……いまーこそーわかーれーめー いざーさらーばー
この歌が終わって閉式の言葉が終われば、私達の出番だ。
私は卒業生の『仰げば尊し』を聞きながら、一週間前の事を思い出していた。
最終回「門出!」 Aパート
「はぁ~」
いつものように溜め息をつきながら、部室へと向かう。
先輩方が引退して、一人きりになってしまった『軽音部』。
その部室は、ムギ先輩が持ち込んだ食器棚も無くなり、私にとって一人で居る寂しさを倍増させる空間になっていた。
「……唯先輩、どうしているのかな……」
先輩達は皆同じ大学に合格し、自由登校になった今では学校に来ること自体が珍しくなっていた。
いつでも、部室に行けば……いや、学校内で会えば必ず
「あずにゃ~ん」と言って抱き着いてきた唯先輩。
その温もりを味わえないのが、更に寂しさを増幅させる。
~♪
部室へと続く階段の前で、今となっては聞こえる筈の無い懐かしい音が聞こえてきた。
―なんで?先輩方は居ない筈なのに
そんな疑問を持ちながら、階段を上る。
部室に近ずくにつれ、その音は大きくなっていった。
扉の前に立ち、中を覗いてみる。
そこには曲の練習をしている先輩達がいた。
ついこの間までは普通だった光景。
でも、今ではあり得ない光景。
自分の気持ちを抑えきれなくなった私は、涙を流しながら扉を開けた。
「あ~、あずにゃ~ん!……って、なんで泣いているの?」
「唯ぜんば~い」
号泣する私を、唯先輩が優しく抱きしめた。
「ざみじがっだでず~」
他の先輩方も、演奏の手を止めて私の周りに集まった。
「そっかぁ~、一人になっちゃって寂しかったんだね~、ごめんね~、私がもっと来てあげれば良かったんだよね~」
「そうだな、あたしの代わりに部長になったとは言え、一人きりなんだもんな」
「私も、梓の事は気になっていたんだけどな……色々とやらなきゃならない事があったから……」
「私もそうよ、梓ちゃんの事がとても心配だったんだけど……家の用事が多くって……」
先輩達の声を聞きながら、唯先輩に抱きしめられ、私の気持ちも段々と落ち着いていった。
◆
「……所で、今日はなんで皆さん此処に集まったんですか?それも楽器持参で」
久しぶりのティータイム。
以前とは違い、ペットボトルのお茶と市販のお菓子だけれど、皆でお喋りをするには十分だった。
「ふふ~ん、なんでだと思う~?あずにゃ~ん」
「わからないから聞いているんじゃないですか」
「梓ぁ~、聞いて驚くなよ~、なんと……」
「卒業式が終わった後、先生方の計らいで『卒業ライブ』をやる事になったのよぉ~!!」
「さわちゃん居たのかよ!……ってーか、私の台詞を取らないでよ!!」
「良いじゃないの~久しぶりのティータイムなんだし」
「……全然理由になっていない気がするんだが……」
私は律先輩達の会話をぼーっとしながら聞いていた。
「
あずにゃん、どうしたの?」
唯先輩の言葉にはっと我に帰った。
「あ、えーと、色々と突然過ぎて……んと、『卒業ライブ』ってどこでやるんですか?」
「閉式の言葉が終わった後に、講堂でやるのよ。機材とかのセッティングは父の会社の人達に頼んでおいたわ」
「はぁ……そうですか」
『卒業ライブ』かぁ……。
「楽しそうですね!!」
「でしょ~」
唯先輩の顔がパァッと明るくなった。
さっきの私の言葉に嘘はない。
だけど、それが終わると……この笑顔ももう見られなくなってしまう……。
それを考えると、心から喜ぶことはできなかった。
「ん?どしたの、あずにゃん」
「いえ、何の曲を演奏するのかな~って考えていたんです」
「梓、曲ならもう決めて有るぞ」
そう言って、澪先輩がリストを見せてくれた。
「ふわふわ時間・翼をください・Genius…!?、って……えっ?」
私はそれを見て驚いた。
「最後の曲って……この間レコーディングした曲ですか?」
「そうだぞ~、初お披露目ってヤツだ」
律先輩が胸を張って答える。
その曲は、先日ムギ先輩が「軽音部の卒業記念に」と言って、先輩のスタジオを借りて数曲レコーディングした内の一つで、唯一の新曲だった。
先輩方にとっても―勿論私にとっても―とても大切な曲なのだ、それを最後に演奏する……考えただけで緊張してきた。
「あずにゃん……大丈夫だよ、いつものように私達の演奏をすれば良いだけなんだからね」
私の頭を撫でながら、唯先輩がそう言ってくれた。
「さ、梓にも報告した事だし、卒業式まで一所懸命練習するぞ」
『おー!』
澪先輩の一言で、久しぶりに皆揃っての練習が始まった……。
◆
「……卒業式を終了いたします」
気がつくと、閉式の言葉が終わっていた。
周りを見ると、式の緊張から解かれた人達がモゾモゾと体を動かしている。
後は卒業生が退場するだけ……ってみんな思っているんだろうなぁ~。
そんな事を考えていると、突然緞帳が下りてきた。
生徒や父兄がザワザワと騒ぎはじめる。
それを合図に、司会の白石先生が話しはじめた。
「皆さんお静かに願います。えー、式次第の変更がございます。本来ならばここで卒業生の退場なのですが、今回だけのサプライズがあります」
私はヨシッと小さく気合いを入れた。
「桜校軽音部『放課後ティータイム』前へ」
『はいっ!!』
その言葉を合図に、私達は前へと進んだ。壇上ではムギ先輩の執事―確か斉藤さん―を先頭に着々と機材のセッティングが進められている筈だ。
「他の生徒はその場で静かに待つように」
白石先生の一言で、皆が静まった。
壇上に上がり、ギターを取り、ストラップを肩にかけ、舞台の中央に向かう。
先輩方は既に準備を終えていて、皆集まっていた。
「よし、それじゃぁ軽音部のラストライブ、みんな行くぞ!」
『オー!!』
気合いを入れ、それぞれの定位置へ移動する。
私と唯先輩のツーフロント、唯先輩の右後方に澪先輩、私の左後方にムギ先輩、奥のセンターに律先輩。
いつものフォーメーション、だけど、今日で終わってしまうフォーメーション。
―ダメダメ!今はそんなこと忘れて、最高のパフォーマンスを見せるんです!
