え……?
私はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。唯先輩は一体何を言っているのだろうか。
不安を感じてふと辺りを見回してみると、なぜ今まで気づかなかったのだろうか、私達は崖の上に立っていた。
暗闇のせいで下が良く見えないが少なくとも決して落ちて無傷で済む高さではないだろう事は分かった。
唯「私達は死んで一緒になるんだよ。こんな辛い世界じゃなくて、向こう側の世界で私達は永遠に一つになれるんだよ?」
違う、この人は唯先輩じゃない……
梓「あ、あなた……誰!?」
『何を言ってるの、
あずにゃん?私は唯だよ?あずにゃんの大好きな平沢唯』
唯先輩……いや、唯先輩の姿をしたそれは生気を感じさせない無気質な声を発した。
そして私の腕を掴み崖下へ引きずり落とそうとする。
梓「い、いやっ!やめて!!」
『あずにゃん、お願い。死んで、私と一緒に……』
私は半狂乱になりながら一心不乱にその手を振り解こうとするけれども、
相手の力は信じられないほどに強く少しの効果も無かった。
ジリジリと少しずつ、だけど確実に私は崖の縁まで追い詰められていた。
そしてついに……
梓「あっ……」
私の体は宙へと投げ出された。
私の視界が暗黒の空で覆われ奇妙な浮遊感が全身を包む。
ああ、そうか……私は死ぬんだ……。
全てを諦めそっと目を閉じた。
しかし、いくら時が経っても、全く衝撃を感じない。
それどころか落ちてる感覚も……。
もしかしたらもう私は死んで天国にでもいるのかな……いや、地獄かも……。
そんな事を考えながらゆっくりと目を開けると……
唯「あ……ず……にゃん!」
そこには崖の上から手を伸ばし私の手首を掴んで支えてくれている唯先輩の姿があった。
梓「唯先輩!そんな……でも何で!」
唯「あずにゃんが突然消えちゃって……必死に探してたら……何かに引っ張られてるようなあずにゃんが見えて……」
という事はやっぱりさっきまでの唯先輩は本物じゃなかったんだ。
ほっと胸を撫で下ろす。だけど、それじゃあさっきまでのあれは……。
いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。
梓「唯先輩引き上げられますか?」
唯「うう……!今頑張ってるんだけど……!!」
やっぱり無理か……。私は小柄な方だけど、唯先輩だって体格に恵まれているわけじゃない。
人間一人を引き上げられる女子高生なんてそうそういるわけがない。
梓「唯先輩……もういいです……。手を離してください」
唯「何を言ってるの、あずにゃん!!そんな事出来るはず無いよ!!」
梓「いいんです……二人とも助からないより一人助かった方がいいじゃないですか……」
唯「いやだ!!絶対に離さないからね!!そんな事するくらいなら死んだ方がマシだよ!!」
梓「唯先輩……お気持ちは嬉しいですが……」
唯「うう……」
最早唯先輩の腕力は限界だった。
それでも唯先輩は諦めず私を一気に引き上げようと渾身の力を込める。
しかし、その瞬間崖の縁が崩れ、私と唯先輩はそのまま崖下へ向かって落下していった。
意識が途切れる直前、私が見たものは崖の上から私達を恨めしそうに見下ろす長い髪の女性だった……。
――――――――――――――――
次に目覚めた時、私の視界を覆ったのは真っ白な天井だった。
梓「あれ……ここは……」
唯「あ!あずにゃん目が覚めた?よかったー!!」
目を覚ますなり唯先輩の声が頭に響く。
声のした方を向くと包帯だらけでベッドに横たわる唯先輩の姿があった。
とはいえ、包帯だらけなのは私も一緒のようだった。
そうだ、私は確か唯先輩と一緒に崖から転落して……
……どうやらここは病室らしい。
梓「あの……唯先輩……ここは?」
唯「う~ん、私もついさっき目を覚ましたところだから詳しい事は……」
唯先輩が言いかけた時、おもむろに病室の扉が開かれた。
律「お……お前ら!やっと目が覚めたか!」
澪「あ、本当だ!良かったぁ……!」
紬「梓ちゃん……唯ちゃん……無事でよかった本当に……」
