突然ですが中野梓、もう頬がゆるみっぱなしです。
表情筋が馬鹿になって一生笑顔しか作れなかったらどうしようと本気で心配しています。
しかしそれもしかたの無いことです。
なぜなら私の正面にはそれはもう太陽よりもまぶしく、どんな草花よりも可愛らしいお方が座っているからです!
そのお方の名前は平沢唯。
唯一無二の私のパートナーとなる人です!
どういった意味でのパートナーですかって?
あえてみなまで言いません。
けれどそんなの決まっているじゃないですか!

現在唯先輩も私に負けず劣らずのニコニコ顔です。
その表情を見るだけで私もより笑顔になるのです。
そう、私が唯先輩を想ってニコニコしているように唯先輩も私を想ってニコニコしているのです。
つまり私たちは両想い。
私たち二人でならどこまでも羽ばたいていける!
手と手をつないでいればどんな苦難も些細なことへとなるのです!

…ごめんなさい嘘です。
いえ、私の気持ちに嘘はありません。
未来永劫唯先輩と共に歩んで行きたいです。
そのためにはすべてを投げ出しても厭いません!

嘘と言うのは唯先輩のニコニコな原因。
実は今私たちは小腹を満たすためにお店へと足を運んでいたのです。
お店の前に飾られていた蝋で作られた食品サンプルに唯先輩のくりくりとした可愛い目に止まるものがあったのです。
唯先輩から熱い視線を送られている憎たらしいやつは普通のパフェの何倍あるのでしょうかというほどの特大パフェでした。
当初私はパフェのくせに生意気なと子供みたいに対抗意識を燃やしていました。
唯先輩を一瞬で虜にしたやつを許すほど私は大人になってはいなかったのです。
しかし店員にやつを頼んだときに言われた一言で私に衝撃が走ったのです。

「スプーン二つお付けしますね」

こっ、こっ、こっ、これは…!!
つまりは唯先輩と同じものが食べられるというわけです!
甘くて蕩けるような間接キス、素敵じゃないですか!

世間で言えば他愛の無い雑談を、しかし私にとっては何よりも大事な唯先輩の可愛らしい声を堪能していると思ったより早くやつが運ばれてきました。
なんというか圧巻です。
存在感をでーんと主張して、賑々しい色とりどりの果物がまるで贅沢に宝石を散りばめているかのようです。
常識的に考えてみればいくら唯先輩と言えどこの量を一人で食べるのは至難の業。
一方的に嫉妬の炎を浴びせてごめんなさいとやつに向かって心のなかで謝ります。
唯先輩のことを想うばかり正常な判断と思考ができなくなっていました。
冷静になれと心を落ち着かせようとします。
しかし、『あずにゃんと半分こ~♪』などと愛しの彼女がおっしゃっているので早くも理性がさよならしようとしています。
そうです、今から一緒に食べるのです。
それはまるでウェディングケーキに対する初めての共同作業のよう。
歓喜のあまり震える手ではスプーンを上手く持つことができず、手からこぼれ落ちたスプーンは奈落の床へと落ちてしまいました。

チャリーンというまるでコインが落ちたかのようなスプーンにしては陳腐な音でしたがめくるめく妄想ワールドから我に返るには十分でした。
『あっ…』と私の口から惚けた音が発せられます。
すぐさま店員呼びボタンを一押しし、スプーンを取り替えて貰えばよかったのです。
しかし私は軽いパニックでどうしていいのかわかりませんでした。
おそらく泣きそうな表情をしていたのでしょう。
するとそこに女神の声が降りかかってきたのです。

「も~しかたないなぁ あずにゃんあ~ん」

あれ、今なんと?

も~しかたないなぁ あずにゃんあ~ん
あずにゃんあ~ん
あ~ん

…!!!!!

差し出されるスプーンとその奥に見える唯先輩の慈愛に満ちた表情。
ぎこちない動きで口をスプーンまで持って行き、そのままパクリと口に入れます。
沸騰していく頭と真っ赤になっていく顔を自覚します。
正直味なんて感じられませんでした。
それでも『おいしいでしょ?』の問いかけには頭をコクコクと何度も振ることで返事をしておきました。
感極まったあまり私はまるで借りてきた猫のように萎縮してしまい、言葉を発することも忘れてしまったかのように唯先輩から供給されるスプーンを只々口にと運ぶのでした。

不肖中野梓、何たる失態のことでしょう。
これじゃヘタレと後ろ指をさされても文句を言えません。
せっかくあ~んをして食べさせてもらったのですから次は唯先輩を食べたいですと言うべきだったのです!
それなのに私ときたら固まってしまって不甲斐ありません!
過去の自分をぶん殴ってやりたい気分です。
タイムマシンが実在するならばもれなく使うことでしょう。
そして入れ替わった暁には…。
いけないいけない、頭の中がピンク色で染まるところでした。
かぶりを振って雑念を頭から吹き飛ばします。