私は心の中で再度気合いを入れた。
「あずにゃん、行くよ」
唯先輩の声に、無言で頷く。
緞帳が上がる。
「ワンツースリー!」
唯先輩の一言で、律先輩がカウントを取り、ギターのリフが始まる。
私達のオープニング曲『ふわふわ時間』の演奏が始まった。
キミを見てるといつもハートDOKI☆DOKI
揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ
―唯先輩、気づいていましたか?
いつもがんばるキミの横顔
ずっと見てても気づかないよね
―私、この曲を演奏するとき、いつも唯先輩の事を思いながら弾いているんですよ
夢の中なら二人の距離縮められるのにな
♪
とっておきのくまちゃん出したし今夜は大丈夫かな?
―この後の、ギターの絡み合い、私好きなんです。唯先輩と一つになれる気がするんです。
もすこし勇気ふるって
自然に話せば
何かが変わるのかな?
そんな気するけど
―唯先輩……私も、勇気を出して話したい事があるんです……。
♪
「改めまして、みんな~こんにちは~!!『放課後ティータイム』でーす!!」
一曲目の演奏が終わり、唯先輩のMCに入った。
「先ずは、本日、このようなステージを用意して下さった、校長先生始め諸先生方にお礼をさせていただきます、ありがとうございます!!」
唯先輩が一礼をする、他のメンバーもそれに習い一礼した。
「今日は後二曲だけなんですが、みんな最後まで楽しんでね~!!」
そう話す唯先輩も楽しそうだ。
「では次の曲……卒業する私達に向けて演奏します『翼をください』」
「ワンツースリーフォー!」
律先輩のカウントで二曲目が始まった。
いま私の願いごとが
かなうならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように
白い翼つけて下さい
―私の願いも同じだ
この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい
―次の曲でこのステージも終わってしまう……私達の関係も終わってしまうのかな……
―出来る事なら、翼を持てるのなら、何時でも唯先輩の所へ行けるのに
―ダメダメ、泣くのはステージが終わった後、今は先輩達の為に笑顔で演奏しなくちゃ
♪
演奏が終わった……次で最後なんだ……。
「えーと、次が最後の曲なんですが……ここで皆さんにお知らせがあります!」
えっ……『お知らせ』って……何?
何か発表しなくちゃならないことでもあるんですか?
「これは、現部長のあずにゃんにも知らせていない事なんですが……」
へっ!?何?何なんですか?私にも教えられない事を発表するんですか?
「本日を持って、『桜校軽音部』の『放課後ティータイム』は活動を終了いたします」
……そんなこと……わざわざ言わなくてもわかっています……ウッ……涙が出そうになったじゃないですか……。
「ですが!!」
えっ?
「『放課後ティータイム』は無くなりません!!『軽音部』としてではなく、アーティストとして活動を開始致します!!」
唯先輩……それって……。
「再来週の水曜日、私達は1stシングル『ふわふわ時間』でメジャーデビューをします!!!」
観客である生徒達の声が一瞬静まり、直後に割れんばかりの歓声が上がった。
「唯……先輩……本当……なんですか」
私は声を震わせながら聞いた。
「本当だよ!あずにゃん!私達、メジャーデビューするんだよ!」
その一言で、私の視界が歪んだ。
気が付くと、私は泣きながら唯先輩の胸に飛び込んでいた。
「ごめんね~あずにゃ~ん。あずにゃんをびっくりさせようと思って黙ってたんだ~」
「グズッ……びっくり……ウグッ……させすぎ……ウゥッです……」
「あたしは『部長からの連絡事項』として言いたかったんだけどね」
「唯ちゃんが『梓ちゃんを驚かせたい』って言うから……ごめんね」
「全く……唯の責任だぞ、梓を泣かせるなんて……」
「ゴメンゴメン、まさかあずにゃんがこんな風になるとは思わなかったから……。あずにゃん、本当にごめんね」
「グスッ……
これからは……こんなドッキリしないで下さい」
「大丈夫だよ~、泣いてるあずにゃんの顔なんて。もう二度と見たくないもん」
「約束、ですよ……」
先輩に抱きしめられ、頭を撫でられていると、徐々に心が落ち着いていった。
「梓、最後の曲、行けるか?」
「はい……大丈夫です、澪先輩」
ギターを構え直し、観客の方へ体を向け……。
「にゃぁぁぁ!!!」
思わず大声を出してしまった。
なぜなら、観客の大半が瞳をキラキラと輝かせながらステージ……というか私を見ている!?なんで?
