唯「う~暑いよ~」
ある夏の日、その日は今年度の最高気温を記録するほどの猛暑日だった。
うだるような暑さの中で唯先輩は、まるで夏バテした犬のように長椅子の上に寝そべっていた。

梓「もう、しっかりして下さい。そうやってぐだぐだしてると、また練習せずに下校時刻になっちゃいますよ」
そんな唯先輩に対して私は軽く渇を入れる。
唯先輩の気持ちも分からなくは無いけど暑さを言い訳にしてたら結局いつまでたっても練習できないもんね。

唯「そんなこと言われてもこんなに暑いと動けないよ~……。あずにゃん、お水ちょうだ~い」
梓「もう、しょうがない人ですねぇ。はい、お水ですよ。」
唯「わ~い、あずにゃん大好き~!!」
梓「にゃっ!」
私がペットボトルに入った水を差し出すと唯先輩はどこにそんな元気があったのか、
水を得た魚の様に勢いよく私の身体に飛びついてきた。まだ水飲んでないのにね。

唯「う~暑い……」
しかし、それも空元気だったらしくすぐに唯先輩はへだれてしまった。

梓「だったら離れてくださいよぅ……ほら早くお水飲んでください」
唯「ん~、私には水分よりあずにゃん分の方が重要な栄養素なんだよぉ」
そういいながら唯先輩はお互いの汗が絡み合うのも構わず頬ずりをしてくる。
普通ならこんな暑い中でこんな事やられたら不快なはずなのに唯先輩が相手だと心地よく感じてしまうから不思議なものだ。

律「まぁ、でも唯の言う事ももっともだ。こうあちぃとドラム叩く気もおきねーよ」
澪「そんな事言っていつもまともに練習できてないじゃないか」
律「まぁまぁ、ところでどうだ?この暑さを吹き飛ばすために納涼大会とでも洒落込まないか?」
唯「のーりょーたいかい?」
梓「怪談でもするつもりですか?」
澪「怪談!?や、やめろぉっ!!」
律「いやいや、違うって。まぁ、それに近いものではあるけどな」
紬「?どういうこと?」
律「ずばり肝試しだよ!!」
唯「おお!!」
紬「面白そう!!」
澪「や、やめろぉ!!そんな事より練習だ!!練習!!」
梓「っていうか肝試しは去年の合宿の時もやりましたよね?」
律「別にいいだろー。夏の風物詩なんだから。大体去年はさわちゃんのせいで台無しになったしな」
梓「そういえばそうですね……」
澪「うう……嫌な思い出が……」
律「二人もやりたいよな?」
唯紬「やりたーい!!」
律「よし、決定!今日の夜8時に裏山に集合な!」
澪「私は行かないからな!」
律「おっとそうはいかないぜ、澪ちゅあん?もしバックれるような事があればFCに澪の丸秘写真を……」
澪「や、やめろぉ!!」
律「よし、これで全員参加で決まったな。じゃあ、私はちょっと準備があるから帰るわ」
澪「お、おい練習は?」
律「今日はもうかいさーん」
澪「そんな勝手な!」
梓「はぁ、結局今日も練習できませんでしたね……」
澪「心中察するよ、梓」
梓「いえ、こちらこそ」
唯「えへへ、楽しみだねぇ」
紬「そうだねぇ」
澪梓「……はぁ」
全く律先輩も唐突な事を言い始める……。結局今日もまともな活動は出来なかったし……。
律先輩が部室を出て行ってしまった後、澪先輩までグロッキーになってしまい練習どころではなくなったので私達もすぐに帰ることになった。
実のところ私もこの暑さには参っていたしまぁいいかななんてちょっと妥協してしまった。
うぅ……私も唯先輩や律先輩に偉そうな事いえないなぁ……

家に戻った私はとりあえずシャワーを浴びて汗を流し、着替えるとほっと一息つく。
小休止を取った後、準備をしてから、ちょうど日が沈み始めた頃、私は家を出た。
そして待ち合わせ場所の裏山のふもとにつくころにはすっかり日は沈んで、夜の帳が下りていた。
いくら日の長い真夏と言えど流石に8時近くともなると辺りは、真っ暗闇だった。
どうやら、他の先輩達はまだ到着していないようだ。
周囲には虫の声だけが静かに響いており、山の中は見通しが悪くなんとも不気味だ。
こんな所に一人でいると、なんだか私だけが異空間に取り残されてしまったのではないかと不安になってくる。

梓「うぅ……先輩達早く来てこないかなぁ……」
なんて、一人ごちていると……

「あーーーずにゃんっ!!!!」ダキッ!!
梓「きゃーーーー!!!!」バシッ
不意に背後からいきなり羽交い絞めにされ、その衝撃に私は思わず悲鳴をあげながら、反射的にその犯人をはたいてしまった。

