夏休みのある部活でのこと。
「唯ってよくそのヘアピンしているよな」
いつものティータイムに、りっちゃんがふとそんなことを言った。
「りっちゃんだって、いつもカチューシャしているじゃん」
「私には山よりたか~くて海よりふか~い訳があるのです!」
ふん! とりっちゃんは胸を張って高らかに言った。
「私にだってあるもん!」
「本当か~?」
「本当だもん」
りっちゃんがあやしいなぁと私を見てきた。
「それ、どんな話か聞きたいな」
ムギちゃんがキラキラと目を光らせて私に詰め寄ってきた。
「私も聞きたい! 澪も聞きたいだろ?」
「ま、まぁ……」
「……あんまりおもしろい話じゃないよ?」
そう言った瞬間、りっちゃんが期待の目で見つめてきた。
「大丈夫! どうぞ!」
「それじゃあ……」
それは、私がまだ小さかった頃。
うちの隣に中野さんって人が住んでいたんだ。
その家には1人娘で8歳年上の梓ちゃんって女の子がいたんだ。
家も近いし、梓ちゃんもいい人ですぐ仲良くなったんだ。
いつだったかネコ耳をつけた姿がとってもかわいかったから、私は
あずにゃんってあだ名をつけていたんだ。
本当に小さいときから仲が良くて、幼馴染みたいな感じだった。
憂と家によくおじゃまして、一緒に遊んだりしたりしてたんだ。
小学校にあがってからも
ずっと一緒で、宿題を教えてもらったしもしたな。
けど、小学校4年生の夏休み前ぐらいからあずにゃんと会う機会がめっきり減ったんだ。
いつものように宿題を教えてもらおうと思ったんだけど、お母さんにだめって止められていた。
梓ちゃんは大学に行くための勉強をしているから邪魔しちゃだめだって……。
私は大学に行くために勉強をいっぱいしなくちゃいけないのかわからなかったんだ。
あずにゃんに会いたくて仕方がなかった。
仕方がないから学校から帰ってくる時間を見計らって、あずにゃんに会ったりもしたな。
受験勉強で忙しいのに、あずにゃんはそのまま家に上げてくれて私の相手をしてくれたんだ。
部屋の中の机にはノートや参考書が散らかっていてすっごく勉強しているんだなってわかったんだ。
その後にお母さんに怒られたけどね。
その日から私はあずにゃんの家に遊びに行くことをやめたんだ。
邪魔しちゃいけないって何となくわかったから。
ちゃんと応援してあげようって思ったんだ。
そして、年が明けて1月の中旬ぐらいになった頃だった。
ある日、私はあずにゃんが朝早くに家を出るのを見たんだ。
学校に行く時間とは違うはずなのに、不思議に思って見ていたんだ。
とっても顔が強張っていて、声をかけられなかった。
それから朝早くに出て行って、顔も合わせられない日々が続いたんだ。
今思えば、あれは全部受験をしに行っていたんだよね。
私はあずにゃんに会えることもできなくなって、少し寂しい思いをすることになったんだ。
しばらく経って、お父さんとお母さんががあずにゃんの話をしていたのを聞いたんだ。
「お隣の梓ちゃん、N女子大学に合格したそうよ」
「おぉ、それはすごいな!」
「ねぇねぇ、あずにゃんがどうしたの?」
私がお母さんに聞くと、にっこりを笑って言ったんだ。
「梓ちゃんはね、難しいテストをして大学に合格したんだよ」
「へぇ~」
その時、私は純粋にあずにゃんがすごいとしか思っていなかった。
家で見たノートや参考書の山を思い出して、あずにゃんのがんばりが実ったんだと素直に喜んだ。
数日後、やっとあずにゃんの家に行くことにOKがでて私は真っ先にお祝いの言葉をかけに行ったんだ。
「あずにゃん、大学に合格したんだって? おめでとう!」
「ありがとう。誰から聞いたの?」
「お母さん。あずにゃんのお母さんから聞いたんだって」
「そっか……」
私は自分のことのように嬉しくて仕方が無かったのに、あずにゃんはそうでもなかった。
その時、あずにゃんの声が急に暗くなって頭を撫で始めたんだ。
「私ね、この春から大学に行くんだ」
「うん」
「でね、大学が遠いから独りで暮らすことになったの」
あずにゃんは私が言葉の意味をくみ取れるようにゆっくりと言ってくれたんだけど、それがとても悲しく聞こえたんだ。
「だから、唯ちゃんとはしばらくお別れ」
「そ、それって遠いの?」
「ちょっと……、ね?」
ちらっとあずにゃんの顔を見たら、悲しそうに笑っていた。
その時、私はあずにゃんの言葉からもう会えないのかもしれないと思ったんだ。
そう思ったらとっても悲しくなって、泣いちゃったんだよね。
「唯ちゃん、泣かないで……?」
「泣いてなん、か……、ないよ……」
私は何とか我慢していたんだけど、どうにも涙が止まらなかったんだ。
「……ごめんね」
