素直になるって、難しい。
軽音部に入ってから、私はそう思うことが多くなった。いや、唯先輩に出会ってから、と表現した方が適切かな。
あの人は遠慮という言葉を知らない。いつだって私に思い切り抱きついてくるし、強引にお菓子を食べさせてくる。
そういうことをされることに慣れていない私はつい…唯先輩に対して冷ややかな反応を取ってしまう。

「あずにゃーん♪」ギュッ
「ゆ、唯先輩…苦しいです」
「えへへー♪あずにゃんはいい匂いがするねー♪」
「は、離してください!」
「わわ…もー、あずにゃんつれないなー」
「いいから早く練習してください!」
「あずにゃん厳しい…けどわかったよー♪」

横目でチラリと覗くと、唯先輩はにこにこと鼻歌を歌っている一方で、少し寂しそうな、少し困ったような表情を浮かべていた。
…なんでそんな顔するんだろう。もっと仲良くしたい、とか思ってるのかな…
別に私だって先輩のことを嫌ってるわけじゃない。好きか嫌いかで聞かれたら、好きだと答えると思う。でも…
…多分、私と唯先輩は合わないんだ。どんなに友好的に接したって、合わない人間っていうのは必ずいる。私は唯先輩にとってそういうタイプの人間なんだろう。

だから…しょうがないんですよ、唯先輩。スキンシップが取りたかったら、律先輩とでも取ればいいんです。
私みたいに愛想が悪くて、素直になれない後輩なんかじゃなく。

そんなことを考えていると、しばらく黙っていた澪先輩が口を開いた。

「唯」
「なーに澪ちゃん?」
「今日から梓に抱きつくの禁止!」
「え…」

私は思わず澪先輩の方を見た。いや、私にとってはいいことのはずなんだけど…なんだろう、この気持ち。

「えぇー?なんでなんでー?」
「なんでじゃないだろ?毎日お前に抱きつかれて、梓は迷惑してるんだぞ?なぁ梓」
「えっ?あ、まぁ…はい…」
「だから今度からは普通に接すること! べたべたくっついて梓の集中力が落ちたりしたら軽音部のためにならないからな」
「あずにゃん……?」

唯先輩は私の顔をジッと見た。その目はどこか申し訳なさそうで、悲しそうだった。
ホントにそうなの?なんて聞かれているような気がして、私はあわてて目を逸らした。

「……わかった…もう、あずにゃんには抱きつかない……」

それから1週間。澪先輩の抱きつき禁止令が効いたのか、唯先輩はすっかり私に抱きつかなくなった。そして…

それを、とてつもなく寂しく思う私がいた。
やっぱり、私はダメなんだと思う。唯先輩に抱きついてもらわなきゃ調子が出ない。あのあたたかい感触を感じなきゃ、私はダメなんだ。

どうして、素直になれなかったんだろう。本当はもっと抱き締めていてほしいのに、もっと一緒にいたいのに…

「どうしたの?」
「はっ?」

一人きりの部室でぼんやりしていると、いつの間にかやってきた唯先輩に声をかけられていた。

「…唯先輩」
「ん?」
「私…その…っ…うぅ…」
「ど、どうしたの?どうして泣くの?」
「ごめんなさい…私…ホントは、ホントは…唯先輩に…」
「……」

唯先輩はそっと私を抱きしめた。あっさりと、澪先輩の禁止令を破ったのだ。

「唯…先輩…」
「いいんだよ…」
「…はい」

私はきゅっと唯先輩を抱きしめ返した。あたたかい、いつもの感触だ…私は幸せな気持ちで、唯先輩の胸に顔を埋めた。
そして私を強く抱きしめる唯先輩は、静かな口調で言った。

「ねぇ…私のこと、好き?」
「え…」
「どうなの?」
「…好き、です」
「ホントに?」
「はい…」
「…そっか」

唯先輩は私の首筋を軽く撫でた。私はくすぐったくてクスリと笑ってしまう。
今なら、素直になれる。そんな気がする…

「私、唯先輩のこと…大好きです」
「ありがとう…じゃあさ、なんで1週間も私に何も言わなかったの?」

唯先輩の手が、私の首を優しく包んだ。

「ごめんなさい…どうしても、素直になれなくて」
「そっか…でも私も同じ。素直になれないけど…好きだよ」
「…そ、そう、ですか…うれしいです」
「でもね…私、すごく苦しかったんだよ?1週間ずっと嫌われたって思って泣いてたんだよ?
 どれだけ苦しかったか、分かる?どうして、すぐに誤解だよって言ってくれなかったの?」
「ごめんなさい…」
「ううん…謝らなくたっていいんだよ。だって」