唯「うう……痛い……あずにゃん酷いよぉ……」
梓「ゆ、唯先輩!?もう!!いきなり驚かさないでください!!」
唯「だってー……あずにゃんが怯えてたから早く安心させてあげようと思って……」
梓「べ、別に怯えてなんか……それにまず声かけてくれなきゃ、びっくりしちゃうじゃないですか!」
唯「えへへーごめんごめん」
唯先輩はまるで悪びれず、ぽりぽりと頭を掻きながら謝罪した。

梓「まさかわざとやったじゃないんでしょうね?」
唯「え~そんなことないよ~?」
と唯先輩は素知らぬふうに下手な口笛を吹いて誤魔化す。

梓「む~、唯せんぱ~い?」
紬「あら、唯ちゃん、梓ちゃんもう来てたのね」
梓「あ、ムギ先輩」
唯「ムギちゃん!」
私が唯先輩を詰ろうとするとちょうどムギ先輩が到着した。

澪「あ、良かった、みんな先に来てたのか」
直後澪先輩も現れた。

紬「それじゃ、後は律ちゃんだけね」
澪「全く言いだしっぺのくせに何をやっているんだあいつは」
律「おーっす、どうやら皆揃ったみたいだな」
澪先輩がぼやくとタイミングよく律先輩が山から下りてきた。

澪「り、律!なんで山から出て来るんだよ!」
律「ひひひっ、だから言ったろ?いろいろ準備があるってさ」
と、律先輩は不敵な笑みを浮かべる。

律「よーし、それじゃまずルールを説明するぞー。まずはこのくじを引いて二人一組のペアを作る。
  んで私が前もって山の中にあるお社に各自名前の書かれたろうそくを置いておいたからそれを持って帰ってこれればクリアだ。
  どうだ、簡単だろ?」
澪「おい、ちょっと待て律、二人一組ってことは一人余るだろ。ま、まさかその場合は一人で行けっていうんじゃないだろうな!?」
律「あぁ、その点は安心しろ。余るのは私だ」
澪「そ、そうか。良かった……って、律また何か企んでるだろ」
律「そんな事無いですわよ~?」
律先輩は分かりやすい態度でしらばっくれる。絶対何か企てているな、この人は。

律「ま、とにかくちゃっちゃとペア決めてくれよ。ほれ」
そういって律先輩はくじを差し出した。まず最初に唯先輩がくじを引き、澪先輩、ムギ先輩がそれに続く。

唯「あ、私赤色だ」
澪「私は青だ」
紬「私も青ね」
ということは……私は唯先輩と一緒のペアか。

唯「えへへ、やったー。よろしくね、あずにゃん」
唯先輩が無邪気な微笑みを投げかけてくる。
私も内心では唯先輩と一緒だ!と胸が弾んだけどそれとは裏腹に
はしゃぎすぎて怪我とかしないでくださいね、なんてつい小言を叩いてしまう。

律「よし、決まりだな。じゃあ、私が先に行ってるから、その後皆は十分刻みで出発してくれ。
  順番はそっちで適当に決めちゃっていいからさ。それじゃ、健闘を祈ってるぜー!」
そういって律先輩は勢いよく駆け出し、山の中へと姿を消していった。

澪「何がしたいんだ、あいつは」
梓「大方この先で待ち伏せて私達を脅かすつもりなんでしょうね……」
澪「まぁ、十中八九そうなんだろうな……はぁ」
何はともあれ、まずは順番を決めなければいけない。
じゃんけんで決めた結果私と唯先輩が先行することとなった。

唯「よーし、レッツゴー!」
梓「肝試しのテンションじゃないですね……」
肝試しの雰囲気にはあまりにもそぐわない唯先輩の明るさに思わず苦笑してしまう。

唯「うー……でも、やっぱり何だか不気味だね~」
しかし、いざ歩き始めるとすると唯先輩はちょっと弱気になってしまった。
まぁ、確かに山の中は見通しが悪く、木々のざわめきややたらと周囲に響く虫の音、頼りなく降り注ぐ月の光が
不安感や恐怖感を煽って何とも不気味だった。
その後、しばらく進んでいくと突然唯先輩が悲鳴をあげた。

唯「きゃああ!!」
梓「ゆ、唯先輩どうしました!?大丈夫ですか?」
唯「な、なんか今頭にヒヤッってしたのが……!」
私が慌てて周囲を観察すると何か長方形の物体が浮いているのが見えた。
一瞬ドキッっとしたものの落ち着いて目を凝らしてみると、それは木の枝からつるされたこんにゃくだった。