扉からぞろぞろと顔を覗かせてきたのは先輩達だった。
丁度面会にでも来たところだったのだろうか
先輩達は目を覚ました私の姿を見るなり口々に安堵の声を上げた。
澪「それにしても崖下で倒れてたお前らを見つけたときは背筋が凍ったよ……」
律「全くだ……まさかこんな事で私のほうが肝を冷やす事になるなんて思っても見なかったぜ……」
あの後先輩達は、余りにも帰りが遅い私達を心配して山の中を探し回った所、崖下で倒れてた私達を見つけたらしい。
幸運な事に落ちてる途中で木にでも引っかかったのか全身に切り傷や打撲を負っているものの大事は無いらしい。
全く奇跡的としか言いようが無い。
紬「ねえ、二人ともどうしてあんな事になったの?」
ムギ先輩が心配そうに尋ねる。
唯「うーん、私は崖から落ちそうになってたあずにゃんを助けようとしてただけだから……」
唯先輩がそう言うと、四人の視線は一斉に私へと注がれた。
どうしよう……正直に言っても誰も信じてくれないだろうけど、嘘を言って誤魔化す機転も私には無い……。
先輩達の視線に苛まれながら、しばらく逡巡した後私はありのままの事実を話す事にした。
私は唯先輩を見失ってからの一部始終を包み隠さず話した。もちろん私が唯先輩に伝えた想いも……。
私が全てを語り終えると先輩達は四者四様の反応を浮かべていた。
茫然自失とする唯先輩。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる律先輩。
恐怖に震える澪先輩。
何だか妙に複雑な表情のムギ先輩。
居たたまれない沈黙の中、最初に口を開いたのはムギ先輩だった。
紬「あのね、実は私病院に二人が送られた後調べてみたんだけど、あの山の、それもあの崖から飛び降り自殺した女の子が過去にいるらしいの……」
それを聞いて私は確信した。そうか……やっぱりあれはこの世のものではなかったのか……。
律「やっぱりか……」
澪「やっぱりって何だ律!?お前、何か知ってったのか!?」
律「いや……崖下にさ、花束があっただろ?それでここは何かあったのかなー、って」
紬「うん、私もそれが気になって調べてみたの」
澪「そ、そうだったのか、全然気づかなかった……」
律「あの時はお前もかなりパニックになってたからなぁ……」
澪「しょ、しょうがないだろ!!」
紬「話はまだ続きがあるの。あのね、その自殺した女の子は同性愛者だったらしいの」
同性愛者……その言葉を聞いて私の心臓はどきんと飛び跳ねた。
紬「その子にはね、好きな先輩がいてその人が卒業する直前に告白をしたの。だけど残念ながらその想いは実らなかった……。
そして、その先輩はその後遠くの大学に進学してしまった。ここまでならただの失恋話で済むんだけどね。
どういわけかその子が同性愛者だっていうのが広まってしまって、それが原因でいじめられたらしいの。
それでその子は遂に耐え切れなくなって……」
そこまで話すとムギ先輩は口を噤んだ。
しばらく重苦しい空気が場を包んだ。
律「ま、何にせよだ……。唯と梓が無事だったんだからそれでいいじゃないか!この話はこれでお終い!あとは唯たちが回復すれば万事OKだろ!」
澪「あ、ああ……そうだな……。それじゃ、私達はそろそろ帰るよ。お大事にな」
紬「梓ちゃん、余り気にしちゃ駄目よ?」
梓「あ、はい。みなさんもお気をつけて。ほら、唯先輩?みなさん帰るそうですよ」
心ここにあらずといった唯先輩に声をかける。
唯「えっ?あ、う、うん。みんな、ありがとう。ばいばーい!」
全く大丈夫かよーなんて律先輩達は苦笑しながら出て行った。
病室には私と唯先輩だけが残される。
梓「あの……唯先輩?話聞いてましたよね?いつでもいいです。私、返事待ってますから……」
唯「あずにゃん……」
唯先輩は一瞬言葉に詰まった後
唯「私……私もあずにゃんの事大好きだよ!一人の女の子として……あずにゃんと
ずっと一緒に居たいよ!」
梓「唯先輩……でも、いいんですか?私達は女同士で……さっきの話でも……」
唯「そんなの関係ないよ!!大好きなんだもん!どんなに大変でもあずにゃんとなら乗り越えられるよ!
