クリスマスも押し迫る12月半ば・・・商店街で福引が行われていた。
1等は1泊2日の温泉旅行、2等が5kgのお米、3等が2000円分の商品券、4等がポケットティッシュ。
- 景品の内容を見る限り、必然的にポケットティッシュが当たる確率が高いのは言うまでもない。
そんな中、特賞の文字に私は惹かれていた。
『特賞 クリスマスイヴ限定 高級レストラン ディナー ペアお食事券』
「へぇ・・・クリスマスにこういう所でデートできたら素敵だよねぇ」
私はこういう場所とは無縁だと思っていた。自分がこんなレストランで食事をしたら・・・なんて想像したところで、現実となるわけがない。
高級レストランでディナーなど、高校生が手を出せるわけがないと思ったけれど、ムギ先輩だけは別かな・・・。
今年のクリスマスはまだ予定は立ててないけれど、いつものように軽音部の先輩方や憂達と過ごすのだと思っていた。
この場を離れようとしたが、手元には先程買い物を済ませた時に貰った福引券がある。
このまま何もしないで帰るのはさすがに勿体ないと思い、私は抽選会場に足を運んだ。
「まぁ、商品券が当たれば嬉しいかな」
福引券は3回分あった。受付の人にそれを渡し、ガラガラを回す。
何が出るかな、何が出るかな―――白い玉が出た。ポケットティッシュ1つ目ゲット・・・まぁ普通だよね。
2回目・・・ちなみに、商店街によくある、このガラガラって『新井式廻轉抽籤器』って言うらしい。
読み方は―――って、白い玉が出た。ポケットティッシュ2つ目確保・・・やっぱり現実は厳しい。
ラスト、ガラガラ・・・もとい『あらいしきかいてんちゅうせんき』を回す・・・あぁ、やっぱり最後は金の玉が出た。
「おめでとうございます!!特賞のクリスマス限定 高級レストラン ディナー ペアお食事券が当たりましたぁ!!」
「えぇ!?・・・あ、ありがとうございます・・・」
まさかの展開だった。最後もポケットティッシュなら、まとめて純へのクリスマスプレゼントにしちゃおうと考えてたのに。
こういうくじ運は無いかと思っていたから、一番上の特賞をゲットできた事が凄く嬉しかった。
しかし、ペアという事は誰かを誘うという事になるけれど・・・誘うっていう事は、即ちデートに誘うっていう事で・・・。
まぁ・・・デートに誘いたい人が居ないわけじゃないんだけどさ・・・。
私はおもむろにケータイを取り出し、アドレス帳を開いた。
「ん~・・・唯先輩、誘ったら来てくれるかなぁ・・・」
唯先輩に発信する。急な誘いだし、唯先輩はもう他の先輩達とクリスマスのパーティーの予定とか立てているかもしれない。
まぁ、断られたら両親に渡そう・・・たまには、こういう親孝行も良いよね。
私はケータイの向こうに響く呼び出し音を聞きながら、そんな事を考えていた。
いつものほんわかした声が耳に優しく入ってくる。
その声を聞いただけで、私の口元は緩んでしまう。
「唯先輩、今大丈夫ですか?」
「大丈夫だよぉ~」
「あの・・・クリスマスイヴなんですけど・・・唯先輩、予定空いてますか・・・?」
「うん、空いてるよ~♪」
「今、商店街でたまたまイヴの夜に使える、レストランのお食事券が当たったんですけど・・・あの・・・一緒に行きませんか・・・?」
「うん!あずにゃんからのお誘いなら大歓迎だよぉ♪クリスマスイヴは、あずにゃんと1日デートだね!」
「へっ!?・・・あ、そ、そうですね!楽しみにしてますです・・・!」
唯先輩からOKをもらった事で、嬉しさのあまり思わず飛び跳ねたくなってしまった。
しかし、そこはグッと我慢してクールに装うとしたが、嬉しさを抑えるのはなかなか無理な話だ。
レストランでのディナーだけでなく、まさか1日デートの約束までできちゃうなんて・・・!
