後悔している。

もっと、もっとと。

したい事がたくさんあったはずだった。
出来る事がたくさんあったはずだった。

皆でもっと色々な所へ行って。もっとライブをして。
たくさん曲を作って。笑ったり、泣いたり。

ムギ先輩ともっと色々お話したかった。澪先輩とは、いまいちやる気の無い軽音部を
いかに盛り上げるかとか考えたり。律先輩とも、もっと馬鹿をすればよかったかな。

唯先輩は・・・。

もうすぐ皆いなくなる。
新しい場所に行ってしまう。
私は今までの場所に留まり、ただ、先輩達だけがいなくなるのだ。

一人ぼっちにされる、なんて事は思わない。
誰だって進まなくてはならないのだから。
それは“仕方のない事”なんかじゃなくて、もっときっと素敵な事で。
皆同じ大学に受かってほんとに良かったなって思う。
無事に卒業できる事も、ほんとに嬉しい。

ただ、後悔している。

もっと、もっとと。

あの場所に留まる私は、あの場所の節々できっとその影を追うのだろう。
もう見えない笑顔を。
聞こえない声を。歌を。

大好きだった、私の居場所。


帰り道
他の先輩達とは既に別れて、唯先輩と2人きり。
アンニュイな私とは正反対に、唯先輩はご機嫌に鼻歌なんて歌っている。
ふわふわ時間ですか。
相も変わらず能天気な先輩に、思わず苦笑いがこぼれる。
まったく、人の気も知らないで。

      • まぁ、知らないのは当然なのだけれど。
だって言ってないし。
それはたぶん、言ってはいけない事だから。

はぁ、と白い息を吐く。
見事全員同じ大学に合格した先輩達。
私は何とはなしに、あと何回くらいこうやって一緒に帰れるのだろうと考えてしまい。
ハッとして、考えを振り払うように小さく頭を振った。
いけないいけない、後ろ向きはダメだ。
笑顔で先輩達を見送りたい。

私は唯先輩の横顔を見る。
やっぱり今日もニコニコと平和で楽しそうで。
きっと夕飯の事でも考えているのだろう。
その笑顔に小さく笑んでいると。
あずにゃん?」
急に声を掛けられた。
「あっえっ?何です?」
「どうしたの?」
唯先輩がキョトンとしている。
どうやら、見ているのを見られたらしい。
「あ、いえ、何でもありません!・・・すいません。」
うう、恥ずかしい・・・。
「??そう?・・・あっ!」
「へ?」
急に何かに思い当ったような先輩に、私は少々間の抜けた声を出してしまった。
??なんだろう?
自慢じゃないがこの人の考えていることなんてさっぱりわからない。
いつだって予想の斜め上を行くのだから。
「手繋ごうか?」
「・・・・・・。」
ほらね。
「なんです、急に。」
私は思いっきり怪訝な顔をする。
「ヤですよ、恥ずかしい。」
そして、ぷいっと顔を逸らした。
「まぁまぁ、良いではないか良いではないか。」
「なっ!?ちょっと・・・」
相変わらず強引な。
唯先輩は自分の手袋と私の手袋を外すと、ぎゅっと手を握る。
「・・・もう、子供じゃないんですから・・・。」
文句を言いながらも、その手を振りほどく事はしない。
顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
「たまにはいいじゃん?」
唯先輩ニッコニコ。

温かい。

この温かさに、あと何回触れることができるのだろう。
考えると、やっぱりちょっと泣きたくなった。

「あずにゃん、ちょっとコンビニ寄っていいかな?」
「はぁ、まあいいですけど。」
店に入るとあんまんを2つ買い、外のベンチで2人で食べる。

「んん~おいしいね~、あずにゃん。」
「はい。」
「ほっかほかだね~。」
「そうですねぇ。」
「ね、あずにゃん。」
「はい?」
「今日元気ないね?」
ギクッ。
思わずあんまん落としそうになった。
「・・・そんなこと、ないですよ。」
「そうかな?」
唯先輩は、何故かこういう時だけ鋭い。
「・・・そうです。」
言って、私ははむっとあんまんにかぶりついた。

「・・・でもあずにゃん、今日はなんだかさむそうだったから。」
「・・・・・・。」
へ?
私はその言葉に一瞬止まる。
言葉通りの意味かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
さむそう。それはきっと寂しいのことで。言い得て妙。
なんというか、とても唯先輩らしかった。

ああ、そうか。
だから帰りに、妙にくっついてきたり、手を繋いだり、こうしてあんまんを奢ってくれたりしたんだ。

「はぁ・・・」
もう・・・。
なんで、気付いちゃうかな。
いつもいつも、唯先輩はずるい。
「あずにゃん・・・?」
「・・・なんでもありません。」

あなたの優しさに触れるたびに、私の心はあなたでいっぱいになるんだ。

「えー?気になるよぉ。なんで溜息ぃ~?」
唯先輩が肩で軽く私の肩を押す。
「なんでもありませんってば。」
えいっとやり返す私。
「あずにゃんのいけずぅ~。」
私達はおしくらまんじゅうのように何度も体を押し合った。

