「あずにゃーん♪」

今日も放課を告げるチャイムが鳴り終えないうちに、唯先輩は教室の入り口から私を呼ぶ。
頼まれているわけでもないのに、毎日私を迎えに来るのだ。

「お姉ちゃん最近どうしたの?ここのところ毎日来てるよね」
「えへへー♪どうしてもあずにゃんと一緒に部活に行きたいんだー♪」

憂の問いに満面の笑みを浮かべて答える唯先輩は、嘘をついているようには見えない。心の底から、私と一緒にいたいと思ってくれているんだ。
自分のことをそんな風に言ってくれるのは、とても嬉しい。そして同時に、辛くもあった。

だって、どんなに唯先輩が私のことを想ってくれていても…私はその気持ちに答えないから。

「今日英語のテストが返ってきたんだけどね、こないだよりいい点取れたんだ♪」
「…そうなんですか」
「でもムギちゃんは私より20点も高かったんだよ!すごいよねー」
「…そうですね」

部室に向かう途中にも、唯先輩は色々と私に話をしてくれる。けど私は、それにただ相づちを打つだけだ。
愛想笑いすら浮かべずに、ただ一方的に唯先輩の言葉を受けとるだけ。

それでも唯先輩は、私のそばにいてくれる。

…ごめんなさい、唯先輩。

数日前、私は澪先輩に告白した。そして、フラれた。はっきり断られて、可能性なんてこれっぽっちもないって思い知った。
それでも、私はどうしても吹っ切ることができなかった。

「澪ちゃん、もう来てるかな」
「…どうでしょうか」
「今日もいっぱいお話できるといいねー」
「…はい」

そして唯先輩は、そんな私を応援してくれた。
私のことを好きだって言ってくれたのに、私の背中を押してくれたのだ。

ガチャ

「やっほー♪」
「…こんにちは」
「おいーす唯、梓!…でさ、そのバンドったらさぁ」
「へー、でもやっぱり…」

澪先輩と律先輩は、二人きりの部室で音楽の話をしていた。
それを見て、唯先輩はすぐに律先輩に抱きつく。

「りっちゃーん♪」
「わ、なんだよ唯?」
「昨日言ってたマンガ見つかったんだー♪読む?」
「おーでかした唯!読む読む!」
「あ、律!唯!もう…しょうがない梓、ムギが来るまで練習してよう」
「あ…はい!」

唯先輩はこんな風に、私と澪先輩が話をする時間が増えるようにしてくれていた。
時には強引な方法を使いながら、私のために一生懸命になってくれていたのだ。

「あ、そこはもう少しゆっくりの方がいいぞ」
「こうですか?」
「そうそう、いい感じいい感じ。やっぱり梓は上手だな」
「い、いえそんな!」

澪先輩は、フラれたことなんて忘れさせてくれるような優しい笑顔を私に向けてくれる。
最初はお互いに気を使ってギクシャクしてたけど、毎日話しているうちにそんな雰囲気も消えて、話も前以上に盛り上がるようになっていた。
もしかしたら…そんな希望も、私の心に芽生え始めていた。

でも…

私は視線を横へやった。すると、私たちを見つめる唯先輩と目が合う。

「……えへへっ」

あずにゃん、がんばれ!そう言わんばかりに微笑む唯先輩。そんな姿を見て、私は言い様のない罪悪感に駆られるのだった。

…私は、何をしているんだろう。
いつも笑っている唯先輩に、あんな顔させて。今にも泣き出しそうな、悲しそうな顔させて…

「梓?どうした?」
「いえなんでも…続き、やりましょう」

…関係、ない。
私は澪先輩のことが好きなんだ。澪先輩と一緒にいられれば、ただそれだけでいいんだ。

「あ、そうだ梓、今度の日曜暇か?」
「日曜ですか?な、なんでですか…?」
「もし暇なら、二人で出かけないか?」
「え…」

澪先輩の言葉を聞いた時、私は不思議な違和感を感じていた。
あれ?どうしたんだろ私。全然、ドキドキしない…

「今度楽器屋でレフティフェアやるんだけど、律は家の用事で行けないらしくてさ。だから梓と一緒に行けたらなって。大丈夫か?」
「あ…はい」
「そっか。じゃあ決まりだな」
「…はい」

澪先輩とお出かけ。こんな嬉しいことないはずなのに、なぜかあまり嬉しくない。
…き、緊張してるからだ。うん、きっとそうだ。緊張のせいで実感が湧かないだけなんだ。

「…あれ?」

ふと私は唯先輩の姿がないことに気付いた。

「あの、律先輩…唯先輩は?」
「んー唯?なんかトイレ行くってさー」
「そう…ですか」

…なんで私、こんな気持ちになるなんだろう…唯先輩がいないからって、なんで…
私には澪先輩がいる。デートに行ってもう一度気持ちを伝えたら、もしかしたら結果だって変わるかもしれない。
そしたら、澪先輩と付き合える。好きって言ってもらえる。抱きしめてもらえる。教室まで迎えに来てもらえる。…キスしてもらえる。