想定外の出来事の連続に、私の今年の運は、これで全て使い果たした感じがした。
「ねぇ梓~、今年のクリスマスの予定はどうなってるの~?」
「今年はねぇ・・・ふふん、唯先輩とイヴにデートする予定なんだ♪」
「お姉ちゃんも、梓ちゃんとのデート、凄く楽しみにしてたよ」
「ホント!?」
「リア充めぇ・・・」
「そう拗ねないでよ・・・これあげるからさ」
「これって・・・ポケットティッシュじゃん」
「うん、福引で当たったから、純へのクリスマスプレゼント」
「いるかぁ!!せめてドーナツ屋さんのオールスターパックにし」
今日は学校の終業式の日。あちらこちらからクリスマスの予定について話し合われている。
今まではデートなんて物とは無縁だったので、唯先輩とのデートについて考えているだけで胸がドキドキしてくる。
デート次第では、もしかしたら先輩、後輩の関係以上の関係になれるかもしれない・・・と考えると、プランを書き出しているペンが進まなくなってしまう。
あそこにも行って、ここで買い物して・・・そっちでゆっくり時間を過ごして、最後はディナー・・・+α・・・!?
想像、妄想を繰り返していると、どうにも時間が経つのが早いようだ。気付いたら下校の時間が過ぎていた。
「じゃあ、唯先輩・・・明日は朝8時に駅で待ち合わせですからね!」
「うん、わかったよぉ~」
「遅刻したら許しませんよ♪」
「大丈夫だよぉ~」
「8時ですからね!」
「もう、あずにゃん!心配しすぎだよー!」
12月24日クリスマスイヴ・・・昨晩、そんなやりとりの電話をしたはずだった。
念を押したはずだった・・・唯先輩も大丈夫だと言っていたはずだった。
なのに私は待ちぼうけ・・・。時間は既に約束の時間から30分を過ぎようとしている。
「唯先輩・・・あれだけ言ったのに・・・」
せっかく考えたデートプランが、こうも簡単に崩れていくとは・・・。
今日は生まれて初めて高級レストランで食事をする事を考え、ちょっぴり背伸びをした大人っぽい服装にしてみた。
赤いワンピースに白いコート・・・普段の私からは想像できないくらいに変身してみた。
早く唯先輩に見てもらいたくて・・・早く感想を言ってもらいたかったのに・・・。当の本人が一向に姿を現さない。
電話をしてもメールをしても唯先輩からの返事が無い。私の気持ちは期待から不安、そして苛立ちへと変わっていた。
すると、ようやく唯先輩から着信が入った。
「もしもし、唯先輩!?今どこに居るんですか!?」
「ゴメン、あじゅにゃん・・・風邪ひいた・・・」
「えっ・・・えぇー!?何してるんですか!!」
「せっかくのデートだったのに・・・私凄く楽しみにしてたのに・・・」
「楽しみにしてたのは私だって同じですよ!」
「うぅ・・・ゴメンねぇ、ホントにゴメン・・・」
「今日の為にデートの内容もしっかり考えてきたのに・・・やっと唯先輩の声が聞けたと思ったら・・・唯先輩はダメダメです!」
「ゴメン・・・ゴメン、あずにゃんゴメン・・・」
「クリスマスイヴのデートに風邪なんて・・・ありえないです!!」
「本当に・・・ゴメンなさい、あずにゃぁん・・・ゴホゴホ・・・」
「・・・もう良いですから!今日はゆっくり寝ていてください!!」
感情的になってしまった私は電話を切ってしまった。
自分で言うのもなんだけど、練りに練って作り上げた、完璧なデートプランだった。
だけど、実践する前に全てが終わってしまった。
楽しみにしていたデート・・・。唯先輩とイヴにデートすると決まった時は、今年の運は全て使い果たしたと思っていた。
だけど、こういう結末になるという事は・・・本当に運を使い果たしてしまっていたようだ。
一時的にヒートアップしてしまった体は、すぐに熱を失っていく。
そして冷静になっていくにつれ、たった今犯した愚かな言動を徐々に悔い始めていった。
何で私、こんなにイライラしちゃったんだろう・・・。唯先輩だって風邪をひきたくてひいてるわけじゃないのに。唯先輩もちゃんと謝ってたのに・・・。
風邪で苦しんでいるであろう、唯先輩の事を思うと、目にどんどん涙が溜まっていく。
唯先輩とデートができなかった悔しさや、感情的になって唯先輩にキツい口調で当たってしまった愚かさ、唯先輩に会えない寂しさ・・・。