「もう、早く食べて帰らないと真っ暗になっちゃいますよ?」
「あ、そうだね!」
しばらくじゃれ合ってからそう言うと、はむはむと唯先輩がまたあんまんを食べ始める。
それを見て、私の顔は自然と綻んだ。

心と体はさっきより温かくなった。
でも、隙間は埋まらない。

私は軽音部が大好きで。
先輩方が大好きで。

唯先輩の事が、大好きで。

だから、後悔している。
先輩達としたかったたくさんの事。
唯先輩とは・・・。
「・・・・・・。」

唯先輩のせいだよ。

そうだ。全部唯先輩が悪い。
今のこの気持ちも、この感情も。

なにかと抱きついてきて、可愛いと、大事だと、必要としてくれて。
いざという時には頼りになって。いつも、気に掛けてくれて。

好きになっちゃうに、決まってるじゃないですか。

「??あずにゃん?食べないの?」
「唯先輩。」
「ほえ?なぁに?」

“好きです”

私は声を出さずに呟いた。
後で悔いる事を知っていながら。

「・・・どしたの?あずにゃん?」
「・・・なんでも、ないです。」

あなたを後悔したくないのに、やっぱり私は、あなたを失う事が怖い。
あなたの気持ちを知りたいのに、知りたくない。
あなたは皆に優しいひとなのだと、知っていたから。

私は、特別なんかじゃない。

すると。
「隙あり!!」
「え。」
何かが起きた。
振り向くと、唯先輩の得意顔。
一体何が起きたのかしばらく考えて。
「な、な、な・・・。」
私は真っ赤になって頬を押さえた。
い、今。
「えへへ。油断大敵だよ、あずにゃん。」
頬っぺに。
「な、何を・・・。」
ちゅ、ちゅうって!!
「だって、あずにゃんの頬っぺたあんまんみたいに柔らかそうだったんだも~ん。」
「だからってこんな所でやめて下さい!!」
私は真っ赤になって叫んだ。
「ここじゃなかったらいいの?」
「ダ、ダメですけど!」
「あずにゃん顔真っ赤。」
「う、うるさいです!!」
「ほらぁー早く食べちゃわないとぉ。」
「わ、分かってますよ!もう!!」
私はあんまんを口に詰め込んだ。
味なんて全くわからない。

「じゃ、帰ろっか。」
唯先輩は立ち上がると、当たり前のように手を差し出した。
にこにこ顔の唯先輩に、私は抗うことができない。
「・・・もう。」
ほんと調子狂っちゃうな。
この人と居ると、寂しがる暇もあったもんじゃない。

「ね、あずにゃん。」
「はい?」
火照った顔に冷たい風が気持ちいい。
「これ、本当は言っちゃいけないんだけどさ・・・」
「何です?」
「うんとね、卒業式の日に」
卒業という言葉に、私の心が一瞬ちくりと痛む。
「ちょっとしたサプライズがあるんだ。」
「サプライズ?」
「うん。凄く喜んでくれると思うんだ!あずにゃん感激して泣いちゃうかも!」
「・・・そうですか。楽しみです。」
「うん!・・・でね、もういっこは・・・」
「2つもあるんですか?」
「喜んでくれるかわかんないけど、困らせちゃうかもしれないけど・・・」
「唯先輩?」
心なしか、唯先輩の顔が赤い。
唯先輩が言い淀むなんてめずらしいな。
「・・・待っててね。」

それだけ言うと、唯先輩は私の手を引いてずいずいと歩きはじめた。
「え?ちょっと、唯先輩!?」
「さぁ早く帰ろう!もうお腹ぺっこぺこだよぉ!」
「さっきあんまん食べたばっかりじゃないですか。」
「それはそれ!これはこれ!甘いものは別腹なんだよ、あずにゃん!」
「まったく・・・。」
私は小さく息を吐く。
いつの間にか、心は穏やかになっていた。


後悔している。

もっと、もっとと。

したい事がたくさんあって。
出来る事がたくさんあったはずで。

けれど、もしかしたらそれは、もっと楽しい未来に繋がることなのかもしれない。
たくさん後悔して、だからこそ変えていけるのかもしれない。

したい事があるのなら。出来ることがあったのなら。
これからすればいいのだから。

昨日に後悔しない為に。

大好きな私の居場所。
私は先輩達と一緒に居たい。一緒に音楽をやりたい。

先輩達があの場所から居なくなったとしても、私の居場所はそこにある。

卒業式で、やっぱり私は泣いてしまうんだと思う。
ただ、その後はきっと笑顔で。

唯先輩・・・。

私はこの日、ある重大決心をした。



そして卒業式の日。唯先輩の言っていた2つのサプライズを、私は知ることとなる。
1つは、先輩達からの素敵な贈り物で。
もう1つは唯先輩からの・・・。
私の重大決心が、思いもよらないかたちで実現することとなった。


ああ、これからまた忙しくなりそうだ。
どうやら私に、過去を振り返っている暇なんてないらしい。



つづく・・・訳ない




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最終更新:2012年01月19日 01:53