現在私たちは当初の目的であった楽器屋へと向かっているところです。
そしてここが重要なのですがなんと現在私と唯先輩は手をつないでいるのです!
お店を出たところでおずおずと唯先輩に手を差し出してみたところ、愛しの彼女はギュッとしっかり握りしめてくれたのです!
その際の唯先輩のはにかんだような表情は絶対に忘れることはないでしょう。
ええ私、親の顔は忘れても唯先輩を頭に残し続けることでしょう。

ふんふんと気分の紅潮からついふわふわ時間のフレーズがもれてしまいました。
するとそこで唯先輩、私にあわせて口ずさんでくれたのです!
二人で奏でるハーモニーはそれはそれは美しく、ここは雑踏まみれた道路にも関わらず、まるで私と唯先輩しかいないのではないかと錯覚するほど一体感を得られました。

そんなこんなで楽器屋へとたどり着いてしまいました。
目当ての場所へと着いたのだから、唯先輩はキラキラと輝いた目でお店の中へと入ってしまいます。
とすれば当然私と唯先輩の手は離れてしまい、私は寂寥感と温もりの残響が残った私のお手手をしばし眺めてしまいます。
しかし何時までも引きずっていてはいられません。
そうです私たちは手を繋ぐよりも遥かに進んだハグまで行っているのです!
それにまた手と手を繋ぐ機会はあるでしょう。
ひとまず今日は手を洗わないことを決心し、先にいった唯先輩のところに向かいました。

キョロキョロと店内を見渡すまでもなく唯先輩のいる方向がわかります。
たとえ人ごみ押し寄せるスクランブル交差点に唯先輩が紛れていたとしても、一瞬で正確な位置を特定することでしょう。
気配や匂いや愛や乙女電波もろもろのなせるわざの賜物です。
その場所に行ってみると唯先輩はちょこんとしゃがんでなにやら熱心にご覧になっているところでした。
ぽわぽわしている唯先輩も可愛くて大好きですが、真剣な唯先輩も格好良くて大好きです。
何を見ているのかと私も視線を向けてみるとそれはギターのピックでした。
唯先輩が私に気づき、おいでおいでと手招きしたのでお隣にしゃがませてもらいました。

しばらくうんうん言いながら品定めをした後、意を決したように唯先輩は立ち上がりました。
その手には二つのピックを持っていて、『これ買ってくるね』と私に言い残し駆け足気味でレジまで行ってしまいました。
あいにく私はずっと唯先輩のことしか見ていなかったのでどのピックを買ったのかわかりませんでした。
髪の毛一本欲しいななんて思っているうちに選んでしまったようです。

やがて唯先輩は戻ってきて、『それじゃあ行こっか』と私を店の外へと連れ出しました。
内心もっとここで唯先輩といたかったので寂しい気持ちを感じていました。
今日の目的は楽器屋に行くこと、つまりはこのデートの終わりを迎えてしまうからです。
そんな様子が顔に出ていたのか、唯先輩は『どうしたの?』と私を案じてくれています。
唯先輩を心配させるわけにはいかないと下がった視線を上へと戻すと目の前にずいと今いたお店のロゴが入った紙袋が差し出されました。
『あずにゃんにプレゼント』と紙袋を私の好きな唯先輩の笑顔と声とともに受け取ります。
唯先輩の顔が赤く見えたのは柔らかく包み込んでくれる夕日のせいだけだったのでしょうか。

『開けて良いですか?』『いいよ~』と許可を得て、紙袋を逆さにしてみると私の手元にひとつのピックがコロンと乗りました。
そして『お揃いなんだ』と唯先輩もポケットから色違いのピックを取り出します。
それらはハートの形をしたピックでした。

「いつもありがとうね そしてこれからもよろしく!」

いいえ違いますよ唯先輩。
私の方こそ数えきれないほどのものを貰っています。
私は本当にこの人のことを好きになってよかったと心の底から思います。
早速このピックを明日から使わせていただきましょう。
私と唯先輩の愛の力で聞くものすべてを幸せにしてみせましょう!
そう心に誓い、私と唯先輩は『また明日ね』と各々家へと向かって足を進めたのでした。

~fin~


  • すごい疾走感だ -- (名無しさん) 2010-08-28 17:23:46
  • 可愛い -- (名無しさん) 2013-11-01 16:12:18
  • もはやカッコいい -- (名無しさん) 2017-05-12 00:42:35
名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月25日 08:38