- 律澪ありの唯梓 大学時設定
- 男要素?あり
- シリアスです
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<梓SIDE>
私が大学2年時、唯先輩たちは3年の頃、HTTは解散の危機を迎えた。
その原因として挙げられるのは澪先輩と律先輩…それに、唯先輩だった。
澪先輩が軽音部を休みがちになったのだ。
澪先輩が何かに悩んでいるのは、誰の目から見ても明らかだった。
だけどその内容までは見て取れない。
当然ながら皆が皆、澪先輩を心配したが、帰ってくる答えは「言えない」の一点張り。
彼女と幼なじみの律先輩でさえ、その理由は知らされていなかった。
律先輩にはそれが歯痒かったのだろう。
軽音部の活動中、澪先輩を問い詰める事が何度もあった。
「澪、何か悩みがあるなら話して欲しい……私ら幼なじみだろ?何でも話してくれよ」
律先輩からすると、長年連れ添ってきた澪先輩に隠し事をされて不安だったのだろう。
その想いが届いているかは分からなかったが、澪先輩の返事はこうだった。
「すまん律…律の気持ちは嬉しいけど、こればっかりは話す事は出来ないんだ…」
幼なじみの二人の間に生じた僅かな亀裂。
だけどその時はそれほど心配はしていなかった。
それは以前、先輩達が高校二年の時に、すこし仲たがいをしたことがあったが、
ほんの数日で元通りになったことがあったから。
この二人の絆はそれほどまでに強いと言うことを私達は知っている。
だから今回の亀裂もすぐ閉じるだろうと信じて疑わなかった。
だけど…
それは浅はかだった。
律先輩には相談出来ないって言っていた悩み事を、澪先輩は唯先輩に話したのだ。
直接先輩達から聞いたわけではない。
でも、澪先輩と唯先輩が二人で休む事が多くなった事、
二人がよく一緒にいるのを見かけるようになった事が、暗に物語っていた。
思うに、唯先輩が澪先輩の悩み事に気づいたんだと思う。
普段のぽ~っとしたゆるい感じからは考えられない程、人の気持ちにはとても敏感な先輩。
何を隠そう、その事を私が一番直接感じている。
人知れず悩んだり、落ち込んでも、誰よりも早く気付いてくれて、
何も言わず優しく抱きしめてくれる…頭を撫でてくれるのだ。
とっても温かく、とっても安心出来、気持ちが和らいだ。
そんな唯先輩だからこそ、澪先輩の悩みに気づけないわけがない。
澪先輩の力になりたくて、傍にいてあげているのだろう…
そのため唯先輩との時間が少し減ってしまい寂しいけど、ここは我慢することろだと思った。
何かに集中している分、他がおろそかになるのも、唯先輩の特徴だからだ。
しかし、その長所とも短所とも取れる点が、今回はあだになってしまった。
律先輩だ。
唯先輩が澪先輩と一緒に居ることは、律先輩にとっては面白くなかった。
唯先輩は律先輩の気持ちまでは、気が回らなかったのだろう…
少しづつ歯車が狂いだした。
律先輩は澪先輩と唯先輩に対し、冷たく接するようになったのだ。
三人の間に流れる不協和音。
あれだけ仲のよかった先輩達の変わって行く様を間近で見て、
私とムギ先輩は戸惑う事しか出来なかった。
唯先輩に今回の事についてそれとなく聞いてみた事はあるが、
『ごめんね…
あずにゃん……ううん、みんなには本当に申し訳ないけど、言えないんだ…』
真剣な…そしてすこし寂しそうな表情で言われてしまったら、何も言えなくなってしまった。
そんな日々が一カ月ほど続き、久しぶりにHTTメンバー全員が揃った日、
律先輩は突然言った。
「悪いみんな…しばらくバンド活動は休止にしようと思う」
「ちょっ!そんな突然!」
「そ、そうよ、りっちゃん! どうしてなの?訳をきかせて?」
私とムギ先輩はその言葉にただ驚き、とりあえず説明を求めた。
「訳か……最近、バンド内の空気が悪くなってきたからなぁ…
誰かさんと誰かさんのせいかな? まぁ誰とはいわないけどな!」
嫌みたっぷりに言う律先輩。ほとんど名指しです、それ。
そんなケンカ腰だと澪先輩も食ってかかるんじゃないかと心配だったが、
どうも様子がおかしい。
「…そ、そんな…わ、わたし…べつに…そんな…」
小刻みにブルブルと震える澪先輩。顔も真っ青だった。
「み、みおちゃん…わたし…ごめん…」
そして唯先輩もほとんど同じ感じ。
私達にはなにも知らされてない状況の上、突然の休止宣言。
こんな理不尽な状況に黙っていられるわけがない。
一言言わないと気が済まなかった私が声を上げようとした時、
バンッ!!