「うふふ、さっきの唯ちゃんと梓ちゃんのハグ……最高だったわぁ~」
左後方から、そんな声が聞こえた。
―はぁ……そうですか……そうですよね……そりゃ、ステージ上であんなことすれば、こうなりますよね……
「あずにゃん……大丈夫?」
唯先輩が心配そうに声をかけた。当然だよね、隣であんな大声を出して、その上落ち込んだ表情を見せているのだから。
「は……はい、なんとか」
「無理しなくてもいいよ、まだ時間はあるから」
「いえ、大丈夫です。行けます」
「そう?んじゃ、最後の曲行くよぉ~」
そう言って、唯先輩は観客の方に顔を向けた。
「それでは皆さん!残念ながら次が最後の曲となりました。この曲はデビューシングルのカップリングで、私達の事をイメージして作りました!!」
そう、この曲は正に『私達』を表現している曲だ。
そして……今、一番、弾いていて楽しい……嬉しい……そんな心地良さを感じられる曲……。
「聞いて下さい!『Genius…!?』」
唯先輩と私がセンターフロントで背中合わせに寄り添う。
唯先輩が私の方に振り向く。
私も唯先輩の方に振り向く。
唯先輩が無言で頷く。
私も無言で頷く。
唯先輩がギターを奏でる。
それに続いて私もギターを奏でる。
その後他の先輩方も各々の楽器を奏でる。
そこから生まれるメロディーは、みんなの気持ちを高揚させ、心地好い一体感を生み出す。
イントロが終わる少し前に『私達』は背中を離し、お互いのマイクの前に立つ。
タイをキュッと結んで いざ出発
ハートもキュッと結ばれたまま
―『私達』の気持ちも結ばれてますよね
私たちだけに魅せれるステージ
パワー集結させてゆこう
―『私達』の魅力、見せつけちゃいましょう
何度立っても初めてみたい
1曲目は決まってドキドキ緊張
―唯先輩、知ってました?
でも目くばせしたらそれがすぐ
嬉しさになる不思議
―歌詞のこの部分、私の気持ちそのままなんですよ
スポット浴びる私たち 世界中のひかり
あつめてるくらい
―唯先輩、行きますよ
なんかね発光
だってハンパじゃないんだもん モットーは楽しく
だって本気なんだもん
かっこいいよね 今のリフ 気分はプロっぽく
ダメだ、もうノリノリ
もしかして 私たちってGenius…!?
誰にも言われないけど…きっと……!!
―サビの部分をツインボーカルにしようって、唯先輩言いましたよね……練習は辛かったけど、今、ステージで一緒に歌えて、私物凄く幸せです!
♪
出逢っちゃったね
―出逢えました
見つけちゃったね
―見つけました
プレイの至福 一体感
―唯先輩との一体感
知る前にはね ラッキーなことに ああ帰れない
―絶対に、帰りたくありません
♪
アウトロに入り、『私達』はマイクから離れ、お互いに向き合う。
お互いを見つめながら、センターへと歩み寄る。
曲が終わる数小節前に、背中合わせになり寄り添う。
そして……最後のコードを弾きながら……振り返ってお互いの顔を見つめ合う……。
余韻が終わり、楽器の音が止む。
私は最高の笑みを唯先輩に向けた。
唯先輩も最高の笑みを返してくれた。
この振り付けを提案したのは唯先輩だった。
練習中は、なんとも言えない気恥ずかしさが有ったのだけれど、いざ本番でやってみると……言葉に出来ない程の、心地好さと、快感が、私を包んでいた。
「あずにゃん」
思わず呆けていた私は、唯先輩の言葉で我に返った。
「みんなに挨拶しなきゃ、背中離すよ」
「あ、はい」
……ちょっと、残念、かな……でも、後でいっぱい、ギュッてして下さいね……
「みんなぁ~!!ありがとぉ~!!!」
今までに感じたことのない歓声と、それに負けない位大きな唯先輩の声が講堂に響き渡る。
「えーと、これからも!私達ほうかご……??」
不意に声が途切れた。当の本人を見ると、白石先生の後方を不思議そうな顔をして見ている。
何だろうと思い、そちらを見ようと顔を向けた所で、白石先生がマイクの前に立った。
「えー、ここで校長先生から一言有るそうです。」
最終更新:2010年05月27日 13:23