それに皆だってきっと受け入れてくれるよ!仲間だもん!」
梓「唯先輩……」
そうだな……確かに根拠は無いけれど唯先輩と一緒ならどんなことでも出来そうな気がした。
それに私達には心強い仲間達がいる。
軽音部の先輩達や憂、純、さわ子先生や和先輩も……。
まだみんなが受け入れてくれると決まったわけじゃないけれど、きっと過ちは繰り返さなくて済むと思う。
唯「ねぇ……あずにゃん?」
梓「はい?」
唯「退院したら、一緒にどこか行こうよ。どこに行きたい?」
梓「そうですねぇ……動物園がいいです」
言った後、しまったと思った。これはデートのお誘いか……。
動物園はこどもっぽ過ぎたかな……。
だけど唯先輩は
唯「いいねぇ、動物園!行こう行こう!」
なんて無邪気に微笑んだ。
それを見てやっぱり唯先輩の笑顔、大好きだな、なんて思った。
あれから数ヶ月程が過ぎた。
ほとぼりも冷めた頃だろうと思った私は唯先輩と共に少女が自殺したという崖下に再び向かっていた。
なんだか放っておく事は出来なかったから……。
ただ不安があることも確かだ。
念のためお札や数珠なんかも用意したけどどれほどの効果があるのかは分からないし……。
梓「そろそろですかね……」
唯「そうだね……あれ?誰かいるよ?」
茂みを抜けるとそこは確かにあの場所だった。
だけどそこには唯先輩のいったとおり供えられた花束の前で手を合わせてるいる栗毛の女性がいた。
私は気になってその人に声をかけてみる。
梓「あの……そこで亡くなった方のお知り合いですか?」
不意に声をかけられた栗毛の女性は少し驚いたような顔でこちらを振り返る。
「ええ……まぁ……ね。あなた達も……」
梓「あ……いえ、私達はその……」
私が言葉に詰まると唯先輩が口を挟む。
唯「あの……もしかして、この亡くなった方から告白された先輩ですか?」
梓「ゆ、唯先輩!?」
「よく知ってたわね……その通りよ……」
梓「ええ!?
「実はね、この子から告白されたとき私も満更じゃなかったのよ……。
私はこの子をとても可愛がってたし、正直ちょっと気になってたわ。
だけど、怖かったの。今までの関係が壊れてしまう事、周囲からの視線……。
きっと想いを貫いても私もこの子も、誰も幸せになれないと思った。だから私は逃げたの……。
この地を離れてからこの子の訃報を聞いてからすごく後悔したわ。
出来れば私が側にいて守ってあげたかった。でも今となってはどうにもならない事ね……
やっぱり女が女を好きになるのは間違いなのかしら……」
梓「…………」
唯「そんな事無いよ!!」
「え……?」
梓「私とあずにゃんは愛し合ってるけどすごく幸せだし、みんなも応援してくれてるもん!
女の子同士が愛し合ったって間違いなんかじゃないよ!」
そこまで言い終えると唯先輩はふんすっと鼻を鳴らす。
「クスッ……そう、あなた達そういう関係だったの」
梓「ちょ、唯先輩……!?ご、ごめんなさい無神経でしたか?」
「いえ、いいのよ。むしろ安心したわ。あなた達すごくお似合いよ?」
唯「えへへ」
梓「そ、そんな……//」
「あなた達、どうか私達の分まで幸せになってね?」
唯「うん!」
梓「は、はい!」
「うふふ、それじゃ私はこれで……」
梓「あ、あの……!」
「なぁに?」
梓「この人の事忘れないであげてくださいね……?」
「当然よ。その子の事はずっと、いつまでも大好きだから……」
そういって栗毛の女性はゆっくりと去っていった。
私達は
その背中を見えなくなるまで見守っていた。
唯「あずにゃん、私達もっと幸せになろうね!」
梓「ふふ。そうですね。約束しちゃいましたからね。2倍幸せにならないと……」
唯「うー、大変だねー、あずにゃん」
言葉とは裏腹に満面の笑顔を浮かべる唯先輩。
梓「それじゃ、唯先輩。今日はどこに行きましょうか?」
唯「そうだな~。そうだ、この前可愛い雑貨屋さん見つけたんだよ。あずにゃんとそこに行きたいな。
その後喫茶店でお茶しよう!」
梓「いいですね!それじゃ行きましょうか」
唯「うん」
私達は花束のそえられているところにそっと手を合わせ冥福を祈った後手を取り合って歩き出した。
人の分まで幸せにならないといけないなんて大変、なんていったけれど、
私と唯先輩なら二倍と言わずきっと三倍でも四倍でも十倍だって幸せになれるよ。
ね、唯先輩?
おしまい
- 生きててよがだーー“!!! -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 12:41:10
- 今の季節にはぴったりなお話w -- (名無し) 2013-06-16 13:55:59
最終更新:2011年08月26日 23:19