その時私は思い出していた。今日は職員会議のため部活は休みだということに。唯先輩がここにくるはずはないということに。
そしてなによりこの目の前にいる唯先輩は、私のあだ名を一度も言っていないことに。

これから教えてあげるんだから。梓ちゃん」


憂の手に、力がこもった。






(別END「それから1週間~」から分岐)
それから1週間。澪先輩の抱きつき禁止令が効いたのか、唯先輩はすっかり私に抱きつかなくなった。そして…

それを、とてつもなく寂しく思う私がいた。
やっぱり、私はダメなんだと思う。唯先輩に抱きついてもらわなきゃ調子が出ない。あのあたたかい感触を感じなきゃ、私はダメなんだ。

どうして、素直になれなかったんだろう。本当はもっと抱き締めていてほしいのに、もっと一緒にいたいのに…

「そろそろ厳しくなってきたんじゃないか?」
「はっ?」

一人きりの部室でぼんやりしていると、いつの間にかやってきた澪先輩に声をかけられていた。

「どういう事ですか?」
「ん?そのまんま。唯に抱きつかれないと調子でないんじゃないかな、って。」
「私は…別に…」
「なぁ梓、いつまでも高校生で居られるわけじゃないんだぞ」
「…」
「唯だって卒業する。その時、梓はちゃんと素直になれるのか?」

澪先輩はそう言うと、ふわりと私の髪を撫でた。
その優しい微笑が悪気あっての事では無いと語っている。

「澪先輩は……」
「律の事か?律ならもう私のものだから」
そういうと自慢げに腕を組み
「それじゃあ私は帰るけど、あっ!今日部活休みだから、唯にも言っといて」
わざとらしく笑うのだった。

「あ…」
「あ…こ、こんにちは、唯先輩」
「あ、うん。こんにちは。えと…律ちゃんは?」
「律先輩ですか?」
「うん、なんか連絡があるって聞いたんだけど」
ああ、なるほど…全く。一歩間違えば大きなお世話ですよ。
けれど、それが大きな力となって私の背中を押してくれる。
皆さんが、私の大切な仲間が私を応援してくれるなら、きっと。
「…?えっ、ちょっ!あずにゃん!?」
「…驚き過ぎです」
「いや、でも、あずにゃんからなんて初めてで…」
唯先輩は所存なさげに手をウロウロさせている。
どうなんだろう?ただ困ってるだけなのかも…
「抱きしめてくれないんですか?」
あ、まずい。なんか、泣きそう

「―――」
声にならなかった。久々に唯先輩の腕に納まって、ずっと求めていた物がそこにあって
なのに結局涙はとまらなくて。
「えっ?あれ!?抱きしめちゃダメだった!?」
「違います…グスッ、もっとして下さい…」
「あはは、よかったぁ。こうでいいんだよね?」
「…はい」

泣き止んでも私はまだ唯先輩の胸の中に居た。
一週間と言う長い月日は、私の唯先輩文を枯渇させて尚余りある時間だったのだ。
もういいんです!ふっきれたんです!
「えへへ、澪ちゃんとの約束破っちゃったね。」
「ごめんなさい、我が儘言って…」
「そんな事ないよ。私もずっとこうしたかったし…」
「…唯先輩」
互いの瞳が互いを映す。少しずつその距離が縮まって、私たちは
「おい」
「!?」
「!?」
まずい。なんか唯先輩の格好をした憂が仁王立ちしてる。おい、とか言ってる。
「おい中野」
ひいいぃぃぃぃ

「あ、なんだ憂かぁ。もぅ、びっくりさせないでよぉ。他の人なら卒倒してたよ。」
「え?お姉ちゃん?」
「今日見た事は私と憂の秘密。誰にも言っちゃダメだよぉ。わかった?」
「うん、わかった!」
いい顔してるなぁ。秘密の共有、なんと甘美な響き。しかしそれでいいのか憂。
ともかく、私はどうやら死亡フラグの回避に成功したようだ。めでたしめでたし。



  • 何故憂はヤンデレにならなきゃならないんだーーーーーー!! -- (名無しさん) 2010-02-13 11:33:02
  • 憂様怖いです -- (名無しさん) 2010-08-09 12:25:58
  • 「おい中野」 憂がヤンデレに… -- (名無しさん) 2010-08-18 06:11:07
  • 最初のENDがこわかった・・・ -- (名無しさん) 2010-08-30 13:02:29
  • あずゆい勢力拡大の為、まず、優さん抹殺に取り掛かるか…。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-21 02:48:36
  • 憂選手エ… -- (名無しさん) 2013-01-23 02:35:57
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最終更新:2009年12月23日 14:33