その日部室にやってくると、あずにゃんが一人で椅子に座っていた。
ギターも持たずに何してるんだろ?と気になったものの、私はいつものようにあずにゃんに抱きついた。

「あずにゃ~ん♪」
「……」
「あれ?」

あずにゃんは何も言わない。
普段ならやめてください!って抵抗してくるのに、今日はただ下を向いているだけだ。

「どうしたのーあずにゃん、今日はおりこうさんなんだね?」
「……唯先輩」
「……!」

ゆっくりと顔を上げたあずにゃんの顔を見て、私は思わず息を飲んだ。
なぜならその目は真っ赤に充血していて、瞼も腫れぼったくなっていたからだ。まるで、今の今まで泣いていたように。

「あ、あずにゃん!?どうしたのそんな顔して…」
「…ちょっと色々ありまして」
「色々って…何があったの?」
「……」
「黙ってちゃわかんないよ、ちゃんと話して……」
「うっ…うぅ…うぅぅ…唯…先輩っ……」
「あず…」

あずにゃんは私にしがみつくと、大声で泣き出した。
突然の出来事に動揺しつつも、私はしっかりとあずにゃんの震える体を抱きしめた。

でもこの後、私はさらに動揺することになる。

「私…澪先輩のこと、ずっと好きだったんです」

さっきと違って、その動揺の原因は私自身の中にあるんだけど。

「入部した時から、ずっとかっこいいなって思ってて…いつの間にか、好きになってました」

…なんでだろう。

「それで…今日、告白したんです。昼休み、ここに呼び出して」

あずにゃんのこと、慰めてあげようと思ってたのに。

「大好きです、って…」

私の方が悲しい気持ちになってきちゃった。

「…そしたら…」
「…そしたら?」
「ごめんって、言われました。気になる人がいるんだって…」
「それって…」
「誰かは言わなかったんですけど…多分、律先輩ですよね」
「…うん」
「あはは…そりゃそうですよね。初めて会ってから1年も経ってないような私が、10年以上一緒の律先輩に敵うわけないですよね」
「……」

私は何も言わなかった。いや、言えなかった。
だって、今の私は…ホッとしていたから。あずにゃんに同情するどころか、澪ちゃんとりっちゃんを応援するような、そんな気持ちになっていたから。

私…最低だ。

しばらくの沈黙の後、あずにゃんはゆっくり口を開いた。

「でも…」
「……?」

「私…あきらめきれないんです…無理だってわかってるのに、はっきり断られたのに、ふっ切れないんです…」
「あずにゃん…」
「唯先輩…私…私、どうしたらいいんですか?全然、わかんない……」

あずにゃんは再び私の胸ですすり泣き始めた。
そんな姿を見て、私は固く唇を噛む。

…ずるいよ、澪ちゃん。あずにゃんは澪ちゃんのためにこんなに涙を流してるのに。こんなに澪ちゃんのことを好きでいるのに。
なのに、どうして澪ちゃんはあずにゃんのことを見ないの?
私はどんなに近くにいたって、好きになってもらえなかったのに…

「うぅっ…うえぇっ…みっ…澪先輩…澪先輩……」

私の腕に抱かれたあずにゃんは、私の名前を呼んではくれない。
決して返事のない問いかけを力なく、何度も続けるだけだ。

これからあずにゃんはどうするんだろう。これからも、報われないってわかってる恋を続けるんだろうか。
…多分、そうするんだろうな。あずにゃんは真面目だし、一途だと思うから。
でも、もしあずにゃんがそれでいいとしても…私は嫌だよ。あずにゃんのそんな姿見たくない…
だったら、私はどうしたらいい?
…考えるまでもない。そんなの、分かりきってるじゃない。

「…あずにゃん」
「……?」
「…私がいるから」
「え…?」
「私が、そばにいてあげるから…だから、そんな顔しないでよ」
「ど、どういう意味ですか?」
「…こういう意味だよ」

私はありったけの力を込めてあずにゃんを抱きしめた。

「…ゆ、唯先輩…?」
「私は…あずにゃんのこと、絶対泣かせたりしない」
「え…」
「だって…大好きだから」
「…!!」

次の瞬間、私はあずにゃんに唇を重ねた。
私の初めてのキスは、甘くて、今にもとろけてしまいそうで、そして悲しい味がした。

「……」
「…私のこと、最低だって思ってもいいよ。ずっと口聞いてくれなくてもいい。それでも…これだけは覚えてて」
「……」
「私、あずにゃんのことずっと好きでいるから。いつだってあずにゃんのこと想ってるから」
「……」

あずにゃんは何も言わない。…無理もないよね。フラれた直後に、こんなことされたんだから。

私はあずにゃんから体を離そうとした。でも…
あずにゃんの小さな手が私の制服の裾を握って、私の動きを小さく妨げた。


「…あずにゃん」
「……」
「…ありがとう」

多分あずにゃんは、私のことを受け入れてくれたわけじゃないと思う。
それでも…一緒にいてくれることは許してくれた。今の私には、それだけで十分だ。

「…唯先輩」
「なに…?」
「わ…私…うぅ……」
「…ごめんね」

私は、最低なことをしたのかもしれない。あずにゃんは澪ちゃんのことが好きなのに、無理やりその気持ちを私に向けようとしたんだ。

それでも…私はあずにゃんのことが好き。
だから私、がんばるから。いつか、あずにゃんが私を選んでくれるように。いつか、私のことを好きになってくれるように…


END
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最終更新:2010年01月22日 12:28