「いいかげんにしてっ!!」
机を叩いて、ムギ先輩が立ちあがり叫ぶ。
「なんなのみんな!どうして何も教えてくれないの?
私達みんな仲間でしょ?なのになんで隠し事するの?
ねぇ…澪ちゃん…唯ちゃん…
お願い、何でもいいから…すこしでもいいから…おしえてよぉ…」
ムギ先輩の縋るような悲痛なお願いが部室に響く。
私も右にならう。
「私からもお願いします!このまま何も分からないままじゃ納得出来ません!」
ムギ先輩の剣幕に押されたのか律先輩は、
「すまん、ムギ、梓……私だって休止にしたくはないんだ…
でも、私にも何もわかんないんだ…でもどうしていいか…ううっ…」
やはり律先輩にも何も分からなかったままだった。
澪先輩はただただ泣いている…
唯先輩は…何かを考え込んでいるようだった。
すごく真剣な…そう、ライブを前にした時のような…
以前、この騒動の理由を聞いた時と同じ、真剣な面持ちだった。
そしてその顔をあげる。
「澪ちゃん…これ以上は無理だよ…」
「唯…」
「みんなごめん、私が悪いの…話さないといけないのも分かってるの…
でも、お願い……あと一週間…ううん、五日でいい…
時間が欲しいの…そうしたらちゃんと全てお話すから…
だから…お願い…」
「お、お願いします…」
唯先輩と澪先輩が深々と頭を下げる。
逃げないという唯先輩の気迫が伝わって、私達…そして律先輩は『待つ』ことにした。
それから三日経ち、事態は思わぬ方向へ動いた。
澪先輩と律先輩がいつも通りの関係に戻っていたのだ。
いやいつも通りではないかな…もっと親密になったというか、
二人の笑顔がそれを物語ってっていた。
そして唯先輩も久しぶりに明るい笑顔を見せてくれた。
『久々にあずにゃん分補給~』なんて言って私に抱きついてくる。
ほんと、しばらく抱きついてこなかったから、あずにゃん分不足してるんじゃないですか?
