「わかんないよ~、姫ちゃ~ん」
情けない声が、
放課後の教室にこだました。
声の主は、唯。
マスコットの「たれぱんだ」みたく机に突っ伏すと、手足をじたばたさせている。
「ここは、この公式を使って……」
「アイスたべたい」
「…………」
授業の後、唯に泣き付かれて、数学を教えてあげることになったはいいけれど……。
軽い気持ちで引き受けたことを、私は少し後悔した。
ため息をひとつ。どうしたものかと、思案していると……。
「唯~、後輩ちゃんがお迎えだよ~」
クラスメイトの声。
振り向くと、クラスの出入り口に、女の子がちょこんと立っていた。
リボンの色から察するに、二年生だ。
少し小さめの背丈に、腰まで伸びた艶やかなツインテールの黒髪。
元々整った顔立ちが、心なしか緊張で更に引き締まっているようだった。
唯の部活の後輩で、名前は確か……。
「
あずにゃんだっ!!」
あずにゃん、じゃなくって……梓ちゃん。
言いながら、唯は「ばんっ!」と飛び上がる。
さっきまでのだらけ切った様子とは打って変わって、嬉しそうに瞳をキラキラとさせて。
唯ったら、よっぽどこの後輩ちゃんのことが、お気に入りなんだろうな。
「あずにゃんや、気にせず入るがいいさ」
妙な先輩風を吹かせながら、唯がゆらゆらと手招きする。
「失礼します」
唯の座席は、最後列の一番窓側。
小さな歩幅でクラスの後方を横断するように、梓ちゃんが私達の所まで……。
「梓ちゃんっ!」
到達できなかった。
呼び止めたのは、エリ。
行く手を遮るように、レシーブの姿勢で下級生の前に立つ。
「なんですか?」
不意の闖入者に、梓ちゃんは表情を硬くする。
そんな彼女を見て、にやっと不敵な笑みを浮かべると、
「
たい焼きあげるっ!」
すかさずエリは、カバンから紙袋を取り出した。
「…………結構です」
迷った。今、一瞬間があった。
「ネタは上がってるんだよ?
梓ちゃんはたい焼き好きだって、唯から聞いてるもんっ!」
「それで、どうして
プレゼントするの?」
割って入ったのは、エリの親友、アカネだ。
頬に人差し指を当ながら、小首を傾げる。
「懐柔する」
アカネの首が、更に30度程がくっと傾いた。
「……なんで?」
「だって、梓ちゃん、カワイイんだもん!」
「それは、認めるけど」
「食べちゃいたいくらいかな?」
「あの、唯先輩……」
「スルーしないでっ!」
横を通り過ぎようとした梓ちゃんの前に、再び立ちはだかるエリ。
流石はバレー部、安心のブロック力だ。
「他にも、色々ネタは上がってるんだよっ!?」
「今度は何ですか……?」
あからさまに面倒臭いオーラを全身から発する梓ちゃんに、それでもエリは食い下がる。
「梓ちゃんは、バナナが好きだとか、ネコミミ付けるとカワイイとか、ゆいあずとか。
唯が言ってたもん!」
「何言ってるんですか、唯先輩っ!?」
一変、カオを真っ赤にした梓ちゃんの声が、教室に響いた。
「だって、ホントの事だもん」と、平然と言ってのける唯。
「梓ちゃん、バナナあげるっ!」
「いりませんっ!」
即答だった、たい焼きの時とは違って。
エリの隣で二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていたアカネが、独り言のように呟いた。
「唯はいいな~、私も梓ちゃんみたいなカワイイ後輩がほしいな~」
その瞬間だった。
普段は温和な唯が、フグのようにプクっと頬を膨らませ、むくれて見せたのは。
「私のあずにゃん、とっちゃダメだよ!」
「にゃあっ!?」
爆弾発言。
もしこの場に紬がいたら、天井まで鼻血を噴出しながらぶっ倒れる姿が容易に想像できた。
「唯先輩っ!!」
今度の今度こそエリを振り切って、大股で私達のもとに辿り着く梓ちゃん。
「なんだか怖いよ、あずにゃん?」
「誰のせいですかっ!」
ツインテールを揺らして、彼女は身を乗り出す。
「部活はどうしたんですか。みなさん、もう部室で待ってますよ?」
そこまで言って、私と唯の机がくっついていることに気づいたようだった。
「姫ちゃんにね、数学教えてもらってたんだ~」
紹介を受けて、私は梓ちゃんに会釈。
緊張気味に、彼女も軽く頭を下げる。
「何をですか?」
「九九!」
「………………」
「七の段!」
「出来の悪い先輩で、申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げた。黒髪の先が、机に垂れる。
「ひどいよ~。冗談だよ、あずにゃ~ん」
「抱きつかないでくださいっ!」
今にも泣きそうな表情をした唯が、梓ちゃんに頬ずりする。
口では拒絶しながらも、両手はしっかりと唯を抱きとめている彼女の姿に、自然と笑みが漏れた。
私も梓ちゃんみたいなカワイイ後輩なら、ほしいかも。
「ほら、部活いきますよ!」
周囲の目を気にするように、強引に唯を引き離す。
「姫ちゃん、ありがとね~」
満面の笑顔で、ひらひらと手を振る唯。
結局、何も教えてないような気がするけど……。
この笑顔の前では細かい事など、どうでもよくなってくる。
「部活がんばれよ、唯」
「うんっ!」
「あと、梓ちゃん」
「……はいっ?」
びくっとして、背筋を伸ばす梓ちゃん。
もしかして私、怖がられてる? 見た目のせいかな……。
「唯をよろしくな」
「……はいっ!」
胸の前で両手をグーにして、力強く頷いた。
ほんのりと頬を染め、嬉しいのと恥ずかしいのが半々といった笑顔だった。
「ほら、唯先輩。今日もみっちり練習しますからね!」
俄然やる気を出した梓ちゃんが、唯の背中を押す。
「唯、文化祭期待してるね!」
「梓ちゃん、またね」
笑顔で見送る、エリとアカネのコンビ。
彼女らに大きく手を振って、軽音部の二人は教室を後にしていった。
「それにしても、あの二人って」
「お似合いだよね」
唯たちが去った後、エリとアカネがイタズラっぽい笑みを浮かべた。
二人の発言に無言で首肯する、残っていたクラスメイト達約10名。
やっぱり、みんなそう思ってるんだ……。私も含めて。
「まるでカップルみたい」
エリが、渡し損ねたたい焼きをコーラで流し込む。
その意見には、私は賛同しかねるな。
世話焼きな梓ちゃんに、大らかな唯。
あの二人を例えるなら、カップルというよりもむしろ……。
新婚さん、かな。
おしまい
- 新婚さんいらっしゃ〜いにゃ〜ん(^o^) -- (名無し) 2011-08-18 17:42:16
- ムギ先輩いなくて良かった。いたら教室が鼻血で染まるから。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-09 23:01:43
- モブとの絡みもっと見たかったなぁ -- (名無しさん) 2018-04-26 15:56:40
最終更新:2011年03月31日 13:54