色々な感情がごちゃごちゃに混ざり、私はどうすれば良いのかかわらなくなっていた。
「憂・・・昨日から純の所に泊まってるんだっけ?・・・うん、うん・・・私、今からそっちに・・・うん・・・じゃあ・・・」
涙声が混ざりつつも、無意識のうちに私は憂に電話をしていた。今は憂に電話をしなければいけないような気がしたのだ。
愛しい待ち人が来ないとわかった以上、ここに止まる理由なんて無い・・・私は指でそっと涙を拭い、純の家に向かった。
「寝ちゃってた・・・外がもう暗いなぁ・・・。あずにゃん・・・ゴホッゴホッ・・・うぅ、あずにゃん・・・本当にゴメンよぉ・・・」
「・・・」
「ゴホゴホッ・・・せっかくのあずにゃんが考えてくれたデートだったのに・・・あずにゃんから誘ってくれたデートだったのに・・・」
「・・・」
「うぅ・・・あずにゃんに会わせる顔が無いよぉ・・・」
「・・・」
「はぁはぁ・・・体が熱いよぉ・・・熱・・・どれくらいあるのかな・・・あずにゃん・・・あずにゃん・・・会いたいよぉ・・・」
「・・・」
「会って・・・あずにゃんに謝りたいよぉ・・・本当にゴメンよぉ・・・」
「・・・そんなに簡単には許してあげないんですから・・・」
「・・・!?あずにゃん・・・あずにゃん!?・・・ど、どうしてここに!?」ガバッ
「ちょっ、起き上がらないで、ちゃんと寝ててください!」
「あっ、うん・・・」
「憂に事情を話して入れてもらったんです。今は気を利かせてくれて、また外に出てくれてますけど・・・」
私はあの後、憂に会って懇願した。唯先輩に会いたいと・・・。
理由は酷い口調で唯先輩にあたってしまった事を直接謝りたかったから。そして唯先輩の看病をしなきゃいけない悟ったから。
直接私だけ唯先輩の家に来た所で、鍵が閉まっていては話にならず、寝込んでいる唯先輩に鍵を開けてもらうのも忍びない。
となると、必然的に憂に事情を話し、家の鍵を開けてもらう事しかなかったのだ。
「あずにゃん・・・電気点けても良い?・・・あずにゃんの顔、見たいな・・・」
「はい・・・」
時刻は夕方の6時・・・すっかり陽も落ちていたせいで、部屋は真っ暗だった。
私は午前中から唯先輩の看病をしていたので、ずっと唯先輩の様子を見ていた。
逆に唯先輩は熱でうなされてながらも、今までずっと眠っていた為、私の事を見るのは今が初めてだった。
「朝は怒鳴って電話を切ってしまってゴメンなさい・・・」
「ううん・・・あずにゃんは悪くないよぉ。私が肝心な時に風邪なんてひくから・・・私の方こそ、本当にゴメン・・・ゴホゴホッ」
「大丈夫ですか!?」
「ちょっと・・・熱もあるみたいだし苦しいかな・・・ゴホゴホッ・・・あ、この濡れタオル・・・あずにゃんが用意してくれたんだね」
「唯先輩を看病していたんですから・・・と、当然ですよ!」
「ありがとう、あずにゃん・・・あずにゃんの看病が・・・今年のクリスマスプレゼントだね」
唯先輩は熱を帯びた真っ赤な顔でふにゃっと笑ってみせた。
力の無い・・・だけど、今の唯先輩にとっては精一杯の笑顔に・・・私は涙が止まらなかった。
何で・・・何で泣いてるんだろう、私・・・。
「唯先輩・・・唯先輩・・・わぁぁぁぁぁん!!」
「あ、あずにゃん!?どうしたの・・・!?」
私は泣いた。ただひたすら唯先輩にしがみついて泣きじゃくった。
風邪で苦しそうな唯先輩の表情を見るのが辛くて・・・。
唯先輩の状況を知らずに一人で怒ってしまった自分が情けなくて・・・。
それなのに酷い事を言った私を責める事無く、いつもの笑顔で許してくれた唯先輩が優しすぎて・・・。
その全ての感情がまたごちゃ混ぜになって・・・涙がとめどなく溢れていた。
クリスマスイヴに唯先輩とデートはできなかった。
高級レストランでディナーもできなかった。
せっかく大人っぽくおしゃれもしたけれど、褒めてもられなかった。
それでも私は幸せだった。どんな形であれ唯先輩と一緒に居られるだけで幸せだった。
「あずにゃん、落ち着いた?」
「はい、すみません・・・」
「よしよし♪」
