「あーずにゃ~ん」
「も、もう…唯先輩ったら…」

最近、あずにゃんを抱き締めるのが楽しくてしょうがない。
楽しいのとはちょっと違うのかな。
嬉しくて、あったかい。

最初のうちは嫌がられることもあったんだけど、今では抱き付いても受け入れてくれてる感じがするんだ~。

ふっふっふ~、あずにゃんのハートは私が射止めたのだ~。
…本当は私のほうが射止められちゃったんだけどね。

最近はもうあずにゃんを見つけると反射的に手が伸びちゃってる。
一秒でも長くあずにゃんに触れていたくて、ずっとあずにゃんの一番近くにいたくて…。

うーん…私って独占欲強いのかも。

「今日はみんなで合わせるって決めてたじゃないですか。みっちり練習しましょうよ」
「もちろん!あずにゃんの為にもがんばっちゃうよ~。でもそれにはあずにゃん分を補給しないとね」
「そ、そう言うことなら…特別に…いいですよ」

あー、もうずるいくらいキュートだよぅ。
ほんのりほっぺを赤くしてね、ウルウルした目で見つめられたら、私、もう…っ!

「あずにゃ~ん、むちゅちゃ~」
「そ、それはさすがにダメですっ!ダメですって!まだ心の準備がぁ~っ!」
むむむ、チュ~はNGかぁ。
でも、あずにゃん、「まだ心の準備が」って言ってたよね、今。
それっていつかはOK…ってことなのかな。
心の準備ができたら私と…。

「唯先輩?どうかしたんですか?」
「ふぇっ?な、なにが?」
「顔真っ赤ですよ。…もしかしてまた風邪引いたんじゃ…」
「だ、大丈夫っ。私は元気いっぱいだよ。あずにゃん分も補給してるし。…でも、もっとあずにゃん分補給できたらもっと元気になるかも」
「それだったら…その…満タンになるまで補給してもいいですよ。ち、チュ~はダメですけどっ!」

えーーーっと、無理です(断言)。
こんな可愛いこと言われちゃったら我慢なんて絶対無理っ!
澪ちゃんに欲情したりっちゃん(リバースも有り)が誰にも止められないように
あずにゃんにときめいた平沢唯を止めることは誰にもできないのですっ!

「仲良しなのはいいけど、もう少しTPOを考えてくれよ。目のやり場に困るよ」

チュ~しようとしてたら澪ちゃんに呆れられちった。
澪ちゃんなら私の気持ちがわかると思ったのになぁ。

澪ちゃんは気付いてないけど、りっちゃんとふたりで何してるか、もうバレバレなんだぞ~。
こないだだって腕組んで帰ってたし、部室でも膝枕してたし、トイレの個室で「りつー」「みおー」ってなんか叫び合ってたし。

…あ、バレバレ以前に隠す気がないのか。
さすがりっちゃんあんど澪ちゃん!年季が違うね!

「ま、待ってください、澪先輩!私と唯先輩はそんなんじゃありませんっ!」

澪ちゃんたちの熟年夫婦っぷりをあずにゃんとの新婚生活の参考にさせてもらお。
…そんな風に考えてたとき、あずにゃんが私の腕を振りほどいた。

今までどんなに嫌がっても振りほどくことはしなかったのに。

私を受け入れてくれてるんだって自信もあったのに。

…初めてあずにゃんに拒絶された。

振りほどかれた手が反射的にあずにゃんを追おうとしたけど、もう手遅れだった。

私の腕をすり抜けたあずにゃんは、もう澪ちゃんしか見ていない。

私のことなんか、もう振り返りもしない…。


「………………」

私、今どんな顔してるんだろう。

「唯先輩が勝手に抱き付いて来るだけですから」って澪ちゃんに弁解してるあずにゃんは
さっきよりずっと顔が赤くなってる。ずっとずっと赤く染まってる。

………じゃあ、私は?

