと、それじゃ抱きついてきたら……ってことにしようかな。
節度を守ってくれれば、それでいいだけの話だし。
……だけど、それはそれで寂しいかも……寄り添うくらいなら、許してあげようかな…
勘違いしないで下さいね、特別なんですから……
でも、先輩が態度を改めてくれるのなら……少しくらいなら抱きしめても……いいんですよ……
……
…………
…………………
「…って!何で来ないんですか!!」
「わっ!あ、あずにゃん!?」
気がつくと、私は先輩の部屋のドアを開け放って、怒鳴り込んでいた。
……何やってるんだろ、私。その一瞬後我に返って、頭を抱え込みそうになる。
今この瞬間まで私の制御権はどこに行っていたのか緊急脳内会議を開きたくなる。
目の前には、ギターを抱えて座り込んだまま、ぽかんとした表情でこちらを見つめてくる唯先輩。
――どうしよう。
とにかく、どうやってこの場をごまかさなきゃいけないんだけど……そのための方法が全然浮かんでこない。
「えっと、今日あずにゃん時々眠そうだったよね?私のせいかなーと思って今日はやめとこっかなと思ったんだけど……」
浮かんでこないまま、結局先輩の返答を受けることになった。
うぅ、そのまま会話が成立しちゃったよ……これじゃまるで私が催促しに来てるみたいになってる。
「それで一人でギターの練習をしていたんですか」
「う、うん……」
どこか戸惑った様子の唯先輩。そりゃ、いきなりこんな風に怒鳴り込まれたら、そうなるよね。穴があったら入りたい…です。
でも、先輩私の様子に気が付いて、それで気を遣ってくれたんだ。それは素直に嬉しいです。
それにしても……だからってこんなところで一人で練習してなくてもいいじゃないですか。
「でも、練習するなら私も呼んでくれれば……」
昨日、もっと二人で練習したいって言ったの、忘れちゃったのかな。それは、寂しいかも。
「うん、そう思ったんだけどね~……、あずにゃんの部屋、もう暗くなってたから」
「そうだったんですか……」
どうやら、私のやったことは全て裏目に出てたみたい。……って、裏目って何。全部上手く行ってたってことだよね。
早く就寝することで、こっちに押しかけようとしてた唯先輩をちゃんと撃退できてて…そうだったはずなのに。
何で、こんなに残念に思ってるのかな、私。
「あずにゃん?」
「な、なんですか?」
「私はもうちょっと起きてるけど、あずにゃんは早く寝なよ。ちゃんと寝ないと、明日またつらいよ」
「え、あ……そうですね」
にこっと笑って、いつものほんわりした調子を取り戻して、先輩は私に言う。
優しい笑顔。私の体調を気遣ってくれているんだろう。
優しい優しい、唯先輩のいつもの笑顔。
だけど、何でだろう。
何でこんなに、もやもやしてしまうんだろう。
いつもの唯先輩ならぎゅっと私を捕まえて、ちょっと位嫌がっても離してくれないくせに。
だけど今は――そうしてくれない。
それが何でこんなに、胸が――
――そんなの、もう分かってるくせに。本当に何やってるんだろ、私。
寂しいんだ。
唯先輩が来てくれなかったことが。
唯先輩が私を捕まえてくれないことが。
唯先輩がぎゅっと抱きしめてくれないことが。
寂しくて仕方が無い。
「あずにゃーん……?もう、いつまでもそこにいると、私我慢できなくなっちゃうよ~」
またギターを弾こうとした手を止めて、唯先輩がじっと私を見る。
「我慢ってなにをですか?」
「えへへ、ぎゅーっと抱きしめて、ベッドにつれてっちゃうよ?そして昨日みたいに朝までコース!」
でへへ、とだらしない笑顔を見せてわきわきと指を動かしてみせる唯先輩。
それに、なんだか――私はほっとしてた。
ひょっとしたら、なんて怖くなってたから。
昨日の朝いっぱい怒ったから――ひょっとしたらそれでもう、私のこと嫌いになったんじゃないかって。
もう抱きついてくれなくなっちゃうんじゃないかって。
でも――きっとこれは素振りなんだと思う。
私がきっと嫌がるだろうと予想して、寝不足の私を速く部屋に帰そうとしているんだと思う。
そう言っておどける唯先輩の眼差しは、本当に優しく私を見詰めてくれてるから。
