物干し竿にかかる洗濯物が風にのって踊っている。
ギラギラと照りつける太陽に、このぶんだと正午前には乾きそうだと思った。
親は仕事で出張中、加えて真っ白な予定帳。
総合すると……いや、さもしい考えはやめよう。
振り払うようにかぶりを振っていると、家のチャイムが鳴った。
宅配だろうか。
印鑑を持って玄関扉を開けると、果たして待っていたのは見知った顔。
ビシッと手を前につきだした唯先輩だった。
「今からふたりで合宿をします!!」
「へ? ふたりって誰と誰がですか? それに合宿って……」
「も~、私とあずにゃんのふたりに決まってるじゃん」
さも当然とばかりに言い返す唯先輩。
いやいやいや。
待ってください。
「あの、私聞いてませんけど……?」
「え? あ、あずにゃんに伝えるのを忘れてたや。えへへ、昨日決めたんだよ」
暢気な言葉に、手に持った印鑑をうっかり落としそうになった。
ああ、なんといい加減な。
そのいい加減を実行してしまう先輩の行動力にも、少しばかり驚き呆れてしまう。
そして、なぜだか
これから先、私は唯先輩には振り回されっぱなしなんじゃないかとうっすら思った。
ちいさくため息をついて、鼻の頭に小粒の汗を乗せた笑顔の訪問者に声をかける。
「とりあえず、家にあがってください」
………
「それで急に合宿するなんて、どうしたんですか?」
既にテーブルの上に上体を投げ出して、くつろぎモードの唯先輩。
向かいで少しわざとらしく膨れ面をする私。
「んー……とね、この前の合宿が楽しかったから」
この前のとは、私にとって初めての合宿のことだろう。
遊んでばかりで練習はそこそこだったが、確かに楽しかったし得るものも多く、忘れることのない
思い出だ。
だけどもあれは、他の先輩方も居て軽音部としての合宿だった。
当然の疑問を私はぶつける。
「それなら、なんでふたりきりなんですか? 合宿なら皆でした方が……」
「うん、そうだけどさ……私はあずにゃんと合宿したかったんだ」
えへへ、と薄くあかい頬をかきながら彼女は答えた。
「合宿であずにゃんのこと、いろいろわかったから」
しっかりしてるけど意外と直ぐムキになっちゃうとこ。
日に焼けてもかわいいとこ。
やっぱり真面目なとこ。
どうしても上手く演奏出来ない部分があって、夜中に練習してるなんて呆れちゃうかと思ったのに真剣にずっと付き合ってくれるとこ。
茶化すことなく、つらつらと私の“わかったこと”をあげていく。
ああ、もう、顔がやたらと熱くて仕方がない。
そうか、唯先輩という人は、言葉を尽くしてしまう人なんだ。
「だから、合宿終わってからもあずにゃんのこと知りたいってずっと思ってて、我慢出来なくて来ちゃったの」
迷惑かな? なんて小首を傾げ顔を曇らせる姿に私が困ってしまう。
だって、私も唯先輩のことをもっと知りたいと思ってる。
律先輩はいつも通りのムードメーカーだったし、ムギ先輩の意外とかわいいとこがあったり、澪先輩が案外恐がりだったり。
先輩方のいろんな一面を見たけれども。
合宿で一番多く、新しい顔をみれたのは唯先輩だった。
段々と不安げに眉を下げていく表情に、私の気持ちはかたまった。
「迷惑なんかじゃありません。やりましょう、合宿」
「いいの?!」
「はい。そのかわり……たくさん練習しますからね!」
「えー!?」
頓狂な声をあげる唯先輩。
これからもっといろんな貴方を見せてくださいね。
私にしか聞こえない声量で出た想いが、夏の空気に混じっていく気がした。
おわり
- 果たして2人っきりで合宿して練習できるかな? -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 21:54:49
最終更新:2012年09月11日 06:00