私もムギ先輩もようやく安心する事が出来た。
HTTの危機は去ったのだと確信していた。
しかし…
唯先輩が約束した五日目…
唯先輩は私たちの前に現れなかった…
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<唯SIDE>
私は裏切り者になった。
みんなと約束した日、私はみんなの前に行く事は無かった。
ううん、行けなかった…どうしても行く事は出来なかった。
当然みんなから心配する旨のメールが来たけど、
『インフルエンザにかかったから、治ってからにして欲しい』
と嘘のメールを返した。
時期的に丁度インフルエンザが流行していたため、それを利用したのだ。
お見舞いも”感染させたくない”と言って断ることができて、都合が良かった。
約束をしたあの日から二日目、私と澪ちゃんは一つの決断をした。
それは
『澪ちゃんがりっちゃんに告白する』
と言うものだった。
そう、澪ちゃんの悩みというのはつまり、りっちゃんに関することだったのだ。
小学生のころから大学まで
ずっと一緒の二人。
高校まではすごく仲の良い親友でいられた。
でも大学に入ると澪ちゃんに気持ちの変化がおきた。
澪ちゃんは元々りっちゃんの事が好き。
それは親友としての好きだとずっと思っていたのだが、それは違う事に気づいたのだ。
本来ならは異性に対し抱く「恋愛感情」と呼ばれるものだった。
大学に入ると、周りがとたんに色恋ごとにざわつき始める。
合コンなどでなんとか彼氏をゲットしようと躍起になる子も多い。
周りの友人らがしきりに彼氏の話をするようになるのだが、
その度に澪ちゃんはりっちゃんの事しか思い浮かばなかったのだ。
そして気づいた…
自分の同性の親友に向ける感情が、異常だと言うことに…
『同性愛』
この言葉が澪ちゃんの心を少しづつ蝕んでいった。
りっちゃんへの想いは日を追う毎に大きくふくらみ続ける。
それを気づかれないようにし、振舞った。
同時にりっちゃんに彼氏が出来ないか不安で不安で仕方がない日々。
そして「同性愛」という、異常な想い…
いつしか澪ちゃんは、自分の心に押しつぶされそうになっていた。
誰もが澪ちゃんの様子がおかしいのには気づいていた。
でも、悩みの内容までは誰も気づかなかった。
長年連れ添ってきたりっちゃんでさえも。
でも、私は気づいていてしまったんだ。
だからこっそり澪ちゃんに声をかけて、相談を受けることにしたのだ。
「澪ちゃん、悩みがあるんだよね?私で良かったら話してくれないかな?」
「…大丈夫だよ、唯…そんなに心配するほどのことじゃないから…」
「…」
「…」
「…りっちゃん…の事だよね?」
「なっ!」
「澪ちゃんの悩みってその事だよね? 澪ちゃんはりっちゃんを愛してるんだよね?」
「…」
「私には分かるんだよ?澪ちゃん…」
「…どうして?」
「だって…私も同じだから…」
「え?」
「私ね……私、あずにゃんが好きなんだ」
「…唯が梓を好きなのは分かってたが、それって、可愛い後輩としてじゃないのか?」
「ううん、違うよ? 私はずっとずっと、あずにゃんの事を愛してるんだよ」
「唯…」
「私も澪ちゃんほどじゃないにしろ、悩んでるんだ
好きになっちゃってどうしよう…あずにゃんはどう思うんだろう…ってさ」
私はあずにゃんに対する想いを全て澪ちゃんに伝えた。
それを聞いた澪ちゃんは、やっと本心をさらけ出してくれた。
それからは澪ちゃんと一緒にいてお話をすることが多くなった。
澪ちゃんが心配だったし、同じ悩みを持っているから放っておけなかったのも事実だ。
しかし、良かれと思った行動が、りっちゃんを苦しめることになるとは思わなかった。
澪ちゃんの想いしか見えていなかった私には、りっちゃんの想いまでは気付けなかったのだ。
そして…
「悪いみんな…しばらくバンド活動は休止しようと思う」
りっちゃんが怒り、ムギちゃんとあずにゃんが問い詰め、澪ちゃんは泣き崩れ…
大切な仲間、大切な場所が音を立てて崩れていくように思えた。
私も澪ちゃんもこんな結末を望んじゃいない。
だから私は決めることにした。
「みんなごめん、私が悪いの…話さないといけないのも分かってるの…
でも、お願い……あと一週間…ううん、五日でいい…
時間が欲しいの…そうしたらちゃんと全てお話すから…
だから…お願い…」
「お、お願いします…」
そしてその日、私と澪ちゃんは先に帰り、私のアパートで話し合った。
その翌日も。
そこで出した結論は至ってシンプル。
「唯…私決めたよ…律に告白するよ!」
「うん、りっちゃんを信じなくちゃ何も始まらないよね」
「そだな……色々すまなかったな、唯…辛い思いもさせちゃったし…」
「ううん…澪ちゃんが苦しんでるの見てられなかったからね…
でも、私、要領上手くないから、結局みんなをギクシャクさせちゃってホントごめん…」
「…でも、唯が傍にいてくれて励ましてくれて、ホントうれしかった」
「想い、通じるといいね」
「…唯、おまえはどうするんだ?」
「ん?」
「梓の事だよ」
「…わかんない…」
「梓を信じてみないのか?」
「ううん…嫌われてはいないのは分かってるよ?