なら、それなら。
「……唯先輩らしくないですよ」
「へ?」
「どんなときも欲望に忠実、なのが唯先輩じゃないですか」
「何か酷いこといわれてる気がするよぅ……?」
「私のところに来たかったのなら、強引に来ればよかったじゃないですか……唯先輩がらしくないから、私……」
「え?……えっ?」
「だから、先輩らしくしててください。そうじゃないと、私が困ります」
唯先輩がまた戸惑ってる。
おそらく先輩にとっては、私の行動は予想の正反対。
だから、つまりそういうことなんですよ。
――私は今、部屋で一人で眠りたくなんて無いんです。
そりゃまあ、寝不足はできれば回避したいですけど。
そんなことより、今はもっと、ずっと欲しいものがあるんですから。
「あずにゃん……」
不意にすくっと唯先輩が立ち上がる。今まで見下ろしていた視線が、突然見上げるものに変わる。
いつもの私と唯先輩の位置関係。唐突に訪れたそれに、私は少しだけ意表を付かれた形になっていた。
だから、ぎゅっと抱きついてきた唯先輩をかわすことも、その行為を阻止することもできなかった。
もちろんその機会を得られていたとしても、私はそのまま抱きしめられていたと思う。
「もう、いきなり抱きつかないで下さいって、言ってるじゃないですか」
ぼそりと脊髄反射で口をついて出た言葉に、私は苦笑してしまう。
「あずにゃんが言ったんだよ、私らしくしてていいって」
「そうですけど…まあ、いいですね。今だけの特別ですよ」
こんなに嬉しいのに、それでもこんなことを言ってしまうなんて、私の素直さの無さは本当に筋金入りだって。
性格だから、仕方が無い。つい口にしてしまうのは、止められない。
だから、その埋め合わせとばかりに、きゅっと抱き返してみる。
「おぅふ……あずにゃん、積極的……」
「そういうんじゃないです……」
そういうのだけど。お預けの後だったから、体がいつもより貪欲になってるって、そんな理由だけど。
だから唯先輩は素直じゃない私なんて、どんどん乗り越えてくれちゃっていいんです。
その先にある、こんなに暖かな幸せを教えてくれたのはあなたなんですから。
――
――――
――――――
「だからといって、ここまでしていいとは言ってません」
「ええ~だって、あずにゃん、拒まなかったじゃん」
「それは……その」
「あずにゃん、可愛かったよぅ?」
「う、嬉しくありません!もう!なんですかこの絵に描いたような朝チュン的な何かは!」
「何かも何も、そのままだと思うけど」
「そんな冷静な突っ込み入りません!……うぅ、唯先輩にこういう趣味があったなんて……迂闊でした」
「え?私、別にそういう趣味ないよ?」
「へ?だ、だって……というか、私をあんなにしておいて何を言うんですか!」
「だって、気付いたのは昨日の夜だけどさ。ああいうのしたくなるの、あずにゃんだけだもん。あずにゃんが大好きだから、したくなっただけだよ?」
「う……ぐっ……な、なんでそういうずるいことばっかり言うんですか!」
「えへへ、私って結構ずるいんだよ」
「そ、それなら!わ、私も唯先輩限定ですから!」
「おぉ……嬉しいな、あずにゃん」
「す、少しは照れてください!割に合わないじゃないですか!」
「あずにゃんは朝から元気だねえ……」
「も、もう!好きです、大好きです、唯先輩!」
「私もだよ~あーずにゃん!愛してるっ」
「あ、ああ、愛してる……っ!?」
「あずにゃんは本当に可愛いねえ……ぎゅーっ」
「うぅ……もう」
「本当に大好きだよ、あずにゃん」
「……私もです、唯先輩」


  • 2828がとまらないな -- (名無しさん) 2012-10-25 20:11:48
  • イチャイチャはいくらしても飽きないけどちゃんと寝ろよ〜? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-10 16:55:39
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最終更新:2011年02月16日 21:13