梓「って、何だ……。ただのこんにゃくですよ、唯先輩」
唯「ほえ?うわ、本当だー。もー、びっくりして損したよー」
梓「ふふふ。多分律先輩が仕掛けてたんでしょうね」
唯「そっかー。うう……律ちゃんにしてやられたよ……」
梓「きっとこの先でも律先輩が待ち伏せてると思いますから気をつけましょうね」
唯「うん!律ちゃんめ、逆にびっくりさせちゃうもんね」
梓「ふふ……。頑張ってください」
唯「それにしても、あずにゃんは落ち着いてるね」
再び歩を進めながら唯先輩が投げかける。

梓「そうでしょうか?」
唯「うん。私が怯えるあずにゃんを守ってあげようなんて思ってたのに、さっきはてんで逆の立場になっちゃってたしさ」
こんにゃくであれほど動揺していた唯先輩がそんな事を言うものだから私は思わず吹き出してしまった。

唯「ああ、あずにゃんひど~い。笑う事ないでしょー」
梓「あははっ!ごめんなさい。でも、その気持ちだけで嬉しいですよ」
それは私の本心だったが、唯先輩は信頼されてないと感じたのが膨れてしまった。

唯「あずにゃんはさ、お化けとか怖がらないタイプ?」
梓「う~ん、そういう訳では無いと思うんですが……」
唯「そう?その割にはあずにゃん全然怖がらないんだもん」
梓「それはきっと……唯先輩がいるからですよ」
言い終えた後、我ながららしくないなと心の中で自嘲してしまった。
だけど、同時にそれは嘘偽りのない私の本音でもあった。
この人が隣に居てくれるというだけで暖かさと安堵に包まれて恐怖なんて付け入る隙はなくなってしまうのだ。

唯「へ?」
その言葉を聞いてキョトンとしている唯先輩。
だけどだんだん私の言葉の意味を飲み込んでいったようで見る見る内に笑顔になり
いつものように私に飛びついてきた。

唯「あっずにゃーん!!!」
梓「にゃッ!!もう……唯先輩」
唯「私もあずにゃんがいれば何も怖くないよー!さ、早く行こ?」
そう言って唯先輩は嬉しそうに、鼻歌を歌いながら歩き始めた。
私の一歩先を歩いているせいで表情は分からないけどきっと満面の笑みを浮かべてるんだろう。
私のたった一言だけで唯先輩がそんなに喜んでくれるという事実に胸を弾ませながら、
これはいい雰囲気なんじゃないかと思った私は意を決した。
唯先輩に私の思いを伝えるんだ。
私が唯先輩を大好きだって事。愛してるって事。
今言わなければずっと言えない気がするから。
今しかないかもしれないんだ。
だから……!
私は覚悟を決めて唯先輩に声をかけた。

梓「あのっ……唯先輩!」
しかし、その声はむなしく響き渡るだけで誰にも伝えられる事はなかった。
私のすぐ前を歩いていると思っていた唯先輩はいつの間にか姿を消してしまっていたのだ。

梓「え……」
一瞬で私の全身から血の気が引いた。

梓「唯先輩!?唯先輩、どこにいっちゃたんですか!!」
必死になって私は叫び、辺りを探し回る。
しかし、一向に唯先輩が見つかる気配は無かった。
どうしよう、もしこのまま唯先輩がこのまま見つからなかったら私……。

「あずにゃん……?」
梓「……!?」
今にも泣き出しそうになった時、背後から突然唯先輩の声が私を呼んだ。
驚いて振り向くとそこには唯先輩の姿があった。
私は慌てて唯先輩の元へ駆け寄る。

梓「唯先輩、何で、どうしていきなり居なくなっちゃうんですか!?どれだけ心配したと思ってるんですか!
  私……私……」
半べそをかきながら、私は唯先輩の胸に顔を埋める。
唯先輩はそんな私の頭を優しくなでてくれた。

梓「唯先輩……もう私を置いていったりしないで下さい……。ずっと……一生私の目の届く範囲に居てください!!」
唯「あずにゃん……それってどういう意味かな……」
梓「好きなんです……!唯先輩の事が……。愛してます!だから……唯先輩、私と……」
唯「ありがとう、あずにゃん。私もあずにゃんの事大好きだよ」
梓「そ……それじゃあ……!!」
唯「でもね、あずにゃん私達は女同士なんだよ?分かってるの?」
梓「そ、それは……分かってるつもりです。でも、それでも私は唯先輩のことが大好きだから」
唯「分かってないよ、あずにゃんは。私達が世間からどんな目で見られるのか。辛い事なんだよ、本当に。
  この世界じゃ私達は結ばれない」
梓「そ、そんな事……」
唯「そんな事、あるんだよ。だからね、あずにゃん。私と一緒に……」


    『 死 ん じ ゃ お う ? 』


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最終更新:2011年08月26日 23:20