でも…あずにゃんはいたって真面目な普通の女の子なんだよ?
だから私…」
「なぁ唯…私が律に告白して成功したら、お前も思い切って梓に告白してみないか?」
「ええっ?」
「私と律の関係ってさ、唯と梓の関係に似てると思うんだ
だから、私が大丈夫だったら、お前たちも大丈夫だよ、きっと」
「…うん、そかもね……うん!私もやってみる!」
「うん!それでこそ唯だよ!」
三日目、澪ちゃんはりっちゃんに告白をした。
私も付き添おうとしたが、「大丈夫だから」 と、自信に満ちた表情でお断りされてしまった。
結果は澪ちゃんからメール。
『ありがとう唯、律、受け入れてくれた
あんなに悩んだのがバカらしくなるほど
あっさりと受け入れてくれたよ!
ほんとにありがとう!
今度は唯の番だからな!』
よかったね、澪ちゃん…りっちゃんと幸せになってね!
まだみんなには内緒。約束した日に全部話そうって決めたから。
久しぶりにみんなが笑顔になった。
私もうれしくって、あずにゃんに抱きついた。
しばらくあずにゃんを構っていなかったから、余計あずにゃんの体が温かくやわらかく感じた。
そしてとっても愛おしかった。
四日目。
”よしっ、今度は私の番だ!”
と意気込んでは見たものの、やっぱりまだ怖い。
あずにゃんに嫌われるんじゃないかと思う気持ちが勝る。
でも、どんな結果になったとしても、まずは気持ちを伝えよう。
あずにゃんなら、たとえ断られても、仲の良いままでいてくれるだろって信じる。
今日はあずにゃんはバイトが入っている日だったので、
バイトが終わる夕方頃、あずにゃんのアパートへ向かった。
気合を入れて可愛い服をチョイスし、お土産にケーキも買った。
あずにゃんのアパートは私の所からそんなに離れてはいないけど、
今日に限ってやたら遠くに感じられた。
アパートの階段をあがり、あとは部屋に向かうだけ…距離にして10m程度。
だけど私は、そこから先に一歩も進めなかった。
あずにゃんの部屋の前に誰かがいて、あずにゃんと話している。
見た事もない、背の高い男の人だった。
すると次の瞬間、その男の人の顔があずにゃんに近づき…
ふたりは”キス”をしたのだ!
反射的に今上ってきたばかりの階段を駆け下る。
背中から乾いた音が聞こえたような気がしたが、気にも留める余裕はなかった。
とにかく一刻も早くここから逃げたかった。
来た道を全力で駆け抜け、一気に自室までもどり、ベッドに潜る。
知らなかった…あずにゃんに「彼氏」がいたなんて…
なんで?
いつから?
ずっと一緒に居たのに、なんで?
どうして私は知らなかったの?
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
先ほど見たあずにゃんと彼氏のキスシーンが再生される。
べったりと脳裏にこびりついてしまったみたいに、どんなに頭をふっても消えない。
涙が止まらない…吐きそうだった…胸が痛い…
いつもそんなことをしてるの?
それ以上のこともしてるの?
ねぇ、どうなの?あずにゃん!!
”心が壊れていくのを感じた”
澪ちゃん…私、だめだったよ…
受け入れてもらうとかそうゆうレベルじゃなかったよ…
そうして向かえた約束の五日目…
私は裏切り者になった。
私が行かなかった事で、澪ちゃんがどうしたかは分からない。
でも、りっちゃんが澪ちゃんと恋人になったから大丈夫なんだと思う。
インフルエンザと伝えてあるから、誰かが訪ねてくることはなかった。
その代わり、みんなからのメールは届いた。
一番多かったのはあずにゃん。
いつもならすごく嬉しいあずにゃんからのメールは、今は凶器にしか見えなかった…
開けないから読めない…だから返信もしなかった。
それから二日ほど経った。
そうそう泣いてばかりもいられない。誰かがお見舞いにきだすかもしれないのだ。
だから私は準備を進める。
アパートの管理人さんに、しばらく留守にすることを伝えた。
そして携帯電話。
最後に澪ちゃんにだけメールを出した。
『幸せになってね!』
返信は即効だったのが何となくおかしかった。
『うん、唯も早く治して戻って来い!