ガラス窓に映った顔はギリギリなんとか笑えてた。
いつもと変わらない顔、だと思う。

けど、私にはそれが不思議でしょうがなかった。
自分の顔なのに自分の顔じゃないみたい。

だって………こんなに哀しくて苦しいのに笑ってられるなんて絶対おかしいもん。

心と切り離されちゃったみたいな自分の笑顔が私にはなんだかとても怖かった。

「…………………………」

でも、もっと怖くて、ずっとイヤだったのは………

「わかった、わかったよ。梓が大変だったのはわかったから、少し落ち着きなさい」
「す、すみません、私…興奮してしまって…」
「私こそ悪かったな。変な誤解をしちゃってさ」
「い、いえ。私はその…澪先輩の誤解が解けたらそれで……」

あずにゃんの一番が私じゃなかったって気付かされたことで………。

(バカだな…私………)

…憂も言ってたじゃん。
澪ちゃんがお姉ちゃんだったら良かったのにってあずにゃん話してたって。

…いつも見てたじゃん。
あずにゃんが澪ちゃんのこと、すごく尊敬して慕ってるって。

なのに自分があずにゃんの一番なのかもって勘違いしちゃうなんて、
我ながらどうしようもないよ。

練習付き合って貰えたり、ちょっと仲良しになれたからって調子に乗っちゃって。
私の気持ちを受け入れてくれてるんだって勘違いしちゃうなんてね………。

いつもいつもみんなに迷惑かけて、その度落ち込むけど、今日ほど辛かった日はない、かな…

でも………

(………あずにゃん………)

あずにゃんの気持ちを考えずにいつもヒドいことしてた………それが一番哀しくて。



………本当に自分がイヤになった………

辛いときは何かに集中して気を紛らわせるってよく言うけど、あれ本当だと思う。

偶然なんだけど、今日は珍しく練習に熱が入ったから私も余計なこと考えずに済んだ。

なんかすごい張り切ってたりっちゃんのお陰かな。
張り切り過ぎで一人だけ走っちゃって、澪ちゃんに怒られてたけど。

…ひたすらギー太を弾いて弾いて、いっぱい弾いてるうちに下校時間になって………気付いたら自分の部屋にいた。
練習中はギー太やみんなと合わせることだけ考えて。

……終わったあとは、今日の練習に振り返って話し込むあずにゃんと澪ちゃんの姿だけが頭の中をぐるぐるループして………。

だから、みんなと別れてから家に着くまでのことはあんまり覚えてない。
あんまり、じゃかいかな。全然覚えてないや。

いつもならみんなとバイバイする交差点からあずにゃんと二人で帰るんだけど、さすがに今日は一緒にいられなくて。

本当は一緒にいたいんだけど。誰よりもあずにゃんの近くにいたいんだけど。
…でも、一緒にはいられない。いられないんじゃなくて、いちゃいけない。

だから、憂に買い物頼まれてたんだって急に思いだしたみたいに話して。
いつもの交差点で、いつもと違うお別れをして、いつもより時間をかけて家に帰った。
…いつも一緒だったあずにゃんと少しでも離れたくて、いつもじゃ考えないようなことしてたな。

いつも以上に頭回ってなかったから、どんな道通ったのかなんて覚えてないけどね。

ごめんね、憂。駄目なお姉ちゃんの嘘に巻き込んじゃって。

(こんなとこ和ちゃんに見られたら、またニート扱いされちゃうかも…)

憂が晩ご飯作ってる間、いつもならギー太の練習して待ってるんだけど、今日はそんな気起こらなくて。
久し振りにボケーッとベッドに寝転がってたら不意に携帯が鳴った。

「ムギちゃん?」

ムギちゃんからメールだ。

明日のおやつはフォンダンショコラとか、りっちゃんと澪ちゃんにはぜひ人前(じんぜん)式で結婚式を挙げて欲しいとか、
そんな感じのいつもながらのおしゃべりメール。

でも、最後のとこだけいつもとちょっぴり違ってた。

『悩みごとがあるならなんでも言ってね?』

………そっか、やっちゃったかな、私。

顔には出てないって自信があったんだけど、どうやら隠しきれてなかったみたい。

それからりっちゃんと澪ちゃんからも立て続けにメールが来て、やっぱり最後に心配されちゃった。

(…私ひとりだけダメダメだね、本当…)