それに見かねたあずにゃんが私のことを抱きしめてくれたんだ。
「ぐすっ……! うっ……! あず、にゃん……!」
「よしよし……」
私は優しく抱きしめてくれたあずにゃんの胸の中で、しばらく泣いていた。
私はまた会えるってわかっていたんだけど、どうしても堪えられなかった。
だから、いっぱい会う約束をしたんだ。
「手紙も、メールも、電話もいっぱいするもん!」
「うん……! うん……!」
「お休みの日には、頑張って会いに行くもん……!」
「いいよ……! いつでもおいで……?」
「あずにゃん、だいすき……!」
「……うん。私も、唯ちゃんのこと大好きだよ」
それから私のことを優しく抱いてくれて、ずっと頭を撫でてくれたのを覚えてる。
「唯ちゃん」
「何……、あっ……!」
それと……。
「それと……、何?」
「い、いや……」
そこまで言いかけて、私はじんわりとほっぺが熱くなるのを感じた。
「おでこ押さえて、頭痛いのか?」
心配そうに澪ちゃんが覗きこんでくるものだから、余計にほっぺが熱くなった。
「何でもない! 何でもないよ! さ、続き話すよ!」
「?」
不思議に思っているみんなを尻目に、私は続きを話し始めた。
春休みに入る頃になると、あずにゃんの家はちょっと騒がしくなっていた。
あずにゃんが独り立ちする準備をしていたんだ。
私は悲しくなるのが嫌で、なるべくあずにゃんに会わない様にしていたんだ。
でも、日が経つにつれてあずにゃんは遠くに行くんだって考えちゃって、悲しくなって……。
あっという間にあずにゃんの旅立つ日が来たんだ。
朝に車で行っちゃうのを、家族全員で見送りしたんだ。
「梓ちゃん、いってらっしゃい」
「がんばりなよ?」
「……ありがとうございます」
少し大人になったあずにゃんとは違って、憂と私は泣かない様に我慢するので必死だった。
そんな私たちに、あずにゃんは歩み寄ってきて頭を撫でてくれた。
「唯ちゃん、憂ちゃん、これあげるね」
そう言うと、あずにゃんがバッグからふたつの紙の袋を取り出して私たちに渡してくれた。
「……開けていい?」
「いいよ」
この時貰ったのが、憂は黄色いリボン、私は黄色いヘアピンだったんだ。
「こっちにおいで。つけてあげる」
泣きじゃくる私たちをあやしながら、あずにゃんは髪をとめてくれた。
「ほら、こんなにかわいいのがついているのに泣いちゃだめだよ」
「う、うん……!」
「えぐっ……! うぅ……!」
憂はやっぱり泣くことを我慢できなくて、ずっと自分のつま先を見つめていた。
だから私は、精一杯の笑顔をつくってあずにゃんに笑いかけてあげたんだ。
「ありがとう……!」
その時、私は初めてあずにゃんが泣いているのを見たんだ……。
「……いってくるね」
「……いってらっしゃい」
───そして、あずにゃんは車に乗って行ってしまった。
「そっか……。そんなことがあったんだなぁ」
しみじみとりっちゃんがお茶をすすりながら呟いた。
「……うん」
「連絡はまだとっているのか?」
澪ちゃんがクッキーをかじりながら聞いた。
「もう年賀状ぐらいしか出してないよ」
「すっごくいい話だったわ……」
ムギちゃんがうっとりと言ってくれた。
「それで、りっちゃんのカチューシャの話は?」
「へっ? あ、いやー、その……。ま、また今度な!」
「えぇ~? ずるいよぉ! 私は話したのに!」
「こ、今度って言ったら今度!」
昔のように強いつながりがあるわけじゃないけど、全然寂しくない。
今はみんなもいるし、私も少し大人になったから。
それに、このヘアピンがずっとあずにゃんと繋げていてくれる気がするから。
ずっとそばにいてくれる気がするから……。
「よろしくお願いします!」
「緊張していると思いますが、無理に張り切らない様にしてください」
「は、はい!」
校長先生が気さくに笑ってくれて、私は少し落ち着くことができた。
2学期が始まるのと共に、私も教壇に立つのだ。
それに少し興奮しつつ、私は校舎を見まわした。
この校舎に戻ってくるのも6年振りだろうか。この雰囲気は全く変わっていない。
変わったところと言えば私が大人になったことぐらいだろうか。
軽く深呼吸をして、窓の外の運動部の練習を見つめた。
部活動が盛んなところもまるで変わっていない。
私は昔のことに思いを馳せた。
「唯ちゃん……、元気にしているかな」
───唯と梓が再び出会うまで、あともうちょっと。
- 続きがみたい -- (名無しさん) 2012-01-10 04:58:11
- R18だけど続編があるよ! -- (名無しさん) 2012-01-10 21:30:49
最終更新:2012年01月19日 02:10