梓、まってるぞ?』
梓…あずにゃん…
溢れる想いを断ち切るように、私は携帯を解約した。
部屋に戻り、財布とカードと印鑑、それに大切なギー太。
あとは最低限の服と携帯食料をバッグに詰め込み、
夜逃げ同然に、私はこの町を出た。
「…みんな…ごめんなさい……ごめんね…」
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<梓SIDE>
唯先輩が約束した日…唯先輩は姿を見せなかった。
「唯先輩、インフルエンザなんですか!?」
「ああ、さっきメールがあった
今日の約束、また今度にして だってさ」
「まったく……でも、唯先輩らしいですね」
あれだけ真剣な表情で約束したのにインフルエンザにかかるなんて、
呆れて物もいえませんよ。
「ねぇ、唯ちゃんのお見舞い行かない?」
「はい!ケーキの差し入れしましょうよ!イチゴのショートケーキ!」
「いや、梓、ムギ お見舞いはダメだ」
「え?」
「どうして?澪ちゃん?」
「いや、唯がな、インフルエンザがうつったら大変だから
お見舞いは来ないで って言ってるだよ」
「私、そのくらい構いません」
「梓、お前に移ったら、唯が困っちゃうだろ?
とにかく熱が下がるまではゆっくり寝かせてやろうぜ」
「でも、ゴハンとか家事はどうするんですか?
頼りの綱の憂は別の町ですし…」
「管理人さんがやってくれるってさ
唯、あそこの管理人さんと仲いいからな」
「そ、そうですか…」
せっかく唯先輩のお世話が出来ると思ったんだけどな…
「あらあら、梓ちゃん、残念ね~」
ムギ先輩、なんでそんなにいい笑顔なんですか?
「そ、そ、それはそうと、今日の主役の唯先輩がいないですけど、どうしましょう?」
「それなんだけど…本当は唯が来てから詳しい事は話すつもりなんだが
その前に、報告したい事があるんだ」
真剣な面持ちでそう告げた澪先輩の傍らに律先輩が立ち並ぶ。
「わ、私と律は、こ、こ、恋人として、お、お付き合いさせてもらうことになりました!」
真っ赤になって、澪先輩は恋人宣言をしたのだ。
「澪に告白されまちた」
”てへっ”とおどけて言う律先輩も、真っ赤になって照れている。
「ほ、ほんとですか!? おめでとうございます!!」
「わあぁっ! 素敵よ、ふたりとも~♪」
あの日から数日経ち、やたら仲がいいと思ってたけど、そうゆうことでしたか。
このお二人ならお似合いですし、むしろ恋人になるのがおそ過ぎたくらいですよ。
「りっちゃん、澪ちゃん、おめでと~♪」
ムギ先輩はまるで自分の事のようにすっごく喜んでいる。
「あの、唯先輩はお二人のこと、知ってるんですか?」
「ああ、もちろんだ
というか、唯のおかげで私たちはむすばれたんだよ、梓」
「やっぱりそうでしたか」
澪先輩、律先輩、ホント幸せそう。羨ましいな…
いつか私も…
私はこの件の立役者である唯先輩へメールを出したが返信はなかった。
いつもなら光の速さで返してくるんだけど…
おかしいなとは思ったけど、熱で寝込んでいるからだと思い、
そんなに気にすることはなかった。
約束の日から二日経った。
私は唯先輩に何度かメールを出したけど、どれにも返信は来なかった。
もちろん電話も出てくれない。
症状が悪化したのではないか?と不安になったが、ひとまず部室へ向かう。
部室へ顔をだすと、すでに皆さんはそろっていた。
すると、澪先輩の携帯が鳴る。
軽くやり取りをした澪先輩は告げた。
「ん、メール…唯からだ」
少し違和感を覚えた。
あれ?私には全然返信がなかったのに?