だったら、それで…

「そうだ梓、日曜は何時に待ち合わせする?」
「…よく……ない……」
「梓?」

――あの日、私にはわかっていた。
どんなに頑張ったって、律先輩と澪先輩の間に割って入るなんてできない。そうはっきりわかっていた。

じゃあ、私はどうすればいい?自分の気持ちを納得させて、綺麗にふっ切るためにはどうすればいい?
私の頭にあった選択肢は、一つしかなかった。

澪先輩から、離れよう。

一緒にいれば辛くなる。ましてや律先輩と仲良くしているところなんて見たら、私は二人のことを妬んで、嫌いになってしまうかもしれない。
だからそうならないように軽音部を辞めよう。私はそう考えていた。

でも…それは嫌だった。大好きな先輩たちや、大好きな場所から離れなければならないのは嫌だった。
そんなあまりに自分勝手な考えが情けなくて、馬鹿みたいで…どうしようもなくなっていたところで、唯先輩が手を差し伸べてくれた。
そばにいてあげるって言ってくれた。大好きだよって言ってくれた。いつだって想ってるって言ってくれた。

その言葉に、私はどれだけ救われただろう。
あなたの笑顔が、どれだけ頼もしく感じられただろう。
先輩のおかげで、私は救われたんだ。今までのままでいることかできるんだ。

だから…このままでいいわけ、ないんだ。

「梓、どうした?具合悪いのか?」
「…ごめんなさい澪先輩。私、今度の日曜日やっぱり無理です」
「え?」
「失礼します!」
「な、ちょっと…」

私は駆け出した。澪先輩の声も律先輩の声も、私の耳には届かなかった。
ただ、唯先輩に会いたかった。唯先輩のそばにいたかった。唯先輩に謝りたかった。

「……!」
「梓ちゃん?どうしたのそんなに急いで…」
「ムギ先輩…あの、唯先輩見ませんでした?」
「唯ちゃんなら教室の方に行ったけど…なにかあったの?
 顔色悪かったから保健室に連れていこうと思ったんだけど、何でもないって言うばかりで…」
「…失礼します」
「梓ちゃん…?」

私はまた走り出した。走りながら、唯先輩のことを考えていた。
…私は、どれだけ唯先輩を傷つけてしまったんだろう。あの日唯先輩の裾を掴んでしまったばっかりに、すがってしまったばっかりに。

ガチャ

「…唯…先輩……」

夕日に染まる教室の床に、その人は座っていた。いや、座るというよりは、倒れ込む一歩手前という表現の方がふさわしいかもしれない。
小刻みに肩を震わせて、小さく嗚咽を漏らす唯先輩の姿が、そこにはあった。

「うぅ……っ…う…うぇぇぇぇ……」

私が流すべき涙を、今唯先輩が流している。好きな人が自分以外の誰かの側にいるのを見て流す涙。好きな人を諦める時に流す涙。
きっと、あの日私が流した涙の何倍もの涙を、唯先輩は流したんだ。

私のことを絶対に泣かせたりしない。あの日唯先輩は言った。
私はその意味をよく考えなかったけど、それはこういうことだったんだ…

「…唯、先輩」
「……!」

私の呼び掛けにビクッと体を震わせて、唯先輩はゆっくりと振り向いた。

「…あずにゃん」

充血した目と、赤く染まった頬を伝う涙。鼻水を拭うために擦ったのか、赤くなった鼻。
その顔を見た瞬間、私は耐えられなくなる。自分に対する憤りと、唯先輩に対する想い。その二つが溢れ出て…
私は唯先輩を抱きしめていた。

「ごめんなさい…!」
「あず…にゃん?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…!私…こんな、こんな……」
「どしたの、あずにゃん…?澪ちゃんとデートの約束は…?」
「いいんです…もういいんです…」
「よくないよ、あずにゃんは澪ちゃんのこと好きなんでしょ?だったら…」
「違う…違うんです…」
「違う…って…?」

どんなに謝ったって、どんなに抱きしめたって、私がしてしまった罪は消せない。
自分に嘘をついて、唯先輩を傷つけてしまったことを、なかったことになんてできない。

だったら、だったら私は…

「あずにゃん…?」
「聞いてください、唯先輩」
「……?」

伝えよう。私の、本当の想いを。

「私、唯先輩のことが好きです」
「……!」

私の言葉を聞いた唯先輩は、大きく目を見開いて私を見つめる。
その表情には、驚き、そして悲しみの色が浮かんでいた。

「なに…言ってるの…?あずにゃんは澪ちゃんのことが…」
「違うんです。私、ただ逃げてただけなんです。澪先輩を諦めることから」
「諦める…?」
「私、本当は澪先輩のこと諦めてたんです。なのにそれを認めたくなくて、傷つくのが嫌で、唯先輩にすがっ…」