唯先輩はそっと頭を撫でてくれた。その表情はまだ決して元気ではなかったけれど・・・とても温かく感じる。
「そうだ唯先輩、私お粥作ったんです。今用意しますから待っててください!」
「わざわざ私の為に・・・ありがとぉ、あずにゃん・・・」
お昼に作った為、お粥はすっかり冷めてしまっている。私はそれを温め直し、唯先輩の前に差し出した。
思わぬ形で食べてもらう、初めての手作りの物だけど・・・唯先輩の口に合うかな・・・。
「あずにゃん・・・食べさせてぇ~」
「もぅ・・・特別ですよ」
「えへへ♪・・・あーん」モグモグ
「ど、どうですか・・・?」
「うん、美味しい・・・」
「本当ですか?良かったです・・・」
唯先輩は私にニコッと微笑みかけ、視線をお粥に落とした。
「私、高級レストランって行った事ないんだけどさ・・・」
「えっ?急にどうしたんですか・・・?」
「そこで出てくるキャビアとかフォアグラとかトリュフとか・・・見た事も無いけれど・・・」
「私もテレビでしか見た事ないです・・・」
「そんな食べ物よりも、あずにゃんの作ってくれたこのお粥が、一番美味しいよ!」
「えっ・・・ゆ、唯先輩・・・」
「私のせいでデートが台無しになっちゃったけど・・・あずにゃんのお粥が食べられたのなら、高級レストランなんて行かなくて良かったよぉ」
「うっ・・・うぅ・・・」
止めてよ、そんなに眩しい笑顔で私を見ないでくださいよ・・・なんて心で思ったけれどダメだった。
今日何度目だろうか・・・流し終えたはずの雫の粒が、また私の頬を伝って落ちてきた。
でも、今泣いている理由ははっきり言える・・・。
唯先輩に喜んでもらえた事が嬉しかったから・・・。
「そういえば、私あずにゃんにクリスマスプレゼントを買ってあったんだ」
「あ、私もです・・・気に入ってもらえるかはわからないですけれど・・・」
私が買ったのは可愛らしいハート型のペンダント。
唯先輩は普段はあまりアクセサリーは身につけていないけれど、可愛い物が大好きな唯先輩に似合うと思って購入したのだった。
一方の唯先輩は、ちょっと長めのマフラーを私に
プレゼントしてくれた。
「ありがとうございます・・・でも、このマフラー・・・少し長くないですか?」
「長い理由は勿論・・・こうする為だよ♪」
そう言うと、唯先輩はマフラーを私に巻くと、長さが余った片方を唯先輩自身にも巻きつけた。
「ほら、こうするといつでもあずにゃんと一緒にくっついていられるよ♪」
「唯先輩ったら/// 来年は・・・こうやってクリスマスにデートできると良いですね・・・」
「あずにゃんがOKなら、ぜひ!・・・本当は今年、こういう事したかったのに、本当にゴメンね」
「もう良いですよ♪唯先輩と少しでも一緒に居られただけで、今日は凄く幸せでしたから!」
「あずにゃん・・・」
泣いてばかりいた私に、今日初めて笑顔が舞い降りた。
そんな私の様子を見て、唯先輩も一緒に笑ってくれた。
唯先輩の笑顔を見れば、今度は私の心は温かくなっていくのだった。
好きな人と一緒に買い物に行けなくてもね。
好きな人と一緒に外食ができなくてもね。
好きな人と一緒に手を繋いで歩けなくてもね。
幸せに過ごせるクリスマスイヴがあるっていう事を唯先輩から教わった。
心がホカホカになった
帰り道・・・唯先輩から一通のメールが届いた。
『今日は素敵なサンタさんが私の元に来てくれたから、すっかり元気になったよ、あずにゃん♪ありがとう!
・・・いつもより大人びてたあずにゃんの格好にドキドキしちゃった♪来年もまた、私の元に素敵なあずサンタさんが来てくれますように♪』
「私も・・・唯サンタさんから、お金では決して買えない、掛け替えの無い物をもらったんですよ?いつも温かな気持ちを私にくれる唯先輩・・・。
そんな唯先輩を好きでいて良かったと思う気持ちです。・・・今日は素敵なイヴになりました♪」
来年はもっともっと素敵なクリスマスイヴになりますように―――――
赤いワンピースに白いコートを装った小さな女の子は、そんな事を口にしながら微笑んだのだった。
終わり
- すばらしい! -- (名無しさん) 2012-07-24 14:31:36
最終更新:2011年12月30日 23:29