「ほんとですか?」
「わりと元気になったみたいだ」
「明日ぐらいにみんなでお見舞いにいこっか?」
「そうね、おいしいケーキ持って行くわね~」
「梓、楽しみだなぁ~」ニヤニヤ
「も、もう!なんなんですか!律先輩!」
律先輩にからかわれたものの、私はどうしても違和感が拭えなかった。
私と唯先輩はHTTのメンバーの中でも一際仲がいい。
何もなくても日頃からメールや電話でやり取りしてるくらいだ。
その唯先輩が私からのメールに返信をくれない。
いや、それどころか、インフルエンザにかかった時でさえ、いつもなら真っ先に
私に泣きつくようにメールを出してくるはずなんだけど、
私には出さずに、澪先輩にだけだった。
ふくらむ唯先輩への違和感と不安…
何故か唯先輩が離れて行ってしまう様な錯覚に陥った。
その為か、明日のお見舞いまで待てそうもなかった私は、活動の帰りにこっそりと
唯先輩のアパートを訪ねることにした。
アパートへたどりつき、外から部屋の様子を伺う。
…あれ?唯先輩の部屋、電気がついていない…
寝込んでいるにしても、こんな夕方から真っ暗にしてるのもなにかおかしい。
…嫌な予感がした。
はやる気持ちを落ち着かせ、唯先輩の部屋を目指す。
♪ピンポ~ン
チャイムだけが虚しく響き渡る。
何度チャイムを鳴らそうが、この部屋の住人は出てくることはなかった。
変な汗が噴出す…動悸が早い…
そうだ、管理人さんだ!
面倒を見てくれるっていってたからきっとソコだ!
自分に言い聞かせるようにつぶやき、管理人室へ向かった。
♪ピンポ~ン
「は~い」
ガチャと扉が開き、中から30代くらいの女の人が出てくる。
「あの、二階の平沢さんなんですけど、こちらにお邪魔していませんか?」
「ああ!見たことある顔だと思ったけど、確か、唯ちゃんの後輩の子…よね?」
「あ、はい…あの、それで唯先輩は?」
「あれ?唯ちゃんから聞いてないの?」
「な、なにをですか?」
「唯ちゃん、しばらくここを留守にするって」
「…え?」
目の前が真っ白になった。
唯先輩が姿を消して一週間ほど経った。
どれだけ探せど行き先が分からなかった。
一番知っていそうな澪先輩にも何も伝えていなかった。
最悪の展開も考えたけど、それだけは絶対にない。
そう信じない事にはやっていけない気がした。
なんで?
どうして?
何があったんですか?
どうしていなくなっちゃったんですか?
訳が分からない。
澪先輩の一件が決着ついたのに、今度は唯先輩がいなくなるなんて。
それは私だけじゃなく、他のみなさんも同様だった。
律先輩は怒っている。そりゃそうだろう。
約束を破ったばかりか、逃げ出したんだから。
ムギ先輩は呆然としている。
琴吹気の力をもってしても、唯先輩の行方は分からない。
それでも必死に情報を集めてくれていた。
澪先輩は落ち込みが激しい。
私とおなじように、「どうして」「なぜ」と繰り返す。
でも一度だけ、私にこんなことを言った。
『梓、約束の日の前日辺り、唯と会わなかったか?』
と。
『え?いえ?会ってないです…』
私はその日、唯先輩に会っていない。でもなんでそう聞いたのだろう?