みんなの優しさが心に染みていって、ポカポカあったかくなっていく。

みんなにこれ以上迷惑かけないようにしなきゃって考えてたけど、
本当に部室に行けるか心配だったけど、大丈夫。きっと大丈夫。

本音はちょっぴり怖いけど、明日からはいつもとおんなじ笑顔に戻れるよ。

だから、ありがとって返しておいた。いつも私を助けてくれてありがとって。
あとムギちゃんには鼻血の出し過ぎには気をつけてって。

「………吹っ切らなきゃダメだよね、うん」

ひょっとしたらあずにゃんからもメール来るかな…って期待しちゃうあたり、
全然吹っ切れてないんだけど、でも明日のために気持ちだけは整理しなくちゃね。

「ごめん、憂。ちょっとお散歩行って来るね」

台所からかけられた「気をつけてね」って返事を背中で受けながら、私はスニーカーの靴紐を結んだ。

ひとりきりで歩く、歩く、歩く。
いつもの通学路、よく立ち寄るコンビニの近く、みんなとバイバイする交差点…いろんなとこをあてどもなく歩く。
難しい言葉を使ってみたけど、こう言うときってあてどもなく、でいいのかな?

でも、やることを決めて散歩してるんだから、やっぱり当てはあるのかな。今のは違うかな。

(………でも、学校の近くまで来ちゃったのは失敗だったかも………)

もっと言えばいつもの通学路を辿ったのが失敗だった。

いつもの通学路にも、よく立ち寄るコンビニにも、みんなとバイバイする交差点にも…あずにゃんとの想い出がいっぱいいっぱいあるから。

「いっぱい」なんて数え方じゃ括れないくらい、あずにゃんと過ごした時間がそこにはあった。

歩く道、曲がり角、見る風景…全部の場所にあずにゃんの幻が重なる。ふたりで歩いた想い出が浮かんでくる。

改めて気付いたけど。
本当にあずにゃんが傍にいるのが当たり前になってたんだね。
いつでも私の隣にいてくれて。
手を繋いだり腕組んだり、ぎゅーってすると、ちょっとだけ困った顔をして。
けれど、絶対に拒絶だけはしなくって。

はじめの困り顔からだんだん緩んでいって、最後には「特別ですよ」ってはにかんでくれて………

(…でも、もういけないんだよね。あずにゃんの本当の特別は私じゃないからね………)

あずにゃんが許してくれてた「特別」って言葉にはもう甘えられない。

振りほどかれた手は、きっともう二度と繋がらないから。

拒絶されたこの気持ちは、あずにゃんには届かないから。

………ううん、届けちゃいけないんだから………

「うんうん!これからは頼れる先輩にならなくちゃ!恋のキューピッドにだってなっちゃうよぉ!」

誰に聞かせるでもなく宣言した私は、今、どんな顔してるかな?

鏡がないから自分じゃ見れないけど、きっと笑ってはいないよね。
ほっぺがこんなに濡れてるのは、きっと嬉し涙とかそーゆーんじゃないよね。

………本当にあずにゃんの恋を応援しようって張り切れてたら…こんなに…苦しいわけないよ…ね………

「あず…にゃん………」

気持ちを整理したくて、ひとりになりたくて散歩に出たのに………
さっきよりもっと悪くなっちゃったよ………

あずにゃんの笑顔が…私が一番大好きで…だけどもう離れなきゃいけないあの笑顔が―――

「唯先輩っ!」
「え………っ?」

………反射的に顔をあげたけど、きっとそれは自分に都合のいい幻聴だと思った。
メールが来るんじゃないかって期待したのとおんなじ自分勝手な妄想だって。

「………あずにゃん………」

それじゃ私を包み込んだこの暖かさも私の妄想なのかな…
ぶつかるみたいに飛び込んで来て、子猫みたいに震えてる小さな肩も幻なのかな…

(夢…じゃないよね…?)

もう二度と抱き締められないって思ってた大好きな…世界で一番愛しい体温を
当たり前だった距離に…一番近くに感じられて。

「ゆ…い…先輩ぃ………」

心の一番軟らかい場所に触れてくれるその声を聴いて。
私はこれが夢でも幻でもないって確信できたんだ。


  • トイレで呼び合いwwww -- (NO LIMIT) 2010-08-02 09:40:09
  • ↑一人でさっさと行ってこい。
あと続きみたい。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-24 21:09:04
  • え?終わり? -- (名無しさん) 2014-08-27 22:33:10
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最終更新:2009年11月14日 02:31