パシッ…

一瞬、何が起きたのか分からなかった。
時間が止まったんじゃないかっていうくらいの静寂と左頬の鈍い痛みが、唯先輩が私を叩いたという事実を教えてくれた。

「ぶって…ごめん。でもそんなこと言っちゃダメだよ。そんな簡単に好きな人のこと諦めちゃうなんて、そんなの私が好きなあずにゃんじゃないよ」
「唯先輩……」

…確かに私は、澪先輩にフラれた後、すぐに背を向けた。
澪先輩、そしてそのそばにいる律先輩に向かって行こうだなんて、考えもしなかった。

「好きって言ってくれたのは嬉しいよ。でも…自分に嘘ついちゃダメだよ」

…それでも。
それでも、今は違う。
今は逃げない。絶対に、逃げない。唯先輩から、私自身から、絶対に逃げない。

「…嘘なんか、ついてません」
「え…?」

私は唯先輩を力の限り抱きしめて、唇を重ねた。あの日、唯先輩が私にしたように。

「……」
「……あず…にゃ…な、なんで…?」
「…唯先輩」
「わか…わかんないよ…わ、私……っ……うぅっ…」
「…私、唯先輩にどう思われてもいいです。フラれたから乗り換えたって思われても、勝手だって思われても、嫌いだって思われたっていいです」
「…うぅっ……」
「だから…もう一回言います」
「あじゅ、あずにゃ……うぅぅ……」
「私は、唯先輩のことが大好きです」
「うぅっ…うぇぇぇ……」
「…ずっとそばにいてくれて、ありがとうございます」
「うぁぁぁぁぁ…!!」

泣きじゃくる唯先輩を、私はさらに強く抱きしめた。
あの日私がもらったぬくもりを、今度は唯先輩にあげるために。

「…あずにゃん」
「はい?」

落ち着いた唯先輩が口を開いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
先輩たちが探しに来ないのは、多分気を遣ってくれているんだろう。

「ホントに、澪ちゃんのこと…いいの…?」
「…はい。言い訳みたいになっちゃいますけど、私よりも律先輩がそばにいた方が、澪先輩は幸せだと思いますから」
「…そっか」
「それに、なにより…私が唯先輩のそばにいたいから」
「…あのね、あずにゃん」
「は、はい?」
「私ね、最初はあずにゃんに好きになってもらえるように頑張ろうって思ってたんだ」
「…はい」
「好きになってもらえるまでは、そばにいられるだけでいいって思ってたの。あずにゃんのそばにいられるだけで幸せだって思ってたの」
「…はい」
「でも、そううまくいかないんだよね。あずにゃんが澪ちゃんと一緒にいるの見てたら、どんどん胸が苦しくなって…今日みたいに、一人で泣いてばっかいたの。…焼きもち、焼いちゃったんだね」
「…ごめんなさい」
「謝んなくていいんだよ。私があずにゃんのこと応援するって決めたんだから、文句なんて言えないよ」
「でも、私のせいで…」
「だから…ね?」

唯先輩は私の胸に顔を埋めると、甘えるように言った。

「ずっと、私のそばにいてくれる?私のことだけ、好きでいてくれる…?」
「あ…あ、当たり前です!私、散々唯先輩にひどいことして…んむっ…」

唯先輩は、私にキスをした。甘くて、今にもとろけるような、幸せな味のするキス。
そうだ、考えてみたら…これは本当のキスなんだ。
最初と二回目はどちらかの想いが一方的に向いたものだった。だけど三回目は、私と唯先輩の想いが通じ合っている本当のキスだ。

「…唯先輩」
「ん…?」
「私…これからは唯先輩のこと、絶対に泣かせません。だって…」
「私のこと大好きだから、だよね」
「…やっぱり、覚えてましたか」
「当たり前じゃん。あずにゃんのために言ったことだもん」
「私、絶対唯先輩のこと幸せにします。だから…ずっと一緒にいましょうね。ずっと、ずっと」
「…うん♪」


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  • 最近、神大量発生中だよな -- (名無しさん) 2010-05-22 11:01:07
  • すばらしいとは思うが気軽に何でも神神言う風潮はなんなの?多神教なの? -- (名無しさん) 2010-08-13 15:26:42
  • 世の中にはいろんな神様がいるもんさ~^^ -- (名無しさん) 2010-08-28 21:57:50
  • 神が最近はやってるね〜。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-21 18:14:35
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最終更新:2010年01月22日 12:27