今思うと不思議で仕方がない。
『そっか…ならいいよ』
そして私…
唯先輩がいなくなった事実に、私は崩れ落ちた。
あの人懐っこい笑顔を思い浮かべる。
”あずにゃん”と呼んでんでくれるあまい声音を思い出す。
好きで好きで大好きな唯先輩がいなくなってしまった…
ただ唯先輩の温もりを求め、涙をこぼす日々が続いた。
でも泣いてたって何も変わらないと思い、とにかく何でいいから
情報を集めようとした。
実家、憂や和先輩の所、バイト先…どれも空振り。
…捜索届けはすでに出してある。けど、結果は芳しくない。
そんなある日、ムギ先輩が数枚の書類を持ってきた。
びっしりと建物らしき名前と住所が書いてある。
「あの、これって?」
「唯ちゃんがいなくなったと思われる日の後に、借りられたアパートのリストよ
どこかへ行ったとしても、住むところは確保してるんじゃないかなと思って…」
「っ!」
「でも、この辺りと、隣町くらいまでのしかないの…
それ以上となると多すぎて…」
「それをどうするんだ?」
「一件づつしらみつぶしにすれば…ひょっとしたら…」
「無茶だ!第一、この辺りにいるって言う補償なんてないんだぞ!?」
「で、でも…」
「私っ!やりますっ!」
「…梓…」
それは途方もない作業…でも、それでも縋りたかった。
「しかし、カプセルとかに寝泊りしてるかもしれないんだぞ…」
「そんなこと分かってます……でも…手がかりがないんです…
だったらそれに縋るしか、ない…じゃない…ですか…」
無茶でも無謀でも、私は絶対唯先輩を見つけ出そうと心に決めた。
絶対に見つけ出し、連れ帰る。一緒に居てもらう。
そんな私にみなさんは賛同してくれた。
リストの物件には電話で確認を取る。
先輩方はもちろん、憂や純、和先輩にも手伝ってもらった。
みなさんの協力も虚しく、相変わらず居所は分からないまま。
ニヶ月経った。
何か少しでも手がかりを探すため、私は唯先輩のアパートの管理人さんに
頼み込んで、留守中の唯先輩の部屋に上がらせてもらった。
唯先輩の過ごした部屋で暫く寝泊りし、私はあるものを見つけた。
以前、私と二人でプチ旅行へ行ったことがあるのだが、その旅館のパンフが
大事そうにしまってあるのを見つけたのだ。
古びた温泉町の小さい旅館。
もしかしたら…
ムギ先輩に急いで連絡を取り、その旨を伝え、そのままその場所へ直行した。
隣町のしかも田舎。
私の直感は、唯先輩がそこにいると告げていた。
電車を乗り継ぎ、かつて二人で訪れた温泉町へ降り立った。
「さて…」
まずは以前泊まった旅館へ行ってみる。
「平沢唯という若い女性」が泊まっていないかを確認するが、
ここ最近の帳簿からは見つけられなかった。
となると不動産めぐり。
幸い小さな町なので不動産屋も少なかった。
必死に頼み込み、過去の契約記録をさぐってもらう。
そして三件目の不動産屋…そこでとうとう見つけたのだ。
『契約者:平沢唯 21歳』
同姓同名かとも思ったが、そこに記されている携帯じゃないほうの番号には見覚えがあった。
唯先輩の実家の電話番号だ。
早速ムギ先輩に連絡をする。
「みつけました!」
『ほんと?梓ちゃん?ほんとに唯ちゃんいたの?』
「いえ、まだ会ってませんが、物件の契約者が平沢唯で、
実家の電話番号も書いてありましたから間違いないです!」
『よかったぁ~…今からみんなで向かうわ』
「いえ、ここからは私一人で行きます」
『え、でも梓ちゃん…』
「なんだか私がいかないとダメな気がするんです…お願いします」
すると電話の相手が澪先輩に代わった。
『梓、頼む!唯を連れ戻せるのはお前しかいないんだ!』
「澪先輩…」
『頼む…唯をしっかり捕まえてやってくれ…』
「わかりました、澪先輩…
絶対ぜったい!唯先輩を連れて帰ります!待っててくださいね!」
『うん、うん!』
フンスッ!と唯先輩の真似をして気合を入れ、走り出す。
唯先輩…絶対一緒に帰ってもらいますからね!
絶対、私の隣にいてもらいますからね!!
最終更新:2012年02月19日 15:34